四十八話 追いかけっこ
布魔が背中のバーニアを噴かせて近づいてきた。
キシはファウンダー・エクスリッチの足にある無限軌道を使って真後ろへと下がりながら、M-16に外観が似ている人型機械用のアサルトライフルで単発射撃を二回。布魔の左膝と右肩に一撃ずつヒット。しかし関節に巻かれた布状の装甲――ティシュー装甲が剥離しただけで、実質的な被害は見受けられなかった。
『無駄だ! ティシュー装甲の防御力は、大砲の直撃を食らっても、機体を健全に保てるほどなんだからな!』
最新式の吸衝撃剥離型増加装甲であるティシュー装甲は、どんな攻撃でも一発だけ耐えてくれる。
そのため、大砲が直撃しても、弾が当たる部分と衝突の衝撃を受ける部分に、十分なティシュー装甲があれば、確かに人型機械が無傷のまま攻撃を受け切ることができた。
重装甲相手に有効なナイフや剣による斬撃ですら、ティシュー装甲の前には切られた場所が剥離するだけで済ますことが可能である。
だが、その秀逸な装甲にも弱点がないわけではないことを、キシは知っていた。
『自慢げに語ってくれているところ悪いけど、俺も布魔を操ったことがあるから、そいつの弱点は知っているんだよ』
キシはファウンダー・エクスリッチを操り、その背中の収納場所から手榴弾を二つ右手で取ると、操縦桿のボタンで機動信号を発信した後で布魔に投擲。
しかし、一個は敵の布魔の上を通り過ぎる軌道で、もう一個は地面に落ちてしまう。
『ハハッ、どこを狙ってやがる!』
『いいや。狙い道理だね』
キシはファウンダー・エクスリッチの左腕を動かし、その腕に握らせているアサルトライフルを発砲。上空にある方の手榴弾に弾丸を命中させ、強制的に爆発させた。
頭上から爆風が吹き付けられ、布魔は頭を手で押さえられたかのように、地面に足をつけざるを得なかった。
『ぐおっ――だが、この程度どうってことは』
『手榴弾が二つあったことを、お忘れなく』
布魔が地面に足をつけた場所のすぐ前に、地面に落ちた手榴弾があった。
『なにッ!?』
慌てて布魔のパイロットは後ろに下がろうとするが、それより一瞬早く手榴弾が爆発。地面にあった砂や石を周囲に拡散するように爆風を振りまいた。
人型機械用の手榴弾だけあり、その砂と石のシャワーは、人間が食らったなら表面がやすり掛けされたようにズタズタになってしまったことだろう。
しかし、キシのファウンダー・エクスリッチは硬い装甲に守られた人型機械。高速で飛来した砂と石を食らっても、多少表面に傷がつくぐらいで済んでしまう。
それは同じ人型機械の相手の布魔も同じこと――とはいかなかった。
『チッ、この攻撃は、こっちを驚かせて足止めするためよ』
忌々しそうに布魔のパイロットが全波帯通信で愚痴る声に、キシは口の端をゆっくりと引き上げた。
『本当にそうか、布魔の機体を見てみたらどう?』
『なんだ? なに言って――』
布魔のパイロットの声が途中で止まる。機体に巻かれた、ティシュー装甲の状態が、彼の想像とは大きく異なっていた体。
『なんで、こんなにボロボロになっているんだ!?』
困惑と驚きに彩られた呟きの通り、布魔の機体前面に巻かれていたティシュー装甲の多くがボロボロになっていた。一部は、すべての増加装甲が剥がれ落ち、機体本来の装甲が見えてしまっている部分もある。特に関節部など、どうしても巻ける厚さが制限される部分は、多くが露出してしまっている。
パイロットの困惑がわかるため、キシはネタ晴らしをすることにした。
『ティシュー装甲は、とても優れた防御力を持っているけど、どんな攻撃でも防ぐべき一発としてカウントしてしまうんだ。例えば、人用の拳銃弾でも、当たれば装甲は剥離してしまうんだよ』
