四十六話 対重装甲機体
キシはファウンダー・エクスリッチに狙撃銃で銃撃させつつ、足下につけた無限軌道で右に左にと蛇行しながら後ろへ下がる。
勇者型機体はサンドボードを盾にし、右手に大振りの勇者剣を下げながら追ってくる。
『はははっ、無駄だぞ。どうした、我がズバンソードの錆になるのが、それほど怖いか!』
『余裕見せていられるのも、今の内だ!』
キシは全波帯通信で言い返しながら、狙撃銃の狙いを少しずつ変更しながら射撃する。
盾であるサンドボードの端に当ててみたり、わずかに端から覗く勇者型機体の足や肩を狙ってみたり、横に回り込んで撃とうとしてみたりなど、色々な戦法を試みる。
だがしかし、相手の技量もさるもので。キシの狙いを察して、巧みに盾で受けていく。
盾は弾丸に抉られたりへこんだりはしているものの、まだまだ耐えられそうな頑丈さを見せている。
キシは次の弾丸を放とうとしたところで、サブモニターに警告――残弾ゼロの表示。弾薬ボックスの中にも、予備弾はなくなっていた。
『チッ、弾が切れた。狙撃銃での戦果は、初心者二機だけか』
当てが外れたという愚痴りが、通信に乗って勇者型機体ひ届く。
『どうやら弾切れのようだな。背を向けて逃げるのならば、追わないと約束してもいい』
『提案はどうも。けど、まだこっちが負けると決まったわけじゃないだろ』
『まだ何かやるつもりなのか。だが、こちらも様子見は終わりだ』
勇者型機体の背中から、朝日の光に負けないほどのバーニアの噴射光が発せられた。
高速機用のバーニアだと瞬時に理解して、キシはファウンダー・エクスリッチに更なる回避行動を取らせる。
『行くぞ!』
パイロットが宣言した直後、勇者型機体は空へ飛び上がり、そして空中を滑空して突っ込んできた。
『大天空断機斬!』
大真面目にダサい技名を叫びながら、勇者型機体は右手を大きく振り上げた後で斬りつけにきた。
その狙いは正確で、剣の軌道上にファウンダー・エクスリッチをとらえている。
必殺技っぽく見えるよう格好を整えている飛翔と斬撃に、キシは思わず食らってもいいかなと思ってします。
(――もっとも、この世界が本当にゲームだった場合は、だけど)
キシは避けきれないと悟ると、ファウンダー・エクスリッチに狙撃銃を反転させて銃身を握らせる。そして剣のように振るい、銃床で勇者剣を打ち払いに行った。
狙撃銃と勇者剣が激突。
斬撃により銃床が切り裂かれ、衝撃で銃身がくの字に曲がる。
しかし狙撃銃を犠牲にした成果はあった。必殺剣の威力が削がれて速度も落ちたことで、ファウンダー・エクスリッチの左腕につけられた小盾が防ぎきったのだ。
『……まさか、必殺剣を防がれるとはな。やるな、貴様』
『それはどうも。これは褒められた、お返しだ!』
キシはファウンダー・エクスリッチの左腕を操り、拳の先を勇者型機体の頭に向ける。
盾と腕の間に隠されていた、回転弾倉式拳銃が火を放った。
『隠し武器だとぉう!?』
驚きの声が通信に乗せながらも、勇者型機体は急いで頭を後ろへ仰け反らせた。同時に、拳銃の狙いを下げさせるために、勇者剣を押し付ける。
ファウンダー・エクスリッチの盾が下がり、一発目は顔面に命中したものの、二発目三発目は胸元へ狙いが逸れてしまった。
『流石は重装甲機。一発だけじゃ、頭部破壊判定にならなかったか』
キシはファウンダー・エクスリッチを後ろに下がらせながら、盾に隠した拳銃にある残り三発の弾を放った。
勇者型機体の右肩、右腕、右の腰に当たり、小さくない弾痕が穿たれる。
これで剣を満足には振るえないと確信するキシだったが、安堵するより先に咄嗟に残骸となった狙撃銃を横に振るった。
重機風の機体が、すぐ横にまで忍び寄ってきていたからだ。
しかし振るった狙撃銃の残骸は、重機機体の工具の大型プライヤーに換装した左手によって受け止められてしまう。それだけではなく、プライヤーの爪が閉じ始め、万力で金属が締め付けられるような異音が響いてきた。
キシは狙撃銃を手放し、さらに後ろに逃げながら、右足の太腿にファウンダー・エクスリッチの手を伸ばさせる。
