五十二話 休憩所、再開しました
人型機械の襲来から、すでに十日が経った。
休憩の建物は、人型機械用の弾薬箱を流用して建てられ、すでに営業を始めている。
「はぁ~い、いらっしゃいませ♪ なにかお求めかしらん~♪」
店頭に立って客に対応するのは、キャサリンという大人の女性。
訪れる人たちに可愛らしく愛嬌を振りまき、誘っているかのように体をくねらせながら応対している。
女性からそんな接客をされて、男性客は鼻を下を伸ばしている。
「うへへへっ。水と食料が欲しいなあー。それと、その立派な胸を揉ませてほしいかなあ」
「いや~ん、もう変態なんだからん。でも、ごめんなさい。やすやすと、お触りは認めないことにしているのん」
「ええ~、いいじゃないか。ほんのちょっと触るだけで、満足するからさ」
「熱心に言われちゃうと、困っちゃうわん。でも、ダーメ。お触り厳禁よん」
キャサリンがチョンと客の鼻先を指で優しく突く。
触られた男性は、目じりを下げて嬉しそうにする。
「うへへへっ。怒られちゃったら、諦めるしかないなあ。でも、水と食料の手配はよろしく」
「もちろん、お任せあれー。どのぐらいの量が欲しいのかしらん。どうせここでお金を払うことになるのだから、前払いでチケットを買った方が楽よん」
「ほほー、チケットかい。どれぐらいの量で、いくらになるか教えておくれ」
キャサリンが冗談を交えながら接客を続ける姿を、隣で作業している男性が見ていた。
「ほんと、手慣れているよな。地球では、夜のおホモな店の一員だったって本当なんだな」
小さく呟きつつコップを布で磨いている彼の名前は、キシ。
この休憩所を運営する『知恵の月』という名前の抵抗組織で、人型機械のパイロットとして働いている男性だ、
人型機械とは、地球では世界中で大ヒットし続けている全没入型バーチャルゲームーーメタリック・マニューバーズにおける全長が十メートルを優に超す、人の形をした戦闘機械のことを指す。しかしゲームの中にしか存在しない仮想のものだと思われていたこの世界が、実在する他の星の現実であった。
その事実を、キシは仮想ゲームとして人型機械に乗っていたときに『知恵の月』に捕らえられたことで知り、流されるような形でパイロットとして働くことになったのだ。
そんな事情のため、キシという人物は地球世界の『比野』という十八歳の青年本人ではなく、その知識をゲーム開始の際に作られた人造の体に注入された存在といえる。
接客をしているキャサリンも、実を言えば同じ存在――地球の世界では性同一性障害の男性だった知識を、女性の人造体に移植された人物である。
しかし二人とも、自分がクローンであることを納得していた。
キシには『元は比野の知識だろうと、別の体験を経たときからキシという存在になった』という意識があるため。
キャサリンは『地球では絶対になれない本物の女性の体になれた』という純粋な喜びからである。
そんな二人が所属する『知恵の月』は、抵抗組織――暴れ回る人型機械から土地を取り返そうとする活動を、情報を扱う形で行おうとしている集団だ。
こうして休憩所を開いているのは、立ち寄る旅人から方々の情報を得るため。
抵抗組織間で情報をやり取りできる機会端末があるため、そんな地道な情報収集は必要ないと思わなくはないが、『知恵の月』のリーダーであるティシリアという、赤髪にバンダナをつけたTシャツカーゴパンツ姿の十六歳の少女の意見は違った。
「人って、得た情報が有益だったら無料や有料に関わらず拡散しようとするけど、大したことじゃないと判断したら握りつぶしてしまうものなの。その大したことがないと思えた情報は、人の口から噂話やちょっとした話題として出てくるまで他の人には知られなくなっちゃうの。もしかしたら、千金の価値があるかもしれなくてもね。だからこそ休憩所で休ませて旅人の口が柔らかくすることで、そういった情報を口から出させようとしているのよ」
そういった経営理念なため、休憩所で販売するあらゆるもの、例えば水であったり食料であったり、移動用の車への充電だったりが、相場よりやや低く設定――多くの客を呼び込みつつも、他の休憩所から悪感情を抱かれないギリギリの値段にしていたりする。