廃都市でキシが布魔を操っていた際、本来人型機械に傷を負わせられないような機銃の掃射で、ティシュー装甲が剥離したことから明白の事実だった。
そのことは相手のパイロットも分かっていたのだろう、すぐに納得がいったという声が通信に乗せられて届く。
『ってことはだ。お前は手榴弾を爆発させて、砂や石を巻き上げてぶつけることで、ティシュー装甲の大部分を『使用済み』にしたってことか』
『大分ボロボロになったな。機体がロスト扱いにならない内に、ギブアップしてカーゴに戻ったらどうだ』
『冗談言うな。まだまだティシュー装甲は残っているし、機体自体に深刻なダメージを負ったわけじゃない!』
布魔が再突撃しようと背中のバーニアを噴かす。しかし一連の会話の間に、キシはファウンダー・エクスリッチをさらに後ろへと移動させて距離を空けていたため、一息で飛びつける距離ではなくなっていた。
それにもかかわらず、布魔は一直線に近づいて来ようとしている。
その機影に向かって、キシはファウンダー・エクスリッチを左右の腕を前に突き出させる。左手にはアサルトライフル、右手には改めて抜いた散弾銃が握られていた。
『引き撃ちも戦術の内ってね』
憎まれ口のような言葉を放ちながら、キシは両手の銃から銃弾を放った。
その全ての銃弾が、布魔に命中する。
アサルトライフルの銃弾は、ティシュー装甲から露出していた左膝へ。散弾は、全体的にまんべんなく打ち据えた。
結果、布魔に残っていたティシュー装甲はさらにボロボロになり、さらには左足の膝から下の挙動が少し変になる。
その結果に、キシは眉を寄せた。
『左膝を撃ち抜けたと思ったけど、装甲に阻まれちゃったか』
『ティシュー装甲はあくまで増加装甲! ちゃんとその下に、真っ当な装甲をつけてあるに決まっているだろう!』
パイロットは威勢よく言い放ちながら、布魔にアサルトライフルで銃撃させてきた。三点射ではなく、引き金を引く限り弾が発射され続ける、フルオート射撃だった。
キシは左腕に括り付けてある、ハードイスの装甲で作った小盾を機体の前へ持って行く。守るのはコックピット周辺。人型機械の頭部は胴体に比べて当たりずらいうえ、布魔の銃口が頭部に向けられていないことを見越しての措置だ。
飛来した弾丸たちの大部分は、やや斜めに傾けられた盾に当たって弾かれる。何発かはファウンダー・エクスリッチの胸元にもあたり増加装甲を突き抜けたが、その下にあるハードイスから移植した装甲に止められて、機体の駆動系まで被害を与えることはできていない。
しかし銃弾を受けた衝撃は、コックピットにいるキシにまで届いてきた。
でもその表情は、笑顔だ。
『ははは、残念だったね。そのアサルトライフルの集弾率が高いことが災いして、盾で大部分を防げたよ。もしその銃が俺が使っている方のアサルトライフルなら、適当に弾が散らばって、頭に一発ぐらい飛んだかもしれないのに』
『この銃が悪いって言いたいのか!』
『いいや。武器も機体も、パイロットの腕次第って意味だよ。つまり、君の腕がヘボいって話だ』
『い、言いやがったな!』
怒りに震える声で、布魔は前に高速で飛びながら銃を乱射。弾が尽きた瞬間に弾倉を入れ替え、さらに射撃を続行してきた。
ファウンダー・エクスリッチは後ろへ下がり続けながら、盾と機体装甲で防御を続けつつ、敵機体をニセモノカーゴがある方向へと誘うように移動を続ける。
キシがあえて煽った効果もあり、突撃してくる布魔は疑う様子もなく追ってきた。
後続する他の機体も二人の追いかけっこにつられて、一定距離を空けて進んできている。
そうしてある程度距離を進んだところで、キシは防御一辺倒から、突如全力射撃に移行した。
『ティシュー装甲は邪魔だからな。全部、剥ぎ取らせてもらう』
