六十四話 待機の日々
巨大兵器『タラバガニ』を、メタリック・マニューバーズの初心者プレイヤーたちが倒しきるのを、キシたち『知恵の月』は待ち続けた。
しかし、この世界で『タラバガニ』が現れている期間の半分である十日が経っても、まだまだ健在ぶりを発揮して、初心者プレイヤーたちが操る人型機械を撃破してみせている。
その様子を、ティシリアは双眼鏡で確認して、少し不安そうな顔をキシに向けた。
「あの『タラバガニ』。あの人型機械たちに任せて、倒しきれるの?」
「うーん。耐久値は三分の一を減らしたってぐらいかな」
ゲームとして遊んで蓄積した経験から、キシが『タラバガニ』の状況を判断してみせたが、ティシリアは苦い顔をした。
「もう期間は半分を過ぎているのよ。それなのに、まだ三分の二も耐久値とやらが残っているなんて、まずいじゃない」
「いや。健全な砲台や銃座の数も減っているし、この手のミッションの最後の二日間は土日だから、手強い人たちがそこに集中するんだ。心配しなくても、倒しきってくれるって」
「最後の二日間って、このペースでいくと三分の一耐久値が残る計算なんだけど、本当に倒せるの?」
「ああ、いや。二日なのは地球時間で、こちらの時間だと六日から八日だった」
「最短でも六日間ね。それなら、可能かもしれないわね」
一応は安心した様子のティシリアだったが、ここから一日、二日と時間が経つと、心配性がぶり返した。
「残り八日ほどになったけど、戦況があまり変わっていないように見えるわ」
「いやいや。ちゃんと潰れている砲台と銃座の数が増えているよ。その数に比例して、『タラバガニ』に与える損害も増えているってば」
「そうかしら……。でも、最高難度の『タラバガニ』は、すでに三機も落ちているっていうのに、あの『タラバガニ』は元気そうじゃない。本当に初心者向けなの!?」
「最高難度では、熟練プレイヤーやら世界大会出場者あたりが、『タラバガニ』を倒すためだけの機体と武器を運用するんだ。与える損害の規模が違うよ。それこそ、トッププレイヤーが集まって上手く状況を運べたら、一戦で一機落とすことだって可能なぐらいだし」
「キシはそのトッププレイヤーとやらなんでしょ。ファウンダー・エクスリッチに乗って、あの『タラバガニ』を破壊してきなさいよ」
「無茶言わないでくれよ。それに、プレイヤー以外の勢力が『タラバガニ』を攻撃したら、どんな反応をしてくるかわからないからって、俺たちは手を出さないことにしているんだろ?」
「むぅ、それはそうなんだけど。こうも状況が遅々としか進まないと、歯がゆくてしょうがないわ!」
いらいらとしたティシリアの様子が変わったのは、イベント開催期間が、この世界で残り五日となったときだった。
いままで見てきた人型機械たちの動きよりも、この日からやってきた機体の動きが格段に良いとわかってからだ。
ここまで、ロケット弾は空中で銃弾に撃墜されて爆発することが多かったが、いまは『タラバガニ』の脚や体に直撃している。
それだけでなく、いままで猛威を振るっていた銃座や砲台が、簡単に銃撃で破壊されていく。
あっという間に、機体各部から煙を吹き始めた『タラバガニ』に、ティシリアはため息に似た安堵の呟きを漏らす。
「なによもう。長いことやきもきさせてくれた割には、なんかもう落とせそうに見えるわ」
「どうやら、初心者の中でもそれなりの腕のプレイヤーたちが、ポイントを稼ぎに来たようだね」
「ポイントって、キシが前に言っていた、人型機械や武器、運搬機の銃座の増設に必要な通貨のようなもののことよね」
「『タラバガニ』にある程度の損害を与えたり、銃座や砲台を沈黙させると、ボーナスポイントが貰えるんだ。連日の戦いで銃座や砲台の数が削れているのを知って、挙って集まってきたようだね」
「ふーん。いま戦っている連中は、死にかけの動物に集る蟻のような奴らってことね」
雑談をしながら二人が見守っていると、『タラバガニ』と戦っていた人型機械たちが、唐突に攻撃を止めて後方へ下がり始める。
その光景を見て、ティシリアは再び歯がゆそうに口を動かした。
「もう! まだ戦えそうなのに、倒さないまま撤退しているわ!」
「地球じゃ、あの戦いは遊興だからね。戦闘時間が決められているんだよ」
「土地を防衛する戦いのときは、この不可思議な撤退を心待ちにしていたけど。早く倒して欲しいいまは、嫌に感じるわ!」
「気持ちはわかるけどね。でも、今回の調子で戦闘が推移したら、あと一戦であの『タラバガニ』は落ちるね」
戦闘終了した『タラバガニ』は、傷ついた体を休めるように胴体を地面に着地させている。
各部の装甲はひび割れたり破壊されて、全体的にボロボロだ。大半の銃座や砲台も破壊されていて、当初のように雨あられと銃弾を降らせることも出来なくなっている。
