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六十五話 接近&内部探索

 キシが乗るファウンダー・エクスリッチが発進し、巨大兵器『タラバガニ』へ近づいていく。

 『タラバガニ』の中枢部を持ち去る飛行物体が現れるまで、約千秒――およそ十五分しかない。

 大型バーニアを噴射させて移動してはいるが、人型機械と『タラバガニ』の戦闘の巻き添えを食わないよう四キロほど離れているため、どうしても到着には数分の時間がかかってしまう。

 ファウンダー・エクスリッチの最高速度より遅い、フリフリッツやトラックではさらに時間が必要となる。

 とはいえ、その数分の移動の間に戦闘が起きるわけでもないため、キシとしては気楽な道行きだ。

 そのため周囲だけでなく、ついつい遠方の様子にも目を配ってしまう。


「あれ? 『タラバガニ』の部品を集めようと集まっていた他の人たちは、動き出していないね」


 キシが不思議そうに首を傾げるように言うと、コックピット内に同乗している戦闘部隊の三人のうち、老人が窮屈そうにしながら口を開く。


「連中、どこの足を取るかの話がついておるのだろうよ。そして回収期間は二日か三日ある。ならば、中枢部を回収しに来る飛行物体が去ってから動き出した方が安全、という判断なのだろう」

「なんだか、その飛行物体が攻撃してくるような言い方だけど、本当にそうなのか?」

「さて、知らん。お嬢が何も言ってこんかったからの、そういう情報はないんじゃないかな」


 キシが他の戦闘部隊の女性二人に顔を向けるが、彼女らも知らないと首を横に振る。

 攻撃してくるか、こないかがわからないため、キシは一応用心を心掛けることにした。

 そんな会話をしている間に、『タラバガニ』の姿が間近に見えてくる。


「それじゃあ、戦闘部隊の三人とも。ナイフで装甲に穴をあけるから、侵入準備をよろしく」

「なるべく大きく開けてくれ。それでも『タラバガニ』の中に人が通れる通路が見当たらないようなら、上に飛び乗って、そこで新しい穴をあけてくれ」

「了解。とりあえず、側面を大きく傷つけるよ」


 キシは最接近すると大型バーニアの噴射を止めつつ、慣性を極力保ちながら前に進む。そして左腕にある仕込みナイフを伸長させ、刃で『タラバガニ』の装甲を上下に、そして左右に引き裂き、十字傷をつけた。

