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七十二話 移動&休憩所

 それぞれの組に分かれて、さっそく行動が開始された。

 そしてキシは、初っ端から不愉快さで眉を寄せていた。

 なぜかといえば、彼が操るファウンダー・エクスリッチのコックピットに、彼を含めて五人もの人間が入って狭いためだ。

 座席に座って操縦桿とペダルを操るキシの膝には、体型が小さくて体重が軽いタミルが座り、その周りに他の三名がいる。その三人のうち二名が立ち、一名が座席の真裏にある作り付けの補助椅子に座るということを、順番にやっている。

 空間的に見れば、まだ一人分ほど余裕があるが、キシにとってはコックピットは一人で使用するものという意識が強く、五人一緒にいる今の状況に圧迫感を感じていた。


(『タラバガニ』の中に潜り込む作戦のときと似た状況だけど、あのときは一時的な措置だった。けどいまは、これから『知恵の月』の休憩所に戻るまで、ずっとこの状態がつづくんだよな)


 キシは吐きかけたため息を飲みこんで、周囲の人の気配を意識しないように、ファウンダー・エクスリッチの運転に没頭することにした。

 一方で、他の四人は何もやることがない。

 ヤシュリは必要がなければ喋らない性格なので静かにしちえるが、ティシリア、キャサリン、タミルの女性三人が暇を持て余して会話を始めてしまう。


「へぇー。キシたちの世界だと、女性ってお化粧するのが当たり前なのね」

「正しく化粧すると女性はより輝くんものなのよん。それと、日々のスキンケアも大切よ~」

「肌の整備かー。そんなこと、やったことないなー」

「ティシリアちゃんやタミルちゃんみたいに若い子でも、早い内からスキンケアをしておかないといけねいわよぉ。後々シミやソバカスになっちゃうんだから~」


 美的な話題は、どこの世界の女性でも共通らしく、話に花が咲いている。

 そのこと自体は喜ばしいが、膝にタミルを置いている関係で、キシは彼女たちの会話の中心地に置かれているような状態になり、姦しい声が否応なく耳に入ってきてしまう。


「あと、女性が美しくなるといえば、やっぱり恋よね~。二人はどうかしら、恋してる~?」


 キャサリンの話題を変えたひと言に、ティシリアが憮然とした顔をする。


「恋愛をやっている暇なんてなかったわよ。両親と暮らしていたときは、抵抗組織の仕事を覚えるのに忙しかったし、『知恵の月』を立ち上げてからは借金苦で金稼ぎに奔走していたし」

「機械いじりが楽しくて、それ以外はどうでもよかったしー」


 タミルも苦笑いを浮かべたところで、キャサリンが身をくねらせながら抗議した。


「んもう! なにをやっているのよ二人とも。一人前の女性になるには、恋愛は必須よ、必須! そして時代は、女性にアクティブさを求めているわ! 自分からグイグイいかないでどうするの!」

