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四話 捕虜

 時は、西暦2050年。場所は日本。

 機械による情報を脳へインプットする技術が当たり前になった社会に、並み居る強豪ゲーム会社を押しのけて、新興会社の「四角辻よつかどつじ研究所」から、そのゲームは登場した。


 脳インプット技術を応用した、完全没入型大型VRゲーム筐体「ディメンショナル・ブレイカー」と、その筐体専用のロボットバトルゲーム「メタリック・マニューバーズ」

 新時代の幕開けに相応しい完全没入VRゲームの発表に、ゲーム業界は沸き立った。


 しかし、社会での前評判は裏腹に低かった。

 通常のインターネット回線を使うと、クラッキングによって脳に深刻なダメージを負いかねないからと、独自の回線を開設する必要があり、既存のゲームセンターではなく専用建物が建てる必要があったためだ。

「ゲームを操作されて脳がいじられる心配があり、危険ではないか」

「どうしてロボットゲームなのか。仮想現実に行けるのなら、平和的に異世界観光のゲームでいいではないか」

 そんな否定的な意見が多く出た。

 日本の政府も及び腰になり、すでに関係各省庁が建築と開業許可を出してしまっている手前強くは言えなかったものの、四角辻研究所に配慮を求める。


 そのため、当初は全国的な展開を見据えていたが、最初期は北海道、東京、大阪、福岡の四か所で、建築済みの建物を購入して改装してオープンすることになった。

 しかし没入後の世界の見事さに、瞬く間に話題沸騰となり、連日に渡る大入りを果たす。

 しかもロボット戦闘だけでなく、専用プログラムをパソコンにインストールすると、自宅でロボットをアセンブリしたり自作することが可能なゲームシステムが後追いで発表され、若い男性を中心に日本人の多くが熱狂した。

 ロボットの自作はハードルが高いと思われてもいたが、そこは脳インプット技術で物理の理論や理屈を叩き込むことが可能なため、基本的に誰でも組み上げることが可能になった。


 一年が経つ頃には、四か所では足りないと、全国各地に出店が始まり、続々と数を増やしていく。

 このとき、他の機械系企業が協力に名乗りを上げ、独自の機体を開発してゲーム内で販売するようになる。購入はゲームで得られるポイントか、リアルマネーをポイントに変換して購入する形になった。


 さらに一年後、台湾にて初の海外店舗が作られ、これを皮切りに海外店舗が次々と現れる。

 それに伴い、プレイ人口も飛躍的に増加。言語の違いによる連携の齟齬が現れたことが問題視される。

 それから半年と経たないうちに、新技術により『メタリック・マニューバーズ』内では、他言語の相手であろうと会話が可能となる自動翻訳機能が開発される。たまに誤変換がされる問題は残ったものの、世界中の誰もが自由に意見を交換できるようになった。

 海外企業も協力に乗り出し、多数の有名メーカーも独自の機体を開発・販売するようになる。

 操縦桿方式は海外勢にはウケが悪く、脳波コントロール式と銘打って、自分の体を動かすように機体を動かせる仕組みを発表。もっとも名称がわるいからと、海外での説明ではマスタースレイブ型やパワースーツ操縦方式と書かれていた。


 翌年、世界初の国際大会が開催を予告される。

 優勝賞金は総額一億円。そして一年かけて、国の中、大きな枠での地域ごとで優勝者を決め、その人物をラスベガスに集めて世界一を決めることを宣言。

 部門はそれぞれ、企業が売り出したそのままの機体しか使えない、既存機体レディメイド部門。機体の二十五パーセントまで改造可能な、軽改良機ライトカスタム部門。七十五パーセントまで改造可能な、重改造機ヘヴィブラッシュ部門。フレーム以外の改造が無制限の、無制限インフィニット部門。フレームからなにから全て自作しなければいけない、自己製造オリジナル部門。そして以上の部門の登場者が一堂に集まって生き残りをかけるエキシビジョン、殲滅戦バトルロイヤル部門。

