七十七話 離脱――
カーゴの大群の襲来を聞きつけて、ティシリアはムディソンと面会をとりつけた。
「ほら、私の言った通りでしょ。それと、ここに来るまでの間に、水たまりの中に入った作業員に聞いたけど、作戦自体は上手く行きそうなのよね。なら、もう私たち『知恵の月』がここに留まっている理由はないわよね」
「そうだね。取水権を要らないっていうティシリアを、僕が止めることはできないね」
そう軽く言った後で、ムディソンは笑みを深くする。
「でも、すでに周囲は運搬機に囲まれているようだよ。どうやってここから逃げる気だい?」
「お生憎様ね。私たちだけなら逃げだせるよう、もう算段はついているの」
「それはティシリア自慢の、腕利きの運転手かい? それとも君らの人型機械が乗っている、人型機械用の乗り物が鍵なのかい?」
「どちらもよ。まあ、お兄ちゃんは、リアクターの取得を欲張って死なないように、頑張ることね」
ティシリアはべぇっと舌を出すと面会を終わらせ、すぐに自陣へ引き返した。
そこではすでに、逃げる準備万端整えた、ファウンダー・エクスリッチがサンドボードに乗っていた。
そのコックピットから、キシがティシリアに外部音声で質問をする。
『住居用のトラック、本当にここに捨てていくのか? サンドボードの空き空間に押し込めば、入りそうだぞ?』
「心遣いはありがたいけど、サンドボードの中にあるドドンペリに食料と水は移し替えたし、邪魔になりそうなトラックはここに捨てていくわ。それに休憩所の売り上げを使えば、トラックなんて簡単に手に入るものだしね」
『命の危険を減らすなら、移動用のトラックぐらい惜しくないってことか。でも、本当にいいのか? 俺が加入する前は、あのトラックで移動をしていたんだろ。愛着とかないのか?』
「あるけど、思い出は心の中に置いておけばいいのよ。それに私物なんかは、休憩所に作った自室に全員運び入れてあるから、捨てていっても文句は言われないはずだし」
とにかく問題はないとティシリアは判断すると、サンドボードの側面にある人一人が入れそうなスリットの間に体を入れ込んだ。
中に入ると、サンドボードの空洞の中に仰向けで横たわるドドンペリがあり、そのコックピットが開いている。
そこにはすでに、キャサリン、ヤシュリ、タミルの三人がくつろいだ様子で座っていた。
キャサリンはティシリアが機体を上り始める姿を見ると、コックピットの中に引き入れるように手を伸ばす。
「ティシリア、おかりえなさ~い。外に居るみんなの様子は、どうたったかしらん」
「人型機械の襲撃に慌てふためいているわ。本当にお兄ちゃんってば、性格悪いんだから」
ティシリアが肩をすくめると、ムディソンのことを知っているヤシュリとタミルが苦笑いした。
「あやつは味方だろうと敵だろうと、自分の企みに人が落ちるところが好きな異常者じゃからな。さもありなん」
「普段は優しいいい人なんだけどー、作戦や陰謀の思考に火がついちゃうと、自分の命まで囮に使う悪癖があるからねー」
四人が和気あいあいとしていると、ドドンペリの運転席から通信が入る。サンドボードの上に乗る、キシからのものだ。
『それじゃあ、運搬機から人型機械が出てくる前に、こっちは発進するぞ』
「任せたわ。安全運転でお願いね」
『速度はマシマシで、敵から銃撃を受けないようにするという意味で、安全運転を心がけるとするよ。全員、念のため、ドドンペリの中に入って、コックピットを閉めておいてくれよ』
「了解したわ。いま全員が、すでに中に入っちゃっているから、扉を閉めることにするわね」
ティシリアの指示で、座席に座ったキャサリンがハッチを閉めるボタンを押す。
完全にコックピットが閉鎖され、全周モニターに明かりが点る。
それは、サンドボードの内面の光景ではなく、外の景色が映し出されていた。サンドボードにあるカメラ群からの映像を、ドドンペリが受信しているのだ。
「キシ、準備完了したわ。発進しちゃって」
『了解。じゃあ、行くとするぞ』
キシがファウンダー・エクスリッチの操縦桿とフットベダルを操作すると、サンドボードのお尻にあるバーニアに火が入った。
抵抗組織に人員が多くいる場所では控えめに吹かし、影響が出なくなった地点で最大まで噴煙を上げさせる。
バーニアの炎の大くなったことにより、さらなる加速度をサンドボードが得る。
砂と岩石の大地を蹴立てるサンドボードと、それのハンドルにつかまっているファウンダー・エクスリッチ。
