五十九話 決着
決闘の決着はついた。
『知恵の月』の面々は勝利を一通り喜んだあとで、『陽炎の蠍』と交渉に入った。
決闘の習わし通りなら、『知恵の月』が一方的に優位な条件を突きつけて、『陽炎の蠍』は拒否することができずに、その約束を結ぶことになる。
そんな理由があるからか、交渉のテーブルの向こうに並ぶ『陽炎の蠍』の面々は、とても悲痛な顔をしていた。
それこそ、この世界に来て日が浅いキシには『そんなに悲観することなのか?』と疑問を抱いてしまうほどだ。
しかし、これこそがこの世の習いと体言するかのように、ティシリアは元気に笑っている。
「さて、あなたたち、覚悟できているんでしょうね」
生成与奪は握っているぞと、脅すような言葉。
これで、さらに『陽炎の蠍』の人たちは委縮してしまっている。
本来なら、ここで主導役たるヒビァジャビが口八丁で対抗するのだろう。
しかし彼は、キシに怖々とした視線を送り、目が合うと、ブルブルと震えながら顔を逸らすという行動しかできていない。
最終戦の決着の際に入れた脅しが効果覿面で、立ち直れていないようだ。
そんな情けない態度の頭目に任せてはおけないと、ターバン男の一人が交渉に立つ。
「け、決闘の結果は、我々の負け。それは認める。だが、最終戦までもつれ込んだこと。これは評価して欲しい」
負けを認めつつも、敢闘賞を戴きたいといった言葉。
キシは意味が分からなかった。首を傾げていると、横にいたビルギがこっそり耳打ちしてくる。
「決闘では、勝敗が一番重要ですけど、戦闘の内容も考慮に入れないといけないです」
「大勝ならどんな要求をしてもいいけど、接戦だったのに理不尽な要求すると大人げないという評価になるのか?」
「その通りです。そういった配慮を忘れると、他の抵抗組織から白い目で見られてしまうんです」
「同業の付き合いってやつだな」
「抵抗組織に限らないですけどね。この砂と岩石の大地の中では、どこもかしこも持ちつ持たれつでやってますから」
面倒なことだと、キシは思った。
しかし、今回の決闘では、その点を考えなくてもいいんじゃないかという考えも持った。
それは、ティシリアも同じようだった。
「確かに最終戦までもつれ込んだのなら、こちらからの提案に手心を加えないといけないわよね」
「では――」
「でも、あなたたち。かなり卑怯な手を使ったわよね。あと、こちらは第二戦から映像を撮っていること、忘れてないかしら?」
ティシリアは、わざとらしくニッコリと笑い、そして言葉を続ける。
「『陽炎の蠍』は頑張ったって映像を、他の抵抗組織に見せれば納得してもらえるぐらいの『手心』で十分よね?」
ティシリアが明らかな脅し文句を並べると、ターバン男の顔色が青くなった。
「そ、それは、その……」
「あー、忘れてたわ。最後の最後で、私たちを皆殺しにしようとしたことも、考慮に入れないといけないんだったわね。これはどれぐらいの『手心』を加えればいいのかしら?」
「うぐっ……」
ここまで言葉を並べれば、交渉事を知らないキシでも、ティシリアが何を言いたいかがわかった。
つまり、容赦なく『陽炎の蠍』から取り立てる気なのだ。
キシが軽くターバン男に同情しそうになっていると、その心の動きを悟ったかのように、ビルギから注釈が入った。
「『知恵の月』に楯突いたら痛い目を見ると、他の抵抗組織に示すためにも、責める材料が多々ある相手には容赦したらいけないんです。それこそ、尻の毛まで抜く気でいかないと」
「そんな背景があるから、向こうさんは決闘での勝ちにこだわったわけだな」
「決闘内容が卑怯千万でも、勝ちさえすれば、相手に色々な条件を飲ませることができますからね。正々堂々と戦って、負けても手心を加えてもらおうっていう戦術も、なくはないんですけど」
その手心も、勝った相手の胸三寸である。
正々堂々と戦って相手にギロチンの紐を握られるぐらいなら、悪辣な手を使っても相手に絞首刑の縄を掛けたいと思うのは当然の選択だろう。
しかしながら、あくどい手を使って負ければ、情状酌量の余地のない内容を突き付けられても仕方がないともいえる。
そんな世界の常識を弁えているティシリアは、手を軽く振る。
横に控えていたアンリズは、支持を受けて、情報端末の画面を『陽炎の蠍』へ見せる。
「これが、あなたたちへ、『知恵の月』が要求するものの一覧よ。確認してみなさい」
ターバン男は受け取ると、画面を見つめる。すると顔色が一層悪くなり、カタカタと体を震わせ始めた。
「こ、こんな要求、飲んだ瞬間に身の破滅じゃないか!」
口では激高しながらも、その目は縋りつきたいと言うように弱弱しい。
そんな彼を、アンリズは鼻で笑い飛ばした。
「なにを言っているのかしら。飲む飲まないじゃなく、あなたたちは飲むしかないのよ。それが決闘の掟なのだから」
「それは、そうだが。これはいくら何でも」
「あなたたちの行状を考えたら、これが相応しい『手心』だと思うのだけれど?」
ターバン男は唇を噛みしめて、悔しそうに項垂れる。
そんな反応が起こる要求とやらを、キシは気になった。
「ビルギ。どんな要求を出しているか、知っているか?」
「作成を手伝ったので、知ってますよ。簡単に言うなら、大量の借金をあの人たちに負わせるって感じですね」
「借金って、金を要求し立ったことか。決闘にあんな手を使ってきた連中だぞ。ちゃんと払ってくれるのか?」
