六十三話 取引交渉
初心者向け『タラバガニ』の周囲に集まった人たち、その代表者一名と護衛数人ずつが『知恵の月』のトラックの近くに集まった。
当初、どこで集まるか議論が紛糾したのだが、ティシリアの『うちの近くで開いてくれれば、水と食料は供出するわよ』という一言が決め手となり、集合場所が決まった。
集合した人たちは、約束通り手に水と食料を受け取ると、それらを食べながら飲みながら、『タラバガニ』がプレイヤーたちに撃破された後のことについて交渉を始めた。
最初は、人型機械を一機ほど連れてきた数組が、声も高らかに主張する。
「人型機械があれば、あの巨大兵器の脚や銃座を取り外すことは容易! ならば、こちらに兵器の良い部位を優先的に回してくれた方が、作業効率と収益性が高くなる!」
「人力でしか作業できないところなんて、装甲を破るのにも時間がかかるだろうから、量を運びだすことなんて難しいだろ。おこぼれを預かるくらいの方針でいた方がいいんじゃないか?」
侮る言葉に、人型機械を持たない連中が怒りの声を上げる。
「長年、あの大型兵器の回収を行ってきたオレたちに向かって、なんてことを言う! 人型機械で大ざっぱに機体を引きちぎるぐらいしかできない無能どもが!」
「そうだ! あの大型機械は技術の結晶だぞ! 丁寧に部品を関連する機構ごと取り外して保存してこそ、真に価値あるものになるんだ!」
「お前らみたいな荒っぽい回収法だと、折角の緻密な機械も、くず鉄として卸すしかできないじゃないか!」
欠点を上げつられて、人型機械を持つ組がいきり立つ。
「倒された巨大兵器が回収機で解体されて運ばれるまで、二、三日しかないんだぞ。お前たちの手作業での回収を主体にしていたら、人型機械の掌ほどしか部品を回収できないだろうが! 損傷が少ない部分を大きく解体して回収し、安全な場所でその中にある機構を解析する方が建設的だ」
「その方法だと、切断面に未知の機構があった場合、壊れて解析不能になるだろうに! 今後の技術発展を考えたら、人型機械手のひら一つ分の機構であっても、トラック一台分のくず鉄に勝る!」
「その解析に何年かかる! その間にも、人々は水や食料、そして資材が必要になる! 仮にこちら側の回収法がくず鉄を量産するような方法であろうと、回収したものは資材にできる!」
「そうやって目先の事しか見えていないからこそ、いつまでたっても人型機械の跳梁を許すことになっているのが、なぜわからん! 我らの技術力が高まれば、人型機械を携行火力で打倒することも可能になるのだぞ!」
「夢物語を語るんじゃねえよ! この砂と岩石ばかりの土地に暮らす人々に必要なものは、現時点ですぐに使える物資だ! 技術の躍進なんて、人の暮らしが満ちてからで十分だ!」
「なにを言うか! お前が引き合いに出す、カツカツの生活を強いられている者たちこそ、未来への希望が必要なのだ! そうでなければ、絶望で死を選ぶものも出てくる!」
白熱する議論だが、その中に『知恵の月』の意見は入っていない。
代表であるティシリアが、両者の議論を静かに見守っているからだ。
この場に問答無用な具合に連れてこられたキシは、ティシリアの護衛として立つ『知恵の月』の戦闘部隊の老人にそっと声を掛ける。
「ティシリアが議論に参加してないけど、いいの?」
「我らの目的は、中枢部の調査と、可能なら『タラバガニ』とやらのリアクターに発信機を取り付けることじゃからな。そも、あいつらとは考えが根本から違っておるよ」
「そういえば、そうだった。それにしても、あの対立、どっちが正しいと思うか見解を教えてくれない?」
老人は「ふむっ」と軽く唸ると、困ったように眉を歪めた。
「どちらも、意見としては正しいと思うわな。だが、肩を持つなら技術派の連中じゃな」
「へぇ、意外だな。戦闘部隊の人なんだから、物資の方が重要だと言うと思ったのに」
「むしろ、戦闘部隊じゃからこそ、技術の大切さを知っておるのよ。物資だけあろうと技術がなければ、敵を撃破する銃も、砂漠を移動するためのトラックも作れん。それらがない戦闘を考えてみい。地獄だろうが」
銃がないために刀剣や弓ないしは投石での戦闘が行われ、トラックがないため物資を背中に担いで砂と岩石の大地を歩く。
想像するだけでも、げんなりとしそうな光景だ。
老人の見解は続く。
「それにな、物資を必要なところに必要な分だけ使うことにも、知恵は必要となる。無計画に使用すれば無駄が発生し、それは資材収集に負担となる」
「技術があれば、少ない資材でも効率的な発展が見込めるってことか。なるほど」
キシが理解を示したところで、技術派と物資派の対立が小康状態に落ち着いていた。
「チッ。このまま言い争っても、喉が渇くだけで益がない!」
「おい『知恵の月』の嬢ちゃん。あんたはどっちを味方するんだ!」
話を向けられて、ここでようやくティシリアが口を開く。
「物資の価値も、技術の大切さも知っているわ。でも悪いけど、私は『情報派』よ。どちらも情報としたら等価値にしか見えないわ」
「「なんだと!」」
技術と物資の両陣営から怒鳴られても、ティシリアは涼しい顔を崩さない。
「そもそもだけど、どうして争うのか、理解できないわ。物資が大切というそちらの陣営だって、技術が大切だって語っていたじゃないの」
ティシリアの発言に、言い争いを主導していた物資派の一人が顔に怒りを露わにする。
