四十四話 第二陣が終わって
第二陣まで撃破を終え、『知恵の月』とその関係者たちは第三陣の準備に入った。
といっても、そんなにやるべきことはない。
キシが第二陣で鹵獲した二機から、脳を読み取る装置をコックピットから抜き取って、こちらの世界の人たちが操れるように改造するぐらいである。
そうして得た二機のうち、片目が大きな狙撃機は『砂モグラ団』に渡されることになった。
もう片方はキャシーが乗ることになり、余った遠距離砲撃機も砂モグラ団へ。
「いいのかよ。二機も貰っちまって」
嬉しさと困惑を混ぜた顔な、『砂モグラ団』の団長。
ティシリアは大きく頷いて、
「片方が大きな目玉の機体は偵察に向いているし、その機体と観測機として組めば遠距離砲撃機は害獣を楽に倒す打撃力に変わる、ってキシが言っていたわ。それなら『知恵の津月』が持つより、『砂モグラ団』が持っていたほうが役に立つでしょ。それに、これからも私たちと行動を共にしてもらう予定だしね。契約期間延長とその間の料金の前払いと思ってくれていいわよ」
「それなら有り難く貰っておくぜ。こちらに払われる給料に照らして、何年払いで完済できるか算出させてもらうぜ」
「水と食料に電気はこちらもちだから、それでもあなたたちは生きていけるだろうけれど。娯楽品を買うためにも、月々ある程度は払うわよ?」
「そいつはありがたい。その分だけ、契約期間は延長ってことだな」
「何かにつけて、今回みたいに契約延長してあげるから、おいそれと逃げられるとは思っちゃだめよ」
「ははっ。これぐらい太っ腹な雇い主なら、いくらでもいつまでも、尻尾を振ってやるよ」
「太っ腹って、誉め言葉だけど、女性に対しての言葉じゃないわよね?」
「おっと、こいつはいけない。失敬、失敬」
和やかな雰囲気で機体とそれらの装備品の譲渡は終わった。
一方で、穴だらけかつ片足を失ったエチュビッテはというと、パーツを取って解体処分となった。
そのことに対して、ヤシュリは複雑そうな表情を、キシへと向ける。
「いいんじゃな?」
「ええ。これだけ機体があるので、修理でハンガーを埋める必要はないかなと。パーツを残して解体し、場所を空けた方が、効率的ですから」
「愛着はないのか?」
「俺の無茶に付き合ってくれたって思いはありますけど、」
「機械への愛情の無さが、キシに改造の才能がない理由の一つじゃろうな」
「またどうして、そんな見解に?」
「機体に愛着があれば、色々といじりたくなるもんじゃ。アレをこう修復するついでに改造しよう、ここにこんな機能を付けたらもっと良くなるとな」
「そういうもんですかね。いえ、元に戻すっていうのなら気持ちはわかるけど、どうして改造したくなるのかわからなくて」
キシのいまいちピンと来ていない様子に、ヤシュリはため息をつく。
「まあいい。事実、ハンガーを余分で埋める余裕はないしの。それに第一陣で鹵獲した機体が操縦桿式に換装待ちで、エチュビッテの操縦席が流用できれば万々歳じゃしな」
「じゃあ、そういうことで、お願いします」
「おう。もう夜じゃし、キシは明日に備えて、ゆっくり寝ておくといい」
ヤシュリの気遣いに、キシは頷きつつ、少し微妙な顔をする。
「第一陣と第二陣の間に空いた間隔からすると、第三陣は明日じゃなくて、明後日の早朝に来ると思う」
「もしそうであればいいが、そうじゃないかもしれんじゃろ。どちらにせよ、キシは休んでおけ。ファウンダー・エクスリッチは、すでに完成してあるんじゃろ?」
「第二陣で鹵獲した狙撃銃は、持って移動すればいいので、実質完成しているかなと」
返答しながら、キシはファウンダー・エクスリッチに視線を向ける。
基礎改造で見たときよりも、各部に武器が装備されていた。
腕や足、ハードイスの装甲で作った盾の裏、肩の上にも銃器が置いてある。予備弾倉もたんまりと腰回りに吊るされてあり、バーニアに干渉しない背部には手りゅう弾すらある。
それらの機体についている武器を守るための覆いとして、弾薬ボックスや鹵獲した機体の装甲を流用してあるらしく、全体的に着ぶくれた印象になっている。
なるほど、拡幅装甲と拡張武器が豊富な機体である。
ヤシュリもファウンダー・エクスリッチを見上げて、ぽつりと質問してきた。
「この機体で勝てる――いや、生き残って帰れるか?」
「最新機には勝てはしませんけど、粘り強く負けない戦いをする機体ですから、俺は帰還しますとも」
