五十三話 『陽炎の蠍』
挑戦状が送られてきてから十日後。
本当に抵抗組織の一団がやってきた。
彼らが乗ってきたのは人型機械を運搬できる大型トラック――『知恵の月』が持つダンプカー型とは違う、カーキャリアのような上下二列の荷台で二機の人型機械を積んで運ぶ、超大型の運搬車だ。
決闘に使うもう一機の人型機械は、道中の護衛のためか、起動した状態で横を走っている。
その姿を目にして、キシが思ったのは、彼らが使っている人型機械が一種類だけという点だった。
(全てハードイスか。あの機体の対弾性能があれば、初期運搬機の機銃なんて豆鉄砲だから、鹵獲は簡単だっただろうな)
この決闘が行われる原因となった、運搬機の鹵獲法。
ハードイスを三機も持っていれば、どんなに下手でも可能だっただろうと、キシは片付ける。
そして、三機も持っている点が気になった。
「もしかして初期機体三種って、手に入りやすいのか?」
キシが顔を向けると、ティシリアが顎に指先を当てて考える仕草をする。
「昔は大量に撃破された機体が手に入ったのよ。それをレストアして使っていたの。それが年月を経て型落ちして、弱小といえる抵抗組織でも入手可能な状況になりつつあるわ」
「メタリック・マニューバーズが稼働して――人型機械がこの土地で暴れるようになって、この世界では三十年も経っているんだ。そういうことにもなるか」
どれだけ人型機械が高額であろうと、売り出される同機種の数が多かったり、機体に経年劣化があれば、その分だけ安くなるのは市場原理として当然のこと。
ハンディー大会を開いていた村が、エチュビッテを大会の商品にできたあたりを考えると、少し裕福な村が一丸となってお金を出し合えば初期三機種の一機は買えなくもない、そんな金額になっているのだろう。
キシは納得し、改めてやってきた抵抗組織の一団に目をやる。
「それで、向こうさんは何を企んでいたか分かったか?」
「向こうの関係者の口が堅くて難儀したけど、武器を購入した店から情報が取れたわ」
ティシリアは携帯端末を操作してから、画面をキシの顔の前に持ってくる。
「キシが考えていたうちの一つが当たっているようよ。一つは大きな盾を用意して、その後ろに隠れる戦法ね。装甲パージと消えるペイント弾は、証拠が一つも得られなかったから、ないと思っていいんじゃないかしら」
端末の画面には、売買契約書が映っていて、そこには人型機械が隠れるほどの大きな鉄板を納入したという文章が乗っていた。
「人型機械の戦闘に用いるには薄い鉄板だから、建築資材と思っていたようでね、売り主の口は軽かったわ」
「なるほどね。けど、本当にそれだけが、相手の策なのかな?」
「どういうこと? もしかして、私が調べたことが信じられないとでもいう気かしら?」
「違うよ。向こう側にも、『知恵の月』が人型機械を追い払ったって情報は流れているわけだろ。それにしては、これ一つで勝つなんて、随分と自信過剰だなと思って」
「……そう言われてみればそうね。相手は、人型機械の第一陣に負けて運搬機を失った連中。一方で私たちは、第二陣まで撃退し、第三陣は負けちゃったけど運搬機は保持したまま。冷静にこの成果を考えれば、向こうの戦力は大幅にこちら側より劣っているってわかるわよね」
ティシリアも不思議に思ったようで、端末を操作して情報を精査していく。
「でも、策らしいことを行える物資のやりとりは、鉄板の件以外ではないわよ。他に購入しているのはペイント弾だけど、これは本当に普通のペイント弾で赤と黒の二種類よ」
「じゃあ、決闘を申し込んでくる前に、あらかじめ準備していた可能性はない?」
「その点も調べてあるけど、この決闘で使ってくるような、怪しい品物は見受けられないわね」
どういうことだろうと、二人して腕組みして考えていると、休憩所の横に停車した抵抗組織のトラックから、ぞろぞろと人員が下りてきた。
長時間、骨組みの荷台に乗っている関係で太陽の影響を受けやすいからか、全員がターバンとゆったりと全身を包む衣装を着ている。
そのためキシは、どことなくアラビア系の印象を相手に持った。
彼らの一人がターバンを巻いていた口元を緩めて、素顔を晒す。濃い褐色の肌と豊かな髭の四十代の男性。その見た目で、さらにアラビア系の感じが強まった。
彼は笑みを浮かべると、武器を持っていないと示すように、軽く腕を開きながら近寄ってくる。
