七十六話 引き上げ作戦
集合から四日後。
とうとう水底にあるリアクターの引き上げ作戦が開始される運びとなった。
先頭で音頭をとるのは、ティシリアの兄で『後ろ足を上げる糞虫』のリーダーであるムディソンだ。
「まずは、水たまりの周りにいる、作業機械たちを排除する。戦闘能力はない見通しだけど、十分に注意して攻撃してくれよ」
「「了解!」」
ムディソンの指示に、彼の配下たちと他組織からの戦闘部隊は一斉に行動を開始した。
武装化したハンディーに乗り込み、携行火器を抱えて走り出し、手足の形に統一性がないレストアされたと思わしき人型機械に騎乗する。
ハンディー一機と歩兵三人が組んで動き、人型機械はその外周に位置して援護の構えだ。
武装した一団が近づいてきたことに、作業機械は気付いたようで、平屋の建築を止めて作業腕を高くあげて威嚇してくる。
だが、その体に銃器の類がないことは、すでにムディソンとその配下が調べて分かっていた。そのため、こけおどしにすらなっていない。
『攻撃開始!』
ハンディーの一機から号令が飛び、直後に全員が発砲した。
ハンディーたちが持つ、人型機械の銃器をダウンサイジングしたような見た目の、カノン砲が吠える。
歩兵たちが投げた榴弾が弾け飛び、構えた銃器が連続して鳴り響く。
砲火と銃火にさらされた作業機械たちは、砲弾に機体を抉られ、銃弾と爆撃で体勢をよろめかせる。
蹂躙は弾倉を交換しながらの攻撃で三分間も続いた。
『攻撃、止め!』
再び号令があり、砲撃と銃撃の音が止み、発砲煙の白いもやが横へと吹く風によって散っていった。
作業機械全機はボロボロの状態で地面に倒れ、オイルと思わわれる液体で地面の砂を黒く染めている。
無事に倒しきったかの調査で、ハンディーが先行して作業機械に近づき、武装のカノン砲の先で強めに突く。
ピクリとも動かないことを確認してから、今度は歩兵たちが作業機械に取り付く。銃撃でボロボロではあるが、使える資材や部品が存在するため、それらを回収に動いたのだ。
ともあれ、これで湖近くの脅威は取り払われた。
安全が確保されたところで、引き上げ作戦の肝となる物資の運び入れが始まった。
まずは、気密が高い布で作った巨大な袋の束が運び入れられる。全て折りたたまれてコンパクトな状態になっている。
続いて、絶縁テープのようなもので機体全体をコーティングされたハンディーが数機。そして、ホースがついたダイビングマスクを頭に乗せた作業員が十数人。そしてホースが何本も突き出ている巨大な機械の塊が登場する。
それらはすべて湖の縁に置かれると、ムディソンがそれらの前に立った。
「奇天烈な作業だけど、君たちならできると信じているよ。水を大量に生み出すリアクターを、僕らの手に収めよう!」
「「リアクターを我らの手に!」」
各組織から選ばれた作業員たちはマスクを顔にはめると、マスクのホースと機械の塊にあるホースとを繋げた。
作業員たちが準備できたと身振りすると、機械が始動する。
唸りを上げ始め、上面にある吸気口から大量の空気を取り入れ、外へとつながっている長い長いホースへと送っていく。少ししてホースの先にあるダイビングマスクに空気が入り始め、排気口から外へと出ていく。
すべてのマスクに不備がないことを確かめてから、一人の作業員が絶縁テープでぐるぐる巻きのハンディーに搭乗する。
他の作業員は袋を抱えると、そのハンディーに捕まった。
『行ってまいります』
マスク越しのくぐもった声で、ムディソンに告げると、人を大量に捕まらせていたハンディーが湖の中へと飛び込んだ。
湖の中は、天然自然の物とは違い、縁からかなり深くなっている。
ハンディーという巨大な重りによって、作業員たちは素早く潜行していく。もとが飲料水にできるほどの綺麗な水であるため、水中視界は大変に良好である。
数分後、深度五十メートルを少し超えたところで、湖の底へ到着。