 この宣言に、協力会社は新機体の開発を急ぎ、プレイヤーたちは操縦と改造の腕を磨きに入り、一気に各種技術が花開くことになった。



 そして、キシが『布魔』のテストを行った2058年まで、その盛況さは途切れることはなく、いまでも世界中が熱狂の渦のただ中である。

 



 と言った内容を、キシは結束バンドで手を前に縛られた状態でパイプ椅子に座りながら語った。

 彼の前には、同じパイプ椅子に座る、バンダナで赤髪をまとめた少女――ティシリアが腕組みしている。その後ろには、タイヤレンチを持った二十代半ばの男性と、二十代になりたての女性の姿。キシが暴れても対応できるようにと、ティシリアの護衛だ。


「ってことは、なに。あなたはこの世界がゲームの中だとでも言う気なわけ?」


 ティシリアの不機嫌そうな言葉に、キシは肩をすくめてみせた。


「そう言いたかったけどさ。出られないはずの機体の外に出られるし、NPCだと思っていた君らとは、AIとは思えないような会話ができるしで、ゲームの中じゃないんじゃないかなーって思い始めたところだよ」

「なによ、ハッキリしないわね。つまりどういうことよ」

「要するに、何らかの技術で俺の世界とこの世界が接続されていて、俺たちの世界はこの世界で人型機械が精強に改良されるよう手伝わされているんじゃないかって、言いたいわけだよ」


 キシの予測に、ティシリアは苛立った様子になる。


「つまり、なに。キシは、人型機械がどこで生まれるとか、どこに本拠地があるとか、何を目的に私たちの土地を我が物顔で使っているのかとか。そういったことは、何一つ知らないってことよね?」

「まあ、そうなるね。元の世界で俺は四角辻の社員だったけど、単なる下っ端だったし」


 あっさりと肯定したキシを見て、ティシリアは奇声を上げた。


「ムキイイイイ!! なんてこと! 予想が大外れだわ! 人型機械の運転手なら、色々な情報を持っていると思ったのに! その情報を元に、私たちの手で母なる大地を取り戻せると予定を立てていたのにいい!!」


 ひとしきり騒いだ後、電池が切れたかのように、ティシリアはがっくりと項垂れた。

 一秒、二秒とそのままの状態で止まり、十秒を過ぎたあたりでキシは段々と心配になってくる。

 だが二十秒経つ前に、ティシリアは顔を上げるとケロッとした表情になっていた。


「まあ、いいわ。先の作戦で『知恵の月』の借金は消えたし、うちが製造した電磁爆弾は人型機械に効くと分かったし、『不殺の赤目』も入手したしね。収支で見たら大幅な黒字だわ」


 一分ほど前は大落ち込みしていたのがウソのように、ティシリアは上機嫌な様子だ。

 キシは呆気にとられながらも、そういう人間なんだろうと納得することにして、いままで疑問に思っていたことを尋ねることにした。


「あの、ティシリアさん」

「なに、キシ。なにか聞きたいことでもあるの?」

「なんで俺のことを『不殺の赤目』って呼ぶんだ?」

「あー、呼び名のことね。それは、あなたが操る機体には赤い目玉が描かれていることと、他の奴らとは違って武装していない人間は殺さないし、多少武装していても見逃してくれることから『不殺』って呼ばれるようになっているのよ」