「決闘を受けていただき、ありがとう。『知恵の月』は腰抜けで賠償を払って逃げるだろうと、下に見ていたことを謝罪したい」
初っ端から随分な物言いに、ティシリアは怒ってその額に血管の筋が浮かばせる。
「その言葉。そちらの情報収集能力が欠如していると、こちらに教えてくれているようなものよ。なにせ、難癖をつけにいく相手の本質を見抜けてなかった、ってことですものね」
怒りからか、ティシリアは口の端を歪んだ笑みの形にしながら、微妙に丁寧な言葉で辛辣なことを言っていた。
一方で、言葉で詰られた相手側は、余裕の態度で柔らかな笑みを浮かべる。
「ははっ、手厳しい。こうまで嫌われては、雑談はできませんな。それでは早速、決闘の場所に行きましょう」
踵を返そうとする男性に、ティシリアは毅然とした態度で大声で呼び止める。
「待ちなさい! 決闘の前に改めて確認するわ。決闘の勝者の側が好きな条件を付きつけ、負けた側は全て飲まないといけないのよね」
「それが決闘の作法であるからには、その通りだ」
「あらかじめ、そっちが何を要求するか、聞いてもいいかしら?」
「詳しくは言う気はないが――そうだな。ここに見える全ての物を、渡してもらうことになるだろう」
言い換えれば、休憩所の建物からカーゴ、複数ある人型機械まで、全てということだ。
それを聞いても、ティシリアは余裕の態度を崩さない。
「言っておくけど、この場所には『知恵の月』以外にも『砂モグラ団』や、旅行者や住み着いた人たちもいるわ。私たちがあなたたち――『陽炎の蠍』に差し出せるものは、『知恵の月』が所有する者に限られるってことは、わかっているわよね?」
「無論だとも。こちらとて、君たちの所有物ではないものまで、決闘の結果で奪い取ろうとは思っていない」
「それを聞いて安心したわ。それじゃあ逆に私たちの側が何を要求するかだけど」
ティシリアは一度言葉を切って、相手を鼻で笑う仕草をする。
「あなたたちのように無理難題吹っ掛けてでもモノを得ようとする卑しい根性は、私は持ち合わせていないの。だから、あなたたちがここに持ってきたものを渡してくれるだけで許してあげるわ」
「トラックと三機の人型機械だけでいいと?」
「そうよ。あなたちは、歩いて自分たちの居場所まで帰ってもらうだけよ。心配しないで。負けてトラックを失っても、十日分の食糧と水は恵んであげるから」
「……それは優しいことだな」
ティシリアの自分たちが勝つと信じて疑っていない様子に、アラビア風の男性は表情を消しながら背を向ける。その際、『小娘が』と呟きが聞こえたような気が、キシはした。
カーゴの屋根が地平線の先に見えるぐらいの距離で、『知恵の月』と『陽炎の蠍』の人型機械が集まっていた。
『陽炎の蠍』の三機は、全てハードイス。多少装甲や脚部の無限軌道に改造が見られるが、ほぼノーマル仕様であると思われる。
『知恵の月』の側はというと。
キシが操るファウンダー・エクスリッチ。左手の盾はなく、増加装甲は外してあり、修復した散弾銃を右腰、アサルトライフルを背中の収納部につけている姿だ。
タミルが乗る、ハードイススケルトン。両手に持つ五連銃身回転式機関砲と、背中の収納部にある弾薬箱からの給弾ベルトが繋がっている。
そしてキャシーが乗る、鹵獲した中速度帯の機体。ドイツ帝国式ヘルメットこと、シュタールヘルムを被った一つ目の頭。防弾ベストのような形につけられた前面装甲。腕部と脚部の装甲もゆったりとしたフォルムであるため、ヘルメットと野戦服、そしてガスマスクを着けた完全装備の軍人のような印象を受ける。その手には、H&K製G3に形が似たアサルトライフルが握られている。
もとにした機体がなんなのかキシには分からないが、フォルムといい装備といい、鹵獲したことがかわいそうなぐらいに良い機体だ。キシが試しに乗った感触も、扱いやすくて初心者向けだが上級者まで長く使えそうでもある、という評価だった。
この機体を搭乗機として選んだのは、搭乗するキャシー本人で――
「小さい女の子が、ミリタリー風の機体に乗っているのってぇ、萌えるでしょ~」
――といったファッション感覚での理由である。
なにはともあれ、こうして三機ずつ集まったところで、ティシリアと『陽炎の蠍』の四十代髭面のアラビア風男性が再び対面した。
先に口火を切ったのは、ティシリアの方だ。
