七十九話 意外な相手
サンドボードで逃げるファウンダー・エクスリッチを、重装甲ホバー機が追いすがる。
キシは逃げながら、ファウンダー・エクスリッチの右腕をサンドボードから離し、ホバー機へと向ける。その腕には軽機関銃が括りつけられていた。
「食らえっ!」
キシが狙うは、ホバー機が持つ魚雷管を六つ束ねたような多段式ロケットランチャー。機関銃の弾であっても、命中すれば大爆発を狙える。
相手もそれは分かっているようで、機体の後ろに隠してしまう。
軽機関銃の弾がバラバラと敵機体に命中するが、前へ進むサンドボード上から後ろに撃ったことで初速が減少していたこともあり、その重装甲の前に弾かれてしまった。
一弾倉分を打ち終わって弾切れとなったところで、相手からの反撃――先のロケットランチャーが火を噴く。
一度に発射されるのは、六発のマイクロミサイル。それらが噴煙を上げて、ファウンダー・エクスリッチに迫る。
キシはアラームがけたたましくなるコックピットの中で操縦桿を操り、サンドボードを左右に大きく蛇行させる。そのうえで、装填が終わった右腕の軽機関銃をばら撒くようにしてミサイル弾へ放つ。
弾幕によって、一発、二発、三発、四発とミサイルが空中で爆発。その破片で五つ目も爆散。
難を逃れた六つ目が迫り、大きく横に蛇行したサンドボードの横を通過し、地面に突きささって爆炎と砂を巻き上げた。
爆発の衝撃でふらつくサンドボードを立て直しながら、キシは軽機関銃の弾倉を交換する。
しかし、キシは軽機関銃を相手に撃つという、弾の無駄はしない。
逃げ続けていたサンドボードをアクセルターンし、重装甲ホバー機へ向き直ると、サンドボードの後部バーニアとファウンダー・エクスリッチの全てのバーニアを噴射させて突発させて突撃を敢行した。
みるみる間に近づく両者の距離。
サンドボードの前部にある砲と機銃から弾が発射され、重装甲ホバー機に命中して体勢を崩させる。命中の衝撃で撃鉄が下りたのか、多段式ロケットランチャーからミサイルが飛んで来る。
キシはファウンダー・エクスリッチにサンドボードから両手を放させると、右腕の軽機関銃で発射されたばかりのミサイルを狙い、左腕の先から隠し刃を伸ばす。
ロケット弾が爆発し、爆風と爆炎が両者の機体を焦がす。
その光と熱の真っ只中を、ファウンダー・エクスリッチはサンドボードで駆け抜けた。
「食らええええええええええええ!」
キシはコックピットの中で叫びながら、目前にいた重装甲ホバー機の頭部へ向けて、拳で殴りつけるようにして隠し刃を突き出す。
ホバー機のパイロットも熟練者だけあり、突進してきたサンドボードとの衝突を避けるべく、横へ機体をずらすことには成功していた。しかしその行動を先読みしたキシが振るった刃まで、避けることは叶わなかった。
高速道路で車同士が正面衝突したような、激しく金属が打ち合わさりながら潰れる音がして、両者の機体は地面に倒れ込んだ。
少しの間、両者はそのまま倒れたままだったが、先に立ったのは重装甲ホバー機だった。
しかしその頭部は、真ん中に深い切れ目が入った状態で破壊されている。
メタリック・マニューバーズのルールでは、頭部破壊は敗北である。
重装甲ホバー機は、打ち倒されたことを残念がるように、項垂れながら自身のプレイヤーがが所有するカーゴへと戻っていく。
それから少し遅れて、ファウンダー・エクスリッチが立ち上がる。衝突の衝撃が激し過ぎて、キシが目を回していたためだ。
「うぐぐが。サンドボードだけじゃなく、ファウンダー・エクスリッチの推力も追加するっていう荒業をしたから、衝撃が予想以上だった」
キシは呻きながら首を回しながら、ファウンダー・エクスリッチとサンドボードの状態を確認する。
ファウンダー・エクスリッチの左肘の周辺に取り付けられた補強パーツが多少破損していた。左肩は問題なく動く。どうやら衝突の衝撃は、左肘のパーツが犠牲となって吸収してくれたようだ。サンドボードは少し先でひっくり返って止まっていたが、騎乗しなおしてみれば健全な働きをしてくれた。
熟練者を相手に、機体性能で劣るファウンダー・エクスリッチで戦い、この程度の多少の犠牲で済んだことは、許容可能な領域だった。
