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五十八話 決闘、最終戦

 背中が真っ赤に染まったフリフリッツのコックピットから、キャシーが出てきた。

 その表情は、苦笑いとも誤魔化し笑いともとれない、少し痛ましさがある笑顔だった。


「あははー。負けちゃったぁ」


 地面に下りながら放った言葉は、悔しさを滲ませないように気をつけたような口調だった。

 それを聞いて、出迎えていたティシリアが満面の笑顔を浮かべる。


「なにを言っているのよ。キャシーは、私たちが立てていた作戦以上の働きをしてくたのよ。しみったれた顔してないで、胸を張りなさい。その平坦なお胸をね」


 励ましとは少し違った毛色がある、自分の行動を誇れという言葉に、キャシーの表情が少し緩やかになった。


「……むぅ。小さいは余計だと思うわぁ。成長した後のワタシがキャサリンだとしたら、大きくなる予定なのだし」

「筒の外に出ているんだから、同じ成長が起こるとは限らないわ。もしかしたら、キャサリンより小さく育つ可能性だってあるわよ」

「ほんとティシリアったら、失礼しちゃうわぁ。それを言ったら、キャサリン以上のお胸になることだってぇ、あり得るってことでしょう」


 いつもの調子に戻りつつあるキャシーに、キシは笑顔で近づき、彼女の頭に手を乗せて撫で始める。


「相手に切り札を使わせたんだ。よくやってくれたよ」

「も、もう。レディーの頭をいきなり撫でるなんてぇ、失礼だわ。ほらぁ、もっと優しくなでなさいよぅ」

「あははっ、どっちだよ」


 キシは笑いながら頭をしばらく撫でていたが、その手を止める。


「それじゃあ、これから決闘に行く準備をするから」

「ふふふん。ワタシの働きを生かして、頑張んなさいなぁ」


 キャシーは頭を撫でられて上機嫌で、見送ろうとする。

 キシも背中を向けて立ち去ろうとするが、なにかを忘れていたというような仕草をする。そして、キャシーを手招きした。


「んぅ? なにかぁ、言い忘れたことでもある――」


 上機嫌のまま近づいたところで、キシに唐突に抱きしめられた。

 突然の抱擁に驚いて立ちすくむキャシーの耳元に、キシからの優しい言葉がささやきかける。


「あと一歩だったから、敢闘賞の御褒美。満足した?」


 するりと抱擁を解いたキシに、キャシーは呆然とした顔のまま首を上下に振る。

 満足いただけた様子に、キシは悪戯が成功したという笑顔を浮かべて、自機であるファウンダー・エクスリッチへと歩みを向けた。

 十分にキシが離れたところで、キャシーはようやく何をされたか実感した。


「あぁ~ん、もう。いきなりすぎて、堪能できなかったぁ。男の子に抱きしめられるって、美味しいシチュエーションだったのにぃ!」


 体に残ったキシの体温を抱きとめるように、キャシーは自分の体に両手を回して、くねくねと体を動かす。

 その姿を、ティシリアは白い目で見ていた。


「男の子って、明らかにキシの方が年上のように見えたわよ?」

「いいのよぉ。もとは彼よりも歳が――っていまの無しよぉ。キャシーちゃんは、十代に上がったばっかりの、女の子なんだもん♪」


 いきなりのぶりっ子仕草に、同性であるティシリアはさらに半目になったのだった。




 『知恵の月』と『陽炎の蠍』の決闘は、いよいよ大一番となった。

 キシが乗るファウンダー・エクスリッチは、襲来してきた人型機械と戦った時とは違い、増加装甲をつけていない状態――ファウンダーにハードイスの装甲をつけて足下に無限軌道を履かせた、いわば素の状態だった。

 左腕の盾もなく、装備は右手に持つM16自動小銃似のアサルトライフルと、その予備弾倉だけだ。

 一方の敵ハードイスはというと、半分ほどの大きさになった盾は良いとして、なぜか全身を真っ赤に塗った機体が前に出てきている。どうやら、第一戦で使った機体を持ち出してきたようだ。

