六十九話 過激な方法
キシは地上へ帰還すると、先に逃げていたキャシーから報告があったのか、『知恵の月』の面々が心配そうに近寄ってきた。
キシは持ってきたハードイスを横に転がすと、ファウンダー・エクスリッチに降着姿勢を取らせ、コックピットを解放する。そして、運動音痴でも滑落しないような、慎重に慎重を期した動きで、機体から地面に降り立つ。
キシが無事に下りられたことにほっと息を吐いていると、ティシリアが近寄ってきた。
「なんだか、ものすごい数のファウンダーに襲われたって聞いたけど、本当なの!?」
「本当も、本当だよ。しかも、次々に現れるファウンダーをいなし続けたら、業を煮やしたかのようにハードイスが現れだしたんだ」
キシが証拠と言って指すのは、先ほど地面に転がした、弾幕を受けてボロボロになっているハードイスだ。
そのくず鉄一歩手前の機体に回転式機関砲が握られているのを見て、ティシリアは難しい顔つきになる。
「最初にファウンダー、そして少し経ってからハードイスが追加で大量に現れるってわけね。これはキシでも突破は無理ね」
「こいつらの知能は、同士討ちするほどの馬鹿といって差し支えの無い程度だったけど、やっぱり数と火力の差が大きいな。どれだけ頑張ろうと、最終的にはこちらが負けることになるだろうな」
「あっちは無数に機体と武器を出してこれるけど、私たちは限られた物資しかないものね」
「今回は、人型機械の親玉の位置を割り出すことが優先だから、移動速度を上げるために武装は限ってきた。大量の相手と戦うような備えはないもんな」
キシがお手上げと身振りすると、ティシリアは腕組みして考え始めた。
「大量にファウンダーとハードイスがでてくる施設ってことで、抵抗組織に情報を流してもいいんだけど。それだと、ちょっと癪よね」
「巨大な飛行機が『タラバガニ』の中枢部を持って、ここに入ったことを考えると、かなりの重要拠点ってことだしな」
「少なくとも、大量の人型機械と武装を作り出す装置はありそうよね。ひょっとしたら、人型機械の親玉がいるかもしれないわ」
「親玉がいるって考えには、俺は否定的だな。中の警戒は厳重だけど、俺たちがこうして施設の出入口で喋って居られるほど、外の警備は手薄だし」
「むぅ。じゃあ、親玉がいそうな場所の手がかりが得られるかもしれないって、言い換えるわ」
「ここがどんな施設であれ、結局のところ中を探索するのが難しいことには変わりないけどな」
振り出しに問題が戻ったところで、ティシリアは腕組みしながら、ああでもないこうでもないと考え続ける。
そこで、ふとした拍子に目にボロボロになったハードイスの姿が目に入った。
正しくは、弾幕に被弾して露出してしまっている胸部の機構。そこにある、人型機械用のリアクターが。
その瞬間、ティシリアは悪い笑みを浮かべた。
「ねえ、キシ。いま問題になっているのは、延々と現れてくる人型機械の群れよね。あれさえなければ、安全に施設の中を見られるわよね」
「それはその通りだけど、どうしようもないって結論が出たばかりじゃなかったか?」
「どうしようもないのは『真っ当に戦った場合』よ。真っ当な手段じゃなければ、方法はあると思わない?」
言葉を放ちながら、ティシリアの目はハードイスのリアクターに注がれている。
その様子を見て、キシはティシリアが何を考えているかを悟った。
「まさか、リアクターの出力部分を改造して、爆弾にする気か?」
「そうよ。柱の中から現れるっていうのなら、その中に爆弾を入れて、人型機械がやってくる大元から吹き飛ばすのよ」
無茶苦茶な理論に、キシは頭を抱える。
「確かに、改造リアクターの暴走爆発の威力なら、この施設にいる人型機械を駆逐することができるだろうさ。けど、この施設も吹っ飛びかねないぞ」
「そのときは、そのときよ。手をこまねいて見ているだけじゃ、有用な情報は得られないわ。それなら、万が一にでも情報を手に入れられる方法を取るべきなのよ!」
「よしんば、施設が吹っ飛ばずに、人型機械だけを駆逐できたとしよう。でもその爆発で、手がかりも失うかもしれないんだぞ」
「施設が残るなら、何もかもが吹っ飛ぶわけじゃないってことよ。ということは、次につながる手がかりが、燃え残る可能性だってあるってことじゃない」
ぶっ飛んだ理屈に、キシは助けを求めるように、他の『知恵の月』の人たちに顔を向ける。
