五十五話 決闘、第二戦
一戦目が引き分けに終わったため、『知恵の月』と『陽炎の蠍』の二機目が双方から登場となる。
コックピットに乗り込もうとしているキャシーを、キシは少しだけ呼び止めた。
「キャシー。作戦通りに頼む……汚れ仕事のような真似させる点だけは、ごめんな」
「んもう、そういう優しいこと、ここで言っちゃ、ダ・メ・よぅ。こういう無茶な手段を使うなら、ワタシみたいな幼い見た目の子が適任って、結論出てたでしょ?」
「じゃあ言い換える。タミルを泣かせた卑怯なヤツらを、とっちめてやってくれ」
「かしこまりぃ。じゃあ、ヤッてくるからねー」
手を十代前半の少女に似合う可愛らしい振り方をした後で、キャシーはコックピットの中に入っていった。
『キャシー。機体名『フリフリッツ』。出るから、ちょっと退いてぇー』
勝手に愛機に名前を付けたらしく、フリフリッツという野戦兵風の外観をした機体が立ち上がり、アサルトライフルを手に前へと歩き出す。
休憩所を再開してから害獣討伐に熱を上げていたことと、『陽炎の蠍』が決闘を仕掛けてきてからの十日でキシの手ほどきを受けたことで、かなり滑らかな動きで機体が動いている。
その様子をキシは見送り、ティシリアの横に戻った。
「それでキシは、この決闘はどういう作戦で行くの?」
当然の質問だったが、キシの顔が苦笑いに変わる。
「向こうが卑怯な手を使ってくるのなら、こっちも使うってこと。少なくとも、相手に一泡吹かせるぐらいの結果にはなるね」
「嫌な予感がするのだけど、平気なのよね?」
「さっきの戦いの後みたいに、ティシリアの舌戦に期待かな。あらかじめ言っておくけど、キャシーの見た目を武器にして、相手を言い負かしてくれると助かる」
「うわー。ろくでもないことをする気ね。でも、いいわ。さっきのあいつらの戦法には、私も怒り心頭だもの」
「相手側の反則行為を取り締まるために、映像記録の準備はしてあるよね」
「当り前よ。この決闘の結果がどうであれ、今後卑怯な手を使ったら、他の抵抗組織へ無償で映像を流してやるんだから」
そうした雑談をしていると、『陽炎の蠍』の陣地から照明弾が撃ちあがる。
光る弾がゆらゆらと揺れながら空中を落ちてきて、やがて地面に当たり、決闘が開始された。
決闘が始まったと同時に、フリフリッツは背中のバーニアを噴射させつつ、左右に蛇行しながら前へと進む。
先のハードイス・スケルトンが使っていた回転式機関砲とは違い、得物がアサルトライフルなので、接近しなければ弾の有効射程に入れないのだ。
一方の相手はというと、ペイントで真っ青になっている盾を構えている。前の決闘で使っていた盾を、使い回しているわけである。
その敵ハードイス姿を見て、ティシリアは眉を寄せる。
「武器の使いまわしは規定になかったけど、ああして臆面もなく使ってくるなんて、どんな神経しているのかしら」
「鉄板を一つしか購入してなかったのを見て、連続して使う気だなとは、俺はなんとなく思っていたけどね」
「ふーん。ということは、あの盾をどうにかする方法を、この二戦目でやる気なのね」
「それは見てのお楽しみだね」
キシがはぐらかしている間に、両機体の距離は縮まっていて、アサルトライフルの射程圏内に入った。
フルフリッツは両手で構えるアサルトライフルを単射し、相手に弾丸を放つ。
いい精度で飛んでいった弾丸は、一発、二発と外れ、三発目で相手の盾に命中し、さらに青色のペイントを厚塗りした。
敵ハードイスも盾を持つ方とは逆の手で、アサルトライフルを片手撃ち。三点射で、三発ずつフルフリッツに弾丸がやってくる。