それならいいと、キシの肩を軽く叩いて、ヤシュリはエチュビッテの解体を端末で指示すると、自身はコックピットの換装作業のため別の機体へと向かって行った。
そうしてキシが一人になったところで、後ろからソソッと近づく人影が二つ。
「お疲れ様ー、キシ。ほらほら、女性の体を感じて元気になってぇん」
「疲労には、若い体から発散される生気がいいよぉ。ほらほら、抱き寄せてみてよ」
「……キャサリンとキャシーは相変わらずだから、なんか変な安心をするなー」
「「あーん、心外ねぇ。このこのー」」
二人して、頬をツンツンと指で触ってきた。
キシは反応を返さないまま、冷静な口調で問いかける。
「それで、なにか用なの?」
「そうそう。ワタシたちって、第三陣のときどうすればいいのか、聞こうと思ってねぇん」
「ティシリアに聞いたら、キシに聞けってぇ。だから、こうして聞いてるんだよ」
キシは、どうしたものかと頭を捻る。
「ニセモノカーゴの近くに布陣するか、砂に隠れる本物の方の周辺で警戒するかになると思う」
「その違いは、何か意味があるのかしらん?」
「ニセモノカーゴの方は、護衛がいた方が本物っぽく見えるからだよ。本物の方を警戒するのは、敵の狙いが本物の方に向いた場合を心配してだね」
「それなら、キシ以外で『知恵の月』が運用できる三機と、『砂モグラ団』二機を、両方に分ければいいんじゃなぁい?」
「戦力を分けるぐらいなら――第二陣で俺が壊して、いま放置したままの機体を、ニセモノカーゴの周辺に置いておくよ。たぶんヤシュリかタミルに頼めば、敵機の接近を感知して自動射撃ぐらいは出来るようにしてくれると思うし」
思い付きを口に出したキシに、頭上から苦情が飛んできた。ハンガーの一つで作業中だった、タミルだ。
「簡単に言ってくれるなー。できないとは言わないけど、こっちも忙しいんだよ?」
「ごめん。思い付きなだけだから、実行して欲しいとは思ってないんだ」
「でも、やった方がいいんでしょー?」
「まあ、できればやってくれると助かるなと。ニセモノとはいえ、カーゴの周りに防衛がいないのは変に映るだろうし」
「それなら、素直にそう頼みなってばー。全く、仕方がないから、やってあげるよ。それで、機体の残骸をどこに設置すればいいの?」
ハンガーから降りてきたタミルに、キシは近づく。
仕事の邪魔をしないようにとキャサリンとキャシーはどこかへ去っていく中、キシは端末を借りて地図を映し、こことこれと場所を指し示す。
「この地点から動かせなくていいんだけど、結構機体が酷く破壊されているから、健全に見せかける工夫が必要なんだけど」
「むしろ、ボロボロの方が、らしいと思うよ。なんたって、キシの世界でいうところのNPCが持つ機体なんだから」
「そういうものか?」
「そうとも。いまウチらが持っているような、五体満足な機体なんて、抵抗組織の中でも稀なんだよー。だから、ボロボロの方が、それらしいと感じるんじゃない?」
言われてみると、キシもこの世界がゲームだと思っていた頃、戦闘中に見かけるNPCが操る機体はどこかしら欠損していることが多かった。そして健全な機体を操るNPCは、とても手ごわかった覚えがある。
要するに、腕が立つ人間にいい機体を回し、破損して直せないままの機体を下っ端が使うというのが、抵抗組織では普通らしかった。
「そういうことなら、タミルの判断にしたがうよ。残骸の設置、ファウンダー・エクスリッチで手伝うから」
「おうさ。こっちもハードイス・スケルトンを持ち出すよ。ついでに、ビルギに運搬用トラックを出させて、破損機体の回収効率を上げよう」
そうと話がまとまれば、二人の行動は早かった。
仮眠から起きてきたビルギを捕まえて、夜中のドライブに連れ出した。
破損機体回収作業中と、配置場所への運搬中に、キシはファウンダー・エクスリッチの具合を確かめ、その癖を掴んでいく。
タミルもハードイス・スケルトンで配置場所に破損機体を置き、配線状況やトラップ化の措置を行っていく。
そうして夜は更けていき、準備が大まかに整った頃は夜中となっていた。
それから三人は就寝し、翌朝に起きる。
キシはファウンダー・エクスリッチに乗って、一応の警戒を続けたが、この日はとうとう第三陣はやってこなかった。
第三陣がやってきたのは、第二陣から一日空けた翌々日の早朝。
キシが予想した通りの時間帯だ。
三度、相手は西側に布陣しようとしているため、今回はキシとファウンダー・エクスリッチが太陽を背中に浴びながら戦うことになる。