右太腿の装甲が展開し、そこからボックスマガジン付きの短銃身の散弾銃が現れる。
ファウンダー・エクスリッチはそれを引き抜き、構え、即座に発砲する。
至近距離での散弾銃は、かなりの成果を期待できる強武器の一つだ。高速機なら一撃大破。中速度帯でも装甲がズタズタ。重装甲であろうと、散弾が装甲の薄い部分や継ぎ目の間に入り込み、伝送系や駆動系を傷つけることが見込める。
しかし重機機体は、入念に正面の各部を縞模様の増加装甲で覆っていたため、全ての散弾が跳ね返されてしまった。
『これだから、重装甲を相手にするのは面倒なんだよ』
キシはぼやきながら、散弾銃を右太ももの装甲下に仕舞いなおす。そして左腕を軽く上げつつ、操縦桿のボタンを操作。盾裏にある拳銃の回転弾倉がスイングアウトしながら排莢が行われる。空薬莢が地面に落ちる前に、腰にある弾薬箱からスピードローターを掴み上げ、それに挟まっている弾丸を回転弾倉に差し入れ、軽く左腕を振るって弾倉を重本体にスイングインさせる。拳銃に弾倉がハマる音が発せられた。
短時間でリロードを終えた直後、さらに後ろ腰から鉈のようなナイフを引き抜く。
近接戦闘の様子を見せるファウンダー・エクスリッチを前に、二機の重装甲機体のパイロットたちが意見交換をしていた。
『援護は感謝するが、もう少し遊ばせてくれてもいいじゃないか。あんなにノリがいい相手、プレイヤーにもそうそういないんだからさ』
『気持ちはわかるけど、目的は運搬機の破壊だぞ。こんなところで時間を食っていたら、後続のプレイヤーが追い付いてくるぞ』
『……仕方がないか。だけど、このファウンダー改造機は倒していくぞ。背中を撃たれたらたまったもんじゃないからな』
『なら、協力して倒すぞ。こういう勇者ロボットととサポート役の変形重機ロボットの共闘は、よくあることだろ?』
親しげな口調と、同じように改造したサンドボードに乗ってきた点から考えて、この二機のパイロットたちは友人なのだろう。
キシは二人の連携を気にしながら、全周モニターで西を確認する。
サンドボードに乗ってきたこの二機を追いかけるために、大集団で高速移動をしているようで、かなりの高い砂煙が上がっていた。
(三分以内に片付けないと、一対十の構図に持ち込まれてしまいそうだ……)
もしそんな事態になったら、キシと言えど生還できる見込みは限りなくゼロに近くなってしまう。
そうならないためにも、ここが踏ん張りどころ。
キシは腹を決めると、二機に向かって攻撃を仕掛けた。
狙うは、片目が拳銃で破壊されている、勇者型機体だ。
フットベダルを踏み込み、背中にあるファウンダーのバーニアと、エチュビッテから移植した大型バーニアが噴き上がり、足に履いた無限軌道がキュルキュルと高速回転を始める。
『行くぞ!』
キシの宣言と共に、ファウンダー・エクスリッチは重たい機体を滑らかかつ高速での移動を始める。
左腕の盾を前に出しながらの高速突撃に、勇者型機体は急いで対処を迫られた。
『盾突撃とはな、楽しませてくれる。だが、初戦はファウンダーの改造機。ぶつかり合いならば、フレームから重量級の設計であるジャドンガーンに分がある!』
勇者型機体のパイロットは、あえて突撃合いに挑み、左腕で盾を掲げながら機体の背部バーニアを全開にして前へと飛ぶ。
地面を滑るファウンダー・エクスリッチと、低空飛行で突き進む勇者型機体。
もともとそんなに距離もなかった二機は、瞬く間に衝突した。衝突の衝撃が二機に走り、操縦者たちに襲い掛かる。
『ぐっう――』
『ぐぅはっ――』
キシも相手のパイロットも、苦悶の声を発する。
しかし、勇者型機体のパイロットが衝撃に耐えるだけだったのに対し、キシは体を揺さぶられながらも細かな操縦桿操作を行い、ファウンダー・エクスリッチの機体を動かしていく。
その結果、真正面から衝突した二機の、衝撃から後ろへ弾かれた後の行動に差が出た。
勇者型機体は仰け反りそうになった体勢を、頭を下げるようにして堪えて、一秒に満たない間ではあるが、その場に停止してしまう。