「でもこれは、サンドボードを使っていることと、水場と言う戦場に合わせた機体を相手が使ってくれていたからこそ、こちらが助かったんだろうな。明らかにさっきのホバー機は、水中にいる敵を水面から雷撃爆破するための装備だったし」
多段式ロケットランチャーから発射された弾は、爆発半径こそかなりのものだったが、殺傷力と飛翔速度に難があった。それは、水中に入り込んだ後で爆発することで、押しのけた水による水圧で敵機を破壊するための設計だからだ。
これが地上戦専用の弾だった場合、同じロケット弾でも内部にペアリング弾などを仕込んであり、爆発と共に内臓物を周囲に散乱させることで殺傷力を上げる改造がされていることが多い。
なにはともあれ、勝ちを拾えたことをキシは喜びながら、サンドボードにファウンダー・エクスリッチを乗せて、再び発進させた。
しかしこの一戦に勝ったことで、他の参加者に注目されてしまう結果になってしまう。
ファウンダー・エクスリッチの胸元にある、白い四角の下地に赤い丸というエンブレムを見て、それが何を意味しているかを知っている連中は特にだ。
全波帯通信が、ファウンダー・エクスリッチのコックピットに入る。
『おい、あの空気の読めないホバー機を倒した、あのファウンダー・エクスリッチ。あれってあれじゃないか?』
『あのとか、あれとか言わずに、固有名詞を使えよ。まあ、初心者ミッションに出てきたって言われている強敵NPCじゃないか、って質問したいってことは分かるけどな』
『何年か前の日本代表かつ世界大会優勝者のデータを使っているNPCって話だったよな。初心者狩りに飽きて、俺たちベテランを狙いに来たってシチュエーションなのかもな』
『しかしオレたちは運がいいな。水辺の戦場に一番に参加できたうえに、ああして強敵NPCまで用意してくれるなんてな。長年磨いてきた、人型機械を操る腕が鳴るってもんだ!』
くつくつと楽しそうに笑う声が、全波帯通信で送られてくる。
キシは少しうんざりしながら、逃げているムディソンたちの様子をサブモニターに表示させた。
まだまだ戦闘区域内を進んでいるため、時間稼ぎが必要だ。
キシはため息をつきたい気持ちをぐっとこらえ、サンドボードの機首を湖周辺で戦っていた機体の一つ――新円に近いボールに手足が生えたような機体へ向ける。
その途端、全波帯通信がさらに活気づいた。
『おい。お前が、次の相手にご使命されたぜ。援護は必要かよ?』
『そんなもんいるかよ。弱い機体に乗ったデータとはいえ、日本代表と戦う機会だぜ。一人で堪能してくるぜ』
『いいなー。さっさと撃破されて、次にバトンを渡せよなー』
『負っけろー、負っけろー♪』
バトルロイヤルに参加していたプレイヤーたちは、とうとう戦うのを完全に止めて、観戦モードに入ってしまった。
そしてキシにとっては嬉しいことに、一対一で戦ってくれるつもりのようだ。
これで時間稼ぎが容易になったと安堵しながらも、気を引き締め直してボールに手足をつけたような人型機械へと、サンドボードを走らせたのだった。
ボール型の人型機械との戦いは、驚きの連続だった。
まず、腕と足が蛇腹構造の伸縮式だったこともそうだが、その腕でサンドボードで近づいたファウンダー・エクスリッチを掴みに来たのだ。
それをどうにか避け、体勢を立て直すために離脱しようとすると、ボール型機体の両方のつま先にある装甲が展開して無数のペンシルミサイルが飛来してきた。爆発ではなく貫通を目的としたミサイルに、キシは対処に苦慮し、左腕にある盾を利用することで機体の損傷をかろうじて防いだ。
その後は、伸縮する足でビョンビョンと地上を飛び回りながら、ボール型機体はアサルトライフルで三次元的な銃撃を行ってきた。途中何度か湖に落ちたものの、すぐに水中でも推力を得られるバーニアで復帰してもきた。
キシがその三次元戦闘に目が慣れて、着地狙いでサンドボードの前部にある砲を直撃させることに成功。
この一発で、ボール型機体は突如盛大に爆発した。
『秘密兵器の内蔵大型ロケット弾に直撃だと――』
