七十八話 水場での戦闘
湖に集まった人型機械たちは、湖の近くに作業機械が作りかけていた建物を陰にしながら、お互いに戦い始めた。
水中で使うことも視野に入れた特殊な武器を使い、相手を撃破しようと頑張っている。
その攻防のあおりを食らっているのは、水面に浮かんできたリアクターを回収し、岸まで引っ張り上げたばかりの抵抗組織の人たちだった。
「くそっ! お互いにドンパチやかましくやりやがって。オレたちのことなんて、目の中に入ってねえんじゃねえか!?」
「それならそれで好都合だろうが。奴らの視界に入る前に、さっさとここから離脱すりゃいいだけだ!」
水を放出し続けるリアクターをハンディー数機で持ち上げて、えっちらおっちらと運び始める。
最初はメタリック・マニューバーズのプレイヤー同士で戦っていた連中も、視界の端にハンディーたちの様子を見て、訝しげに攻撃の手を止める。
『なんだあれ? あんなNPCが出るって情報、知っているやついるか?』
『いや。ミッション内容には一行も触れられていなかったぞ』
『ボーナスポイント用の撃破対象にしては、行動が間抜けに過ぎるよな。あの水が出ているリアクター、実は打ち抜いたら大爆発する罠なんじゃないか?』
発見した不確定要素について、プレイヤーたちは攻撃を一時中断しながら、全波帯通信でやり取りする。
間抜けな光景に見えるが、彼らは珍しい水場の戦場でのバトルロイヤルを楽しもうとしている熟練者たちである。不確定な要素に手を出して、折角の戦場をご破算にするような真似はしたくないのだ。
『とりあえず、あの作業機械とリアクターは見逃すことで、OK?』
『異議なし。ちょろっと増えるNPC撃破ポイントなんて、この戦場で稼ぐようなもんじゃないしな』
『ちょっと待て。新顔が近づいてきた』
宇宙服のようなずんぐりとした機体を操るプレイヤーが、のそのそと近づいてくる、継ぎ接ぎの機体を発見した。その身動きのあまりの拙さに、素早くNPCだと悟る。
『どうやら、俺たちの戦いに、NPCが邪魔しに入ってきたようだぜ』
『バトルロイヤルの戦場にのこのこと出てきて。攻防戦や拠点防衛戦なら、まだ見逃しようがあったのにな』
純粋な腕比べの場にふさわしくないと、プレイヤーたちはNPCの人型機械を撃破することを優先した。
まずは先ほどの宇宙服のような姿の機体が、手にある水中銃に似た武器の銃口を向ける。
『最初の一機目、もらい!』
水中でも爆発可能な爆薬によって、銃が撃発した。
銃から飛んでいくのは、水の抵抗を極力減らす設計である、細長い棒のような銛だ。
それは空中を矢のように飛び、プレイヤーがNPCだと思っている相手が操る機体の胴体――コックピットを的確に命中し、背中まで貫通する。それだけに留まらず、貫通した銛が一秒後に爆発を起こし、攻撃を受けた機体は胴体に大穴を開けた。
その光景を見ていた他のプレイヤーは、笑い声を上げる。
『うはー、はははっ。えげつねえ武器使ってるな、おい!』
笑うプレイヤーが乗るのは、シュノーケルのような外装が頭についた人型機械。
その機体が持つ銃器から連続発射されるのは、圧縮空気式のダーツ弾。継ぎ接ぎ機体の腰から胸にかけて命中し、当たった瞬間に青白い火花を生み出した。
電撃を放つ弾を見て、銃に新たな銛を装填していた宇宙服のような機体のパイロットが笑い声をあげる。
『うはははっ。そっちこそ、電撃弾使用かよ。その弾を作っている企業の製品はリアルマネーでしか買えないし、それ一発いくらすると思ってんだよ、ブルジョアめ!』
『なっはっはー。今回を逃したら、水場の戦場なんていつ来るかわからないからな。奮発したんだよ!』
通信でやり取りしていたその二機は、近くにNPCの機体はもういないとみて、示し合わせたように湖の中へ飛び込んだ。
そして思う存分に、水中戦を楽しみ始める。
他のプレイヤーたちも似た状況で、まずNPC機体と見た相手を撃破して、悠々とプレイヤー同士の戦いに身を投じる。
湖に入って水中戦を楽しむもの。
水場と地上を行き来しながら、水陸両用機の性能を生かして戦うもの。
水場での戦いが盛んと見るや、あえて地上に残って、建物を盾にしながら戦うもの。
