六話 ドライブ
『ディシリア』『ティシリア』と表記ゆれがありましたが、『ティシリア』に統一することにしました。
よろしくお願いします。
岩石と砂ばかりの場所を、弾薬コンテナにタイヤを履かせたトラックが、一台きりで進んでいく。
大きい石に乗り上げないように、柔らかい砂にはまらないように、巧みに車体が動きながら、かなりのスピードで突き進む。
そこ運転席に座っているのは、キシだった。横の助手席には、少し前まで運転をしていたビルギの姿があった。
「やっぱり人型機械を上手に運転できるだけあって、トラックの運転もお手の物ですね。僕じゃ、こんなに揺れを少なく進ませることなんてできませんよ」
「地面や路面の状況の読み取りは、人型機械を運転するためには必須だから、俺が慣れているってだけだよ」
談笑をする二人。だがキシの後頭部の後ろには、銃を構えた戦闘部隊の一人――豊かな髭を蓄えた総髪の老人が立っている。その銃口は、キシの後頭部へ向けられていた。
そんな状況にも関わらず、キシが気にした様子がないことに、戦闘部隊の人は呆れ顔になる。
「なあ、『赤目』。銃口を向けられて、怖いと思わないのか?」
「いや、怖いですよ。でも、俺が変な動きをしない限り、引き金を引いたりしないでしょ?」
「そりゃあな。あんたは、お嬢が作った作戦で一番重要なカギだ。咎もなく怪我を負わせるわけにはいかん」
「それさえ分かっていれば、怖さを押し殺して運転するぐらいはできますよ」
ルンルンと運転を続けるキシに、老初の老人は疲れたような表情を浮かべた。
「……くだらんわな」
老人は銃口下げると、床に座ってしまった。そのうえ、干し肉のようなものをポーチからとりだし、むしゃむしゃと食べ始めた。
キシは横眼でその姿を確認すると、微苦笑する。
「職務放棄していいんですか?」
「ふんっ。反抗のハの字もない奴に銃口を突き付け続けるなど、疲れるだけだ。心配せんでも、お前が変な行動をとったら、即座に撃ち殺してやるから安心せい」
「おお、怖い怖い。でも、できれば俺のことは『赤目』やお前じゃなくて、キシって呼んでほしいんですけど」
「なれ合う気はない。『お前』で十分だ」
「戦闘部隊の他の人たちも名前を教えてくれないのは、それが理由ですか?」
「その通りだ。お前もこちらのことは、兵士一、二、三ぐらいに思っておけば良い」
それ以降は、キシが話を振っても、むっつりと黙って声を返してこない。
つまらないとキシが思いながらふと横に目を向けると、ビルギがおかしそうに笑っていた。
「どうしてそんなに笑っているんだよ」
「いや。あの人に恐れず言い返すなんて、キシさんは肝が据わっているなと」
「俺は小心者だよ。ただ機械を運転しているときは、ちょっと大胆になるだけ」
「ちょっとで、あれですか」
本当におかしそうに笑うビルギに、キシはあることを思い立つ。
「ビルギは、あの人の名前しっているんでしょ。教えてよ」
「ダメですよ。教えたりしたら、今度は僕の後頭部に銃口がくっつけられちゃいます」
「ちぇっ。ダメだったかー」
さほど残念そうもなく呟いた後で、キシはトラックの運転に集中することにした。
運転席にいる三人は知るよしもないことだが、岩石と砂ばかりの場所でも滑らかに移動を続けるため、生活空間に改造された荷台にいる面々は夢の中に落ちてしまっていた。
ビルギの指示通りにトラックを走らせ続けて、夜になった。
この世界でも、太陽が沈めば月が現れること、その月の数が地球と同じ一つだけということに、キシは感慨深い思いを抱く。
ゲームの世界だと信じて人型機械を操っていた頃にも、夜間戦闘を行うことがあったが、こうしてのんびりと月を見上げるなんてなかったためだ。