アサルトライフルのフルオート射撃と散弾銃の連射。
多数の銃弾と散弾が雨あられと降り注ぎ、攻撃一辺倒でいい気分で突撃していた布魔のパイロットは肝を冷やした。
『くそっ、いきなりか!』
急いで布魔を銃弾の雨から逃がそうとするが、それより命中する方が早かった。
飛来した弾丸は布魔の全身をまんべんなく叩き、穴あき状態だったティシュー装甲をさらにズタズタにしていった。運が悪いことに、散弾の何発かがアサルトライフルに当たり、銃身付近を含めてフレームに何個か穴が開いた。
銃弾の雨から退避し終えたところで、その被害に気付いた布魔のパイロットは、アサルトライフルを投げ捨てる。
収納部に収めることもできたが、何らかの拍子で暴発しないとも限らない。そして暴発して機体が傷つけば、キシが操るファウンダー・エクスリッチとの戦いが、さらに難しくなる。そう判断してだ。
相手の武器を失わせたところで、ファウンダー・エクスリッチが持つ二丁の銃にある弾倉の弾が尽きた。
『弾倉、イジェクト』
キシは口頭命令を発することで、銃から弾倉を外し、地面へ自由落下させる。
ここで本来なら、片方の銃をホルスター代わりの外部装甲の下に収めて、空いた手で弾倉の交換を行うのが一般的。
しかしキシは、両方の銃とも元あった場所に収めてしまう。
これでは次に抜いたとき、射撃ができなくなってしまいそうだが、そうはならない。
継戦能力の高さを改造理念に設計されたファウンダー・エクスリッチは、多数の武器を扱うことを視野に、自動給弾システムが組み込まれている。そのため、使い終わった弾倉を捨ててから装甲下――ホルスターと呼べる場所に収め、さらには銃に対応するマガジンが残っている場合限定で、自動的に新しい弾倉を入れることが可能となっていた。
もちろん至れり尽くせりとはいかず、新しい弾倉の装着には三十秒ほどかかってしまうという欠点が存在する。手動で交換すれば遅くとも十秒ほどで済むため、自動給弾システムを使うか否かの判断も、戦術の内の一つであった。
なにはともあれ、こうして外見上では無手になったファウンダー・エクスリッチだが心配はいらない。
この場所に敵機体たちを誘い込んだこと、それ自体が罠の一つだった。
キシは全周モニターに手を伸ばして、あるプログラムを呼び出し、実行ボタンの上に指を位置させる。
『さーて、もうちょっとで後続が――いまだ!』
モニターに指を当てると、実行という文字が浮かび上がった。
その瞬間、ファウンダー・エクスリッチと布魔を追いかけてついてきた後続、その先頭集団の周囲に眩い光のようなものが現れた。
『『なんだ、どうし――』『くそ、地雷――』 』
布魔の全波帯通信から流れてきた、敵機体たちのパイロットが発した困惑の声。
それからすぐに、後続の先頭にいた二機がヘッドスライディングするように、前へと倒れて地面を滑った。
その物音を聞いて、布魔の頭部が後ろを向く。
『お前、なにをした!?』
『俺が煮え湯を飲まされた爆弾を、罠に使わせてもらったのさ』
キシは布魔のパイロットに伝わらないように、『知恵の月』謹製の電磁波(EMP)爆弾の使用を告げて、ファウンダー・エクスリッチの後進を止める。そして逃げている間に溜めに溜めていた、大型バーニアを大噴射させて倒れ込んだ三機へ飛びかかりにいく。
しかし装甲を増して重くなったファウンダー・エクスリッチでは、エチュビッテのように即効でトップスピードには至れない。
最初は滞空するようにゆっくりと前へ進み、徐々に加速が増し、やがて砲弾のようなスピードへ。
その途上で、進行方向にたまたまいた布魔を、左腕の盾によるシールドチャージで吹っ飛ばす。腕を交差して受けられたが、そこに残っていたティシュー装甲が使用済みとなって剥離させ、機体自体も吹っ飛ばすことに成功した。