のしのしとハンディーは湖中央へ向かって水底を歩き始め、捕まっている作業員たちは周囲に視線を向けてリアクターを探す。
太陽の光は、水で多少減衰されているものの、水底に到達しているので少し遠くまで見える。そのお陰で、早々とリアクターを発見することができた。
人型機械に入っているものより優に大きく、カーゴに内臓されているものよりやや大きな、巨大と言えるリアクターだ。
そのリアクターには複雑な構造の機械が取り付けられていて、外へ突き出たパイプの一つの先が揺らいでいる。そのパイプから水を大量に吐きだしているようだ。
作業員たちは目的のものを発見したことを喜びつつ、さらに接近する。
肉薄の距離まで近づくと、作業員たちはハンディーからリアクターへと捕まるものを変えた。そして浮力で浮き上がらないように手や足で体を固定しながら、持ってきた袋を各所に設置して広げていく。
袋にあらかじめ作られていた穴に、作業員の数人が自分のマスクにあるホースを繋げ、水の中でも使える粘着テープで接合部をぐるぐる巻きに止めていく。
袋に地上から伸びるホースを繋げたことで息ができなくなった数人の作業員たち。彼らのために、他の作業員が近づいて自身の空気が常に出ている排気口に、彼らのマスクに繋がるホースを繋げた。これで、多少新鮮ではないものの、呼吸可能な空気を送ることができる。
こうして、すべての袋の穴にホースが繋げられ、袋がしっかりとリアクターに取り付けられたことを手早く確認すると、作業員たちは水底からの浮上を開始した。ハンディーは浮くことができないため水底に放置だ。
彼らが浮き上がっていく足下では、リアクターに取り付けた袋が、地上から送られ続ける空気によって膨らみ始めていた。
作業員たちはその光景に満足し、水面を目指して浮上していったのだった。
作業員たちが帰還して、四半日が経過した。
袋が満杯になる程度の空気は送れているはずなのに、一向にリアクターが浮上してくる様子はない。
ムディソンが不思議に思い、この作戦の提案者であるティシリアに理由を聞きに行った。
「どうして浮上しないのか? そんなの、浮力が足りていないか、袋の空気が外に漏れているかよ。もう一度、作業員を送り込んだらどうなの」
「水底という慣れない作業をさせたからか、彼らは体調が悪いそうなんだけど、仕方がないよね」
ティシリアの見解に妥当性を感じたムディソンは、もう一回作業員に働いてもらうことにした。
幸い、水中でも使用できるハンディーはまだあるし、浮力を作る袋と空気を送る機械の予備はあるので、『後ろ足を上げる糞虫』の本隊に要請すればの追加は可能だ。
ただし、袋と機械装置は到着まで、どんなに急いでも二日は必要になる。
ムディソンは物資が届くまでの間、再び過酷な作業を強いることになった作業員たちに、酒や食料を多めに融通することにした。
そして三日後、追加の袋が到着した。
作業員たちは、日増しに体調が悪くなっている様子だったが、ムディソンの命令に嫌な顔はせずに再び水底へと下りていく。
三日越しに見たリアクターには、大きく膨らんだ袋がくっついていた。
袋と地上からのホースとの接合部からは、多少の空気が漏れ出ているが、袋の膨らみ具合は十分に感じられる。
純粋に袋の数が足りなかったのだと、作業員たちは判断した。
すぐさま追加の袋をリアクターに設置し、地上からのホースを繋いでいく。
ここで、ハンディーを操っていた作業員が少し機転を利かせた。追加の袋が少し膨らむまで待ってから、ハンディーでリアクタを持ち上げてみたのだ。
地上では少しも動かすことができないであろう巨大なリアクターが、水底から少しだけ持ち上がった。
その光景を見て、作業員たちは今度の作業は成功すると確信し、水面への浮上を開始する。
そんな作業の終わりを確信して満足気な作業員たちとは打って変わり、地上にいる人たちには緊張が走っていた。
