四十話 第一陣撃退の戦果
キシが乗るエチュビッテは、大型バーニアへの充填が完了し、先を逃げている三機の敵機体へと跳びかかった。
三機は協調して倒そうとするが、今回のミッションでたまたま居合わせた間柄だ。三機ともエチュビッテを直接照準するだけで、援護射撃が一つとしてない。
それでは、キシの『幻影舞踏』には対応できない。
『ううぅ、ウロチョロと!』
『当たって、当たっててば!』
『これって、プレイヤーなのかNPCなのか、どっちなんだよ!』
キシが斜線を避けながら接近しようとしていると、やおら通信が入ってきた。ティシリアだ。
『キシ! いま相手している中に、女性がいたわよね! 他のは逃がしてもいいけど、絶対にその機体を鹵獲しなてきなさい!』
「おいおい、いきなり無茶を言うね。まあ、可能だけど」
キシは唇を一舐めすると、ペダルを踏み込んでエチュビッテを前へと進ませる。同時に、散弾銃で牽制射を行う。
バチバチと敵機体の表面に散弾が弾け、三人の連携がさらに拙く変わる。
『撃て、撃て! 撃ち続けろ!』
『リロード中なんだから、そっちで頑張ってよ!』
『カーゴに向かいながらじゃ無理だ。立ち止まって応戦しよう!』
三者三様の提案を聞いて、キシはティシリアが奪えと命令した機体を見つけた。いままさに、弾倉を交換して、エチュビッテへ銃口を向けつつある機体だ。
キシは、なんでティシリアがあの機体を欲しがっているか謎に思ったが、やるべきことは変わらない。
エチュビッテをさらに前へと飛ばして、女性が乗っているらしき機体に肉薄した。同時に、散弾銃の銃口を頭に、ナイフの先端をコックピット部に押し当てることに成功していた。
「『チェック』――『メイト』」
『いや、いやああああああ!』
女性らしい声色の悲鳴の後で、その機体は地面へ倒れる。
その光景を間近に見て、他の二機は戦意を喪失したようだった。
『反則だろ、こんな強い相手を出してくるなんて! こっちは初心者なんだぞ!』
『割の良い依頼と思ってみたら、罠じゃないか! ゲームを終えたら店員が『騙して悪いが』とか言ってくる気か!』
ギャーギャと騒ぎだした二機の動作を見て、キシはため息を吐き出す。
「こいつらも脳波コントロール式で『砂モグラ団』たちが操れないけど、まあ鹵獲しておくか」
キシが『チェック・メイト』を掛けようと近づこうとした瞬間、二機はどちらも銃器を持ち上げる。
キシは構わず、一機ずつ鹵獲を実行しようとするが、その目論見は外されることになった。
『『そっちの思い通りに、やらせるか!』』
二機とも、お互いの顔面を照準し、弾丸をありったけ撃ち込んだのだ。
キシが唖然としている間に、頭部破壊による継戦不能をプログラムが判断し、その二機はお互いのカーゴに向かって飛び去っていく。
「チッ――って、散弾銃じゃ撃ち落とせないよな」
うっかり取り逃がしてしまったことに、キシはコックピットの中で頭を掻く。
そして、ティシリアに当てて通信を入れた。
「悪い、二機取り逃がした」
『女性が乗っていた機体は、確保してあるのよね?』
「真っ先に仕留めたから、そちらは問題ない」
『それならいいわ。すでに六機鹵獲しているんだし。二機ぐらい逃がしちゃっても、問題はないわよ』
「慰めてくれてありがとう。これから遠距離砲撃機と思われる、最後の二機を奪取しにいくとする」
『さっきも言ったけど、六機すでに手に入れたんだから、鹵獲じゃなくて壊しちゃってもいいのよ?』
「第三陣を考えると、遠距離砲撃機の武器が欲しいんだ。だから、俺のために鹵獲は必須なんだ」
『そうなのね。知らないこととはいえ、変なことを言って悪かったわ。キシに任せるから、いいようにしてね』
ティシリアの明るい口調の言葉を聞きながら、キシはエチュビッテを高速移動させて、ノロノロと近づきつつある最後の二機の敵機体へと向かっていった。
最後の二機は、両方とも遠距離砲撃用の機体で、背中に戦艦の砲門のような大砲をそれぞれ抱えていた。
この大砲で、遠距離から一方的に攻撃するのだ。
しかし、初心者が高速で移動する機体に大砲の弾を当てられるはずもなく、自衛用の短機関銃をもっていても移動および旋回の速度は遅い。
そのため、キシが操るエチュビッテは接近を果たしたあとは、カモも同然だった。
攻撃手段がない後方から近付き、後頭部に銃口を触れさせて『チェック』を行い、横合いから手を回して横からコックピット部に銃口を当てて『メイト』を宣言すれば、両方とも鹵獲は完了となった。
「さて、これで十機全て倒し終えたわけだけど――ティシリア、試しで通信設備の電源を入れなおしてみて」
『了解したわ。いま入れるわね。同時に、砂の中から運搬機を出すわ』
通信をした直後、キシが鹵獲したばかりの遠距離砲撃機が動き始めた。
ノロノロとした動きで、ティシリアたちがいるカーゴがある方向へ移動を開始している。
その他の『チェック・メイト』で鹵獲した機体も、ひとりでに動き始めた。第一陣との戦闘が終わったからか、その速度はゆっくりとしたものだった。
(鹵獲機はあれでいいとして、倒して擱座した機体は動かないのは当然だよね)
背部バーニアと足を壊した機体を前に、キシはどうしたものかと腕組みする。