 ファウンダー・エクスリッチを立ち止まらせて、深々と切り裂かれた傷の様子を観察する。


「これだけ巨大な兵器だから、整備用の通路があってもおかしくはないんだけど……」


 キシが見る限り、切り傷の向こう側はぎっしりと機械部品と配管と電線の束が詰まっていた。

 別の部分を傷つけてみたが、そこも同じような様子だ。


「仕方がない。飛んで『タラバガニ』の上に行くよ」


 同乗者への警告の後で、ファウンダー・エクスリッチは背中のバーニアを噴射させて、空中へ跳び上がる。

 地面に倒れているとはいえ、『タラバガニ』は巨大な兵器であるため、胴体部分だけでも人型機械二、三機分の高さがあった。

 その上に着いたファウンダー・エクスリッチは、少し傾いている足場から落ちないように足を踏ん張りつつ、左腕のナイフで上面装甲を切り裂いた。


「おっ。下部分とは違って、上は随分と隙間がある。これなら人が入れそうだよ」


 足を伸ばして立てば人型機械の攻撃が当たらないからか、上面すぐ下の部分は余裕を持たせた設計になっているように見受けられた。

 配管や電線などが、キャットウォークのように、隙間を持たせながら各部へ伸びている。

 その様子をモニター越しに見た戦闘部隊の老人も、これならいけると判断した。


「本当じゃな。それじゃあ、我ら戦闘部隊で、先行偵察といくか。キシは後続の者たちを、ここまで運ぶ手伝いをしてやってくれ」

「了解。行ってらっしゃい」


 キシがコックピットを開けると、戦闘部隊の三人は手に銃器を握りながら、『タラバガニ』の構造の中へ入っていった。

 それを見届けてから、キシはファウンダー・エクスリッチを跳び上がらせた後で、バーニアを噴射させながら地面へと着地する。

 それから二分ほど経ってから、フリフリッツが到着した。


『お待たぁ。それで、メカニックの二人は、どこから中に入ればいいのかしらん?』


 通信で尋ねてきたキャシーの対応で、キシはファウンダー・エクスリッチに指を上に向けさせた。


『下付近は構造が密集していては入れないから、上から入ることになった』

『あれだけ高いところに飛び上がるのぉ、やったことがないんだけど大丈夫かな?』

『不安なら、メカニックをこちらに移してくれ。俺が飛ぶ』

『じゃあ、そうしてもらおうかなぁ。失敗して背中から落ちたら、怪我しちゃいそうだしぃ』

『了解。じゃあコックピットを隣接させてくれ』


 ファウンダー・エクスリッチとフリフリッツは向かい合うと、抱き合うように近づく。そしてコックピットのハッチが横並びになるような位置まで、さらに接近させる。

 その後でハッチを開き、ヤシュリ、タミルの順に移動させた。二人の手には、道具箱が一つずつ握られている。


「邪魔するぞい」

「お邪魔ですー」

「はいはい。じゃあ、手足で踏ん張って、転ばないようにしてくれ」


 メカニック二人が体を自力で固定したのを見てから、キシは上へと飛び上がる。

 そして、先ほど付けた傷口の近くに、ファウンダー・エクスリッチの足をつけた。

 そこでは、付近の探索を終えたらしき、戦闘部隊の女性一人が、ヤシュリとタミルが来るのを待ってくれていた。


「それじゃあ、下すぞ。傾いているから、転ばないようにな」

「心配無用じゃよ。不安定な態勢での作業は慣れておるよ」

「機械いじりって、体を捻りながら狭い場所に手を突っ込んだりするから、メカニックって案外バランス感覚は良いんだよー」


 ヤシュリ、タミルの順に、ファウンダー・エクスリッチのコックピットから降り、『タラバガニ』の上面装甲に立つ。

 そして、傷口の中から手を振る戦闘部隊の女性へと、危なげない足取りで向かって行った。

 『タラバガニ』の内部を探索する人たちが見えなくなり、キシの仕事はひと段落――かとおもいきや、そうじゃなかった。

 近くまで運搬用トラックが来たことを、キシは『タラバガニ』の上から見て確認すると、トラックの中にいるティシリアへ通信を入れる。


『探索班は中に入ったぞ。通信が取れるか?』

『ちょっと待ってね――駄目ね。『タラバガニ』の装甲化、内部構造が邪魔をして、やり取りできないみたいよ』

『それじゃあ、こっちが試してみる』


 キシは戦闘部隊とメカニックがそれぞれ持つ通信機へ、通信を送ってみることにした。


『テスト、テスト。通信テスト。聞こえるか?』

『戦闘部隊、聞こえとるぞ』

『メカニック、聞こえとるよ』

『了解。両者からトラックへ、通信が可能か確認してくれ』

『――感なし。通信不能のようだ』

『――こちらも感がない。通信できんぞ』

『了解。じゃあ、俺はここで中継器の役割をするよ。なにか発見があったら、気軽に連絡してくれ』

『キシも、中枢部を回収にくるという飛行物体がきたら、すぐに連絡をいれてくれ』

