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七十三話 ティシリアの兄

 キシたちが参加要請があった地点に到着すると、そこはオアシスに化そうとしている風景が広がっていた。

 直径五百メートルはある大きな湖は青く澄んだ水を湛え、周囲には緑色の草が生え茂っている。

 その砂と岩石の中に現れた奇跡を守るかのように、自動運転で動いているシャベルカーに似た工作機械が、周囲の地面を掘り返して堤防を作っている。

 コンクリートミキサー車のような機械もあり、こちらは地面の砂と岩石を回転する胴体に取り込むと、突き出た細長い機械腕の先からコンクリートのような混合物として吐きだしていく。少し時間を置いて見てみると、3Dプリンターのような方法で平屋の建物を作っていっていることがわかる。

 この光景を見て、キシは納得がいったことがあった。


「砂と岩石ばかりの土地だし、住んでいる人たちはコンテナを流用したり岩石をくり抜いた中に暮らしているのに、どうして廃都市のような廃ビル群があるか謎だったけど。こうやって作られていたのか」


 そう呟きながら、キシは他のメタリック・マニューバーズの戦闘マップも、こうやって出来上がったのだと理解した。

 一方で、トラックから降りてきたティシリアは、顔を撫でる風に頬を緩ませる。


「大きな水たまりがあるからかしら、風がいつも以上に涼しいわね。それに周囲に生える草の緑って、生まれてから数度しか見てたことないのに、どうして心が穏やかになるのかしらね」


 優しい顔で風景を見つめるティシリア。

 運転席から降り立ったキャサリンも、気持ちよさそうに背伸びをする。


「んうぅ~~♪ 空気に湿度を感じて、かさつきがちだったお肌が潤ってくる気がするわねん。でもいっそのことだから、あの邪魔っけな機械たちがいなければ、あの湖で泳ぎたいぐらいよね~」


 キャサリンが太陽の光を反射する揺れる湖面を見つめていると、ティシリアが驚いたという目を向ける。


「泳いだことがあるの?」

「もちろんよ。美容には運動が必須だし、水泳が一番効果が高いっていうから、何日かに一回は泳いでいたわ~。この体ではないけどねん♪」

「キャサリンやキシの大元がいたところって、泳げるほどの水量が常にある場所だったの?」

「場所によって違うけれど、ワタシのいたところは水が豊富な土地だったわね~」


 ティシリアが信じられないという顔をしていると、その背中をヤシュリが押した。


「ほれ、お嬢。ここでボーっとしてないで、顔合わせにいかんと」

「そうだったわ。それじゃあ――キシはそのままファウンダー・エクスリッチで待機、やすりとタミルはトラックの検査と必要なら整備、キャサリンは私と一緒に顔見せに行くわよ」


 ティシリアの指示に全員が従い、それぞれが行動を起こした。

 ティシリアとキャサリンは、湖の周り――作業機械が働くさらに外周にある、二十人ほど入れそうな大きな砂色のテントへと向かう。

 出入口を封鎖していた強面の男二人が、銃を向けようとして、ティシリアの顔を見てにこやかな顔になった。


「ティシリアさん、お久しぶりです。また顔がみれて嬉しいですよ」

「あなたの兄――ムディソンさんは中にいますよ。その元気な姿を見せてあげてください」

「あははっ、ありがとうね」


 ティシリアはこの二人が苦手らしく、愛想笑いを浮かべながら中へと進む。

 キャサリンも後に続きながら、お茶目な感じで、この二人にウィンクと投げキッスを送りながら通り過ぎた。

 テントは厚手の布でできているのか、外はカンカン照りにも拘らず、中はかなり薄暗い。出入口と側面にある小窓は開けられているのにも関わらず、光源を得るために、天井からランタンを吊るしてあるほどだ。しかし、そのぶ厚さのお陰で太陽の熱も遮られているようで、中は外に比べてだいぶ涼しい。

 ティシリアが快適さに目を細めながら、居並んだ人たちを見魔渡す。

 すでに十人以上が席についていて、空いている席は一つだけ。

 ティシリアたちが最後の参加者だったようだ。


「遅れて申し訳ないわね。色々と立て込んでいたものだから」


 悪びれた様子もなく、ティシリアが空いていた席に座ると、集まった人たちから白い目を向けられた。


「最後にやってきて、なんだその態度は」

「君が到着するのを、我々は待っていたのだよ。遅参の弁の一つでも述べたらどうだい」


 非難の声に、ティシリアは意外という顔をわざと浮かべる。


「あら、変なことを言うわね。私は参加を要請されたからここに来たのよ。必要ないというのなら、帰らせてもらうわ。色々と予定が詰まっていて忙しいのよね」


 席を立とうとすると、すぐに待ったがかかった。


「まあまあ、ティシリア。そう結論をいそがないでくれないかい。君を読んだ僕の面子のためにもさ」


 声を上げたのは、テントの奥側――作戦を主導する立場の人が座る上座にいる、一人の青年だった。

 年齢は二十に届くか届かないかといった感じで、汚れの無い上下一体のツナギをしっかりと着こみ、赤い髪を整髪料で整えている。顔つきは柔和そうで、体つきも細く、中性的な印象があった。

