五十四話 決闘、第一戦
第一戦は、タミルがハードイス・スケルトンに乗って、相手のハードイス一機目と戦う。
キシは通信機を手に、タミルに言葉をかける。
「この十日で練習した通りにやれば、負けることはないから。頑張れ」
『わかってるよー。ま、やるだけやってみるよ。負けても、キシが挽回してくれるんでしょ?』
「もちろん。だから負ける心配はせずに、のびのびと全力を出してきなよ」
『背中の弾薬箱の中身、全部吐きだす気で、撃って撃って、撃ちまくってくるねー』
気楽な調子で前にでるハードイス・スケルトン。
対する相手側はというと、早くも鉄板の盾を持ち出してきた。
薄さは5ミリ程度と薄く、幅も高さも人型機械が隠れる大きさ。目元には横に細いスリットが入っていて、盾の中心線がやや膨らむ形で軽く歪曲しているため、その鈍色の輝きを含めて機動隊の盾という印象を受ける形をしていた。
片手を盾に塞がれるためか、武器はドラムマガジン式の短機関銃――トミーガンとも呼ばれるトンプソン・サブマシンガンの形をしている銃を持っている。一マガジンの総弾数は多そうだ。
両者が五百メートルほど離れた開始線について対面していると、相手側の陣地から照明弾が空へ打ち上げられた。
決闘場所から少し離れた自陣で、キシが何事かと見上げる。すると、ティシリアが何を聞いていたのという顔をしてきた。
「あの光る弾が地面に落ちた瞬間が、決闘開始よ」
「『コインフリップ』の代わりとは、なんとも『西部劇』なやり方だな」
「?? 意味が分からないのだけど?」
キシは後で説明すると約束し、空に飛んだ照明弾が赤い煙をたなびかせて地面に落ちるまで見つめた。
そして光る弾が落ちた瞬間に、ハードイス・スケルトンと敵ハードイスが動き出した。
『食らえー』
少し気の抜ける声が、ハードイス・スケルトンから外部音声で発せられ、短い空転時間の後で回転式機関砲が唸りを上げて弾丸を射出し始めた。
敵ハードイスは脚の無限軌道を駆動させ、盾で弾丸を防ぎながら近づこうとする。
「ちょっとその考えは甘いよね」
状況を見たキシが呟いてしまった通りに、敵ハードイスは翻弄されることになる。
回転式機関砲から射出されたペイント弾が、盾を直撃し、その表面をみるみるうちに青く染め上げていく。
ペイント弾が盾に衝突の威力は、実弾よりは軽減されているとはいえ、ハードイスの腕一本で支えきれるほど甘くはない。
前に構えた盾が、連射される弾の圧力で、右に左にと大きく揺れる。
近づけば近づいただけ、弾の発射エネルギーは残るため、よりその揺れ具合が大きくなっていく。
このままでは盾が吹っ飛ばされると感じたのだろう。敵ハードイスは短機関銃を腰の収納部に収めると、両手で盾を保持しなおして、今度は距離を空けるように後ろに下がっていく。
ここでキシは、通信できタミルに指示を入れる。
「今だ、跳べ」
『りょうかーい』
ハードイス・スケルトンは回転式機関砲の射撃を止めると、背中のバーニアを噴射。重量級のものであるため、中速度帯や高速機のように連続噴射はできないタイプだが、大質量の機体を大きく横っ飛びするぐらいのことはできる。そしてハードイス・スケルトンは、装甲を多く取り払っているため、重量としては中速度帯ぐらいの重さしかない。
その二つが合わさり、敵機体の横に回り込むように、斜めに大ジャンプすることが可能となっていた。
この大きな移動によって、敵ハードイスは盾のスリット越しにしか視界を確保できていなかったことで、少しの間ハードイス・スケルトンを見失うことになる。
銃撃が止んでいるため、盾をずらして左右を見回し、斜め横に着地したハードイス・スケルトンを見つけた。