ティシリアのその思惑は当たり、襲来してきた人型機械とそれを撃退する作戦で休憩所が跡形もなく吹っ飛び、いま再建中にも関わらず多くの客が再び訪れてきていた。
中には、ここに永住しようとする人もいて、彼ら彼女らは各々に商いを始めてもいた。
大勢の客と住み着いた人、そして『知恵の月』と金銭で協力してくれている傭兵の『砂モグラ団』たち。総数にしたら百に達しようという人の、電力に食料と水をどうやって砂と岩石ばかりの土地で賄うのか。
答えは、先の人型機械と、それを収めるための大きな運搬機である。
その二種類の機械の塊には、動力であるリアクターという発電装置があり、そしてなぜか水とレーションを作り出す機能もついていて、それらを稼働させることで飲食物と電力を生み出しているわけである。
そして元手がほぼ無料なため、水とレーションと電力を売るだけで、休憩所は大儲けしているともいえた。
堪えぬ客足と、順風満帆な売り上げに、キシはここでの生活に平和を感じるようになっていた。
のんびりとした心地で磨いていたコップを置いて、また次のコップへ。綺麗なコップは、水を大量に使える休憩所の特徴の一つなので、洗い終わったコップはこうして磨かなければいけない。そして、手足で操る機械であれば上手に操縦できるのに、体を動かすことが苦手なキシにとって、こういった単純作業が休憩所の中で働く際の仕事になっているのだ。
そうしてもくもくとコップ磨きを続けていると、接客がひと段落ついたキャサリンが近寄ってきた。
「はぁい、キシ。ミルクを頂戴な」
「牛乳なんて置いてないが?」
「やあねぇ。あるじゃないの、そ・こ・に」
キャサリンが指してくる先を視線で追うと、キシの股間の真っ只中。
どういう意味かを悟って、キシの顔が嫌そうに歪んだ。
「そういう冗談、反応に困るんだけど」
「じっさいにポロンと出してくれれば、パクっとして、チュウって吸い出すわよん。もちろん、物陰の中でだけどねん」
「はいはい、そういう冗談はいいって。喉が渇いているなら、水でいいよな」
「あーんもう、いけずぅ」
少し拗ねたように言ってから、キャサリンは満足した様子に変わる。
キシはからかわれていると悟りつつ、磨いたばかりのコップに水を入れて差し出した。
キャサリンはコップの縁に唇をつけて、艶めいた仕草で少し飲む。
その姿に、キシは少し笑顔になり、キャサリンは見咎めた。
「なによ、女性の飲み姿を笑うなんてぇ。失礼じゃないの」
「いやな。ここ最近、キャシーと仕草が違ってきたなって」
キシが名前を出したキャシーとは、キャサリンが持つものと同じ性同一性障害の人物の知識を注入された、十代始めほどの外見をした少女である。いわば、キャサリンの分身や双子の妹に近い存在である。
「最近のキャシーって、あの幼い容姿を使って甘えてくるけど、キャサリンはそうじゃないでしょ?」
「それはそうよ。容姿の年齢が違えば、人から向けられる視線の種類も変わるわん。その視線の違いによって、ワタシたちの精神的な成長が違ってきている理由だもの」
「なんか、含蓄ある意見だね」
「ワタシたちの元となった人物の実体験からの言葉だから、当然よ~」
ここでキャサリンは水を一口飲んで、この話題を深く掘り下げる気はないと暗に示した。
「それでぇ、ワタシとあの子の違いが、どうかしたの?」
「違いがどうの、というわけじゃないけど。いまキャシーは害獣狩りに行っているでしょ」
「『砂モグラ団』とぉ、人型機械の操作を円熟するためにね」
「俺はてっきり、二人一緒に行動するもんだと思っててさ。キャサリンが残ったことが、少しだけ意外に思っていたんだよ」
「あー、そういうことね。まあ、ワタシって機械を動かすよりも、人のお相手していた方が楽しいからねん」
「キャシーは違うと?」
「あの子、ワタシたちが小さいころにできなかった、お人形遊びがしたいのよん、きっとね」
「人型機械は、人形って揶揄できるほど小さくないけどね」