 一見すると気弱そうな青年だが、彼の一言で周りの大人たちが一様に口を噤んだのを見ると、腕っぷし以外の才能で全員から一目置かれているということがわかる。

 そんな彼を見て、ティシリアは仕方がないという様子を装いながら、椅子に座り直した。


「お久しぶりですね、兄さん。いえ、『後ろ足を上げる糞虫スカラベ』代表のムディソンさんと言った方がいいかしら?」

「兄妹なんだ、そう硬い口調で言わずに、お兄ちゃんとよんでくれていいんだよ」

「いえ、会議の場ですから」

「じゃあ、この後で私的な場を設けるから、そこではお兄ちゃんと呼んで欲しいかな」


 ニコニコと優しそうに笑うムディソンだが、ティシリアは油断してはいけないと自制する。

 他者から侮られそうなその見た目も、『後ろ足を上げる糞虫』という笑われそうな組織名も、相対した者を油断させるためだと強く知っているからだ。

 ティシリアは一段階警戒度を上げつつ、あえてふてぶてしい態度で挑むことにした。


「それで、どうして兄さんは私を呼んだのよ。外を見ればわかると思うけど、『知恵の月』が出せる戦力なんて、吹けば飛ぶような数しかないわよ」

「いやいや、謙遜しなくてもいいよ。僕たちが甚大な被害を出して運搬機カーゴを守り抜いたのに、そっちの被害は目算で見積もりが出るほど軽いものだったというじゃないか」

「被害が少なかったのは、最後の一番強い襲撃者相手に運搬機を捨てたからよ。攻撃を食らって吹っ飛んだことは、そっちの耳にも入っているんでしょ」

「でもそれって、ニセモノだったんだよね?」

「弄した策が当たっただけよ。予想が間違っていたら、運搬機を壊されていたに違いないもの」


 兄妹の関係とは思えない、腹を探り合う言葉が続く。

 しかしティシリアは、ムディソンがこの言い合いを楽しんでいると彼の表情から見ると、すぐに方針転換した。


「こうして面倒くさい会話をしたところで、周りの人が迷惑にしかならないわね。本題に移りましょうか」

「そうかい? 彼らは反対しないと思うけどね?」


 ムディソンが周りに視線を向けると、賛成とも否定とも取れない微妙な反応が全員から返ってきた。

 その情けない様子に、ティシリアはため息をつきたくなる。


「さっきも言ったけど、お喋りに付き合うほど暇じゃないの。本題を話しなさいってば。それで役に立てないと判断したら、すぐに帰るわ」

「そんな心配は要らないよ。なにせ、君たちの知識が必要になるんだから。ああ、言いなおそう。『知恵の月』に所属している、人型機械から引っ張り出した『頭が壊れていない』運転手の知識がね」


 それが誰のことであるか、ティシリアはすぐにわかり、眉を寄せる。


「私たちを呼んだ理由はわかったわ。それで、何が聞きたいのよ?」

「そう会話を急がないでくれ。まずは、僕たちがどうしてこの場所にいるかが先だよ」


 ムディソンは懐から携帯端末を取り出すと、指で操作する。

 その途端、テント内にいる全ての参加者の端末から、新情報の着信音が流れた。会議の場ということで、音が流れない設定にしていた者もいたにも関わらず。

 ティシリアは「悪趣味」と呟きながら、自分の端末を取り出して、画面に目を向ける。

 そこには『水底に眠る秘宝を奪っちゃおう♪』という、軽いタイトルがつけられた文章が現れていた。内容も、幼児向けと思えるほど、優しい口語文章が続いている。


「……これは何の冗談なのかしら?」


 ティシリアが白い目を向けると、ムディソンはにっこりと笑い返してきた。


「今回の作戦案だよ。硬い感じで書くよりも、軽い感じの方が親しみが感じやすいかなって思って、文体を変えてみたんだよ」

「……まあいいわ。内容を読み解く限りは、しっかりしているようだし」


 ティシリアは一通りざっと読み終える。


「つまり、水を生み出す大型リアクターは、いまはあの水たまりの底にあるから。引っ張り上げて自分の物にしたいわけね」

「そんなつまらなく要約しないでほしかったなー」

「違うの?」

「違わないけどね」


 ムディソンの言葉はイラっときそうな感じが多いが、それをわざとやっているのだとティシリアは知っているため、ぐっと怒気をこらえる。


「作戦内容はわかったわ。それで、成功した後の分配はどうする気なの?」

「リアクター自体は、僕――『後ろ足を上げる糞虫』が所有することになるね。今回参加に作戦してくれた組織には、貢献度に従って取水権をプレゼントする気だよ」

「取水権ってことは、水を貰える権利よね。そんなものに、私には価値のないものなんだけど?」

「いやいや、水を貰えるだけじゃないよ。貰える分の水を、物価に応じたお金に変換して渡すことも可能だよ」

「それって、取水権を売るってこと?」

「いいや。取水権は保持したままで、一定期間を経るたびに貰えるものだよ」


 株式の配当金に近い仕組みとティシリアは理解し、経験してきた借金苦からお金は大事と判断した。


「話を聞くわ。それで、私たちの役割はなんなの?」

「まずは、ここにいる全員から情報を出して欲しいんだ。この状況に似たことが、昔になかったか。あれば、その様子を教えてほしい。不確かな言い伝えでもいいよ。それと、水底にあるリアクターをどうやって引っ張り上げるか、その知恵を持っている人は披露してほしい」


 ここまでのティシリアの発言から得られた情報と、ムディソンのいまの言葉を受けて、参加者全員が自分の端末にある情報を呼び出して確認していく。

 一方でティシリアは、ムディソンの提案に従わないと言いたげに、自分の端末を仕舞ってしまう。

 その後、会議はムディソンとティシリア以外の参加者で進められることになったが、特に大した成果もないまま休憩時間に入ってしまったのだった。

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[一言] 「そうだったわ。それじゃあ――キシはそのままファウンダー・エクスリッチで待機、やすりとタミルはトラックの検査と必要なら整備、 やすり>ヤシュリ 「まあまあ、ティシリア。そう結論をいそがない…
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