慌てて盾を構えたところに、再び回転式機関砲からの厚い弾幕が襲い掛かる。
『ほらほら。どうしたのー?』
外部音声で煽りつつ、タミルは一歩一歩近づきながら射撃を続けていく。
距離が近づけば、銃撃を防ぐ盾の暴れ具合が激しくなるため、敵ハードイスは再び無限軌道を使って後ろに下がろうとする。
しかし下がったところで、その腰にある短機関銃の有効射程から遠ざかるだけ。ハードイス・スケルトンに銃撃を与えることができない。
そのため、ますます盾の後ろから出られなくなる。
このタイミングで、ハードイス・スケルトンは横っ飛びを敢行し、相手の側面から銃弾を叩き込もうとする。
再び敵ハードイスが盾の位置を変えて防ぎ、同じような状況が続き、またもやハードイス・スケルトンは斜め飛びをする。
硬直した状況だが、射程が長い回転式機関砲の独壇場で、相手を一方的に嬲り殺しにできている。
そんな戦いの風景を見て、ティシリアが呆れたという顔をキシに向けた。
「一方的じゃないの。これ、キシが考えたのよね」
「お褒め頂いてこうえいだけど、一方的なのは見せかけだよ。あくまでこの戦い方は、引き分け狙いだからね」
「えっ? なんだか、勝ちそうに見えるんだけど、違うの?」
「もし実弾だったなら、今頃相手の盾はくず鉄に変わっていて、その後ろに隠れていたハードイスもボロボロになっているだろうね。けど、これはペイント弾を使った模擬戦だよ。いくら機関砲で撃とうと、盾は壊れないから」
「つまり、相手がああして防いでいる限り、勝てないってことね。なんて卑怯な」
「その卑怯さを、こちらも利用させてもらっているんだけどね。まともに戦われたら、タミルの腕がそうでもないことが知られちゃうわけだし」
タミルはメカニックだ。
機械いじりの知識を流用して、人型機械を動かしたり、簡単な射撃を行うことはできるが、高度な戦闘行為となると途端に苦手になる。
現に、いま行っている作戦中も、射撃と斜め飛びの二挙動しかしていない。
これがキシなら、回転式機関砲で射撃し続けて相手を釘付けにしながら前へ大ジャンプして、多少の被弾は覚悟で相手の盾を上空からの踏み付けで破壊。無防備になった相手の全身を、回転式機関砲特有の濃い弾幕で真っ青に染め上げることぐらいはできた。
しかしそんな挙動をタミルに求めるのは間違いとわかっているため、あえてここは引き分け狙いの作戦を取っていた。
「メカニックが人型機械の専属運転手と引き分けなら、上々の成果でしょ?」
「それもそうだけど、見ている方はつまらない戦いよね」
実際、戦闘している当人は必死でやっていても、見ている方としては変化が乏しい戦いでしかない。
このまま何事もなく、時間切れで引き分けに終わる。
そうキシもティシリアも思っていたが、相手陣地を双眼鏡でみていたアンリズから警告が来た。
「先ほどティシリアに無礼な言葉を吐いたターバン男が、通信機に怒鳴っているわ。なにかを仕掛けてくるようね」
なにをしてくる気だろうと、キシもティシリアも決闘に集中しなおした。
すると敵ハードイスは、ゆっくりと無限軌道を動かして、じりじりとタミルのハードイス・スケルトンに近づき始めている。
暴れる盾を両手で押さえて、短機関銃の距離に至ろうとしているように見えた。
キシはその狙いについて、冷静に解析していく。
「的確に防御しつつ接近できれば射撃ができるようになる。そして、ハードイス・スケルトンに一発でも当てれば勝ちだと判断したんだろうね」
「終了時間までもう少ししかないわ。このまま当てられちゃったら、タミルが負けになっちゃうじゃないの!」
「まさか。この試合展開を読めない俺じゃないよ。この場合の回避方法は、すでに教えているよ」