「あはは、俺のパーソナルマークが、赤い目か……」


 自国の国旗を赤目扱いされて、キシは日本代表経験者として地味に落ち込んだ。

 その気持ちを押し殺しつつ、次の質問に移る。


「それで、俺はこの後どうなるんだ? 情報を持ってないってことは分かったんだろ。なら――殺すのか?」


 最後の一言を恐怖で震わせながら尋ねると、ティシリアはポカンとした顔をした後で、大笑いした。


「あははははは。そんなもったいないことしないわよ。うちは経営難からの人材不足でね、キシみたいな人型機械の運転手は重宝するの」

「活躍の場があるってこと?」

「後ろの二人みたいに運動能力を生かして護衛任務をしてもいいし、機械いじりで活躍してくれてもいいわ。人型機械の運転手なら、造作もないでしょ?」


 確定事項をあえて尋ねるようなティシリアの口調。

 しかし、キシは言いにくそうに言葉を口にする。


「悪いけど。俺、運動神経悪いんだよ。あと、機械音痴なんだ」

「運動神経? 機械音痴? どういう意味かしら?」


 二つの意味をキシが掻い摘んで説明すると、ティシリアは驚愕といった表情に変わった。


「なんで!? 生き残って機体の外にでた運転手は、誰もが運動自慢だったり、機械に詳しかったりしたわよ!!?」

「まあ、それが元の世界でも普通なんだけど、俺はちょっと特殊なんだ」


 キシはバンドで縛られた腕を持ち上げ、両手の人差し指を立てる。そして右手は三角、左手は四角の辺を一秒ごとに一辺ずつなぞるように動かしていく。その動きに淀みはない。

 動きに釣られて真似したティシリアは、まともにどちらも行えなかったため、感嘆の声を上げた。


「へぇ、器用なものね」

「俺は手足を動かすことは器用なんだ。ピアノとかギター、ドラムとかは簡単に鳴らせるようになったし。車の運転免許取得だって、実技は満点で一度も落ちずに突破したしな」

「ピアノとか自動車とか、言っている意味は分からないけれど、とにかくとても器用だってことは分かったわ。それを見て、むしろ運動ができないってことが不思議になったわ」

「俺はどうも『手足をバラバラに動かす』ことが得意な反面、『体全体をうまく連動させる』ってことが苦手でね。走る動きは滅茶苦茶だし、走りながらの遠投なんてなぜか真下にボールが飛ぶんだ」

「なるほどね。それで『機械音痴』ってやつは、どうして?」

「体の動かし方と同じで、全体を連動させるように機械を組むってことが、よく理解できないんだ。だから手引書通りにじゃなくて、自分の感覚に従って機械を改造すると、すぐに破綻しちゃうんだよ」

「ボールの件といい、改造した機械がすぐに壊れる点といい、それはそれで器用な感じがするから不思議ね」


 ティシリアは苦笑いした後で、急に真剣な様子で考え込み始める。

 表情がくるくるとよく変わるなとキシが見ていると、考えがまとまったようでポンと手を叩いて見せてきた。


「できないことをするのは人材の無駄だわ。なので、キシは手先が器用っていうし、整備の手伝いしてもらったり、作業用機械の運転手になってもらうことにするわ」

「分かった。働かざるもの食うべからずだからな。頑張らせてもらうよ」


 キシが前向きに受け入れたことに、ティシリアは驚きの目を向ける。


「本当にキシって、他の人型機械の運転手とは違うわね。他の人たち、元の世界に帰せって、大暴れするのよ普通は」

「いやまあ、俺はここが異世界だって信じているし。そもそも、元の世界の俺と、この世界の俺は、たぶん別存在なんだと思うんだ」

「存在が別ってどういうこと?」

「多分だけど。この俺は、元の世界の『比野』から読み取った知識や経験を、この世界で生み出した別の肉体に書き入れた人物なんだと思う。いわば俺は、キシ・ヒノの複製品ってわけ。だから、元の世界に帰ることなんてできないって考えたわけさ」

「ふーん。キシって、案外頭が良いのね」

「現代日本人は、知識インプット技術を利用した詰め込み教育のお陰で、知識だけは世界一って言われているんだ。頭が良いのは当然さ」

「そうやって自慢げに言う姿は、少し馬鹿っぽいわよ?」


 ティシリアの意見はもっともで、キシも少し自覚があったため誤魔化し笑いで場を流すことにしたのだった。

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