しかし彼ら彼女らは、ティシリアがそう言うのならと、従う様子を見せていた。
キシが理由がわからずに混乱していると、ビルギとアンリズがため息交じりに考えを語り始める。
「ここはもともと、誰も知らない施設です。消し飛ぼうと、他の抵抗組織から苦情を言われる心配はないんです。それなら、ティシリアの思う通りにさせてもいいんじゃないかという判断です」
「人型機械の親玉に迫る手段は、別にこれ一つだけではないもの。ダメなら、他の方法を試せばいいだけよ」
二人ともティシリアを止める気はないどころか、賛成に回っていると知って、キシは反論を諦めた。
「まあ、なにかの拍子に、この施設にいる人型機械が外に出てくるとも限らないんだ。吹っ飛ばしておくのも、無駄じゃないよな」
自分を納得させるための言い訳だが、それを聞いたティシリアは得意げな顔になった。
「キシが納得してくれたところで、この施設の人型機械爆破作戦、開始よ!」
ティシリアの宣言に、『知恵の月』の面々がそれぞれ動き出す。
戦闘部隊は施設の出入り口を監視し、キャシーはフリフリッツでハードイスからリアクターを取り外し始め、メカニックはその指示とリアクターの改造を請け負う。
ティシリアとビルギ、そしてアンリズは、リアクターの爆発が施設に与える影響の概算を、携帯端末を利用して始める。
そしてキシはファウンダー・エクスリッチの様子を確かめ、何か所か被弾が見つかったものの、身動きに支障がないことを確かめて、次の作戦の用意をするのだった。
リアクターを爆弾化するのは、ヤシュリとタミルにかかれば簡単なことだった。
「出力の部分を下手に弄るだけじゃからな。改造とも呼べんよ」
「時間が余ったから、持ち運びしやすくしてみましたー」
タミルが示した先には、手持ちがついた立方体があった。
よく見ると、弾丸のへこみが表面にあるため、外側はハードイスの装甲版が流用されているとわかる。
「これは、銃撃を受けたときに、リアクターが破損しないようにって意味もあったりするわけか?」
キシの疑問に、タミルが違うと首を横に振る。
「いやいや。リアクターって、もとから硬い外殻に覆われているから、結構頑丈なんだよねー。その装甲版は、本当に運びやすくしただけだよー」
予想が的外れだったことに気恥しさを感じたキシは、リアクター爆弾の使用説明に話を戻す。
「それで、持ち運びはあの持ち手を使えばいいだろうけど、どうやって爆破するんだ?」
「コックピットからの信号じゃ、建物の構造に邪魔されて届かないかもしれないからねー。アナログな方法にしているよー」
「何かのボタンを押せばいいのか?」
「いやいやー。あの手持ちを、ぐっと上から押し込めば、それでスイッチオン。三十秒後に、大爆発って寸法だねー」
「三十秒……」
逃げる時間があるか微妙な数字に、キシが顔を曇らせる。
しかし、改造を請け負ったヤシュリにも言い分があった。
「キシの戦いぶりを聞くに、柱から現れる連中は、およそ五十~六十秒ほどで次がやってきたんじゃろ。ならその半分の三十秒に爆破時間を決めておけば、人型機械がたむろして柱の中に入ろうとする場所で、大爆発するじゃろ」
「理屈はその通りだけど……」
エレベーター状になっているであろう柱に入れて爆弾をセットし、そこから急いで坂道を駆け上って地上まで逃げる。
そんな工程を三十秒でなさないといけないことに、キシは一抹の不安を感じていた。
しかし、その作業ができる人間は、『知恵の月』の中では、ファウンダー・エクスリッチの運転手であるキシだけなことも事実だった。
キシは腹を括ると、ファウンダー・エクスリッチに乗り込み、リアクタ爆弾を持たせる。
さあ出入口の奥へ行こう、というところで、ティシリアから通信が入った。
『キシ。いまフリフリッツに乗ったキャシーが、踏み入れないようにしながら広場の様子を見てきたわ。ハードイスどころか、破壊されたファウンダーの残骸すら見当たらなかったそうよ』
『破壊された機体を回収しているんだろう。そして俺が広場に入ったら、新しい機体が柱から出てくるんだろうな』
『今回の作戦目的は、その最初に出てこようとするファウンダーないしハードイスを倒して、爆弾を柱の中に入れること。その後で、キシは大急ぎで戻ってくることよ。分かっているわね?』
『了解。結構時間が厳しいけど、なんとか外まで逃げてくるよ』