それぞれがゲームとして、この戦場を大いに楽しんでいた。
プレイヤーたちの戦闘が開始されて一分ほど経ってから、サンドボードを操るファウンダー・エクスリッチに乗るキシが戦場にやってきた。
「うっわー。派手にドンパチしているな」
キシが思わず感想を呟いてしまったように、もはや湖周辺は激戦地だった。
湖の水は、中にいる水陸両用機が暴れ回っているため、高波が発生して岸に打ち寄せている。湖面から飛び出てきた魚雷が、乗り上げた地面を滑って建物に命中して大爆発。そこに隠れていた機体が、肩の装甲を展開してマイクロミサイルを射出し、湖の水面に多数の水柱を発生させていた。
建物の陰に隠れながら地上戦を行う機体もいくつかあるが、流石はメタリック・マニューバーズの熟練者たち。一ヶ所に留まらずに、常に移動しながら自分に有利なポジションを得ようと頑張っている。
戦っている機体はどれも、各種企業が提供する既製機ではなく、原形がなくなるまで改造したり一から全部作った機体だ。
「水陸両用機なんて活躍の場が少ないから、企業は収益が見込めなくてデザインしないから、当然の光景ともいえるけどね」
そう呟きながら、キシはこの戦場に割って入る機会を掴めずにいた。
戦闘はバトルロイヤル形式ではあるものの、現状ではほぼ全ての機体が一対一の状況で戦っている。
それにはちゃんと理由がある。
一対一の状況で戦っている二機に、他の機体が横やりを入れた場合、その二機が結託して乱入してきた者を撃破しようと動くのだ。一機を二機がかりで倒した方が、手早く簡単に仕留められると知る、バトルロイヤルを行う熟練者ならではの突発的な共闘というわけだ。
そんな状況になってしまえば、折角の珍しい戦場を早々に退場してしまうことになる。
だからこそ、プレイヤーたちは大人しく一対一の状況で鎬を削り合い、少しでも長く戦闘を楽しもうと頑張っているわけなのである。
こんな戦況であるため、ここでキシが不躾な横入りをした場合、少なくとも二機を同時に相手にしなくてはいけなくなってしまう。そのため、手をこまねいて状況を見るしかなくなっているのだ。
しかし、あえて戦場に飛び込む必要はない。
なにせキシの目的は、ティシリアの兄であるムディソンをこの戦場から逃がすことなのだから。
キシはサンドボードの機首の方向を変えて、数機のハンディーたちが移動する方へ先回りする。
そこでは、トラックや生き残りの人型機械が集結していて、一丸となって脱出しようとしている様子があった。
キシが近づくと、人型機械の外部音声で警告が飛んできた。
『真っ先に逃げだした『知恵の月』の機体が何の用だ!』
刺々しい言葉だが、キシは絶体絶命に陥っている者の発言だからと、優しく受け止めることができた。
『うちの統率役に頼まれて、戦場を脱出するまでの護衛につこうとしているんだ。少なくとも、ムディソンだけは逃がしてくれと言われている』
『抜け抜けとよく言う! 自分たちの頭目は逃がしたから、ついでにこっちも手助けしてやるとは、なんとも傲慢な言い分だな! さては脱出の手助けをすることで、一度は手放した取水権を再度手に入れるつもりだな!』
『自分たちのトップを安全地帯へ先に逃がすのは当然だろ。それにティシリアは、取水権なんて要らないって言ってたよ。ムディソンを助けて欲しいのは、損得ではなく兄妹の情からだと俺は見たけどな』
キシが呆れながら言葉を返していると、憤っている機体の横から、ムディソンが前に進み出てきた。
「僕が脱出する手伝いを、ティシリアが君に頼んだっていうのは本当かい?」
『本当だとも。もっとも、俺が危険と思ったら、あんたを見捨てて逃げろとも言われたけどな』
「あはははー、ティシリアらしい。うん、君の言葉に嘘はなさそうだ。ここは君に手伝ってもらおう。幸い、リアクターを運ぶハンディーは見過ごしてもらえたようでね。いま、トラックの中にリアクターを積んでいる最中なんだ。それが終われば、いよいよ脱出だよ。君の働きに期待するとしよう」
キシがファウンダー・エクスリッチに周囲を見回させると、ハンディーたちが大慌てでトラックに水を出し続けているリアクターを押し込み、縄やワイヤーでぐるぐる巻きにして荷台に固定している姿を確認できた。