一方でファウンダー・エクスリッチは、背中の大型バーニアを吹かし続けつつ、そして足に履いた無限軌道による長身地旋回。それにより、ぐるりと横に回転し、後ろに弾き飛ばされるベクトルを無理やりに横向きに変更。そのまま、二回転、三回転しながら勇者型機体の側面――拳銃で顔と腕が破壊されている右側へ回り込んだ。
ここで、勇者型機体を操るパイロットは、衝撃による認識の混乱から復帰する。
『ぐぬっ――居ない!? どこに!?』
目の前にファウンダー・エクスリッチがいないことに動揺し、その場で首を巡らせて周囲を確認し始める。
そのときにはすでに、キシはファウンダー・エクスリッチにナイフを大振りさせていた。
『食らえ!』
『なにっ、後ろに回り込んでいただと!?』
迫りくるナイフの刃を機体の目を通して見て、勇者型機体のパイロットは呆然とする。
ファウンダー・エクスリッチのナイフが命中する――その直前、横から重機機体が左腕を振り上げて突っ込んできた。
『やらせるか!』
ファウンダー・エクスリッチを殴って吹っ飛ばし、勇者型機体を救おうとする動きに、キシは笑みを浮かべながら操縦桿を素早く操った。
『予想通りの行動、ありがとうございます』
ファウンダー・エクスリッチは大振りしていた腕を引き戻すと、腰だめにナイフを構え、突っ込んできた重機機体の左腕を避けながら逆に突進した。
重装甲といえど、二つの人型機械が互いに向かう移動エネルギーを刃物の先に集約させた一撃は、防ぎきれない。
ナイフはやすやすと重機機体のコックピットを貫き、パイロットを裂き潰した。
さらにキシは、操縦者を失って動きが止まった重機機体を、キシはファウンダー・エクスリッチに捕ませ、勇者型機体に投げつけさせる。
『ぐおおおっ――死体蹴りのような真似を!?』
友人がやられたことに怒る、勇者型機体のパイロット。
一方でキシは、重機機体に刺したナイフが根本から折れてしまったことに愕然としていた。
『仕方がない。そこに転がっている、勇者の剣を借りますね』
右腕を拳銃で破壊されていたからか、勇者型機体の手から剣が離れて、地面に横倒しになっていた。
キシはファウンダー・エクスリッチに剣を両手で拾わせると、重そうに大上段に構える。
それを見て焦るのは、重機機体に背中に圧し掛かられて倒れている勇者型機体のパイロットだ。
『待て。まさかズバンソードで、ジャドンガーンを倒す気か!』
『その通りですよ。銃の弾が勿体ないですし。勇者ロボットアニメにもよくあるでしょ。敵が奪った武器で、持ち主の主役機を倒してしまうことが』
『確かにあるが、それは後に大逆転するための布石で――おおぅ!?』
会話の最中、重機機体が動き始める。
コックピットを破壊されたことでプログラムが働き、自身のカーゴへと戻ろうとしているのだ。
その動きにつられて、勇者型機体も起き上がらせられる。
重機機体のどこかに引っかかってしまっているようで、まるでファウンダー・エクスリッチに向かって、勇者型機体を羽交い絞めにしているような形になる。
『友人もこうして手伝ってくれていますし、覚悟はいいですか?』
『くそぅ。悔しいが、美味しいシチュエーションだな、コレ!』
末期の叫びがそれでいいのかと思いながらも、キシはファウンダー・エクスリッチに剣を大上段から真下へと振るわせた。
勇者剣はすんなりと勇者型機体の頭部を破壊し、胸元まで斬り入る。断面から漏電による火花が上がり、真ん中から両断された頭部が爆発した。
その爆風のあおりを受けながらも、キシはファウンダー・エクスリッチに今後の戦闘のために剣を引き抜かせようとする。しかし、まるでその剣は自分専用の物だと伝えるかのように、勇者型機体の胸元から抜けなくなってしまっていた。
『仕方がない。手に入れるのは諦めよう』
キシが呟きながらファウンダー・エクスリッチを下がらせると、勇者型機体と重機機体は帰還プログラムに従い、二機で身を寄せ合うようにして引き返していく。
朝日を背に受けながら逃げ帰るその姿は、勇者ロボットアニメにおける敵からの敗走シーンのように見えなくもなかったのだった。