五十六話 勝敗交渉
ティシリアとアラビア風男性との、顔を合わせての話し合いが始まった。
一戦目とは逆に、アラビア風男性の方から言葉を発する。怒っていると分からせるように、大きく身振りしながらだ。
「見てみろ! 盾だけでなく、大事な機体の頭部が破壊されてしまっているじゃないか! これをどう弁償するのだ!!」
指摘された通り、二戦目に使っていたハードイスの頭部には、ナイフがささったままになっている。
その様子を見て、ティシリアは鼻で笑い返した。
「それがなんだっていうのよ。決闘なんだから、使っている機体が壊れることぐらいあるわ。そんな心構えもないまま、私たちに決闘を吹っ掛けてきたわけ?」
「ペイント弾を使う決闘で、故意に相手の機体を破壊していいと思っているのか!」
「変なことを言うわね。銃弾の弾についてはペイント弾を使うと書いてあったけど、ナイフの規定は刃にペイント塗料を施すだけになっていたわ。つまり、ナイフや剣などで破壊される可能性も十分にあり得るはずでしょ。少なくとも、私たち『知恵の月』の見解ではそうなっていたわ」
「そんなわけがあるか! 刃引きしたものを使うに決まっている!」
アラビア風男性の言い分の方が正しいと思える状況だが、ティシリアは優位に立っているという態度を崩さない。
「よく言うわ。どうせあなたたちの機体が持っているナイフも、刃引きなんてされていないんでしょうに。先に私たちがルールを逆手に取ったのが気に入らないからって、そうやってキャンキャン吠えないで欲しいわね」
「……何を言っている」
「こちらのナイフに刃があったことを問題にするなら、そちらの機体の装備は刃引きされているってこと、先に見せたらどうってことよ。私の言葉が正しいかどうか、いまこの場であの頭が壊れた機体のナイフを抜かせれば分かるんだしね」
ティシリアが全てを知っているという態度を崩さないでいると、アラビア風男性の顔がしかめっ面になった。
「こちらが問題にしているのは、装備云々ではなく、そちらの破壊行為であって――」
「機体損壊に関する事項なんてルールに書いていなかったんだから、そんな話を持ち出してこないでほしいわね」
ルールを設定したのは『陽炎の蠍』の方なので、失態はそちら側にある。
ティシリアが言外に態度と言動で示すと、アラビア風男性の顔がさらに渋いものになる。
「ぬけぬけとよく言う。機体を壊した謝罪もないのか!」
「さっきも言ったけど、どんなに装備に枷をかけても、決闘で機体が損壊するのは当たり前のことよ。その損害の補償分も含めた色々な要求を、決闘の勝敗が決まった後で、勝者が敗者にするものよ。ねぇ、私の言っていること、間違っているかしら?」
十六歳の少女とは思えない、抵抗組織の長らしい堂々とした態度での問い返し。
アラビア風男性は悩むように眉を寄せるが、この筋の論戦では勝てないと悟ったようでもあった。
「確かにそちらの言う通りではある。だが、決闘にあんな危険運転をする人物を認めるわけにはいかない。こちら側だけでなく、そちら側にも被害が出かねない!」
攻め手を変えてきたが、ティシリアの余裕顔は崩れない。
「危険なんて失礼しちゃうわ。あれに乗っていたの、まだ十代初めの子供なんだから、大目に見てあげるぐらいの度量がないわけ?」
証拠を示すようにティシリアが掲げたのは、彼女の携帯端末。
そこに映像が流れ始める。
場面は、敵ハードイスの腹部をペイント弾で真っ青にした瞬間から――どうやら映像記録の一部のようだ。
勝ち名乗りを上げたフリフリッツが、物言いをつけられて腕を下ろし、自陣に引き上げてきた。
その後、降着姿勢を取ったフリフリッツのコックピットが開き、中から汗を顔に浮かばせた十代初めの少女――キャシーが現れる。
映像を取っていることを伝えられて、カメラの方に可愛らしい笑みと、左手でのVサインを向けた。
ここで映像を止めて、ティシリアは得意げな顔をする。
「どうかしら。このぐらいの年齢の子の運転なら、少々荒っぽいのは当然のことよ。むしろ、その点を指摘する方が、狭量ってものじゃないかしら」
「なっ、本当にこんな子に、貴重な人型機械の操縦を任せているというのか!? しかも、あんな良い機体を!?」
「仕方がないでしょう。私たち『知恵の月』は人材不足なんだから。そもそも人材豊富な組織だったら、あなたたち『陽炎の蠍』だって喧嘩を売ってこなかったでしょう?」
図星だったのか、アラビア風男性の言葉が止まった。
ティシリアは、それ見たことかと、さらに得意げになる。
