六十六話 撤退
ティルローター飛行機が徐々に近づいてくると、その大きさが異様なことに、キシは気づいた。
「全体的に大きいけど、特にあの格納庫。人型機械なら三機ぐらい乗せられそうな幅があるな」
驚きから呟いてしまうほど、その飛行機は巨大だった。
キシが注目した格納庫は、膨れたガマガエルのような形で、でっぷりとした大容量なものだ。翼はジャンボジェット機のような長さを誇りながらも、かなりの幅がある。翼の計四機の大型プロペラ発動機の力強さは、空力を半ば無視して機体を飛ばしているような迫力がある。
そんな力技で作り上げたような巨大飛行機は、『タラバガニ』に近づいてくると減速し、翼の先端から三分の一ほどが徐々に上向きに変わっていく。
ティルローター式らしく、『タラバガニ』の上空で滞空する気のようだった。
その様子を見ながらも、キシはファウンダー・エクスリッチに銃を構えさせずに、飛行機の武装を観察していく。
「武器は、機首の下にある機銃一門。翼にミサイルはない。格納庫に爆弾を積んでいるかもしれないけど、可能性は低いかな」
キシは緊張を和らげるために呟きながら、飛行機が攻撃してきてもすぐに動けるように、操縦桿を握る手とフットベダルに乗せた脚を準備する。
徐々に近づいてきた飛行機は、機銃の射程範囲に『タラバガニ』が入ったところで、それ以上接近するのを止めた。そして、その距離を保ったまま『タラバガニ』の周囲を飛び回り始めた。
ファウンダー・エクスリッチが上に陣取っていることに気付いて、警戒しているように見える。
そうやって時間を浪費してくれることは、キシにとって助かることだった。
キシは飛行機の軌道を目で追いながら、探索班へ通信を送る。
『進捗はどんな具合だ?』
『発信機は取り付け、通信設備は探さないで引き上げているところだわい』
『道は覚えておるから、百秒以内には外に出られるじゃろな』
探索班が出てくるまで、およそ一分半。
それだけの時間、ティルローター式飛行機が飛び回るだけでいてくれるとは、キシにはどうしても思えなかった。
『可能な限り急いでくれ。もう少ししたら、たぶん飛行物体から銃撃が来る』
『これでも十分に急いでいるわい』
『『タラバガニ』の装甲を貫いて、内部に銃弾が入りそうかの?』
『そこまでは分からないけど、銃撃が始まったらみんなを回収するのが難しくなるのは確かだから』
キシがそう告げた瞬間、飛行機が徐々に旋回半径を縮めてきた。
ファウンダー・エクスリッチの様子を見ながら、脅威があると分かればすぐに銃撃する体勢に入ったように、その様子は映る。
キシは機体を動かさないように慎重に待ちながら、打開策を考えていく。
そして、キャシーに通信する。
『フルフリッツはいま、『タラバガニ』のすぐ近くにいるんだよな?』
『その通りよぉ。あの飛行機に見つからないよう、脚の裏に隠れているわよん』
『じゃあ、皆が乗っているトラックは?』
『戦闘に成るかもしれないからってぇ、『タラバガニ』から離れるように逃げたわよ。かなりの速さが出ているのを見るとぉ、キャサリンが張り切って運転しているようよん』
これからやろうとしていることに、トラックを巻き込む心配が薄いと分かり、キシはキャシーに提案する。
『いま隠れている場所から、当てないように、飛行機に牽制射できる?』
『うーんとぉ、やれないことはないはねん。追い払うように打てば、良いのかしら?』
『お願い。こっちは、内部探索班を待たなきゃいけなくて、ここから動けないからさ』
『お任せあれ。当てなくていいのならぁ、気が楽だわ』
通信の直後、タタタと銃弾が下から上へ飛んでいく音がした。
それからすぐに、旋回しながら近づいてきた飛行機が、機首を横向かせて回避行動に入る。
『牽制終了よぉ。飛行機は大慌てで逃げながら、こっちに機首にある銃を向けてきているわよ』