 不思議に思ったキシは、全波帯通信オープンチャンネルで問いかける。


『おい。その機体は三戦で乗ったのと違うようだが、いいのか?』

『ふんっ。先ほど使った機体はバーニアの調子が悪くてな、こちらの機体を使わせてもらう。貴様が偉大な戦士なら、ダメとは言わないよな?』


 本来なら、機体変更など認めないほうが、決闘は有利に進むだろう。

 しかし、キシは気にしない。


『別に構わないよ。どうせ勝つのは、俺だし』

『むむむっ。その余裕の態度が、いつまでもつかな!!』


 両者、言葉を交わしながら開始線に到着。 

 それと同時に、『陽炎の蠍』陣営から照明弾が打ち上げられた。

 ここで、第一戦と第二戦と違った展開が起きる。

 打ち上がった距離が明らかに以前の三分の一も上がってなくて、明るく発光する球はすぐに地面に落ちてしまったのだ。


『先手、必勝!』


 開きっぱなしの通信から、ハードイスを操るヒビァジャビの声が届く。同時にハードイスは『ニトロ』を使って突発して、数秒と経たずにアサルトライフルの距離に入る。そして、腰だめにアサルトライフルを構えて、全力射撃フルオートした。

 照明弾の炸薬を減らすことで決闘開始を早めた、初心者ならあっけなく餌食にされかねない、狡い不意打ちだ。

 しかしキシは、ハードイスが射撃するより前――突発してきた瞬間には、回避行動に入っていた。

 そのため、ハードイスからの一弾倉分のペイント弾は、誰も居ない場所を通り過ぎた。


『なんだと!?』


 驚きの声を上げるヒビァジャビに、キシはファウンダー・エクスリッチ冷たい声色でしゃべりかける。


『あのな。戦闘開始時点でアサルトライフルの距離ならまだしも、数秒でも距離を詰めてくる時間があるなら、こっちだって普通に回避行動に入っているよ。そもそも、俺は照明弾の落下は目で追っていないぞ。そっちが動いてから、動きだすつもりだったし』


 一対一の戦闘では、敵機から視線を逸らすことは、最もやってはいけないこと。そして開始の合図ではなく、敵機体の動きにこそ意識を集中するべき。

 それらのことをキシは、世界大会への切符を掴むぐらいには、骨身に刻み付けていた。


速射クイックドロゥで相手を瞬殺するのは、決闘の常套手段。ヒビァジャビって言ったっけ。発想は悪くなかったけど、選んだ武器が悪いね。せめて開始線からでも当てられる、狙撃銃や大砲を用意するべきだったよ』

『ご忠告、どうもありがとう!』


 大声での返信直後、全波帯通信が切られた。

 キシはお話しながら、楽しく決闘しようと思っていたので、当てが外れて眉を寄せる。


「これじゃあ、つまらない戦いになっちゃうよ」


 キシは呟きつつ、ファウンダー・エクスリッチの照準を敵ハードイスに合わせる。そして即座に三点射で発砲。

 ヒビァジャビはハードイスのバーニアを休ませながら盾を構え、頭部とコックピット部分を含めた上半身を覆い隠す。

 被弾確立の高い胴体部分を守る、常識的な判断。

 しかし、盾に頼り過ぎて足を止めたことが間違いだった。

 ファウンダー・エクスリッチから飛来した三発のペイント弾は、盾に隠れていない左脚に全て命中した。


「無防備に立ち止まった機体で、盾で隠れてない部分があるなら、当てられて当然だし」


 キシはつまらなさそうに、三点射で発砲。再び命中。今度は右足に青い塗料が付着した。

 この行動を見てわかる通り、キシぐらいの世界大会に出られる腕前のプレイヤーなら、銃の有効射程距離であれば弾を当てられるのは当然の技量だ。それも、お互いに高速移動をしている中でだ。

 もちろん、これが実弾を使う戦いであった場合、有効射程ギリギリから放たれた弾丸など、人型機械の装甲に阻まれてしかるべき弱弾でしかない。そのため損傷を与え得る距離に近づくまで、弾の節約のために発砲はしないことが、メタリック・マニューバーズの上位プレイヤーにとっての常識だ。