キシはファウンダー・エクスリッチに腕を振らせると、出入口から続く坂道を降りていく。
そうして広場の前に到着。
ここで一息入れてから、キシはファウンダー・エクスリッチを柱の前まで移動させた。
その途端、再び柱から回転灯が現れて赤い光をまき散らし、アラームが空間に鳴り響く。
床の下から響く、なにかが柱の中を上ってくる音と振動の後、『ポーン』と到着の合図がなった。
キシは舌で唇を潤しながら、ファウンダー・エクスリッチの左腕にある隠し刃を伸長させつつ、柱の中から人型機械が現れるのを待った。
そして――柱の扉が開き、中にいるファウンダーが、全周モニターに映し出された。
「やられに出てきて、ご苦労さん!」
キシは大声で言い放ちながら、左腕の刃でファウンダーの頭部を破壊する。
そして柱の中で倒れるファウンダーにリアクター爆弾を抱えさせると、その持ち手を思いっきり奥まで押し込んだ。
リアクター爆弾が駆動を始める低い音を確認し、キシは素早くファウンダー・エクスリッチの大型バーニア及びサブバーニアを噴射させ、一路来た道を引き返し始める。
キシがいきなり逃げだしたことに戸惑ったのか、多数の柱から現れたファウンダーは、手にある短機関銃を発砲しないまま銃口をさ迷わせていた。
そうして、ファウンダー・エクスリッチが地上への坂道を駆けのぼっていると、あと少しで出入口というところで、足下から物凄い振動がやってくる。
震度三はありそうな揺れの後、少しして広場がある場所から猛烈な炎が坂道を駆けのぼってきた。
「うおおっ、マジか!」
キシは全周モニターでその炎を確認すると、踏み込み切っているペダルにさらに体重を掛けて、少しでも逃げる速度を上げようと試みる。
しかしすでにファウンダー・エクスリッチは最高速であり、これ以上の加速は無理だった。
そうして背中から迫る炎に巻かれる――寸前で、ファウンダー・エクスリッチは地上へと戻ることができた。
『みんな、炎が来ている! 出入り口から離れて!』
外部音声でキシは警告を発しながら、さらに先へとファウンダー・エクスリッチを走らせ続ける。
それを追いかけるように炎が出入口から噴出し、だが得物を見失ったかのように斜め上空へ炎の帯が伸びた。
その光景を、ファウンダー・エクスリッチを反転させて見ていたキシは、遅ればせながらに『知恵の月』の面々がどこにいるかを見た。
全員、施設の出入口からかなり離れた場所に退避している。
キシが内部に突入してから、爆発で施設が崩れ落ちても大丈夫な場所まで、あらかじめ逃げていたようだ。
脱出した直後に発した警告が無駄だったことと、『知恵の月』全員の現金な調子に、キシはため息をつきたい気分になる。
しかし、本当に息がその口から出てくることはなかった。
なぜかというと、施設の出入口から鳴り響くアラームの音が聞こえてきたからだ。
『ビーーーー、ビーーーー』
後を引くような長い警告音。
人型機械が柱からでてくるときは、もっと短い音だったように、キシには思えた。
では、この音はなんのためなのか。
キシがそれが何かを考えようとする前に、施設の坂道の奥から、なにかの駆動音と車輪で駆け上ってくるような音が聞こえてきた。
それが何なのかは、すぐにわかることになる。
出入口から、キシたちがおってきた、あのティルローター式飛行機が発進してきたからだ。
「んなっ!?」
全周モニターに大写しになった飛行機の姿に、キシは慌ててファウンダー・エクスリッチをしゃがみこませた。
その頭を、飛行機の前輪が掠り、肥大した格納部位が巻き起こした風が撫でる。
大質量の飛行物体が後方へと飛んでいってから、キシはファウンダー・エクスリッチを立たせながら、ティシリアに通信を送った。
『発信機の位置は!?』
『ちょっと待ちなさい! えーっと――信号は飛行物体ではなく、この施設を示したままよ』
『それじゃあ、あの飛行機が飛んでいく先を終えないのか!?』
『飛んでいく方向は分かっているわ。いまから、近くにいる集落や抵抗組織に連絡を入れて、どこに行くか監視してもらうわ!』
突然の事態にわたわたと慌てながら、ティシリアは最善の方策を打っていく。
しかし、四つのプロペラ発動機を回転させて、悠々と飛ぶティルローター式飛行機の姿に、キシは何となくティシリアの行動は無意味に終わる気がしてならなかったのだった。