五十話 作戦終了
第三陣を追い払い終え、『知恵の月』の面々と休憩所に残ろうとした人たちは、戦闘の後片付けを行っていく。
キシも戦闘の疲労を感じつつも、外部装甲に被害が集中したため本体はほぼ無傷だったファウンダー・エクスリッチを操作して、広い戦場に落ちている物品の回収に当たっていった。
「戦果は、弾痕ありのサンドボード二機。布魔が使っていた刀と半壊したアサルトライフル。あとは――爆発跡に転がる黒焦げの人型機械二機か」
収支を考えると、ファウンダー・エクスリッチの大半の装備を失ったことを加味すれば、これぐらいの物を手に入れても大赤字だった。
しかしそう考えないのが、『知恵の月』のリーダーであるティシリアだ。
キシが返ってきてから拾った物を報告し、先の見解を伝えると、自信たっぷりな声が通信でやってきた。
『物資は大量に使っちゃったけど、その多くは鹵獲したもの――つまりはタダ同然のものなの。だから、失ったところで損失はゼロよ! それどころか、攻め来る人型機械たちを撃退した事実は、何物にも代えがたい名声なんだから、形のないものを計算に入れれば、今回の作戦での収入は大黒字といって間違いないわ!』
勝手な言い分を言い切った声に、キシは思わず笑顔になってしまう。
「それもそうだな。それで、休憩所はどうするんだ。同じ場所に建てるのか?」
『そのつもりだったんだけど、休憩所を吹っ飛ばした爆発の跡が結構深刻なのよね。爆発の熱量で、半円状に地面がガラス化しちゃっているの。その上に建てると、問題が起きるかもしれないの』
「その問題とは?」
『不確定情報なんだけど、砂が多い大地で重たい物を下に置いて建物を作った場合、重たい土台が徐々に砂に入り込んで、建物が埋まってしまうらしいのよ』
砂漠地帯のない日本に住んでいた『比野』の知識しかないキシは、それが本当かどうか判断がつかない。
「それがもし嘘でも、現時点では確かめようがないんだし、ガラス化していない場所に建て直した方が安全だと思う」
『キシもそう思うわよね。やっぱり、少し離れた場所――砂がガラス化したところに入り込むこと計算に入れてみて、安全だと思えるところに建てることにするわ』
通信が切れた。キシがファウンダー・エクスリッチの一つ目をカーゴに向けさせると、全周モニターに映る。
その近くで、ティシリアが近くにいた人に説明をしながら、カーゴとそれに積んだ資材を移動させようとしていた。
次に、カーゴ近くに横たわっている黒焦げの人型機械から、リアクターと使えそうな部品を取り出そうとしていたメカニック二人――特にヤシュリの方が、身振りで強く反対している様子が映り込む。恐らく作業が終わるまで待て、と言っている。
カーゴの中にある四つのハンガーは、第一陣と第二陣で鹵獲した機体で埋まっているため、露天で作業するしかないのだろう。カーゴを移動されてしまうと、電力関係で無理が生じてくるため、黒焦げ機体も動かさないといけない。
その苦労を説かれて、ティシリアは不満そうに唇を尖らせる。
そこに休憩所を守ろうと残った人たちがやってきて、リアクター取り外しの手伝いを申し出て、ティシリアは仕方がないと作業が終わるまでカーゴの移動を諦めた。
そんな光景をキシが見ていると、やおら通信が届いた。
『あらーん、盗み見なんて性格悪いわよぉーん?』
『ダメだよぉ。見つめるのなら、相手の許可を得ないとー』
特徴的な『オカマっぽい』口調を聞いて、キシは通信相手が誰だか理解した。
「キャサリンとキャシー。戦闘音に引き寄せられてくるかもしれない、害獣の警戒をしてくれていたんじゃなかったっけ?」
『それがねぇー。『砂モグラ団』のお兄さんたちと、あっちこっち巡ってみたのだけれど』
『あの大爆発で害獣が逃げちゃったらしくてぇ、周辺に影一つもないんだよねん』
「ふーん。あの人たちが言うなら、警戒する必要がなくなったね」
彼らの判断を信じたキシに対して、キャサリンとキャシーから非難めいた言葉が飛んできた。
『ひどぉーい。『砂モグラ団』のお兄さんたちだけ信用するなんてぇー』
『ワタシたちの言葉だと信じられないなんてぇ、キシって女性不審なのねん』
「いや。あの人たちは『ヒャッハー』な見た目だけど、仕事には忠実で確実だし、害獣に対する経験も豊富なそうだから。それ以上の他意はないよ」
『その言い方だと、まるでワタシたちが不誠実で経験が乏しい、安っぽい女みたいじゃないのぉー』
『でもぉ経験がないって部分、処女的な意味では有りかもしれないわよー?』
『『実際、ワタシたちって処女だしねぇん♪』』
確認した口調だったので、キシは思わず『調べたのか』と尋ねそうになり、危うく口を閉ざすことに成功した。
そして二人のノリについていけてないことを自覚しつつ、別の話題に切り替える。
「それで二人は、これからどうするんだ。鹵獲した際に半死状態で生き残ったパイロットが売られる時に合わせて、他の抵抗組織に流れるか?」
『その件だけど、どうしようか悩み中なのよねぇん。『知恵の月』って男性がキシとビルギ、老人二人しかいないから、関係を持てるか怪しいしぃ』
『けど、居心地よさそうなのよ。スリリングな未知の出会いを取るか、既知の平穏な間柄を取るか、困っちゃうわん』