「そこは安心してください。金融関係に強い抵抗組織に間に立ってもらいますから。仲介料がかなり取られますけど、それは向こうの借金に上乗せなので、こちらが気にしなくてもいいことですから」
「……その組織って、もしかして『知恵の月』が金を借りていた相手とか?」
「その通りです。まさかこういう形で、借金生活が役立つとは思いませんでしたよ」
苦笑いするビルギの肩を、キシは労うように軽く叩いた。
この一連のやり取りの間に、『陽炎の蠍』の頭目たるヒビァジャビの精神が少し持ち直したようで、彼はアンリズが渡した端末の画面を覗き込んでいた。
そして書かれていた内容が衝撃的だったため、ショック療法で一気に精神が元に戻った。
「なんだこれは! 貴様ら、金の亡者か!」
言いがかりに聞こえる言葉に、アンリズがわざとらしくため息をついて見せる。
「はぁ。ではその金額になる内訳を言うわよ。まず、あなたたちが決闘で使っていたハードイス三機。決闘の慣例に基づけば、それらは全部、こちらのもの。でも、こちらは人型機械を持て余しているから、そんな機体を貰ったところで意味がない。なら、その機体分のお金を貰ったほうが建設的だし、あなたたちは人型機械を持って帰れる。両者にとって、いいことでしょ?」
「それにしても、この金額は高すぎる!」
「話はまだ途中よ。続いて、この決闘はそちらが言いがかりに近い内容で行ったことよ。仮にそちらが勝っていれば、休憩所の一切合切を持ってかれていたはず。なら、こちらが勝った場合は、休憩所の値段分の賠償金を上乗せするのは、当然の権利よね」
「それは……。そ、それを加えても、この金額には」
「気忙しい男ね、まだ途中よ。そこに、決闘にかかった全費用。ペイント弾は伝手から融通してもらったから、その分割り増し料金が発生しているわ。そして、この決闘で『知恵の月』の業務が滞ったから、その分の補填金。決闘を頑張ってくれた三人への報奨金。この決闘の結果を他の組織に伝える作業代。決闘最終戦で、あなたがこちらを殺そうとしたことで、われわれは心理的外傷を受けたから、その慰謝料と治療費。あとは――」
アンリズが金額の理由を語り続けていると、ヒビァジャビが途中で遮った。
「その金額があわされば膨大になるのは理解できた。それでも、この金額はおかしい!」
「……一番大きいのは、我々の口止め料よ。あなたたちが、こんな卑怯な手を決闘に用いていたと、大々的に宣伝してもいいのかしら? もしも、正確な情報を他の組織に渡したら、あなたたち抵抗組織としてだけでなく、この砂と岩の大地の上では生きていけなくなるわよ」
完璧な脅し文句だが、キシは『この土地では生きていけなくなる』という部分が引っ掛かった。
アンリズにヒビァジャビが食い下がる中、キシがビルギに顔を向けると、その部分を詳しく説明してくれた。
「この大地では、水も食料も売る側の心持ち次第です。いい人には安く、気に入らない人には高く売るなんて、よくある話なんです」
「それにしたって、生きていけなくなるわけじゃないだろ?」
「抵抗組織は、人型機械から土地を取り戻そうと活動する理念ある気高い人たち、っていうのが普通に暮らす人たちの認識なんです。その理念にふさわしい行動をとらないのなら、その組織は盗賊と変わらないとも考えています。そしてこの土地は、盗賊が長々と生きていられるほど、生易しいものじゃありません」
ビルギによると、盗賊が現れたら近くの武闘派抵抗組織に話が伝わり、討伐してしまうのだそうだ。
人々の安寧を守るという建前と、盗賊が持っている武器や機械の接収という本目的、そして救助を求めた人たちから援助してもらえないかという下心でだ。
そんなこの世界の実情を知って、キシは感心と驚きの声を上げてしまう。
「はえー。なかなかに厳しい世の中だね」
「ところが、そうでもないんですよ。ちゃんと理念さえ守っていれば、抵抗組織にいる人たちは温かい目で見て貰えるんです。それこそ、多大な借金を持った弱小組織であろうと、どうにか潰されずに済むぐらいにはです」
その組織が、キシが参加する前の『知恵の月』なのだと理解して、キシとビルギは苦笑いを浮かべ合う。
そんな二人を他所に、交渉はもう決着の段階にまで入っていた。
ヒビァジャビは苦しそうに言葉を出す。
「口止め料が膨大なのは納得した。そこでだ。どの程度割り引いたら、どんな情報を他の組織に流す気なのか、教えてはくれないか」
「そこを詳しくは言う気はないのだけど、あなたたちが身の破滅を迎えないような情報を流してもいいとしたら、この位は差し引いてもいいわ」
「ぐぬっ。こ、これだけか?」
「重大な秘密ほど、口止め料はかかるのは当然でしょう。言っておくけど、ここがあなたたちが破滅する限界点よ」
アンリズの引かない姿勢に、ヒビァジャビは苦渋を舐めたような顔になる。
そんな彼に、少し前まで交渉に立っていたターバン男が寄り添った。
「ヒビァジャビさま。お金で済めば十分ではありませんか。人型機械も運搬トラックも取られないんです。ここから巻き返せますよ」
「こんな借金を抱えてもか」
「借金をする相手は、あの組織です。こちらを破滅させないように、借金を回収する手腕に長けています。死ぬ心配だけは、しなくていいと思います。我々も離脱せずに、支えさせていただきますから」
「……そうか。貴様らがそれでいいというのなら、そうしよう」
ヒビァジャビは体に入っていた力を抜くと、端末画面に表示されている不平等な取引にサインをした。
これで、『陽炎の蠍』が挑んできた決闘は、完全に終わったのだった。