キシがコップを磨きながら苦笑いしていると、やおら外が賑やかになった。
客が上げる歓声に混じって、人型機械が地面を歩く音が聞こえる。
キシたちが話題にしていた、害獣討伐隊が戻ってきたのだ。
建物内にいた客たちが外に出ていくが、キシとキャサリンは中に留まったままでいる。
「悲痛な声がないから、安全に戻ってこれたようで安心したよ」
「あらっ。キシが初心者向けの害獣を選んで、送り出したんじゃないの。それなのに心配していたのん?」
「それでも、物事に絶対はないからね。人型機械っていう圧倒的な力があっても、わずかな隙を的確に突かれたら、簡単に倒されちゃうもんなんだし」
「それはその通りだけどぉ、そうならないように、害獣対処のベテランである『砂モグラ団』さんたちをつけたんでしょぅ?」
「やっぱり、初狩りは成功で終わらせてあげたいからね」
そんな心配が杞憂に終わったことに、キシは安心する。
「もう少し害獣狩りを続けて、鹵獲した機体の扱いに慣れたら、『知恵の月』の主要メンバーがここを離れても平気になるな」
「あら、どこか行くのん?」
「休憩所の経営は順調だから、ここを『砂モグラ団』に任せて、『知恵の月』は本来の活動に戻ることにするそうだよ」
「情報をやり取りすることが、お仕事じゃなかったのん?」
「それは活動の一種だよ。抵抗組織としての目的は、人型機械からこの砂と岩石の土地を取り戻すこと。そのために『知恵の月』は、人型機械の大元がどこにいるかを調べ、可能なら打倒するよう動き出す、ってティシリアが語っていたよ」
「それは壮大な目標ねん。それで具体的には、なにをするのかいしらん?」
「さてね。それはティシリアが決めることだし――」
二人が話していると、人がいなくなっていた店内に入ってくる人が現れた。
話題にしていたティシリアが、携帯端末片手に二人に近寄ってくる。その顔は、どこか怒っているようだった。
キシは不思議に思いながら、磨き続けていたカップを掲げて見せる。
「ちゃんと働いているぞ」
「ワタシだってお客さんがいないから、接客のしようがないだけよん」
サボっていないと伝えるが、ティシリアの顔から怒りが取れることはなかった。
むしろ、二人に突き付けるようにして、端末の画面を掲げる。
「二人の勤務態度を怒っているじゃないわよ。私が怒りを感じているのは、この挑戦状のことよ!」
「「挑戦状?」」
オウム返しに言いながら、キシとキャサリンは画面を見て、映し出されている文字列を読んでいく。
それは時世の句を交えた挨拶から始まり、『知恵の月』の活躍を褒めつつも、その成果を疑問視する文章が続き、やがて人型機械の来襲を第二陣まで退けたのは嘘偽りだろうと断じている。そして締めは、『知恵の月』がもたらした運搬機の入手法のお陰で、人型機械に襲われて多大な迷惑を掛けられたから弁償しろというものだった。
一通り読んでみて、キシは首を傾げた。
「こちらを批判する内容ってことはわかるけど、どこが挑戦状なんだ?」
「そういえば二人と、いま外にいるキャシーは、違う世界の知識が主で、こちらの常識に疎いんだったわ。じゃあ、教えてあげる」
ティシリアは画面を操作すると、抵抗組織間の掟という項目を表示させた。
そしてとある一文を、人差し指で示す。
キシはその文章を目で追いながら、読み上げていく。
「要求されたことに対し不服がある場合、交渉を行うべし。そして交渉が決裂した場合は、両者代表による決闘を行い、勝者が有利となる取引を行えるものとする」
「言い換えると、言いがかりに近い要求を突き付けてくる相手は、この条項を利用して、こちらに喧嘩を売ってきているってことになるの」
「はぁ。そうなのかな?」
キシはその言い換えが腑に落ちなかったものの、親兄弟が有名な抵抗組織のトップというティシリアが言うのだから、その解釈が抵抗組織間では当然の物だと納得することにした。
キャサリンも同様で、困惑顔ながらも頷きを送る。
二人が理解したと見て、ティシリアは腰に手を当てて胸を反らし、偉そうに見える態度をとった。