「いまここで、難癖をつけたことを私に謝罪してくれたら、なにもなかったことにしてあげてもいいわよ」
自分の優位を信じて疑わない口調に、相手の眉尻が少し動いた。
「ふふっ、冗談を。そちらこそ、いまこの場で非を認めて賠償してくれるのなら、その肉体までは差し出さなくていいことにしてもいいぞ」
「なっ! このエロオヤジ! 私たちが負けたら、いかがわしいことする気なのね!?」
「勝者は不平等な取引でも相手に飲ませることができるんだ、当然の権利だろう?」
「ふんっ。私たちは負けないからいいけどね! そっちが負けたときに、いかがわしい要求をしようとしたことを、後悔すると良いわ!」
「ほほぅ。そっちが勝ったら、この首に縄なり首輪なりかけて、全裸で引き回してくれても構わないとも」
「そんな破廉恥な真似、するわけないでしょう!」
ティシリアが顔を真っ赤にして吠えているあたり、決戦の前哨戦である舌戦は『陽炎の蠍』側の勝利といった感じだ。
アラビア風男性もそう思ったようで、優位に立てたという満足そうな表情をしている。
「では、決闘といこうではないか。もちろん事前通告の通りに、ペイント弾はこちらが用意してある」
男性が片手を上げると、ハードイスの一機が動き出し、トレーラーの荷台から弾薬箱を二つ運んでくる。
開けると、それぞれの箱の中には弾頭が赤、そして黒に塗られたペイント弾がぎっしりと入っていた。
「どちらの色がいいか、選ばせてあげよう」
アラビア風男性の申し出に、ティシリアは鼻を鳴らす。
「ふんっ。それっぽっちのペイント弾じゃ、私たちが使うであろう量に全然足りないわよ」
「ほほう。そうやって難癖をつけて、決闘を先延ばしにしようとでもいうのかね?」
「いえ、だからこちらで用意させてもらったわ」
ティシリアが片手を上げると、タミルが乗るハードイス・スケルトンが手に持った回転式機関砲を構え直し、なにもないところへ向けて弾を発射する。
素早い連射で細い帯のように連射された弾は、地面に当たって散り、青い霧を少しだけ発生させた。
その様子を見て、ティシリアは余裕ありげな態度でアラビア風男性に視線を戻す。
「見たかしら。あれだけの量を一秒間に放つのよ。そのちゃちな弾薬箱に入っている弾丸の量じゃ、一分も持たずに撃ち尽くしちゃうわ」
「……そのようだな。これはこちらの目算が少なかったことを、謝るしかないだろうな」
「気にしないでいいわ。もともと、そっちが用意する弾丸なんて使う気はなかったもの。だって、なにを細工されているか分かったものじゃないんだから」
ティシリアの揶揄に、アラビア風男性は表情の揺れを抑えたものの動揺が少しは見られた。
どうやら本当に、何かしらの細工を銃弾にしていたようだ。
そう気づいたキシは、相手の機体に目を向ける。
ハードイスが持つのは、短機関銃やアサルトライフル。そしてその予備弾倉を、いくつか腰回りに下げている。
いまから決闘を行うというのに、弾薬箱から弾丸を拾って、その全ての弾倉にチマチマ詰めるとは考えにくい。
つまり、彼らが使う弾薬と、こちらに使わせようとしていた弾薬は別物で、いま弾薬箱の中にある弾丸の方には何かしらの細工が施されていると考えた方が自然だった。
(ティシリアが調べた限りじゃ、ペイント弾の納入記録に不審な点はなかったってことだよな。なら可能性としては二種類。炸薬の量を増やすか、雷管が機能不全になるよう細工した弾薬を少量混ぜているって感じだろうな)
炸薬の量が増えていれば銃が暴発してしまうし、雷管が働かなければ発射できない上に次の弾の再装填の指示を機体に出さないといけない。
どちらにせよ、対応を強いられるため、使うわけにはいかない弾丸というわけだ。
いま、ティシリアがペイント弾を用意したことで罠を潜り抜けたわけだが、これで終わりとも思えなかった。
キシは決闘の間も気をつける必要があると、気を引き締め直す。
その間にも、ティシリアとアラビア風男性との会話は続いていて、いまようやく別離の言葉を投げかけるところだった。
「――なんにせよ、勝つのは私たち『知恵の月』よ。あなたたちは、負けた後でどうやって地元に戻るか考えていた方がいいわ!」
「いいや、勝つのはこちら側だ。なーに、心配は要らない。敗北した後の身の振り方まで、直々に世話をしてやろうじゃないか」
二人は軽くにらみ合うと、示し合わせたように背中を向けて、自陣へと戻っていった。
こうして、決闘は始まった。