 しかし今回はペイント弾を使用する戦いだ。敵機体に損傷を与えるのではなく、どんなに威力が弱まろうと弾を命中させればよいだけ。

 有効射程ギリギリであろうと、『有効射程の外から』であろうと、敵機体に弾を当てればよいだけなんて、キシにとってはあくびが出るほどに簡単だった。


「ほらほら、どんどん染めちゃうぞー」


 キシはファウンダー・エクスリッチを無限軌道で蛇行しながら下がらせつつ、三点射で敵ハードイスの足を青く染めていく。

 距離が離れても命中精度が変わらないことに、ヒビァジャビは遅まきながらに気付いた。

 そして慌てて盾を足元へ下げて防ごうと動こうとするが、その瞬間、視界確保用の盾のスリット部分に青いペイント弾が集中的に六発命中する。

 盾を下げれば、即座に頭部を撃ち抜くという、キシからのメッセージだ。

 ここでヒビァジャビは、盾を下げるわけにはいかなくなった。かといって、下げなければ盾から覗いている脚部に、ペイント弾が命中し続けることになる。

 二進も三進もいかない状況に追い込んだキシは、ファウンダー・エクスリッチを停止させて、射撃を続行。

 『お前なんか敵じゃない』という意思表示。

 明らかな挑発行動に、ヒビァジャビは全波帯通信を再開させると、大声でキシへ吠えた。


『コケにする気か!』


 休ませていたはずのバーニアに『ニトロ』を叩き込み、ハードイスが前へと突発した。

 高速機もかくやという素早さで、あっというまに空いていた距離を縮める。

 その間にも、ファウンダー・エクスリッチの棒立ちと射撃は続き、ハードイスの足が青く青く染まっていく。


『余裕を見せていられるのも、ここまでだ!』


 短機関銃の距離まで接近してきたハードイスは、唐突に盾を裏返す。そこにはびっしりと、赤いペイント弾の弾頭が並んでいた。

 そんな盾の裏面がファウンダー・エクスリッチに向いた瞬間、盾と弾頭の間にあった爆発物が起動し、弾頭を散弾のように発射する。

 広く放射状に飛ぶ弾丸は、空間を埋め尽くすように進むため、逃げ場はないように思えた。

 赤いペイント弾が通り過ぎ、弾が当たった地面が真っ赤に染まり、そして――ファウンダー・エクスリッチはハードイスの前にいなくなっていた。

 忽然と消えた機体に、ヒビァジャビが目を丸くしていると、後ろからハードイスの後頭部をペイント弾で打撃された。

 慌てて超信地旋回で後ろを振り向くと、射撃しながら下がるファウンダー・エクスリッチの姿があった。


『どうやって後ろに!?』

『盾を裏返す際にそっちの視界が完全に塞がる瞬間があったから、そこから盾の裏面がこっちを向くまでの間に、『幻影舞踏ミラージュダンス』でハードイスの裏を取っただけだよ』


 あっけらかんとネタ晴らしながら、キシはファウンダー・エクスリッチを蛇行させながら下がらせつつ射撃する。

 ヒビァジャビ盾を裏返しのまま防ごうとするが、操作感が異なるため、満足に機体を隠すことができない。そのため腰から下はしこたまに、頭と左肩に三発ずつ食らってしまう。

 そして彼は、事ここに至っては第二戦で使った切り札――機体正面装甲に偽装して張り付けてある散弾発射装甲を、使わなければ逆転できないと悟る。


『くそう、逃がしてなるものか!』


 まだ距離が近いと判断し、ハードイスは使用する意味がなくなった盾を投げ捨てつつ、バーニアに更なる『ニトロ』を叩き込んで加速。ファウンダー・エクスリッチに追いついた瞬間に、散弾発射装甲を起動させる気だ。