それは、一つの報告から端を発していた。
テントで作業を待っていた人が、たまたま自分の携帯端末を見て、いい情報がないかを調べていて、突然に大声を上げた。
「この近くで、人型機械どもの運搬機が大量に移動中だと!?」
唐突な情報に対する驚愕の叫びを聞いて、テントにいた他の人たちも素早く自分の端末を精査した。
それぞれが違う情報元を持っているにも拘らず、全員が同じ情報を受け取っている。
つまり、多数のカーゴが近くにいることは確実となった。
そして、大量の人型機械が襲来しそうな場所など、この近辺ではこの湖しかないことにも気づいてしまう。
ここで彼らの頭に浮かんだのは、引き上げ作戦を主導しているムディソンが『知恵の月』の離脱を止めたという事実。
離脱する理由がそのときはわからなかったが、『知恵の月』が人型機械の襲来を予見していたとしたら説明がつく。
そして聡い何人かは、ムディソンは『知恵の月』から離脱する理由を聞いていたに違いないと考えた。
彼らはムディソンに詰め寄り、事の次第がどうなのかと質問する。
「もしこの襲来を予期していたのなら、どうして情報を共有してくれなかったのです!」
「このままでは、リアクターを引き上げたとしても、我々は全滅だ!」
ムディソンはにこやかな顔を崩さずに、落ち着けと身振りする。
「我々が水底のリアクターに手を出せば、遅かれ早かれ襲撃されるのは分かっていたことでしょう。実際に、運搬機を奪取した組織は、先日襲撃を受けたわけですしね」
「それは、その通りかもしれないが。襲撃があっても対処ができるからと、リアクターの所有権は『後ろ足を上げる糞虫』にお任せし、我々には取水権を渡してくれるという約束だったはず!」
「リアクターを引き上げる際に襲われるのでは、話が違うではないですか!」
激しく詰め寄られても、ムディソンは余裕の態度を崩さない。
「責任問題をここで論じても、襲撃がなくなるわけじゃないことはお分かりでしょう。そして、引き上げたリアクターの管理ができる組織は、前回の襲撃を退けた僕ら『後ろ足を上げる糞虫』しかいないでしょう。さてでは、あなたたちは愚にもつかないことを、どうしてぐだぐたと言っているのでしょうか? いまは自分たちがどうやって生き残るか、話し合うべき場面では?」
ここでようやく彼らは、ムディソンが襲撃情報を黙っていたか理由がわかった。
襲撃が起ころうが起こるまいが、ムディソンにとっては手間は違っても、得られる利益は同じなのだ。
そして、襲撃されるかもしれないと逃げ帰る人がいた場合、彼らの取水権を取り上げることで、損失を少なくすることもできる。
ならば、襲撃情報を喋るより、黙っていた方が得が大きい。
だからこそ、襲撃の事実を知る『知恵の月』を、情報封鎖の観点から目が届くところから逃がさなかったのだ。
上手いこと踊らされていたと気づいて、会議の参加者の顔に怒りによる赤みがさした。
「傲慢な! そちらがその気なら、こちらにも考えがあるぞ!」
「貴様の邪な企みを、他の組織に暴露してやる。疎外される恐怖を味わうといい!」
「襲撃を受けて大損害を受けるぐらいなら、取水権を諦めて逃げたほうが賢い選択だ!」
強気に出る彼らに、ムディソンは口の端を大きく曲げる、にやりとした笑みを向けた。
「さて、逃げられますかね。あなたたちの情報は、少し古いようだよ?」
ムディソンの言葉が正しいと証明するかのように、テントの中に人が入ってきた。彼は人型機械を運転していた、『後ろ足を上げる糞虫』の一人だった。
「少し離れた場所で周辺警戒中、運搬機を確認! その数、六十! この水たまり周辺に、展開を始めました!」
絶望的な報告に、ムディソンは笑顔のまま、他の面々は血の気が引いた青い顔になったのだった。
メタリック・マニューバーズの世界は、深い水が大陸内にないので、作業員どころかほぼ全ての人間が潜水症を知りません。