五話 知恵の月
仲間に入れるというティシリアの宣言通りに、キシはすぐに彼女の仲間たちに面通しをする運びになった。
「――というわけで『不殺の赤目』こと、キシが仲間になりました。みんな、よろしくしてやってね」
明るく言うティシリアとは裏腹に、彼女の仲間たちは胡乱な目をキシに向けている。
一方のキシも、彼ら彼女らの容姿を見て、内心で頬を引きつらせていた。
(ティシリアが若いから、てっきり若い人たちの集まりだと思っていたのに。若い人は女性ばかりだし、男性は厳つい年上ばっかりじゃないかよ……)
元の世界では小市民だったキシは、歴戦の勇士もかくやという顔つきの中年男性たちに気後れしてしまっていた。
それでも、どうにか表情には出さないように気を付けていると、ティシリアが一人の油汚れがひどいツナギを着た初老男性に顔を向ける。
「ヤシュリ。キシは手先が器用なんだけど、自分で一から機械を作る能力はないそうなの。助手としてこき使ってやってね」
ヤシュリと呼ばれた、白髪七割茶髪三割のまだらな借上げ頭の初老男性は、自身の深い皺がある痩せた顔に手を当てて考える仕草をした。
「お嬢。『赤目』からは情報を取るから、労働は免除するんじゃなかったかい?」
ヤシュリが『不殺の』を省略して放った疑問について、ティシリアが苦笑いを浮かべる。
「それが、いくつか新情報は貰ったんだけど、私たちの活動には生かせないものだったの。キシには悪いけど、正直に肩透かしだったわ」
「なるほどの。それで、どれぐらい任せてくれるのかな?」
「話してみてわかったけど、キシは頭が良いから、私たちのところから逃げたりしないと思うわ。だから、重要機密以外は触れさせていいわよ」
「お嬢が言うなら、そうするとしよう。なにせメカニックの手は、ワシと半人前の弟子の四つしかなかったからの。素人でも、もう二つ手が増えるなら万々歳じゃ」
そんな軽口をヤシュリが叩いた瞬間、隣にいたティシリアと同じ年頃の少女――アップリケを各所に縫い付けたツナギを着た百四十センチ程度の低身長な、茶髪を二本おさげにしている――が抗議の声を上げる。
「ちょっとお爺ちゃん! ウチのこと、また半人前扱いして! 『赤目』が乗っていた機体を停止させたの、ウチが作った爆弾だって忘れた!」
「これ、タミル。その話はするでない」
ヤシュリに止められた瞬間、アップリケツナギのタミルは『うっかりした』という表情になると、恐る恐るという感じでキシの方へ視線を向ける。
その他の人たちも、キシがどう動くのか――もっといえば、爆弾の製作者に襲い掛かった際に取り押さえられるような体制で、様子見を始めた。
しかしキシは、彼らがそんな心配をしていることに、逆に申し訳ない思いを抱いてしまった。
「あの爆弾にはびっくりしましたけど、それだけですよ。製作者が君って分かっても、何かする気はないよ」
優しい声色になるよう気をつけて放たれた言葉に、様子見をしていた面々は面食らった顔になる。
唯一、キシの人となりを知るティシリアだけが『ふふんっ』と得意げな顔をしていた。
「見ての通り、キシって話の分かる人なのよ。だから、暴力や脅しで言うことを聞かせようだなんてしちゃだめだからね。とくに、戦闘部隊の面々は短絡的な行動はしちゃだめよ!」
「うへーい」「はいよー」「はーい」
返事をしたのは、ヤシュリと同年代の老男性、ティシリアよりやや年上の女性二人。三人とも、いまキシが着ている、メタリック・マニューバーズのパイロットスーツ姿だ。
しかしよく観察すると、彼らの体はよく鍛えられているようだし、スーツの上に鞘帯や銃帯をつけ、その中には大振りのナイフや拳銃も入っていて、かなり厳つい印象を受ける。
そこでキシは、ふとした疑問を抱いた。
「なあ、ティシリア。取り調べのときにいたレンチを持った男女は、戦闘部隊じゃないのか?」
「ビルギとアンリズのこと? 二人は情報官よ」
ティシリアの指の動きから、ビルギが男性、アンリズが女性の名前だ。
そして情報官という名称に、キシは疑問を抱いた。
「なまえからすると、情報を扱う人物みたいだけど。この人数にしては、二人って多くないか?」
指摘した通り、この場にいるキシを抜かして八人が、ティシリアがリーダーを務める『知恵の月』の全メンバーだ。
メカニックが二人、戦闘員が三人はいいとして、情報を扱うだけの人材が二人は多いように、キシには感じられた。
しかしその思い違いを笑うように、ティシリアは『ふふんっ』と鼻を鳴らす。
「なにを言っているの、キシ。情報に重きをおいているからこそ、私たちは活動を続けられているの。いわばこの二人は、うちの稼ぎ頭なのよ」