オマケ――
メタリック・マニューバーズの公式掲示板は、『奪われたカーゴを破壊せよ』というミッションの話題で盛り上がっていた。
『初心者用と言っておきながら、初心者バイバイな難易度ってマジ?』
『いや。当たりと外れがあるみたいだぞ。当たりなら、チョー楽勝だってよ』
『体験した俺、参上! 敵のNPCが初期三機体使ってくるんだけどさ、カカシ同然でマジで楽だったわ。ワラワラと携行火力武装のNPCが後からやってきたけど、ハチの巣でポイントうまうまだったわ』
『いいなー。俺が初心者の頃は、害獣を倒しまくってポイント稼ぎに奔走したのに』
『でも、その楽勝なのは第一陣で壊滅して、二陣の募集してねぇってんだろ? つまり残っているのって、初心者バイバイしかねえってことだろ?』
『ポイントランクが二陣から緩和されているのを見ると、鬼畜難易度の初心者向けミッションは、サブ垢たちへのお仕置きも兼ねているんだろうな』
『第一陣連中は、完璧な初心者だったはずだぞ?』
『一日限定のイベントなんだ。これは運営の愛の鞭だろ?』
『このぐらい、熟練者ならできますって、ふるいにかけているんだろうな』
『伝わってくる話によると、居住地が乱立する場所でNPCが人型機械に乗ってきたり携行火力で襲ってきたりが大量にあるやつと、だだっ広い砂地で日本代表のエンブレムを付けた機体が出てくるヤツの、二種類が残っているんだそうだ』
『日本代表のデータを基にしたNPCが出てくるって方、難易度鬼畜過ぎだろ。そんな相手、俺でも倒せんわ』
『機体は最弱のエチュビッテだそうだけど、それでも?』
『いや、日本代表になるようなやつら、頭おかしいから。並みの腕じゃ、機体性能の差なんて関係なくやられるね。日本代表だったっていう店員に一対一挑んで、フル改造機なのに既存機にやれれた俺が言うんだから、間違いない』
『ハハッ、ザァーコォー』
『雑魚乙』
『ざこつー』
『座骨ー』
『雑魚じゃねえよ! 店舗内ランクなら、それなりなんだぞ!』
『はいはい。それなりそれなり。よかったよかった』
『でも、そんな高難易度って伝わってきたから、第三陣はサブ垢ばっかりになるんじゃね?』
『休日の夜の部だから、良い腕前の大人が挑んでいきそうだよな』
『大人はずるい。稼いだ金に任せて、滅茶苦茶いい機体に乗ってくるし』
『腕がない相手なら、チェックメイトで強奪するんだけどなぁ。そんな相手いねえし』
『ロボットアニメ直撃世代の大人は、運転が滅茶苦茶上手いからな。逆にこっちがカモにされる』
『操縦桿式なのに、脳波コントロール式と同じように細かい動きしやがるしな』
『はい、NG。脳波うんにゃらは、いまの呼称がパワードスーツ方式だからー』
『マスター&スレイブ式でも可だぜ』
『うっせ。こちとら最初期からの古参だぞ。脳波コントロール式の方が馴染みが深いんだよ!』
『嘘乙。最初期組なら、パワードスーツ方式は『邪道』ですますから』
『「昨今の連中と海外勢は、邪道使いばっかりだ」って口々に言うよな、連中』
『操縦桿じゃなきゃ、ロボットじゃねえって公言しているからな。分からなくもないけど』
『なんにせよだ。鬼畜難易度の初心者向けミッション。大人中心のサブ垢勢がどうなるか、楽しみじゃね?』
『NPCとはいえ、日本代表が負けて欲しくはないなー』
『いやいや。エチュビッテに負けるなんて、大変な屈辱だぞ。もし俺が参加して負けたら、そのサブ垢のID折るぞ絶対』
『そこは本垢折っとけよ』
『そうだぞ。そのサブ垢IDが、お前の適正ってことなんだからな』
『うっせ、お前のサブ垢折れろ!』
『サブ垢作るほど、お金に余裕がないで寿司ー』
『そんな余分なお金があるなら、その分新しい機体に課金するで寿司ー』
『サブ垢使って、俺TUEEE!する気持ち、わからないで寿司ー』
『おい。お前らが寿司寿司いいまくるから、回転寿司食いたくなってきたじゃないか!』
『じゃあ俺、スーパーのパック寿司買いに行くわー』
『俺、コンビニに行くわ。ついでにからっとチキンも買ってくるー』
『外食食う金があるなら、ゲームに課金しろよ。その方が楽しいぞ』
『四角辻研究所社員乙ー』
『社畜乙ー』
『こんなクソ難易度ミッション作って遊んでないで、さっさと新イベントと新機体を実装しろ、はやくしろ』
こうして夜になり、第三陣がミッションに参加する時間になった。