キシが通信を行わなくても、タミルは状況の変化に合わせてハードイス・スケルトンの操り方を少し変えた。
斜め跳びをする際に、少しだけ相手と距離を空けるようにして、短機関銃の弾が届かない位置で着地するのだ。
しかしこれは、相手に引き分け狙いと悟られる危険性がある戦法で、事実相手に知られてしまったようでもある。
地面に着地して射撃を再開させたハードイス・スケルトンに、敵ハードイスは盾を掲げて先ほどよりも素早く接近しようとしてきた。
まずい状況に見えなくもないが、これもキシの思惑の内だ。
「無理に近づこうとすれば、盾の暴れ具合が激しくなる。うっかりすれば、盾の端を通った弾が敵機体の肩や足先に当たる可能性もでてくるってわけ」
「つまり、相手もここまできたら引き分け狙いで試合展開をした方が賢いってことね」
「これは勝ち抜き戦。最終的に大将機が勝ち続ければ決闘も勝ちになる。だから大将以外は、引き分けによる共倒れをしても、一試合数が減るだけしか主な影響がでないんだ。ここで目先の勝利にこだわって、リスクを承知で突撃する勝ちは薄いってわけ」
「こちらは負けない戦法に終始して、偶然に相手の機体に弾が当たれば万々歳って作戦なわけね。まったくキシったら、あくどい戦法を考え付くもんね」
「俺一人で三人抜きをしろ、っていう無茶ぶりよりかはマシでしょ」
「あれあれ。キシならあれぐらいの相手、三人抜きぐらい簡単じゃないかしら?」
「できるけど、リスク軽減は重要ってことだよ。俺だって人間なんだから、ヘマぐらいはするし」
試合を見ながらあれこれと雑談していた二人は、唐突に同じ声を上げる。
「「あっ――」」
二人が見たのは、無理のある突撃で盾のあばれを抑えきれなかった敵ハードイスの肩に、回転式機関砲から放たれた弾が数発命中して青い塗料を付着させた光景だった。
「これはもう、価値決定だな」
キシの残念そうな声に、ティシリアは端末に目を落として、画面が映し出す秒数のカウントを確かめる。
「そうね。あと三十数えるぐらいしか、時間はないもの」
勝負の決着打となったと見たのは、敵ハードイスのパイロットも同じようで、当たらないと分かっている短機関銃を取りだし、ハードイス・スケルトンへ射撃する。
まぐれ当たりを期待したようだが、精密射撃よりも弾丸をばら撒く仕様の銃であり、しかも片手撃ちだったため、弾の行く先はブレにブレて、ハードイス・スケルトンの近くにすら通らなかった。
このまま決着まで、あと十秒。
ここでタミルは、キシに言われていた通りに、大きく真後ろに跳んで距離を空ける。着地後すぐに、後ろに歩きながら回転式機関砲を撃ち続ける。
歩くことで銃口がブレて、敵ハードイスの盾に当たる弾数は減ったものの、十秒間逃げ切るぐらいの時間稼ぎには有効だ。
あと五秒。
この距離を吶喊して近づいて来ようと、タミルが横っ飛びすれば勝ちに持ち込める目算が立った。
あと三秒。
キシとティシリアが勝利を確信する。
しかしここで、敵ハードイスが変な動きをした。盾を地面に突きさして、その後ろにうずくまるように隠れたのだ。
あと二秒。
なにをする気かと訝しんでいると、唐突に敵ハードイスの直近の空間が真っ赤な霧で覆われた。盾か機体から、赤い塗料が噴射されているのだ。
あと一秒、そしてゼロ。
『ビイイイイイイイイイイ!』
試合終了の合図が、『陽炎の蠍』のトレーラーと『知恵の月』のトラックから同時にクラクションを鳴らして行われた。
その後、相手の機体の状況を、双方の代表者が行う。
まずはハードイス・スケルトン。被弾数ゼロのため、真っ新な状態。敵に与えるポイントもゼロだ。