「せっかく休憩所が盛況なのに、こんな言いがかりの賠償なんて、たまったもんじゃないわ。だから、決闘で打ち負かすのよ、キシ!」
「って、俺がやるのかよ」
「当然よ! 『知恵の月』で一番、人型機械の運転が上手なのって、あなたじゃない」
「それは当然だけど、ってことは人型機械で戦うことになるのか?」
当然の疑問に、ティシリアが
「要求を突っぱねるって返事をしたら、向こうが決闘のルールを出してきたわ。開催は今から十日後。場所はこの休憩の近く。人型機械を用いた勝ち残り戦で三対三よ。使用する機体が過度に損壊しないように、銃撃では害獣の血から作ったペイント弾を使用するの。ナイフも刃にペイントを塗って使うの。ペイント弾は向こうで用意するというし、問題はなさそうだから、即座に了承してやったわ!」
軽率なまでに決闘を了承したことに、キシは少しだけ頭痛を覚えた。
「三対三ってことは、俺の他に二人出場するってことか?」
「タミルとキャシーに出てもらうわ。キャサリンは害獣討伐を利用した円熟訓練がまだだものね」
「そうねぇ。少しでもリスクを減らすなら、ワタシよりもキャシーの方が適任ね」
「でも、二人は数合わせよ。キシが先鋒に立って、三人勝ち抜けばそれで勝てるんだから!」
ティシリアの見解を聞いて、キシは懸念が次々に頭に浮かんで腕組みする。
「対戦ではペイント弾を使うっていうけど、どうやって勝敗を判定するんだ?」
「当たった場所でポイントをつけるそうよ。四肢や胴体に弾が当たれば一点、ナイフなら二点。コックピットと顔面なら弾は三点、ナイフなら五点。ただし、コックピット部分がかなりペイントされたら、そこで敗北が決定なんだそうよ。戦闘時間は、一戦につき五百を数える時間らしいわ」
「機体に当たれば点数が入り、そうじゃなかったらなしか……」
そして戦闘時間は約十分。
一対一で負けるつもりはキシにはないが、同時に危険さを感じ取っていた。
「この試合形式。色々とハメ技や、卑怯な方法が取れそうなんだけど」
「例えば、どんな方法かしら?」
「機体を隠せるほどの大きな箱を用意して、その中から銃口だけを出して戦う。ペイント弾は箱に当たるから機体に一発も食らわないっていう、引き分け狙いの方法だ。もし一発でも相手が食らったら、その瞬間、箱に入っていた方の勝ちが決定する方法でもあるね」
「うっわ、卑怯ねそれ」
「ここまで露骨じゃなくても、例えば大きな盾を用意してその後ろで戦うのでもいい。ファウンダー・エクスリッチのように外部装甲をつけて、試合終了直前にその装甲をパージして、本体には一発も食らっていないって主張する方法もある。用意してくれるというペイント弾が、時間経過とともに消えるインクでできているかもしれないぞ」
「……次々とあくどい手を、よく考え付くものね」
「俺でもこれだけ思いつくんだから、この試合形式を提案してくる向こう側は、もっと確実な手を講じてきているかもしれないってことだよ。軽率に決闘を決めたのは、間違いだったかもしれないぞ」
キシが懸念を伝え終わると、ティシリアが頬を膨らませる。
「じゃあキシは、相手の要求を飲めっていう気なの。賠償として、この休憩所と運搬機、そして人型機械も全部取られちゃうわよ」
「そうじゃないって。言いたいのは、俺が先鋒で戦うったら、こういうハメ手を使われたとき、一気に敗色濃厚になっちゃうってことだ。だから、俺は大将に置いて、タミルとキャシーで一番手、二番手を努めて欲しいってこと。あとせめて、ペイント弾はこっちで用意した方がいい。『砂モグラ団』が弾薬を供給してくれる業者を知っているなら、そっちから買った方がいいな」
キシが言葉を尽くして説明すると、ティシリアの頬の膨らみが萎んで真剣な顔に戻った。
「そうね。勝てるって慢心して、手を尽くさないのは間違っているものね。よしっ、それじゃあ『知恵の月』らしく、情報集めをするわ。相手の組織がどんな手でくるか、決闘が始まるまでに丸裸にしてやるんだから!」
意気込むティシリアの姿に、キシとキャサリンはパチパチと拍手を送ったのだった。