 しかしそんな思惑、キシには手に取るように分かっている。


『自爆特攻機を数えきれないほど相手してきたから、突っ込んでくる相手の対策も分かっているんだよね』


 キシはファウンダー・エクスリッチを横へ大きく逃がし始め、同時にペイント弾を敵ハードイスの足にある無限軌道目掛けて一斉射撃。

 ハードイスは左足の側面が一気に真っ青にされながらも、一度着地して無限軌道で方向転換、さらにバーニアを噴かしながらファウンダー・エクスリッチを追う。

 進行する方向を変えた以外は同じ工程を、両者がもう一回。

 さらに方向を変えて、もう一度。

 この三度の攻防で、両者の間はかなり近づきつつあった。


『あと一度同じことをやれば、そちらを射程内に捕らえられる!』

『いや。これでもう、そのハードイスは追ってこれないよ』


 ファウンダー・エクスリッチは横に逃げながら射撃、再びハードイスの右足にペイント弾が全弾命中。そして追いかけようと、ヒビァジャビが機体を操作する。

 その瞬間、ハードイスの方向転換ができなくなっていることに気付いた。


『どうしたんだ!?』


 このままではまた距離が開いてしまうと、急いで操作するが、ハードイスの無限軌道の動きは鈍い。

 その様子を見て、キシは通信で真実を教えてあげることにした。


『ペイント弾は当たった瞬間に液体を機体に付着させて、少し時間をおいて乾いて取れなくなる。なら、その乾く間に砂や岩石が入り込んだら、どうなるんだろうね?』

『何を言っている!』


 ヒビァジャビは動きの鈍い機体に苛立って、方向転換の指示を出し続けた。その結果、無限軌道の履帯が壊れる音が響いた。

 外れた履帯には、ビッシリと青い岩のようなものがまとわりついている。

 よく見ればそれは、砂と岩石が青い塗料でひと塊になった物体だと分かった。


『正解は見ての通り、砂と岩とペイント粒子の塊になる。特に無限軌道のように大地を『蹴立てながら』移動する機構だと、巻き込まれる砂と岩の量が多くて、できる塊が無視できないものになる。その結果、履帯の接続部の目が塊で詰まって壊れてしまったってわけだ』


 仕組みを言葉で示しながら、キシはファウンダー・エクスリッチにアサルトライフルの弾倉を交換させる。

 一方でヒビァジャビは、屈辱を感じていた。


『無限軌道を逆手にとって、動けなくするだと。この卑怯者め!』

『ははっ、どの口で卑怯と言うんだか。そっちが正々堂々とした戦い方をしてくれたら、俺だって真っ当に戦ったさ。けど、そうじゃなかっただろ。もしかして、自分は良いけど、他の人はダメだなんて、子供じみた言い訳をする気じゃないよな?』

『この弱小戦闘員が、このヒビァジャビに向かって!』


 激高した声と共に、ハードイスがアサルトライフルを両手持ちにして、ファウンダー・エクスリッチに向ける。

 しかしその銃口が発砲する前に、キシはすでに発砲し終えていた。

 三発出たペイント弾は、ハードイスの頭部に直撃し、その一つ目の感覚器を覆いつくした。

 

『くそっ、モニターが黒く! サブカメラに!』

『無駄だよ。俺はいくつかの機体のサブカメラの既存位置を知っている。もちろん、ハードイスのも把握している』


 キシはファウンダー・エクスリッチに射撃させ、機体の装甲に隠すようにして存在する、補助感覚器を全て青い塗料で覆い隠した。

 前面が終われば、次は背面に移動し、そこにある感覚器も塗料で埋め尽くす。

 こうして全ての目を潰されて、真っ暗な景色しかモニターが映さなくなったハードイスのコックピット。室内灯で明るいため操作に問題はないが、外が見えなければ機体の動かしようがない。