そして次は、敵ハードイス。その機体の色が、開始前とは違っていて、全身真っ赤になっていた。
「最後の霧は、機体の全身を染めるためのものだったのね」
ティシリアが口惜しそうに言うには理由がある。
ハードイス・スケルトンが与えた銃撃痕――青い塗料があったはずの場所が、真っ赤な塗料で上書きされていたのだ。
ティシリアが悔しがる姿に、アラビア風男性はニヤついた笑顔を向けてきた。
「どうやら、使っていたペイント弾が暴発してしまったようで、機体が真っ赤になってしまった。不慮の事故とはいえ、何発当たったかの判別は難しくなってしまったなぁ」
「ふざけないで! 試合中、たしかにあの方に青いペイントがついたじゃない!」
「そう言われても、こうして塗料で隠れてしまったのだから、確かめようがない。それとも、そちらのペイント弾が命中したときの映像記録があるのかね?」
「今すぐ洗いなしてあげるわよ! 幸い、水はたっぷり作れるんだから!」
「残念なことに、この塗料は速乾性でね。そちらの機体の被弾状況を調べている間に乾いてしまって、水をかけたぐらいじゃ落ちそうにない」
勝てたと思った瞬間に引き分けにされて、ティシリアは歯噛みしながらアラビア風男性を睨みつける。
「この手が二度も通じるとは思わないことね。これから先の決闘は、すべて録画させて貰うから!」
「もちろん、認めるとも。なにせ今回のことは、我々が持ってきたペイント弾が暴発したことによる失態だ。原因を確かめて、次の戦いからは、こんな事態にならないようにしてみせると約束しよう」
「よくも抜け抜けと言えたものね! そうやって不正してまで勝とうとして、嬉しいのか疑問だわ!」
叫ぶように大声を放ってから、ティシリアは怒り心頭な様子で足を踏み鳴らしながら自陣に引き上げてきた。
そこで、キシに満面の笑みで迎えられて、ティシリアのふくれっ面がさらにひどくなった。
「なに笑っているのよ! 勝てた戦いが、引き分けになっちゃったのよ!」
「その点は残念だけどさ、もともと最初の戦いは引き分けで十分って言ってあっただろ。なにもそんなに怒ることじゃないさ」
「だって、勝てたのよ!」
「勝てても、次の戦いでは通じずに負けることが確定していたんだよ。ハードイス・スケルトンは引き撃ちしすぎたことで、回転式機関砲は過熱気味だし、残弾も心許ない。一回目と同じ引き分け狙いの戦法は、もう使えなくなっていたんだ」
結果として、敵の二機目とキャシーの野戦兵風の機体の戦いになることは避けられない。遅いか早いかの違いだ。
その理屈はティシリアも通じたが、それで腹の虫がおさまるかは別の問題だった。
「あーもう、わかったわよ! 引き分けで満足することにするわよ! けどキシ、相手が卑怯な手をつかってきても絶対に勝ちなさいよ! 私とビルギにアンリズが、あのニヤついた中年男を破滅に導く契約をさせてやるためにもね!」
「勝つさ。俺は卑怯な相手には、容赦しないことにしているんだ」
普段と変わらないはずのキシの顔が、ゾッとしたものに見えて、ティシリアの怒りが引っ込んでしまった。
「あのね、キシ。勝てって言っておいてなんだけど、無茶はしなくていいのよ?」
「大丈夫。完膚なきまでに、叩き潰してあげるから、期待しててよ」
にっこりと笑ったキシは、ハードイス・スケルトンから肩を落として降りてきたタミルに近寄り、慰めるように肩を叩きながらも口では『よくやった』と大いに褒める。
このフォローで大分気持ちが楽になったのか、次第とタミルの顔が普段通りに戻っていった。
それと反比例するかのように、キシ、そしてキャシーの雰囲気に怖いものが混ざっていくことを、遠巻きに見ていたティシリアは感じていたのだった。