『それなら、脚の陰に隠れながら、こちらに近づけさせないように射撃を続行してくれ』
『りょうかーい。それじゃあ、やるわねえ』
フリフリッツからの射撃が、飛行機の機首の前を通過するように飛んでいく。
飛行機は後ろへと下がりながら、機首の機銃を照準し、連射発砲。
フリフリッツが隠れている『タラバガニ』の脚に、着弾の証である火花が散る。
『銃の威力はぁ、装甲を抉るほど強くないようよ。この調子なら――っと、横に移動させないわよぉ』
飛行機は射撃しながら、フリフリッツが隠れている場所を迂回しようとする。
その初動を抑えるように、キャシーは銃撃で牽制。
移動方向を見破られているとわかったからか、飛行機は逆方向に移動しようとする。しかし、その移動先にもフリフリッツから牽制弾がやってきたため、結局飛行機は右にも左にも移動できなかった。
そうして行動を抑制して時間稼ぎをしている間に、内部探索班が戻ってきた。
「おーい、キシ。コックピットを開けて、回収してくれ!」
『タラバガニ』の上面につけた傷の中から、ヤシュリが手を振っている様子が見えた。
キシはすぐにファウンダー・エクスリッチを跪かせ、脇を閉めながら右腕を前に差し出して下ろすことで、コックピットまでのスロープにしてからハッチを開ける。
「全員、急いで!」
「もちろんじゃよ。タミル、いくぞ」
「わかってるよー。あわわ、変な飛行機が飛んでいるや」
ヤシュリとタミルが、ファウンダー・エクスリッチの右腕を駆けあがり、コックピットの中へ入ってきた。
続けて、戦闘部隊の三人がやってくる。
しかし、運転手を含めて四人が猶予の限界だったコックピットn合計で六人も入ったことで、ぎゅうぎゅう詰めの状態になってしまった。
「これじゃあ、コックピットを閉じられない!」
「タミル。キシの膝の上に座れ。それで一人分のスペースが空く」
「ほいほーい。それじゃあキシ、お邪魔しまーす」
ヤシュリの提案を受けて、タミルが座席に座るキシの膝の上に腰を下ろした。
背は小さくても女性としての発育はちゃんとなされているようで、タミルの尻の柔らかさが、衣服越しに伝わってくる。
そのことにキシが少し赤くなっていると、左右斜め前から戦闘部隊の女性二人が抱き着いてきた。
「ちょ、なにするんだよ!」
「こうやって身を寄せないと、空間を開けられないんだから仕方がないでしょ」
「緊急措置なんだから、キシは役得とでも思って受け入れなさいな」
ニヤニヤと笑う二人に、キシは彼女たちが面白がっているのだと悟る。
ここで跳ね除けてもいいのだが、そうするとコックピットを閉じる空間が確保できない。
そんな建前を心の中で設定しながら、キシは自分の顔が赤いと理解しながらも、真剣な口調を出す。
「抱き着くのはいいけど、操縦桿に触れないようにしてよ。変に弄ったら、転倒しちゃうんだからな!」
キシはスイッチを操作してコックピットを閉めると、ファウンダー・エクスリッチを立ち上がらせる。
その身動きで発生した揺れを耐えるために、膝の上にいるタミルが、左右にいる戦闘部隊の女性二人が、キシにさらに身を寄せた。
キシは女性三人に密着される嬉しさよりも、窮屈な思いの方を強く感じつつ、コックピットの中にいる全員に警告を出す。
「これから『タラバガニ』から飛び降りる。可能な限り、手足を使って体を支えてくれ。下手したら、落下の浮遊と着地の衝撃で、体がコックピット内を跳ねまわるかもしれない!」
その状態になったら、どれだけ危険だと分かったか、座席の裏にいるヤシュリと戦闘部隊の老人がモニターや床に両手両足を伸ばして突っ張る。
一方で女性三人はというと、さらにキシに強くくっついた。戦闘部隊の女性たちなんかは、片足をキシの左右の太腿にそれぞれ絡みつかせてきてもいる。
キシが行動の意味を問う視線を向けると、その二人は真剣な表情を返してきた。
「この場所だと、体を支えるにはキシの体を利用するしかない」