 このまま時間切れになれば、撃破やポイントの差で負けるよりも、相手にもされていなかったという屈辱的な敗北が決定する。

 ヒビァジャビにとって、そんな負け方は受け入れられるものじゃなかった。


『よくも、よくも虚仮にしてくれたな。いまに吠え面をかかせてやる――』


 全波帯通信を切る音がした直後、ハードイスが見えない目で得物を探すように、アサルトライフルの銃口をさ迷わせ始めた。

 キシは、目を潰したのにどうする気なのかと、少し興味が出て観察に入る。

 そこに『知恵の月』から通信がきた。相手はアンリズだ。


『敵陣地に動き。ハードイスの銃口を向ける先を、通信で指示している模様。注意した方が良いのでは?』

『射程範囲外だし、銃口がこちらをとらえそうなら、横にずれて避けるから心配いらないよ』

『勝利直前の状態こそ、足元をすくわれやすいもの。ティシリアに啖呵を切ったのだから、ちゃんと勝利しなさい』

『わかってるって。油断はしてない』


 口調は軽いものの、キシは本当にハードイスが何かしようとしたら、すぐに対応できるように身構えていた。

 しかし当のハードイスが銃口を向ける先は、明らかにファウンダー・エクスリッチから外れていて、脅威にはとても映らない。

 だがここで、キシは少し変だと思い始めた。

 陣地からの指示を受けているのに、一向に銃口の先がファウンダー・エクスリッチに合わないどころか、近くにすら来ないのだ。

 そこに不審さを感じ取ったキシは、ハードイスが銃口を向ける先を確認し、ヒビァジャビが最後になにをしようとしているのかをおぼろげに悟る。


「お前は、なんてことをしようと!」


 キシは怒りの声を上げて、ファウンダー・エクスリッチの大型バーニアを噴射させる。

 徐々に加速度を高めながら接近するが、到着しきる前にハードイスのバーニアが噴射する方が早かった。


『貴様の吠え面が見えないのが残念だ!』


 わざわざ外部音声を発して、ヒビァジャビが乗るハードイスが飛び始める。

 向かう先は、アサルトライフルの銃口が向いていた――『知恵の月』の陣地がある方向だ。

 キシは『幻影舞踏ミラージュダンス』でファウンダー・エクスリッチを方向転換させて、ハードイスを追いかける。

 再び『ニトロ』を使って飛んでいるようで、高速機並みの移動速度だ。

 ファウンダー・エクスリッチもエチュビッテの大型バーニアを積んでいいているため、突進速度には自信があるが、機体重量に出力が食われる関係で、追いすがることは出来ても追いつくことは難しい。

 そのためキシは、『知恵の月』陣営に通信を入れる。


『そっちにハードイスが向かっている。もしかしたら、陣地内で装甲を爆発させてペイント弾の雨を降らす気かもしれない!』

『それが、どうかしたの?』


 呑気なティシリアの返事を聞いて、キシは焦る。


『ペイント弾でも人型機械用のだぞ! 人に直撃したら、即死するに決まっているだろう!』

『そ、そうだったわ! みんな、急いで迎撃準備――えっ、実弾は必要ないと思ったから持ってきてない!? じゃあトラック内に退避して、ここから逃げるわよ! 急いで!!』


 にわかに慌ただしくなる陣営だが、いまから逃げても全員が逃げ切れるかは、キシにはタイミングが読めなかった。

 キシはやらないよりましという考えで、追いかけているハードイスの背中に、アサルトライフルの銃口を向ける。


「狙うは、バーニア。上手くいけば、ペイント弾で壊れてくれるかもしれない」


 慎重かつ素早く照準し、三点射で銃弾を発射。

 噴く熱気に当たったペイント弾三発が全て破裂し、青い霧が散った。バーニアはまだ健在だ。

 それならと、フルオートに変更し、一弾倉分のペイント弾を連続発砲する。

 かなり無茶なことだが、両者の距離が近いこともあり、大多数のペイント弾はバーニアの付近へと飛んでいく。

 そのうちの大半はバーニアの噴流に破裂してしまったが、一発だけ、バーニアの噴射口近くへと飛び入り――しかし破裂してしまった。


「チッ、ダメだったか」


 キシは弾倉を交換して、もう一度射撃しようとする。

 しかしここで、ハードイスのバーニアが突如爆発を起こし、失速した。


『くそっ、増加剤を使いすぎて持たなかったか!』


 機体を操るヒビァジャビは悔しそうにそう言ったが、キシは噴射口近くで散ったペイントのお陰だと感じた。

 ファウンダー・エクスリッチの収納部に、絶大な働きをしてくれたと感じたアサルトライフルを大事に仕舞う。そして失速したハードイスへ、ファウンダー・エクスリッチの無限軌道の足による跳び蹴りを敢行した。