「そう言われても、相手がね」

「『知恵』じゃ、年頃の男性って、長いことビルギだけだったしー」


 二人の主張に、キャサリンですら「それは仕方がない」と頷いてしまう。

 会話を耳にしていたキシは、ついついビルギの今後の活躍を祈ってしまった。

 そんなキシの頭を、キャサリンが平手で優しくポンポンと叩く。


「いまじゃ、このキシだっているし、休憩所にくるお客さんもいるじゃないの~。恋愛しようと思えば、いくらでもできるでしょぅ~?」

「ちょっと、急に何を言い出すんだよ!」


 変な風に会話に巻き込まれたことにキシが抗議の声を上げるが、ティシリアとタミルは盲点だったという顔になる。


「そう言われて考えてみれば、キシって、かなり優良物件よね」

「運動はダメダメだけど、機械の運転はピカ一だしねー。売り出すところに売り出せば、買い手が殺到する商品だよねー」

「なんだか男性じゃなくて、商品として見られている気がするんだが?」


 キシが半目を二人へ順番に向けるが、返ってきたのは呆れ顔だった。


「優秀な技能があるってことは、最も重要な魅力よ。それがなきゃ、顔や性格が良くても、ヒモにしかなれないじゃない」

「その通り。見た目よりもスペック重視なのは当然だよー」

「……腕前を買ってくれるのはいいんだけどさ。二人のその言い方だと、俺の顔が不細工って言われている気になるんだけど?」

「そんなことないわよ。キシは見れる顔しているし、性格は良いと言える部類だわ」

「もうちょっと押しが強ければ、恋人がすぐにできるって。頑張ってー」

「えっと、その、有り難う」


 ついお礼を言ったところで、キャサリンが堪えきれない様子で笑い出した。


「ぷふははは。それって、二人はキシを恋人にする気はないってことでしょ~」

「ないことは、ないわ。けど、いまは『知恵の月』の活動を優先したいってだけよ」

「いま恋人が必要だって思えないしー。必要と思ったときに、改めて考えればいいかなーって」

「んもう! だからさっき乙女は恋してこそだって、言ったじゃないのお~」


 キャイキャイと騒ぎ始める三人に、キシは話題のダシにされただけだと悟り、人知れずにため息をだす。

 そのとき、肩にヤシュリが手を置いてきた。手つきは慰めるもので、気を落とすなと伝えてくる。

 変にに慰められたことで、さらに気分が落ち込んだキシは、再びファウンダー・エクスリッチの運転に注力することにしたのだった。




 『知恵の月』の休憩所に到着した。

 ファウンダー・エクスリッチの機動力と、一直線に移動したお陰で、行よりも日数を短縮することができた。

 それでも、狭い空間に五人もすし詰めになっていたため、休憩所に降り立った五人の顔は晴れ晴れとしている。

 広い空間を満喫していた彼らの元に、警備をしていたらしい『砂モグラ団』が数人近づいてきた。


「一機だけで、どうしたんですかい!?」

「まさか、他のみんなは!?」


 誤解している様子に、ティシリアが違うと身振りした。


「他のみんなも、全員元気よ。ただ事情があって、別行動中なのよ」

「そうなんですかい。安心しやしたぜ」

「それで、どうして姐さんたちは休憩所ここに戻ってきたんで?」


 ティシリアが彼女の兄の抵抗組織から、支援要請が来たことを伝えた。


「だから、移動のための住居用トラックを取りに来たのと、ファウンダー・エクスリッチの戦闘用整備をするために、ここに寄ったのよ」

「そういうことですかい。それじゃあ、オレらは水と食料をトラックに運ぶことにしやす」

「お願いね。ああ、そうそう。休憩所の運営、どんな調子かしら?」

「へい。万事滞りなくでさ。定住する人も、少し増えやしたぜ。詳しいことは、うちの親分リーダーが知ってまさ」

「問題がないなら、それでいいわ。時間がないから、用事が済んだらすぐに出発するつもりだし」


 ティシリアがよろしくと身振りすると、『砂モグラ団』の一人が休憩所の建物へと走っていき、残りは周囲の警戒に戻っていった。

 ティシリアとキャシーが住居用トラックを取りに動く。一方で、キシはファウンダー・エクスリッチに再び乗り、ヤシュリとタミルと共に運搬機カーゴへと向かった。

 中にある空きハンガーに機体を固定すると、キシはコックピットを開けて、ヤシュリたちに注文を告げる。


「整備は、被弾で穴が開いた箇所の修復と盾の装着、複数の武器と弾倉を直接機体にくっ付ける方法で武装化、外部装甲はなしでお願い」

「上にかぶせる装甲は、本当に要らんのか?」

「ここまでの道中、ティシリアに例の場所の情報が他にもないか確かめてもらったんだ。けど、その場所に関する情報はどこにもなかった。運搬機の通信設備から得られる、イベントや戦場の情報にもなかったんだ」