「人材が乏しい組織だから、簡単に決闘に勝てるだろうと思ったようだけど、お生憎様だったわね。私たちは人材は少ないけど、所属している人たちは精鋭揃いなの。そうやすやすと、そちらの思惑通りになるとは思わないことね」
ティシリアが、話は終わった、とばかりに背を向けようとする。
すかさず、アラビア風男性が止めに入ってきた。
「待て、どこに行く!」
「こっちは暇じゃないの。難癖を聞いている時間があるなら、さっさと決闘を進めて決着をつけたいのよ」
「難癖ではない! 話し合いだ!」
ここから交渉を挽回しようと気炎を上げるアラビア風男性だが、ティシリアは呆れ果てたという表情を返す。
「いいかしら。あなたたちが送りつけてきたルールに、『機体を破壊した方が負け』とか『刃付きのナイフを使用したら負け』って書いてあったわけ。ないでしょう。ルールにないことを持ち出して、あれこれ苦情を言うのは、難癖じゃなくてなんて言うのかしらね。情報を商う『知恵の月』のリーダーである私に、教えてくれないかしら?」
組織名を出して暗に、お前らより私は物や分別を知っているぞ、と告げる。
その効果はあったようで、アラビア風男性は言い惑うように口を開閉させるだけだ。
反論がないとみて、ティシリアは目を眇め、蔑むような視線を相手に送る。
「これで話はついたわ。二戦目はこちらの勝ち。それでいいわよね?」
念押しで質問すると、アラビア風男性は憎々しそうな目を向けながらも、頷きで了承を示したのだった。
話し合いで自陣に戻ってきたティシリアは、『陽炎の蠍』の側には見られていないと分かった後で、盛大に息を吐きだした。
「ふは~~~~……。あー、キシの無茶ぶりのせいで、すっごく緊張したわー」
「お疲れ様。はい、お水」
名指しで批判されたキシが水を差し出すと、ティシリアはごくごくと喉を鳴らして一気飲みした。
「ぷは~っ。でも、頑張った甲斐もあって、二戦目はこっちの勝利ってことにしてきたわ。キシは引き分けでも良いって言っていたけどね!」
自慢げに胸を張るティシリアに、キシはパチパチと拍手を送る。
「見事な交渉だったよ。相手を主張を一つも通さなかったあたり、感心しちゃったよ」
「いやね、あんなの褒めるに値しないわよ。相手の理論武装が弱すぎて、力押しでどうにでも出来ちゃっただけだもの」
謙遜を言いつつも、その顔には達成感とちょっとした照れが浮かんでいる。
それを察して、キシがさらに褒めようとすると、唐突に後ろから誰かが首元に抱き着いてきた。
「ティシリアばっかり、ずるーいー。戦いを頑張ったのはワタシなんだからぁ、こっちも褒めて?」
キシが首だけ曲げて後ろを向くと、十代初めの少女の顔が可愛らしく見える角度で首を傾げている、キャシーがいた。
それだけなら単に微笑ましいだけだが、自分の薄い胸と子供特有のイカ腹をキシの背中に擦りつけるように体を動かしているので、色々と台無しである。
キシは力づくで首に巻きつく腕を解くと、キャシーの頭を上から手で押さえるようにしてから、ぐりぐりと掌を動かす。
「よくやったぞ、キャシー。ご褒美に、たくさん頭を撫でてあげよう」
「あーん、撫でる手つきが、ぞんざい過ぎぃ」
「遠慮するな。三戦目も奮闘してもらわなきゃいけないんだから、応援を込めてたっぷりと撫でてあげるから」
「いやーん。髪型がボサボサになっちゃうー。あぁ、でも、こういう手荒く扱われるのも、なんかイイ!」
嫌がらせがご褒美になりかねないと悟り、キシは一転して優しい手つきで撫で始める。
荒い手つきでボサボサにしてしまった髪型を、手漉きで元に戻すようにしながら、キャシーの頭皮を優しく手爪の先でひっかくように手を動かしていく。そのうえで、優しい声色で喋りかける。
「本当に頑張って欲しいんだ。三戦目、キャシーが勝てば、自動的に『知恵の月』の価値にもなる。期待しているからね」
テレビCMで流れる、女性向けのソシャゲーの登場キャラクターを真似た台詞に、キャシーは大喜びする。
「はうぅ! 耳と頭が幸せなんて、ここが天国だったのかしらぁ~。ああーん、もっと、もっと囁いて~」
「……荒くも優しくもダメなら、どうすりゃいいんだよ」
キシは途方に暮れて呟くが、キャシーにやる気を注入することは果たしていた。
「むっふーー! キシにこうまで頼まれたのなら、奮起しなきゃ女が廃るってものよー!」
キャシーは意気揚々とフリフリッツのコックピットに乗り込み、次戦が始まるのを今か今かと待ち始めた。
なにはともあれ、三戦目もキャシーとフリフリッツの戦闘は期待できそうだしと、キシは状況を流すことにしたのだった。