それ以上の布魔の状態を確認せずに、キシはファウンダー・エクスリッチに右足の膝を胸につけるように上げさせ、脹脛の外部装甲を展開――現れた大振りのナイフを引き抜かせる。
足を戻し、倒れている一気に接近。飛んできた勢いを乗せて、その頭部に膝から着地。頭部がひしゃげて潰れることで、移動エネルギーを昇華させて、その場に停止することに成功した。
続けて、近くで倒れているもう一機に膝歩きで近寄り、ナイフを頭部に突き刺す。
ここで、後続の三機から銃撃がやってきた。
キシはいま突き刺したばかりのナイフを引き抜き、頭部が破壊された機体をファウンダー・エクスリッチに掴ませて持ち上げながら、その機体を盾にする。
銃撃してくる三機の姿を確認。うち二機は、ニセモノカーゴに行かせてもいいと考えた、技量の低いパイロットがいる機体だった。
(それなら――)
キシは再び大型バーニアを噴射。その推進力任せに、盾にしたままの機体の足が地面を引きずっているのも構わず、三機へと前線。
そして三機の内、先の二機は無視して、残りの一機へ突撃する。
焦ったように銃撃がやってくるが、その全てを機体という盾で防いで、狙った相手に衝突する。その直前にキシは操縦桿を操って、盾にした機体を相手に強く当て、さらに前蹴りで押し付けた。
加速を加えられた重量の塊に当たり、さらにダメ押しのように蹴りで押されたことで、キシに狙われた相手は後ろ向きに倒れてしまう。
大急ぎで上に乗った機体を退かそうとするが、ファウンダー・エクスリッチはすでにナイフを持った手を振り上げていた。
『じゃあね』
ナイフを突き刺して頭部を破壊。すぐにナイフを手放し、大型バーニアの噴射と足裏の無限軌道をフル回転させて、その場から退避する。
直後、見逃す予定である二機から下手な銃撃が、先ほどまでファウンダー・エクスリッチがいた場所を通過した。
無事回避を終え、キシはファウンダー・エクスリッチに盾を構えさせながら、冷静な頭で考える。
(ここで攻撃せずにいたら、布魔のパイロットに変に勘繰られそうだな)
キシはファウンダー・エクスリッチにある武器の中から、盾裏にある回転弾倉式の拳銃を使用することにした。
再び無限軌道で後ろへ――この地点まで来た道を戻るように下がりながら、左腕を一機に照準。三連発発射。左胸の辺りにまとまるように命中。
被害を受けて距離を取ろうとする動きを見ながら、もう一機へ照準を合わせる。
相手から銃撃。焦っているのか、銃口がブレている。しかもフルオート射撃。拳銃が有効な距離なのに、まるでファウンダー・エクスリッチに当たらないように射撃しているかのように、すべての銃弾が周りを通り過ぎていく。
キシは少し狙いを変更し、射撃し続けている銃を狙い、拳銃を三回発砲。一発外れたが、二発は命中。
敵機体の銃の部品がバラバラに飛び散り、さらには暴発した。その爆発の威力で、銃身付近を握って銃を支えていた敵機体の左手がボロボロに。
こうして二機に被害があったところで、布魔が追いかけてきた。
『そこの二機! 機体性能が上だろうと、お前らの腕じゃ叶う相手じゃねえ! ここは引き受けてやるから、カーゴの破壊を優先しろ!』
予備武器として持っていたのか、連鎖式ダーツ銃を放ちながら近寄ってくる。
二機は『どうしようか?』と言い合うように顔を見合わせると、ニセモノカーゴがある方向へと急ぎ始めた。
キシは追う振りをし、目の前に飛んできたダーツ弾に怯んだように見せかけて、ファウンダー・エクスリッチを後ろへ退避させた。
こうして再び、ファウンダー・エクスリッチと布魔改造機の一対一の様相となった。