巨大さに目をつぶれば、水上バイクに乗る人のような姿で、地面の上を爆走していく。
『ひゃっほーーーい! やっぱり乗り物って、いいもんだよなー!』
キシが歓喜の声を上げながら、大きな石を避けるようにサンドボードを操る。
ドドンペリにいる四人は、モニターに映る高速で前から後ろへ流れていく景色を見て、目を回しそうになっていた。
「うっわっ。目に見える光景と、体に感じるふらつきが違うから、気分が悪くなりそうね」
「3D酔いに似た感じかしらん。とりあえず目をつぶって、体の感覚だけに集中すれば収まるはずよん」
「ふむっ。サンドボードとやらは、こうして乗ってみてみると、中々にいいものじゃな。もっと簡易な仕組みのものを設計すれば、売れるやもしれん」
「やほおおおおい! いけいけー、キシ! もっとぶっ飛ばせー!」
タミルの歓声に後押しされるように、サンドボードは滑らかに地面の上を滑っていく。
順調な道行きだと思われたそのとき、急にキシが進行方向を変える。
『運搬機から人型機械が出てきた。ここからじゃ数機の姿しか確認できないが、それらが全て水陸両用の重改造機か自己製造機に見える。恐らく他の機体も、似たり寄ったりな改造具合だろうな』
ドドンペリのコックピットへ通信してきたキシの声は、強い緊張感を孕んでいた。
そのことに、ティシリアの顔に不安の色が現れる。
「もしかして、キシでも突破は無理ってこと?」
『そこは安心してくれ。このサンドボードの走破力なら、水陸両用機なら振り切れる。さっきの進路変更を不安に感じたのなら、相手の人型機械とニアミスしないようにしただけだから、心配しなくていい。ただ――』
「ただ、どうしたの?」
『――湖の近くにいる抵抗組織の人たちは、今からじゃ逃げきれないだろうなって』
残酷な現実を突きつけるようなキシの言葉に、ティシリアは少し口を噤んでしまう。
「……それは、わかっていたことよ。警告したのに、お兄ちゃんは聞き入れなかったんだし」
『それでいいのか?』
「いいもなにも、仕方がないじゃない。いまから引き返せば、あそこに集まった全員を助けられるっていうの?」
『そこまでは言えないけれど、ティシリアの兄とその配下だけなら、脱出の手伝いをすることはできるだろうな。もちろん、俺だけが引き返した場合で、だぞ』
どうするかと判断を委ねられて、ティシリアはしばし黙考する。
そうして考えに沈んでいる間に、サンドボードの横のかなり遠い場所を、地球のプレイヤーが操る人型機械――ペンギンに似た機体が腹滑りで移動しながら通り過ぎていった。
やがて、あの機体が出てきたと思わしき、城のような大きさと機銃と砲台が沢山並んだカーゴの形が見えてくる。
ここでようやく、ティシリアは自分の判断をくだした。
「キシ。無茶はしなくていいし、危ないと思ったら逃げていいから、お兄ちゃんの脱出の手助けをしてあげてくれないかしら」
『了解。では、ちょこっと準備と行きますか』
キシはしばらく機体を進ませ続けて、距離がある運搬機の横を通り過ぎたところで停止し、ファウンダー・エクスリッチをサンドボードから下ろした。そして、ファウンダー・エクスリッチを操作してサンドボードを展開させると、ドドンペリを中から出す。
『ここからは、ドドンペリだけで休憩所まで引き上げてくれ。サンドボードは中身が空のままで運用するから』
キシは展開していたサンドボードを戻して、再び騎乗可能な状態にする。
ドドンペリが地につけた足にあるホバーで少し浮遊を始め、そのコックピットにいる四人がキシへ通信を送る。
「お願いね、キシ。無茶をしない範囲で、お兄ちゃんを助けてあげて。でも、仮にここでお兄ちゃんが死んでも恨まないから、無事に帰ってきなさいね」
「女の子の頼みをあっさりと引き受けるその姿は、かっこいいわよん。無事の帰還を、一足先に休憩所に行って待っているわねん」
「機体はぶっ壊しても直してやれるからな。精一杯、暴れてくるんじゃな」
「水陸両用機って興味があるから、お土産によろしくねー」
最後のタミルのおねだりを冗談と理解しながら、キシはサンドボードをバイクのアクセルターンのようにして方向転換させ、ドドンペリに背を向ける。
『それじゃあ、行ってくる。心配しなくても、死ぬ気はないよ』
最大出力でサンドボードを走らせて、キシが乗るファウンダー・エクスリッチは湖へ向かってひた走る。
その姿を見送った後で、ドドンペリはホバー移動で『知恵の月』経営する休憩所を目指して、砂と岩石の大地を進んでいったのだった。