蜘蛛や蟹の形に似た脚部の一本は、動力経路が破損したのか、変な風に曲がって動かなくなってもいた。
まさに満身創痍といった有り様だ。
しかしティシリアが見る限り、まだまだその機体の内に力強さが残っている気がして、まだまだ戦えそうな印象を受ける。
「あと一回戦ったら落ちるって、本当に?」
「絶対とは言えないけど、十中八九はそうなると、俺の経験から言えるよ」
「……その言葉を信じるわ。じゃあ、次の戦いが始まる前に計画を詰めてしまいましょう」
作戦開始時間がもうすぐと知ったティシリアは、さっきまでの歯がゆさなど忘れたかのように、毅然とした態度に変わる。
キシはその姿を見て、素直に感心した。
(こういう顔を見ると、やっぱり抵抗組織のリーダーなんだなって思うな。まあ、『タラバガニ』の状態を見て惑うような、十六歳って年齢らしい不安定なところもあるみたいだけど)
頼もしさと微笑ましさにキシが笑顔を見せると、ティシリアに睨まれてしまった。
「なんだかその目、腹立たしい感じがするわ。ほらキシ、皆のところに戻るわよ。そして作戦会議!」
「はいはい、了解しましたよっと。『タラバガニ』とプレイヤーの次の戦い――恐らく明日の昼頃になるだろうけど、忙しくなりそうだな」
ティシリアに連れられて歩きながら、この十五日ほどをのんびりと過ごしていたキシは、その休暇気分を引き締めながら『知恵の月』のメンバーがいるトラックの荷台に設置された建物へ向かったのだった。
翌日の昼。キシが予想していた通りに、メタリック・マニューバーズのプレイヤーが操る人型機械が『タラバガニ』を銃撃や砲撃でボコボコにしていた。
銃座と砲台の多くが沈黙して銃撃の脅威度が低くなったからか、人型機械の何機かは『タラバガニ』の足元まで接近して銃撃している。
胴体に何発ものロケット弾や砲弾を食らいながら、『タラバガニ』は弾幕に頼れなくなったため、複数の足を動かして近くにいる人型機械を蹴り払おうとする。
しかしそうやって無理やりな防御行動を行えば、動きの質が低下し、逆に良い的になってしまう。
複数のロケット弾が飛来して胴体部に直撃。近寄っていた人型機械の一機が、地面に着かざるをえない足を狙って、日本刀のような実体剣で斬撃を食らわせる。
その二つの攻撃によって、『タラバガニ』の体が大きく傾く。
このまま倒れるかと思いきや、どうにか踏ん張って体勢を立て直してみせた。
だが、体勢を戻すために動きが鈍くなった瞬間に、非常にもほぼ全機の人型機械からの砲弾やロケット弾が放たれ、着弾。
装甲の大部分が吹っ飛ばされ、内蔵部品がボロボロと零れて地面に落ちる。
ここまでの戦いを見守っていたキシは、ファウンダー・エクスリッチのコックピットに座りながら、『知恵の月』のメンバーへ通信を入れた。
『あと一押しで『タラバガニ』は戦闘不能になる。移動の準備を始めておいてくれ』
最初に返信があったのは、機体運搬用トラックを操ることになったキャシーからだ。
『りょうか~いよん。先行するキシに負けないぐらいに、爆走しちゃうんだからん』
『安全運転、安全運転でいきましょうよ』
ビルギの情けない声が通信に乗ってやってきたが、それを無視するような形でキャシーからの声がきた。
『メカニック二人の運搬は、ワタシに任せてぇ。その代わり、キシは内部制圧係の戦闘部隊の三人をよろしくねぇ』
『俺の方は運搬機を確保する際に経験済みだから、心配しなくていい。まあ、ちょっとコックピットの中が狭いけどな』
『こっちはワタシの背が小さいこともあってぇ、かなり余裕あるー』
最後の通信は、ティシリアからだ。
『昨日立てた作戦の通りに、『タラバガニ』が倒れて、戦っていた人型機械が離れ始めたら、ファウンダー・エクスリッチが先行突進。その後をフリフリッツが追走。最後にトラックが追うわ。『タラバガニ』、人型機械の両方から攻撃があった場合は、ファウンダー・エクスリッチとフリフリッツが戦闘開始し、トラックが逃げる時間を稼ぐ。攻撃がないなら、そのまま『タラバガニ』の胴体に取り付いて、キシとキャシーにキャサリン以外は内部探索だからね』
『知恵の月』全員から『了解』と返事があってから少しして、『タラバガニ』がその巨体を地面に横たわらせた。
戦っていたプレイヤーが操る人型機械たちは、勝鬨を上げるような身動きを一分ほどして検討をたたえ合い、その後唐突に動きを止めると引き上げ始める。
ゲームとしての『タラバガニ』討伐が終わったのだ。
その様子を見て、ティシリアが号令を出す。
『それじゃあ、作戦開始よ! キシ、最大速度で先行よろしく!』
『了解! 戦闘部隊の三人は、吹っ飛ばないように手足で体を支えてなよ!』
キシは返事をした直後に、ファウンダー・エクスリッチの大型バーニアを最大噴射させて、機体に最大級の加速度を叩き込み、一路倒れ伏した『タラバガニ』へ目掛けて突進していったのだった。