六十一話 移動中
通称『タラバガニ』という兵器を調べるため、『知恵の月』は休憩所を離れることになった。
その間の経営は、なんだかんだと有能な『砂モグラ団』に任せることで決着した。
そのことに、『砂モグラ団』のリーダーは少し渋い顔をしている。
「信用してくれるのは嬉しいけどよ。休憩所を乗っ取られるとは、思わねえのか?」
「あら。あなたたちはそんなことをする傭兵団じゃないでしょ。それに、乗っ取ったら後が怖いってことが分かるぐらいの知恵はあるでしょ?」
ティシリアの切り替えしに、『砂モグラ団』リーダーは半笑いの顔になる。
「この休憩所は『知恵の月』のもんだと知られちまっているから、乗っ取ったら噂がすぐに広まるだろうな。そんでキシが奪還しにきたりしたら、瞬く間に殲滅されちまうだろうな」
「そうやって知恵が回るからこそ、ここを任せても大丈夫だって思ったのよ」
「へいへい。そんじゃあ、頑張ってお留守番といくよ。給料分は働かないとだからな」
こうして憂いなく出立した『知恵の月』。
この移動のために、ダンプカーに似た機体運搬用トラックの荷台に、仮設の生活用スペースを作り付け、そこにメンバーの多くが乗って移動する。
そこに入っていないのは、ファウンダー・エクスリッチに乗っているキシと、フリフリッツに乗るキャシー。そして、トラックを運転する、ビルギとキャサリンだった。
『それにしても、キャサリンが車の運転が上手いのは意外だよね』
キシが通信を送ると、キャサリンの声が返ってきた。
『ちょっとー、それってどういう意味ぃ。これでもワタシは尽くす女で通っていたのよん。料理に洗濯、掃除に送り迎えまで、何でもやってあげたんだからん』
『……えーっと、それって男性の恋人がいたってこと?』
『同居もしていたのよん。彼ってば恥ずかしがっちゃって、『ルームシェアだから!』なんて赤い顔で言うんだものぉ。可愛らしかったわん』
顔が赤いのは羞恥じゃなくて怒りだったんじゃないかと、キシはふと思った。
しかし、そのことは指摘しない。
『結果的に恋人と別れちゃった形だけど、平気なの?』
『ワタシみたいな百戦錬磨の女になっちゃうとぉ、別れを何度も経験しているから、長々と悲しいだなんて引きずらないのよん。それに、せっかく女性の体を手に入れたんだから、新しい恋をしてみたいって気持ちもあるしねん』
通信の向こうでなにかをやったらしく、ビルギの焦った声が入ってきた。
『変なところ触らないで、運転に集中してください! 荷台の仮設建築に人が乗っているんですから、転倒したら大惨事なんですよ!』
『あーんもう、ちょっとぐらい良いじゃないの。それに、運転なんて片手間でできるからぁ、もう一方の手は空いているのよん。なら、有効活用しないとぉねぇ』
『止めてくださいって! キシ、聞いているなら、この人と運転を変わってください!』
『……悪いなビルギ。ファウンダー・エクスリッチは、俺専用機ってことになっているんだ。キャサリンは乗せられない』
キシは非情にも通信帯を変更して、荷台の仮設建築物にいるティシリアに通信を繋げた。
『ん、キシ。どうかしたの?』
『ビルギがキャサリンと仲よくしているから、邪魔しちゃ悪いと思ってね』
『本当に? キャサリンは良い子だけど、ビルギの好みとは違っていると思うんだけど?』
不思議そうなキャサリンの声に、キシは少し興味がそそられた。
『ビルギの好みって、どんな女性か知っているんだな』
『詳しくは知らないけど、気が優しくておしとやかな女性がいいとは言っていたわよ』
『あー、なるほどなぁ』
ティシリアは言うに及ばず、アンリズは交渉相手を泣かせるほど肝が太いし、タミルは機械のことになると熱中が止まらない気がある。
戦闘部隊の二名は、肉体派なだけあって、弱い男には興味がないという態度を崩さない。
そんな『強い』女性ばかりの環境にいるために、ビルギの好みがその反対の女性へ傾いたのだと、キシには思えた。
『そうなると、ビルギの恋はまだまだ遠そうだな』
『そんなこと言って、キシはどうなのよ。うちの中で、好みの相手とかいないわけ?』
通信のため顔は見えないものの、キシはティシリアがニヤニヤと笑っていると感じた。
そこで、意趣返しの気持ちを込めて、言い返す。
『一番好みに近いのは、ティシリアだぞ』
『……うぇ!? わ、私!?』
『抵抗組織のリーダを務められる決断力と努力は好感が持てるし、少し抜けているところとか可愛いと思うぞ』
『え、あの、ちょっと待って!』
慌てる様子が明らかな声に、キシは忍び笑いする。
しかしそれは長く続かない。アンリズが割って入ってきたのだ。
『キシ。ティシリアは初心なのよ。変にからかわないで』
『からかうだなんて、人聞きの悪い。さっき言ったのは、まぎれもない本心だぞ?』
『本心でも、愛の言葉を放ったわけではなっく、同志的な好意を伝えただけよね』
『そこまで詳しく言われちゃうと、その通りだと頷くしかないな』
キシはこれ以上の言葉遊びは無理だと悟って白状すると、ティシリアの怒声がやってきた。
『キシ! からかったのね!』
『いや、言った言葉自体は本心だって。俺はティシリアに交換を持っているし、可愛いとたびたび思っているし、『知恵の月』で好みに近いのも本当だ』
『うぐぐぐー。キシの、すけこまし!!』
ティシリアの気持ちを表すように、バツンと音を立てて通信が切られた。
「この通信って、こんな音が出る構造だったっけか?」
キシは小首を傾げていると、今度はキャシーから通信がやってきた。
『あんまり女心をもてあそんでいるとぉ、言い死に方しないんだからね』
『肝に銘じておくよ。背中を刺されて死にたいわけじゃないしね』
『分かればいいわぁ。でも、ワタシ相手になら、やってもいいんだけどぉ?』
『女心じゃないからか?』
『――ファウンダー・エクスリッチを銃撃するわよ』
『おい、待ってくれよ。からかっていいって言ったの、そっちだろう』
『からかい方ってものが、あるでしょう!』
キシとキャシーは軽く言い争いをしながらも、自らが乗る人型機械を進行方向に進ませていく。
そんな感じで、『タラバガニ』へ至るまでの道中は、他愛無いお喋りが続いた以外に何事もなく過ぎていったのだった。