「ああー、なるほど。『知恵の月』って名前の通りに、情報を他のレジスタンスに売って生計を立てているのか」
「でも情報だけ扱うわけじゃないわ。キシを捕まえたような作戦の立案を頼まれたりするし、人手が足りないからって助っ人を頼まれることもあるわ」
自慢げに語るティシリアだったが、横からビルギのため息が割って入った。
「うちは少人数ですので、下に見て不払いを押し通そうとするので困っているんですよね。半金を前払いでもらっても、装備は持ち出しなので赤字になることもあって」
重くため息を吐くビルギに、ティシリアは焦って言い返す。
「そ、それは語弊があるわ。ちゃんと帳尻を合わせられるように、金払いがいい大口の依頼を受けたりもするじゃない」
「それで穴埋めはできても、自転車操業には変わりありません。黒字を目指していただかないと」
「ちゃんと目指したわよ! ただ、キシがあまり情報を知らなかっただけ!」
唐突に話の流れに組み込まれて、キシは困って後ろ頭を掻く。
「なんだか、俺の所為みたいで、申し訳ないです」
「いえ。あなたが仲間に入ってくれて、助かります。ウチは運転手がいなくて、トラックの運転も僕がやっているぐらいだったので」
この瞬間、グループ内で唯一の同年代の男性という共感力で、キシとビルギに友人関係が結ばれた。
「機械の運転なら任せろ、大得意だ。でも俺の役割は、メカニックの助手じゃなかったか?」
「運転手がいなかったので、作業機械の入手は後回しにしていたんですよ。手に入れ次第、キシさんには操ってもらうことになると思います」
「新しい機械を手に入れるって、支払いは大丈夫なのか?」
「そこはリーダーのティシリアに、考えがあるそうです」
二人そろって顔をむけると、ティシリアは偉そうに腕を横に伸ばす。その手に、女性情報官のアンリズがA4サイズの携帯端末のようなものを握らせた。
湾曲した形を見るに、人型機械のディスプレイを加工して作られたもののようだ。
その端末にティシリアは指を這わせ、ある情報を画面に呼び出した。
「キシから情報を得て機体を買おうと思っていたんだけど、その手は使えなくなったわ。だから、次善策として用意していたものを使うわ」
メンバー全員に見せつけるように、ティシリアは端末の画面を両手で掲げる。
太陽光が差し入って見づらいため、ほぼ全員が目をすがめて、端末の情報を読み取った。
そして、代表するようにビルギが呟く。
「作業機械『ハンディー』での戦闘で勝敗を決する、トーナメント大会。優勝賞品は、全身揃った人型機械。これは物凄い太っ腹な大会ですね」
「景品が豪華な分、エントリー代は高かったんだけどね。でも、すでに機体の手配と参加登録はしておいたわ」
「またリーダーが勝手に散財してるんですが……」
この調子で借金が膨らむんだと、ビルギに泣きつかれて、キシはよしよしと慰めた。
その反応が、ティシリアには意外だった。
「『不殺の赤目』の機体を渡せば、借金は帳消しになるって契約だったじゃない。なら借金を増やしてでも、次の手を打っておくべき場面だったでしょ?」
「上手くいったからよかったものの、失敗していたら『知恵の月』は解散でしたよ!」
「上手くいったんだからいいじゃないの。それに、望外なほどに腕が確かな運転手も手に入ったのよ。もうこれは大会優勝、間違いなしよ」
ティシリアの前向きな言葉に、ビルギは反論しようとして、諦めた。
キシは肩を落とした彼の背中を、慰めにぽんぽんと叩いてやる。
「リーダーはこうと決めたら、意思を曲げないんです。しかもその方が上手くいく場合が多くて、諫める言葉に困ってしまうんです」
「上の無茶ぶりって困るよな、本当に」
「キシさんも、覚えがおありで?」
「臨時雇いで働いていたとき、雇い主が『雇ってやったんだから給料以上の働きを見せろ』って考えの持ち主でね」
「その人に比べれば、うちのリーダーは穏やかなほうですね。僕らに無茶はさせませんから」
二人が傷の舐めあいをしていると、ティシリアが空気を入れ替えるために柏手を一つ打った。
「というわけで『ハンディー』の受け取りと、大会出場のために移動するわよ。メカニックはトラックの整備を万全にしておいて。情報官は大会出場者のデータを収集して。戦闘部隊は武器の整備と休憩。キシはメカニックの手伝いが終わったら、ビルギにトラックの運転を教えてもらって。以上、行動開始して!」
「「「はーい」」」
覇気のない返事ではあったが、『知恵の月』の面々は手慣れた様子でテキパキと行動を始める。
キシも慌ててメカニック二人の後について回り、工具出しや部品保持などの手伝いを行うことにしたのだった。