しかし、射程圏内ギリギリであり、片手での連続射撃という銃口がブレやすい打ち方なため、あらぬ方向に弾が飛んで消えていった。
そんな成果のない攻防を交わしているあいだにも、両者の距離はさらに縮まる。
フルフリッツの単射が三発中二発盾に当たるようになり、敵ハードイスの三点射も収束しつつある。
ここでキャシーはアサルトライフルの射撃を三点射に変更。両手持ちでしっかりと狙って射撃。パパパッと敵の盾に青い塗料が三つ当たって散った。
敵ハードイスは応射するが、フリフリッツに命中する前に弾倉の弾を撃ち切ってしまう。
『――そっ、弾の補充をしろ』
焦ったことで操縦桿のボタンを変に操作してしまったのか、敵ハードイスから外部音声で男性の声が出てくる。
その音声命令に従って、敵ハードイスは腰にアサルトライフルを仕舞ってから、片手で弾倉を取り外し、新しい弾倉に付け替えるという行動を行い始める。
ノロノロとした行動にキシは罠の可能性を一瞬考えたが、実際に戦っているキャシーは千載一遇の好機だと捉えた。
『いっくわよー!』
フルフリッツが、ふくらはぎ裏にある機構を展開し、脚部サブバーニアを露わにした。
そして背中のバーニアと、そのサブバーニアを両方最大限まで噴かして、一気に敵機体に近づこうと試みる。
両者の距離の縮み方が一層早まり、アサルトライフルなら必中の距離である。
しかし両社とも射撃を行わない。
敵ハードイスは弾倉替えの最中なので良いとして、キャシーの方は敵の盾に防がれるため弾の無駄だと判断したからだ。
アサルトライフルから機関銃、そして短機関銃の距離に縮まる。
しかし両方とも射撃しない。
どっちが先に射撃するかのチキンレースじみてきたが、それは観戦している側の感想であり、戦っている両者の思惑は別だ。
先に動きを見せたのは、意外なことに敵ハードイスだ。
盾を持ちながら、距離を離そうと無限軌道で後ろへ下がり始める。おかしいことに、アサルトライフルを腰の収納部に収めたままでだ。
その行動に、いやな予感がしたのはキシだけではなく、キャシーも同じだった。
操縦桿を倒して移動方向を変更。敵ハードイスの左側面――盾で塞がっている腕の方へと回り始める。
その回避行動の直後、敵ハードイスが立っていた場所が唐突に爆発した。そして周囲に、散弾状のペイント弾をまき散らしたのだ。
「跳躍地雷の、弾丸散布型!」
キシが驚きとも感心とも取れない声を上げた瞬間、散ったペイント弾が両方の機体へ殺到した。やはり先ほどの、敵パイロットが外部音声で焦った声を出したのは、罠の一環だったのだ。
飛来してきたペイント弾の粒を、敵ハードイスは盾で防ぐ。青い盾がまだらに赤く染まる。
一方、回避に入っていたフルフリッツだが、爆心地に近かったこともあり、すべては避けられない。左側の腕、胴体、足に一発ずつ当たってしまう。
機体に赤い塗料が小さく三つ咲いたのを見て、ティシリアは焦りからキシに掴みかかった。
「ねえ、大丈夫なのよね!?」
「興奮しないでってば。大丈夫だよ」
「そ、そうよね、大丈夫よね」
「その通り。なにせキャシーにはこの戦いに、負けてもらうつもりなんだから」
「……はぁ!? なに言っているのよ!!」
キシの爆弾発言に、ティシリアは驚愕して掴みかかった手に力が入る。
「どういうことか、説明しなさいよ!」
「そうやって怒鳴られると思ったから、黙っていたんだけどなぁ。逆効果だったか」
「冷静な分析しているんじゃないわよ! ほら、どういう作戦か話しなさい!!」
がくがくと揺さぶられて、キシは少し力を入れて、ティシリアが掴んできている手を外した。
「俺が説明するより、試合展開を見ていた方が早いよ。ほら、両者がまた最接近だ」