「そんな発言、一言だってした覚えはない! 嘘でこの場を収めようとする気なら、こちらも考えがあるぞ!」
その怒声に呼応するように、彼の護衛がわざとらしく手にある銃器を揺すって金属音を出させた。
攻撃も辞さないというアピールのようだが、ティシリアの顔に怯えの色は現れない。それどころか、軽蔑するような視線さえ送る。
「話し合いの場に武力を持ち込むなんて、最悪の手を打ったわね。失望したわ」
「なんだとお!」
「そのことは、どうでもいいわ。私の質問に答えなさい。あなたは技術よりも物資が重要と言うのよね?」
「チッ、その通りだよ。それがどうした!」
「ならどうして、『タラバガニ』――あの巨大兵器の『良い部位』を求めているのよ。そもそも、あなたのいう『良い部位』とはどこなのよ」
「そりゃあ、もちろん損傷の少ない場所だ。そもそもこの議論は、その場所を誰が得るってものだったろうが」
当然の返答だが、ティシリアは意味が分からないという顔をする。
「物資回収として考えたら、損傷がある場所の方が、解体が容易で効率的でしょ。それなのに損傷がない場所を選ぶなんて、どうして?」
「そこの方が、売却益が高いからだ」
「あなたが売り払う相手は、どうして損傷がない場所に高いお金を払うのよ。物資――いえ、くず鉄を買うつもりなら、損傷場所だろうと無傷の場所であろうと、値段は同じはずよ」
「そ、それは……」
「言い難いなら私が言うわ。それは、あなたの取引相手が、巨大兵器に使われている技術や機構に興味があるからよ。例え、荒っぽい手段で切断された部位だろうと、そこから得られる情報はあるものだしね。だから損傷がない部分を得てくれと、あなたに依頼しているわけよね」
つまり物資派と思われた連中も、実情は『技術派』であると、ティシリアは語ったわけだ。
「というわけで、この議論は無意味よ。だって、お互いに技術が大切だと分かっているんだもの」
そう締めくくると、代表者の面々は微妙な顔つきになる。
物資派だった連中は言いくるめられたことが悔しそうで、技術派の連中もティシリアのような小娘に議論を支配されたことが面白くなさそうだ。
両陣営の感情を知ってか知らずか、ティシリアは堂々と言い放つ。
「話はこれで決まったわね。今回は技術が大事と主張した側が、巨大兵器の良い部分を得る権利を持つわ」
こうして議論が決着したかと思いきや、両陣営から質問が飛んできた。
「『知恵の月』は、どこを取る気だ」
「そうだ。お前は技術でも物資でもない、情報派だと語った。ならば当然、良い部分を取る権利は持てないことになるぞ」
技術側はせっかく得た権利を侵害されることを忌避するように、物資派は結論の土台をひっくり返すことを狙うような発言だ。
しかしティシリアは、呆れを隠さない態度を取る。
「私たちは、一番人型機械から攻撃を食らう胴体部分を狙うわ。他に欲しい人がいないのなら、だけど」
ティシリアが『知恵の月』にとっての目的を隠しながら告げると、両陣営とも不思議そうな顔になる。
「どうして、そんな価値が損なわれる場所を狙うんだ?」
「重要な機器があるかもしれないが、倒されてすぐに飛行物体がやってきて回収してしまうんだ。その飛行物体に狙われる危険と、得られる物品の収益のつり合いが取れないと思うが」
「こちらの都合なんて、そちらにとっては、どうでもいいことじゃない。欲しい人はいるの、いないの?」
ティシリアが再度問いかけるが、名乗り出る者はいなかった。
「なら『知恵の月』は胴体を、技術優先の人たちが良い部位を、物資優先と語った人たちがそれ以外よ。異論はないわね?」
「……ああ、それで構わない。ここで狙いを変え、何も手に入らないという愚行を冒したくはない」
「あんたらが何をする気か知らないが、今回は見送るさ。有益だと見たら、次の機会に真似させてもらうがな」
議論は終結し、それぞれが自分たちの居場所へと戻っていった。
そうして『知恵の月』以外の面々が消えたところで、ティシリアがやり切ったという顔と仕草を取る。
「よっし、上手くいったわ! これで、誰にはばかることもなく、胴体部へ直行できるわ!」
その喜びぶりに、キシもつられて笑顔になりそうになるが、懸念を訪ねる必要があると顔を引き締める。
「他の部分を、ああやって簡単に明け渡しちゃってもよかったのか? 交渉次第じゃ、もっと利益を上げる方法がいくらでもあっただろ?」
「ここは欲張っちゃいけないところよ。むしろ、第一目標さえ果たせれば、それ以外は余分なのよ!」
キシが訝しげな視線を向けると、ティシリアが真面目な態度に戻った。
「いいかしら。『タラバガニ』の機構は解析されたあと情報として広まるわ。秘匿しようとしても、他の組織も同じ場所を得ている可能性があるから、情報量を取って広めた方が利益になるの。そして素材は売りに出されるから、金さえ積めば簡単に手に入るもの。要は『知恵の月』にとってみたら、どちらも価値が低いわ」
「なるほど。一方で、『タラバガニ』の中央部を調べて送受信可能な通信機を発見したり、リアクターに発信機を仕込んで運ばれる位置を特定したりは、誰もやっていないから」
「そう。機構の解析や素材を売るよりも、手間が少ないのに巨万の価値が生まれるの!」
どうだとばかりに胸を張るティシリアに、キシはパチパチと拍手を送った。
そんな二人の様子に、横にいる戦闘部隊の老人は『つける薬なし』といった感じで、ため息をつき、首を横に振ったのだった。