「それがどうした?」

「初心者が使っていた運搬機には、あの場所の情報が送られていない――つまり、最低でも初心者を脱した人たち向け、もしくは熟練者用の戦場ってことになるんだ」

「なるほどの。つまり相手は、前に戦った連中よりも手強いわけじゃな。だが、どうして追加の装甲は要らんのじゃ?」

「あってもなくても、対して違いがないからかな。これから戦う相手は、多少の装甲の差なんて関係のない腕前を持っているだろうから」

「ふむっ。整備の時間を減らすためにも、なくていいものなら付けずに置きたいわけじゃな。分かった。キシの要望通りの整備をするとするわい」

「よろしく――」


 用件を伝えたキシは、整備の邪魔にならないようにコックピットから出たところで、カーゴの端に置かれた物体が目に入った。

 それは休憩所を襲撃してきた人型機械の持ち物だった、高速移動用外殻――サンドボードだった。

 キシはこれから戦うであろう相手のことを考えて、万が一のための方策を取ることに決める。


「タミル。キャサリンが使っていた機体って、どこにある?」

「ドドンペリのこと? それなら四番ハンガーに吊っているよー。他の人を乗せたくないって要望があったからー」


 キシが四番ハンガーに目を向けると、落ち着いた黒色で塗られた中速度帯の機体があった。

 流線型の肢体であるため、柔らかい印象の外観。関節部に保護用の装甲があるものの、全体的な特徴は薄くて地味である。しかしその中で一番目を引くのは、ホバー移動用と思わしき膨らんだ脹脛ふくらはぎ。太腿と合わせて見ると、下膨れのワインボトルのように見えなくもない。


「よくあるホバー脚だけど、その形状をドンペリと表すあたり、キャサリンぽいな」


 キシは感想を小さく呟いてから、タミルをもう一度呼んだ。


「お願いがあるんだけど」

「出発まで時間がないから、そんな大したことはできないよー?」

「キャサリンのドドンペリを、サンドボードの中に入れてくれないかな」

「……端末で指示すればハンガーの腕が勝手にやってくれるからやってもいいけど、必要なことー?」

「人型機械が一機だけってのは不安があるから、何か起こったときのバックアップに一機持って行きたいんだ。けど、キャサリンはトラックの運転があるだろ」

「あー、予備の機体を運搬するために使うわけねー。そういうことなら、いーよ。けど、運転は上にのるファウンダー・エクスリッチが行うわけだからー」


 タミルは両腕で大きく丸を作ると、考えながら手にある端末を操作していく。

 すると四番ハンガーの作業腕が動き出し、端に積まれていたサンドボードの一つを持ち上げ、ドドンペリの上にかぶせ始めた。

 その様子と、端末画面を見比べていたタミルは、キシに満面の笑みを向ける。


「これで設定は終わったから、あとは任せておけば、だいじょーぶ。時間までには仕上がるよー」

「助かった。それで、俺が手伝えることはある?」

「んーと、ないかな。お爺ちゃんはどう思う?」

「なんもないわい。運搬機の中での仕事は、ハンガーの腕があるからの。人では足りておるよ」


 ヤシュリも必要ないと身振りしたので、キシは心おきなくカーゴから離れることにした。


「わかった。じゃあ、邪魔にならないように、外に出ているよ」

「これからまた移動だから、キシはたっぷりと食事と休憩をとっておいた方がいいよー」

「二人も、作業が終わったら休んだ方がいいよ。ここまでの道中、ずっと狭い場所にいたんだしね」

「言われんでも、整備が終わったら、ここからしばらくワシらの出番はないからの。移動中のトラックの中で、寝こけさせてもらうわい」


 忙しそうにする二人に整備を任せて、キシはカーゴから出ると、休憩所へ向かった。

 そこで久々に食べて飲む、作り立てのレーションと出来立ての水の味は、狭いコックピットから解放された気分も手伝って、キシは新鮮さを強く感じて頬がほころんでしまうのだった。

ドドンペリのイメージは、機動戦士ガンダム MS IGLOOの『ヅダ』を少しだけ装甲アップして、ドム・トローペンの膝下を移植した感じで、色は黒。

四十三話夜戦開始 の中で、最後の方に雑に鹵獲された中速度帯の機体がこれです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「なんもないわい。運搬機の中での仕事は、ハンガーの腕があるからの。人では足りておるよ」 人で>人手
[一言] 元は高速機なのに中速機になるのか...
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