「俺と君たちが、平穏な関係?」
思わず疑問が口に出てしまったキシに、キャサリンとキャシーが控えめな笑い声を上げる。
『ぬふふふっ。もしかして、ワタシとのスリリングな関係をお望みかしらん?』
『うふふふっ。やっぱり、この幼い肢体とのイケナイ関係を結びたいって思っているのねん?』
「もしかして藪蛇だったか!?」
獲物として狙われているように感じて、キシは二人からの通信を一方的に遮断した。
そうして一息ついたところで、また別の方向から通信が入った。今度はビルギだ。
『キシ、ちょっといいかな』
「ちょうど話が終わったところだったけど、どうかした?」
『いやね。他の運搬機を入手していたところの情報が入ってきたから、それを伝えたくてね』
「聞かなくても、なんとなく予想はつくよ。他のところは全滅だろ?」
『大まかにはキシの予想通りだね。僕ら以外、七つあった運搬機の内、残ったのは一機だけだ』
「へぇ、一機は残ったんだ。意外だな」
『この運搬機、持ち主はティシリアのお兄さんの組織だよ。防衛拠点の奥に仕舞って、近づいてくる人型機械を迎撃したんだってさ』
「その方法で第三陣も撃退したのか。意外だな」
『あっちも第一陣と第二陣で、何機か人型機械を鹵獲していたんだって。その全てを使い潰し、なおかつ戦闘員も大量消費して、どうにか追い返したんだってさ』
大勢死亡したことを大量消費と言い換えるあたりに、キシはビルギの気遣いを見た。
「それじゃあ、運搬機の消失なく撃退した、唯一の組織ってことだな」
『えっ。僕らだって、同じじゃ?』
「おいおい。俺たちは、自分たちの手でだけど、運搬機を吹っ飛ばしたじゃないか」
『あー、そういうことか。爆発したのはニセモノだったけど、カーゴを守り切って勝ったわけじゃないんだった』
ビルギは照れが入った口調のまま、キシに本題を切り出す。
『それでね。撃退しきった組織から、情報を買ったんだよ。僕らはいま、通信設備を使うわけにはいかないから』
「どんな情報を手に入れたんだ?」
『人型機械の大元が発信してきた『奪われたカーゴを破壊せよ』って依頼の結果だよ。見事に『任務失敗』になっているのは、一つだけ。僕らのいる地域の依頼は、第三陣で成功したことになっているよ』
「それじゃあ、偽装敗北は成功したってことだ」
『その通り。これからも通信設備の使用は注意が必要だけど、この場所で休憩所を運営するのに、人型機械が襲ってくる心配をしなくていいってことだよ』
やったと喜び合う。
「俺の働きが無にならなくてよかったよ。これで一安心だ」
『この結果を受けて、今夜は盛大に宴を開くよ。『砂モグラ団』とキャサリン、キャシーに害獣狩りを頼んだけど成果がなかったようで、水とレーションばかりになりそうだけどね』
「そういうことなら、俺とファウンダー・エクスリッチが出ようか? 手慣れている分、移動速度は二人より速いと思うけど?」
『いや。キシは十分に働いてくれたから、これから宴会が始まるまで休むようにって、ティシリアとアンリズから警告がでているよ』
アンリズからも、という部分に少し不思議さを感じたものの、キシは警告を受け入れた。
「それなら言葉に甘えて、ゆっくりさせてもらうとするよ。宴会では、この機会に酒を飲んでみようかな」
『別に飲酒に年齢制限はないから自由にしていいんだけどさ、最初は舐める程度にした方がいいよ』
「なにその苦々しい口調。もしかしてビルギ、酒で失敗したことがあるとか?」
『うぅっ。酔う感じが心地よいからって、ぐいぐい飲んで、限界に達して戻しちゃって。アンリズにかけちゃったんだよ』
その当時のことを想像してみて、キシは悲痛な顔になる。
「アンリズって、自分が受けた被害を倍返ししそうだけど、大丈夫だったのか?」
『吐きかけちゃった引け目から逆らえなくなって、ティシリアが仲裁してくれるまでの十日ほど、奴隷同然の扱いを受けたよ。あのときは死にたくなったなぁー』
通信で姿は見えなくても、ビルギが遠い目をしているとわかる。
キシは何と言っていいかわからないまま、話題を巻き戻すことにした。
「お酒を本当に飲みたいわけじゃないし、今回は遠慮しておこうかな」
『うん。それが良いと思うよ。どうせ宴会は夜になるだろうから、キシは寝て待っててよ』
「それじゃあ、そうさせてもらうよ」
キシはカーゴ近くまで引き上げてきて、ファウンダー・エクスリッチを地面に座らせた。
コックピットを空けて降りようかと思ったが、興奮冷めやらぬ人たちが、その元気を休憩所の再建に向けて騒がしくしている姿を見て、下にいく気が失せた。
いま下手に下りれば、あの騒乱の渦の中に撒き込まれることが確実だからだ。
「邪魔にならない場所で、コックピットに入ったまま昼寝していた方がよさそうだな」
キシはファウンダー・エクスリッチを少し移動させ、喧騒が少し遠くに聞こえる場所で再び座らせると、その中で眠り始めた。
第三陣はかなりギリギリな戦いもあったため、精神的に疲労がたまっていたので、すんなりと夢の世界へと落ちていく。
その最中のキシの顔は、役目をやり切った満足感から、自然と緩い笑みになっていったのだった。