『止まれよ!』

『ぐがあああ!!』


 背中を蹴り飛ばされて、頭から突っ込むようにして、ハードイスは地面に着地。

 少しの間地面の上を滑り続け、その中で機体前面にあった散弾を発射する装甲が誤作動を起こし、小さな爆発の後で真っ赤な塗料が地面に帯を引いた。

 まるで、地面に体の前面を擦り削られたような光景で、悲惨に見える。

 しかしキシは容赦せず、ファウンダー・エクスリッチにハードイスを仰向けにさせると、コックピット部分に発砲して真っ青に染め、一応の勝負の決着をつける。そして、ハードイスを蹴りつけて、中にいるヒビァジャビを脅しに入った。


『これで勝負はついたぞ、出てこい! 出てこないというのなら、踏みつぶしてやる!』


 キシはファウンダー・エクスリッチを操り、ハードイスの胴体を踏ませる。

 怒声を発する言葉とは裏腹にコックピット部分は避けており、仮にファウンダー・エクスリッチの全重量をかけても、ヒビァジャビが潰れて死ぬことはない。

 しかし、モニターが真っ暗で外が見えないヒビァジャビにとって、ファウンダー・エクスリッチに踏まれてハードイスが軋む音は、死神の声に近いものがあった。


『止めろ、止めてくれ! 謝る! 陣地に突撃しようとしたことは謝る!』

『なら、さっさと出てこい! お前が機体の中にいる限り、こっちは安心できないんだ!』


 ファウンダー・エクスリッチの踏む足に体重を掛けさせて、さらなる軋み音を発生させる。

 ヒビァジャビには、いつ圧壊してもおかしくない音に聞こえたのだろう、泣き言混じりに自陣へ助けを求め始めた。


『こいつはイカれている! このままでは本当に殺される! やめさせてくれ!』

『こちらが近づこうとしたら、銃撃されますって! ヒビァジャビ様が外に出る以外に、解決策はありませんって!』

『馬鹿言うな! 外に出たら出たで、殺されるに決まっているだろうが!』

『死ぬ気がなかったら、敵陣に突っ込もうだなんて、考えないでください!』


 そんな通信内容が外部音声で聞こえてきて、キシはげんなりとした気分になり、自陣に通信を送ることにした。


『なんだか、ハードイスのコックピットをむしり取った方が、解決が早い気がするんだけど、どうやったらいいかわかる?』


 キシの問いかけに応じたのは、タミルだった。


『ナイフがあるなら、表面を削るように横から刃を突き刺して、テコの要領で引っぺがせると思うー。けど、いまのファウンダー・エクスリッチにナイフって、あったっけ?』

『腕部に埋め込んだものならあるけど?』

『あちゃー。あれだと操作難しくて、深い場所に刺って、運転手まで殺しちゃう可能性があるんだよねー』

『下手に殺すわけにはいかないから、このまま静観していた方が良いってことか?』

『そうだねー。いまティシリアが、『陽炎の蠍』に苦情を入れて、そこから交渉を持つみたいだよー。しばらく、そのハードイスを抑えておいてって』

『了解。事態が動くまで、のんびりとするよ』


 キシはため息をつきながら、脅し過ぎたかなと頭を掻く。

 そして、決闘の中で散々に虚仮にしてくれたヒビァジャビに、かなり怒りを募らせていたのだと、遅まきながらに気付いた。

 そう自覚してしまうと、まだやり足りないような気がしてきた。

 加えて、ヒビァジャビの生命に問題がでないと分かっていることも手伝い、キシはついついファウンダー・エクスリッチがハードイスを踏む力を強めてしまう。

 今までで一番大きな軋み音が発生し、直後にはヒビァジャビの命乞いの言葉が外部音声で流れてきた。

 その声を聞いても、キシは胸がスッとすることはなかったので、これ以上いじめるのはやめることにしたのだった。

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