『中枢と共に連れらされんように、ワシらは退避しないといかんからな』

『分かっているって。でも後、三百秒ぐらいしか時間がないから、急いでよ』

『『もちろんだとも』』


 両者の通信がいったん止んだところで、キシはティシリアに通信する。


『どうやら、俺がここから通信する分には、中に入った人たちとやり取りできるようだ』

『それは良い知らせだけど、どうして上部なら通信出来て、地面にいる私たちには通信できないのかしら?』

『さてな。『タラバガニ』の下面は人型機械の攻撃を受けるから、そのために防御性能を高めた結果、予期せずに通信が通らなくなったのかもしれない』

『それじゃあ、上面だと通信が通るのは、人型機械の親玉との連絡をやり取りするためって考えられるわね』

『もしそうだとしたら、『タラバガニ』の中には双方向の通信機が設置されているってことになるな。ティシリアの予想が当たったかもしれないな』

『でも、有ったとしても、あと三百秒で見つけられるかしら。『タラバガニ』って、こうして間近で確認すると、意外と大きいのよね』


 メタリック・マニューバーズのゲーム設定では、東京ドームを優に抱え込める大きさという触れ込みだった。

 しかし、明らかにそれ以上――胴体だけの全長が五百メートル、足まで含めたら一キロぐらいありそうなほど大きいと、キシはゲームだと思っていた頃から感じていた。

 多少の錯覚も含んだ個人的な感想だが、誰が見ても『東京ドーム一つ分』より大きいことだけは間違いなかった。


(優にって表現だから、東京ドームよりはるかに大きくても、言葉の上では間違いじゃないんだけどさ)


 キシはメタリック・マニューバーズの運営が、プレイヤーに公開している情報の意地悪さを感じてしまう。

 そんな横道にそれた思考を、キシはひとまず止めると、内部探索班に通信を入れる。


『あと二百秒ぐらいだけど、進捗はどう?』

『メカニックを護衛しながら、エネルギーの伝達菅を辿って、リアクターを探しとるよ』

『熱気が上がってきておるし、冷却用のパイプも密集してきておる。もうそろそろ着くはずじゃよ。そこに発信機を取り付けたら、お嬢が執心している通信機を、リアクター近くから探していくとするわい』


 どうやら時間が来る前に、目的が達成できそうだ。

 キシが安堵して背もたれに体重を預けると、モニターに映る晴れ渡った空に一点の黒を見つける。

 ファウンダー・エクスリッチに最大望遠でその黒点を確認させると、それがモニターの故障や自然現象でないことがすぐにわかった。


「二重反転プロペラを左右に二機ずつ積んだ、大きな腹を持つ大型運搬飛行機エアキャリッジ――いや、左右の発動機が一つずつ翼の外側にあるのを見ると、ティルトローター式の飛行機ってことか」


 キシは、その飛行機がいる場所までの距離と、近づいてくる速度を大まかに計ると、計算と感で到着時間を割り出す。


「予定より少し早く到着されるな」


 キシは舌打ちしてから、内部探索班とティシリアへ同時に通信を入れた。


『飛行物体が接近中だ。あと百秒もなさそうな感じだ。作業を急いでくれ。ティシリアたちトラック組は、戦闘になるかもしれないから、今のうちに距離を離しておいてくれ』

『作業ったって、まだリアクターを見つけられて――いや、いま見つけた。すぐに発信機の取り付けに入る!』

『お嬢には悪いが、こう時間がないと通信機は探せんぞ』

『通信機なんて、もういいわ。発信機の取り付けも完璧じゃなくていいから、さっさと引き上げてきなさい! キシは、探索班の回収と離脱をよろしく!』

『待ってくれ。中に入った五人を回収するほど、コクピットに余裕はないぞ!』

『それでもやりなさい! 膝の上に人を乗せたり、モニターの前に立たせるとか、やり方はあるでしょ!』

『そんな真似したら操縦が難しくなる――が、人死にが出るよりましか』


 キシは歯噛みすると、フリフリッツに乗るキャシーに通信を繋ぐ。


『ここまでの話、聞いていたよな』

『キシが女の子を膝に乗せるってお話ならぁ、聞いていたわよ』

『語弊があるが――そんなわけで、俺はまともに戦えなくなる。あの飛行機が攻撃してきたら、フリフリッツが対応してくれよ』

『りょーかーい。倒してしまっても、構わんのでしょ?』

『ダメだぞ、撃ち落としたら。発信機を付けたリアクター周りを持って、帰投してもらわないといけないんだから』

『あららー、そうだったわぁ。じゃあ攻撃されるような事が起きたらぁ、牽制射で時間稼ぎね』


 こうして短いながらも手早く作戦を立てると、キシは探索班が返ってくるまで、ティルトローター飛行機の様子を注視しなければならなくなったのだった。


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