その様子がぼーっとしているように見えたからか、ビルギが心配そうに声をかけてくる。
「キシさん。疲れたのでしたら、変わりましょうか?」
「いや、空にある月と星が綺麗だなってね。まあ『天の川』以外、星の配置が地球とは全く違うから、やっぱり違う星なんだと実感もあってさ」
「そんなに星が違いますか?」
「明るい星の形を結んで、星座ってのを作るんだけど。北半球にあるはずの『ひしゃく』や『W』。南半球にならある『十』の形が見当たらないんだ。その代わり、円形っぽい形の星座があったりさ。やっぱり違うよ」
キシが示したのは、八個の星が円周上に並び、中心にひときわ輝く一つの星を戴いた星座だった。
ビルギはそれを見て、納得したように頷く。
「『的座』ですね。中心にある星から外周に一つだけある赤星を結んで、その線を三倍に伸ばした場所が北極星なんですよ」
「やっぱり、この世界にも、そういった方角を見極める目印はあるのか」
「もちろんですよ。この土地は砂と岩石ばかりで、太陽の位置や星空以外に目印にできるものがあまりないですからね」
そんな雑談をしていて、キシは唐突に眉を寄せた。
「いま、北極星って言ったよな?」
「はい、そうですよ。あの星の方向が、真北です」
「俺が捕まった場所――ビューシュケイス廃都は、南大陸にあるはずだぞ。北極星なんて見えないはずだ」
「えっ? 『南大陸』ってなんですか?」
ここで二人とも、お互いが持つ情報に齟齬があると分かった。
情報を摺り寄せようと口を開きかけたとき、トラックの行く道の先に光が見えた。
ビルギはそれを確認すると、手をかざしてキシの発言を押しとどめた。
「補給地点が見えてきました。あの場所で休憩しますので、リーダーのティシリアも交えて情報共有をしませんか?」
「そうしよう。それにしても、予定ではもう少しかかるんじゃなかったか?」
「キシさんが運転上手で、僕が運転するときの1.5倍ぐらい早くトラックが進んでいるだけですよ」
ビルギとそんな話をしていると、補給地点の明かりが近くなってきた。
そしてその場所が少し変なことに、キシは気づく。
「擱座した人型機械があるな」
補給地点の真ん中に、頭部と両手足をもがれて横たわる人型機械があった。その各部からケーブルが伸び、周辺にある建物やトラックなどの輸送機器に繋がっている。
不可思議な光景にキシが首を傾げながらトラックを止めると、ビルギが進む方向を指し示しながら、人型機械がある理由を語る。
「あの機体は動力部が生きていまして。そこから電力を得ています。機体に内臓されている水と食料の生成器も無事なため、補給地点としては水と食料が安く手に入るいい場所なんですよ」
「人型機械に水と食料の生成器?」
キシは自分の知らない機能があると考えかけて、いや待てと思い直した。
「設定集内に書かれたフレーバーテキストにあったな。動力である『ウレキメク・リアクター』は、電力と共に水を生み出すと。あとコックピット内には、パイロットの生存のための非常用食糧生成器が備え付けられているって」
「……キシさん。情報を隠していたんですか?」
「いや、違うって。フレーバーテキストっていうのは、設定だけの半ばウソって感じの情報なんだ。本当のことだったなんて、この世界に来て初めて知ったんだ」
慌てて弁明するキシの様子に嘘はないと判断し、ビルギは安堵した。
「でもキシさんが価値ある情報をため込んでそうだってのは、これでわかりましたね」
「上げられる情報があるとわかって、俺の方も安心したよ。機械いじりの手伝いと運転だけじゃ、貢献度合いが足りないって思っていたところだからな」
キシは軽口を叩きながら、トラックを砂の上に置かれ鉄板が描く停止線まで動かし、ブレーキを踏んで停止させた。