「着地した後はすぐに解くから、それまで我慢してな」
「うぐぐっ。まあいい、飛ぶよ!」
キシは発する言葉が見つからないまま、ファウンダー・エクスリッチを『タラバガニ』の上から跳躍させた。
落下と同時に浮遊感を得る。
浮き上がる体を、ヤシュリと戦闘部隊の老人は上に伸ばした手を押すことで床に接地させ続け、女性三人はコックピットにシートベルトで固定されているキシを手掛かり足掛かりに浮遊を止める。
そうして、地面まで数メートルまで落下したところで、キシはファウンダー・エクスリッチのバーニアを噴射。制動をかけながら着地する。
上から下へ押さえつけるような重力加速度を全員が耐え、無事に飛び降りが完了した。
キシはホッとしながら、抱き着いたままの戦闘部隊の女性たちに顔を向ける。
「移動するから、絡めた足を放して。ペダルが操作しづらいから!」
「はいはい。なにも、そんなに嫌がらなくてもいいじゃない」
「お姉さんたちだと、好みの年齢から外れていたかな?」
「そういうことは、退避し終わってからやってくれ――『キャシー! 牽制はもういい、逃げるぞ!』」
『りょうかーい。それじゃあ、脚の陰から出てぇ、逃走かいしー!』
パラパラと射撃音がした後で、キシもファウンダー・エクスリッチを発進させて、『タラバガニ』の側から離脱する。
念のためにと飛行機の様子をうかがいながら逃走するが、離れて行く機体には興味がない様子で、機首からフリフリッツへの銃撃も止めていた。
そうしてファウンダー・エクスリッチとフリフリッツが逃走を開始した後で、飛行機は『タラバガニ』の上に接近し滞空する。同時に格納庫の下部が開き、そこから作業用アームのような、鉄骨の構造体が何本も伸び出てきた。
そのアームが『タラバガニ』の上面に触れると、機構が派手な音を立てて動き出して装甲が割れ、大きく四角い機械の塊がせり上がってくる。
飛行機はアーム全てでその人型機械一つ分はありそうな塊を掴むと、格納庫の中に収納を始めた。
やがて全て納めると、格納庫の下部を閉鎖され、プロペラ式発動機が高鳴りを上げる。
ギリギリと荷重を振り払うように翼が音を発しながら、徐々に機体が『タラバガニ』から離れて上空へ移動を開始。
十分な高度に至ったところで、ティルローター式の翼が駆動を始め、それと共に飛行機は斜め前へ飛ぶように変化。
やがて翼が飛行機本来の真っ直ぐな構造になると、四機の発動機が高回転を始め、逃走するようなスピードでこの場を去っていった。
その一連の様子を見てから、キシはティシリアに通信を送る。
『これで、最低限の目標は達成できたよな』
『あの中枢部がどこに送られるか、信号を負うのがいまから楽しみね。これでここでの用は済んだから、撤収しちゃいましょう』
ティシリアの宣言に、キシと同情しているヤシュリから待ったがかかった。
『お嬢。『タラバガニ』の内部にある機構を、回収せんでいいのか』
『内部に潜入していたときに、通信装置らしきものや、人型機械の親玉に繋がりそうな機械があったの?』
『いや、そんなことを確認する暇はなかったんじゃが。あれほど巨大な兵器じゃ。有用な機構などが腐るほどありそうなんじゃよ』
宝の山を前に立ち去りたくはないと言いたげな口調だが、ティシリアは取り合わなかった。
『メカニックであるヤシュリの気持ちはわかるけど。今回の目的は『タラバガニ』の中枢部が運ばれる先の確認よ。どんな目移りしそうなものがあろうと、目的を蔑ろにしてまで必要なものじゃないでしょ。違うかしら?』
『……そうじゃな。ワシの我がままじゃった。気にせんで、作戦を続行してくれ』
『ごめんね、ヤシュリ。次の機会があったら、存分に探索させてあげるって約束するわ』
ティシリアからのフォローはあったものの、ヤシュリは名残惜しそうに、モニターに映る遠ざかりつつある『タラバガニ』の姿を見つめ続けていたのだった。