もう一、二分もすれば、脱出行が開始できると目算が立ったとき、湖とその周辺で行われていた戦闘の流れ弾が、不幸にも抵抗組織の一団に直撃する軌道を取って飛んできた。
キシは操縦桿を操作すると、サンドボードを突発駆動させて機首が上向くウィリー走行のような状態にする。そしてサンドボードに備え付けの銃器と砲を連射し、ミサイルを空中で撃破、そして爆発させる。
空にオレンジ色の光と激しい爆音が轟くと、湖での戦闘が一瞬だけ停止した。
そのとき、キシは感じた。全プレイヤーの意識が、サンドボードに乗るファウンダー・エクスリッチへ向けられ、次の標的にされたことを。
『どうやら、ミサイル弾を撃ち落としたことで、連中の興味が俺に移ったらしい。ここは別行動をした方が、そっちが生き残る確率が高くなると思うけど、どうする?』
キシがムディソンに尋ねると、人型機械のカメラでもわかるようにか、大きく頭を上下させてみせてきた。
「いま湖で戦っている人型機械たちは美食家のようだから、僕らのような十把一絡げで二束三文な連中を無視して、君だけを狙うことだろうね。つまりそれは、僕らが生き残る道を行くためには、君には離れた場所で戦ってもらた方がいいということだね」
ムディソンは周りにいる抵抗組織の人員に教えるような言葉を放つと、ファウンダー・エクスリッチに向かって深々と頭を下げた。
「君の援護と犠牲に感謝を。僕らは水を生み出すリアクターと共に、この戦場から離脱するとするよ」
『こちらから囮に使えと提案したから、俺が文句をいう筋合いはないんだけど。ここは普通にお願いしますと言ってくれた方が、身が入るんだけどな』
「悪いけど、抵抗組織の頭目となると、他の組織の人員に言葉でなにかを頼んだりは簡単に出来ないんだよね。言質を取られないような行動――例えば頭を下げて見せるぐらいはしてもいいんだけどさ」
地球の常識とは少し違った考えだが、深々と頭を下げることだけがムディソンに許された最大の感謝の示し方なのだと、キシは理解した。
『まあいいさ。俺がムディソンたちを助けようとしているのは、ティシリアに頼まれただけだ。それも、身の危険を感じたら逃げてもいいような、無責任な行動を許された頼まれごとだし』
キシがさっさと行けと、ファウンダー・エクスリッチに身振りさせる。
ムディソンは再び頭を下げ、そして上げると、毅然とした態度で周囲に命令していく。
「我々の目的はすでにはたしている。あとは可及的速やかに、この場から脱出するだけだ! 全員、移動車に乗り込め! リアクターを守る布陣を取れ! 『知恵の月』の彼が囮を引き受けてくれたからには、全速力でこの場から逃げ出すぞ!」
決して荒々しい声ではないが、命令することに慣れたもの特有の、聞いたものが命令を受け入れざるを得ないような不思議な響きの声だった。
抵抗組織の人たちは、嬉々とした表情や、苦虫をかみつぶしたような顔と差異はあるが、全員が命令に従って行動を始め、すぐにトラックが動き始める。
動き始めた彼らを見て、キシはサンドボードを再駆動させて、離れた位置へと移動した。
脱出する抵抗組織の人たちが逃げ進んだ道が、リアクターが生み出す水で濡れた砂と岩石で、大地の上に黒ぼけた線となって続いていく。
その不思議な光景をキシが見ていると、ミサイルのロックオン警報がコックピット内に鳴り響いた。
「さてと、こちらはこちらで、囮役を全うしますか。熟練者との戦闘を楽しみながらね」
キシがサンドボードを蛇行させると、降ってきたミサイルが左右に落ちて爆発し、砂と小石が上空へと巻き上がった。
ミサイルがやってきた方向を見れば、魚雷管を束ねたようなミサイルランチャーを持った、重装甲かつホバー脚を持つ陸地専用と思われる機体が立っていた。
「水中で戦うんじゃなく、水上をホバーで移動できるように改造して、水中の敵も倒せるような武器を装備した機体か。水陸両用機が幅を利かせる水場の戦場では、面白いコンセプトだな」
キシは口元をニヤつかせると、その重装甲ホバー機へ向かって、サンドボードを走らせるのだった。