全波帯通信でパイロットの悲鳴が届いたが、途中で激しい爆音ですぐに書き消えてしまった。
こうして、色々と意外性のあったボール型機体との戦闘は終わった。
「はぁー。でも今の一戦で、かなり銃撃を食らっちゃったな」
キシが乗るファウンダー・エクスリッチの装甲の各所には、銃撃による穴が開いていた。ハードイスから移植した装甲の中ほどで止まっているため、機体の動きの問題はないが、見た目はボロボロになってしまっている。
機体よりも深刻なのは、サンドボードの状態だ。銃撃によってハンドルの右半分が吹っ飛んでしまったうえに、機体に当たった弾が底面まで到達したことで変に形が歪んでしまい、地面との抵抗が増して最高速度が遅くなってしまっている。
「運転自体はファウンダー・エクスリッチからのコントロールで行えるけど、ハンドルが片方ないと、機体の安定を確保することが大変なんだよな……」
キシは呟きながら、生き残っている左ハンドルをファウンダー・エクスリッチに握らせ、空けざるを得ない右手には腰に収納していたアサルトライフルを持たせた。
そうして準備が整ったところで、次の相手が前に出てきた。
それはペンギンの形をした人型機械。ティシリアたちを逃がすときに横を通過していたあの機体が、よちよちと小刻みに歩きながら前に出てくる。
すると、全波帯通信でプレイヤーたちからの非難が飛やってきた。
『そんなやっつけの趣味機体のヤツは、引っ込んでろよ!』
『水場だからってペンギンって、どんなセンスだよ。ペンギンなら砂地のオアシスじゃなくて、海と氷の大地だろう!』
そんな非難が堪えたのか、ペンギン型の機体からも通信が送られる。
『みんなが怒る気持ちはもっともだけど、このペンギンの形を非難することは止めてくれないか。これ、店長の娘さんがデザインして、店長がサンドボードのテンプレートを使って作って、俺にお願いだから使ってやってくれって押し付けてきたものなんだよ。砂漠のオアシスで動く雄姿を見たいからって』
困り口調のその声を、キシはどこかで聞いたことがある気がした。
それがなんだか悟る前に、ペンギン型機体がうつ伏せに地面に倒れ込んだ。
その姿を見て、プレイヤーたちが笑い声を上げる。
『うはははー! 店長からその出来損ないを押し付けられただって!? 勤め人は辛いな!!』
『そのまま起きなくていいぞー。ほら、そこのNPC。さっさと銃撃して破壊しちゃってよ』
彼らの言い分に従うわけではないが、キシにとって相手の隙を突くのは当然の選択だった。そのため、サンドボードにある砲と銃座を、倒れたペンギン型機体に向けようとする。
しかしその直前で、ペンギン型機体を操るプレイヤーが何と言っていたかを思い出した。
そう、彼は『サンドボードのテンプレートを使って作って』と言っていた。つまりあのペンギンの形に見える部分は、中に機体を隠せるサンドボードと似た構造――つまり外部装甲に他ならない。
キシはペンギン型機体の背部にあるバーニアが明るく輝いたのを見て、すぐにサンドボードからファウンダー・エクスリッチを上空へと離脱させた。
その直後、砂地の上をかっ飛んできたペンギンの外装がサンドボードに直撃し、両方ともへし曲がった金属の塊に変わってしまった。
キシがファウンダー・エクスリッチを少し話した距離に着地させ、ペンギン外装を脱いだ機体が立ち上がる。
額に鉢金を撒いたような頭部を持つ、黒色が主体となった機体。二の腕と脛の部分には白い布のようなティシュー装甲が巻かれてもいるため、ぱっと見で『忍者』だと認識できる造形をしている。加えて、頭部の鉢金の中央部には、四角い白地に赤丸がペイントされていた。
その機体を見てキシは歯噛みし、通信を全て切っていることを確かめてから、口を開く。
「いつかはあると思っていたけど、地球の『比野』が操る機体と戦う事態がいまとはね。しかも使っている機体は、俺がこの世界を自覚したあの日に鹵獲した、布魔なんて運命を感じちゃうな」
キシは自分の分身とも言える相手を睨みつつ、自分と同じ技量の相手と戦うにはお互いの機体に性能差があることを重々承知しながら、ファウンダー・エクスリッチを操って戦闘の構えを取らせたのだった。