「ああもう、分かったわよ! 見ればいいんでしょ、見れば!」
ハラハラとした顔色で、ティシリアは決闘の様子に目を戻す。
フルフリッツが相手の左側へ回ることで、敵ハードイスのアサルトライフルの射線が通らない盾の影を利用して、接近を果たそうとしているところだった。
『タミルちゃんの、カタキー!』
キャシーの十代前半の少女の肉体らしい可愛い声による雄叫びと共に、フルフリッツが肩から相手の盾に突っ込んだ。
薄い鉄板でできている盾は、この一撃で大きくひしゃげてしまい、敵ハードイスの全身を隠すことができなくなってしまう。
しかしここで、ハードイスのパイロットは冷静に対処。盾の歪みから銃口を伸ばすことで、フルフリッツにアサルトライフルの銃口を向けることに成功。即座に全力射撃で、フルフリッツの左側に多数の赤い塗料を付着させる結果を得た。
決闘の決定打ともいえる成果に、敵ハードイスのパイロットは少し気を抜いたようで、明らかに動きが一瞬止まっていた。
その隙を、キャシーは見逃さない。
『舐めるんじゃ、ないわよー!』
フルフリッツの腰元にあった鞘からナイフを取り出し、それで盾を斬りつけたのだ。
重装甲機体を切り裂くための実体刃という武器は、薄い鉄板の盾を易々と切り裂いてみせる。
ドサッと盾の下半分が砂と岩石の地面に落ちる姿に、敵パイロットは驚愕し、またハードイスを操る手を数瞬止めてしまう。
その間に、フルフリッツは腕を大きく振り上げ、次の攻撃のモーションに入っていた。
『往生、せいやーーー!』
フルフリッツは敵の盾の上を超えるように手を伸ばしながら振るい、逆手に握り直していたナイフの先を、敵機体の頭部に突き刺した。
ナイフがささった場所から火花が散り、敵ハードイスの頭が小爆発を起こす。
すると、敵パイロットが外部音声で焦った声を流し始めた。
『――ってことだ。頭がやられて、モニターが見えない!』
敵ハードイスは役に立たない盾を投げ捨てて、アサルトライフルを両手持ちすると、狙いもなく周囲に弾をばら撒き始めた。
何発かフルフリッツに命中するが、コックピット部分は腕で覆って防いでいる。
その様子に、キシは『頭を潰されても帰還命令はでないんだな』と、この世界の人が使う場合の人型機械の仕様に感心していた。
「敵陣地は、この試合展開は読んでなかったのか、大慌てで通信機に指示を飛ばしてるわ」
双眼鏡を使い続けているアンリズが、警告するように言うが、キシはなにか言い返したりはしなかった。
なにせ、決着は直前なのだ。
『往生際が悪い子ねぇ』
再びフルフリッツが体当たりを敢行し、敵ハードイスはバランスを崩して後ろに倒れる。モニターに景色が映らないため、パイロットが咄嗟の対応ができなかったのだ。
そうして、服従する犬のように大晒しにしているお腹へ、フルフリッツはアサルトライフルの銃口を向ける。
そう、ペイントで覆いつくせば試合が決着となると決闘のルールで決められている、コックビット部分にだ。
『じゃあねぇ、楽しかったわん♪』
少女らしい声で告げながら、アサルトライフルを全力射撃。
一弾倉を使い切ったら、素早く新しい弾倉に付け替え、もう一弾倉射撃する。
そうして、コックピット部分だけでなく、お腹全体が真っ青に染まったハードイスが誕生した。
その姿を見て、フルフリッツはアサルトライフルを掲げ、キャシーが勝鬨を上げる。
『これで、ワタシの勝ちよー!』
『ちょっと待ったー! この決着は、決闘のルールに違反している!』
即座に敵陣地から物言いがつき、一度この勝負の結果は保留となり、両陣営の代表者により話し合いが行われることとなった。