エチュビッテは初期機体なうえ高速機なので、腕力はとても貧弱だ。擱座機体を引きずって移動することなんてできない。
タミルのハードイス・スケルトンを呼ぼうかとも考えたが、移動用の無限軌道を取っ払ってしまっているので、ここまで歩いてこさせると時間がかかりすぎる。
あれこれと考えて、ティシリアに通信を入れることにした。
「機体運搬用のトラックを、こっちに回してくれないか?」
『打ち倒した機体の回収でしょ。『砂モグラ団』からの報告で、敵の運搬機が去ろうとしているって聞いてすぐに、ビルギに乗らせて向かわせてあるわ。少し待っててね。あと、こっちはいまから、集まってきた機体の検分をするから』
「それなら武器関係は、運搬機の四番ハンガーに押し込んでおいてくれると助かる。ファウンダー・エクスリッチに取り付ける作業を、端末で指示できるようになるからね」
『わかったわ。『砂モグラ団』にうちのハンディーを貸して、対応するわね』
通信をしている間に、遠くから運搬用トラックが近づいてきていた。
到着するまで待ち、擱座機体をエチュビッテの両腕で押し上げるようにして、荷台の中へ転がり乗せる。
それからゆっくりとした移動速度で、カーゴが砂を被せて隠れていた場所へとむかっていった。
キシがカーゴに戻ってみると、その前は多数の人と四機のハンディー、そして鹵獲した七機の機体で大賑わいな状況になっていた。
何をしているのか詳しく見ると、ハンディーは機体から武器を取り払って、カーゴの中へと持ち運んでいる。
それはキシが指示した通りなので、驚きはない。
しかし疑問なのは、機体のコックピットを開けて中からパイロットを取り出し、ガラスの首桶に入った生首ならそこら辺に転がし、人間だったら身ぐるみを剥いでいることだ。
幸いなこと――というかは微妙だが――に、人間のパイロットは男性ばかりなので、裸になってころがされていてもキシの目が楽しいことはない。
すこし呆然としてから、キシは外部音声で運搬用トラックに乗るビルギに質問する。
『あれって、この世界では当たり前の光景なのか?』
「運転手が来ている服は、普通じゃ作れないし、中々に手に入らないものですからね。機会があったら、ああして奪うのが常ですよ。ああ、心配しないでください。今回は僕ら『知恵の月』が作戦を主導しているので、あの衣服もこちらの財産いなりますから」
『そういう心配をしたわけじゃないんだけどなぁ……』
キシはコックピットの中で頭を掻きつつ、さらに様子を見ていく。
すると、パイロットを引きずり出している人たちから、やおら声が上がった。
「この運転手、まだ生きているぞ! こっちの生首もだ!」
「死なすなよ! 頭の中が壊れているかもしれないが、抵抗組織に運転手として売れるんだからな!」
わいわいと騒ぐ人の輪から出てきたのは、全身に電流によるミミズ腫れのような火傷を負った三十代の全裸男性。それと、ガラスの首桶にある、口を開け閉めしている生首だ。
キシはエチュビッテの望遠機能で彼らの様子を見ると、どちらも人としての知能が残っているようには見えない、意思が希薄な目をしている。
脳を読み取る機具によって、人格が破壊されてしまったのだとわかる。
『あれが運転手が辿る道か……』
「ああなると、生き残ったとしても言葉が上手くしゃべれなくて、情報が引き出せないんです。だから僕たちは、キシを生きたままとらえるために、電磁波爆弾を作ったんですよ」
つい口をついて出たキシの言葉に対する、ビルギの頓珍漢な返し。
キシは一瞬理解できず、瞬きしながら耳に入った情報を精査し、少し迷ってから少し話題からズレた質問をすることにした。
『ああして生き残った人は多くいたりするのか?』
「多いとは言えませんけど、たびたびいますね。もっとも、普通は撃破された機体しか手に入らないですし、その中にいる運転手は状態が悲惨なものが多いです。ですから、キシがやってくれたように、ああやって火傷以外の外傷が見当たらない運転手はさらに少なくなりますね」
『生き残った連中は、この世界で生活しているのか?』
「心が壊れた人のような反応しかしませんし、ハンディーや人型機械の運転しかできませんけど、人が頼んだことをやろうとはしてくれますから、あらゆる方面で重宝していますよ」
キシは自分もメタリック・マニューバーズのパイロットの一人であるため、『なんだかなー』と微妙な気分になる。それでも、これがこの世界での常識なのだと、無理やりに納得する。
『ともかく、この散弾銃と予備弾倉をカーゴの中に入れてくるよ』
「第二陣を相手に、使わないんですか?」
『これ、いい銃だから、第三陣に回しておきたいんだ。第二陣の相手をするなら、別の武器が適しているしね』
キシがエチュビッテをカーゴの中へ入らせ、四番ハンガーの中に散弾銃と弾倉を置いた。
その際、一番ハンガーの中に立っている機体が目に入った。
(ファウンダー・エクスリッチ。こうして見るのは、何年振りだろうか)
元はファウンダーだが、その肩と胸、そして腕の側面と足の前面に、ハードイスの装甲を上乗せ移植してあることで、厳つい印象に代わっている。
装甲増加に伴う各種関節の負荷軽減のために、リアクターなしの方のエチュビッテから取り外した関節を分解と再構成した、外部補助装置が肩と肘と膝の両横に設置されていた。
足裏にハードイスの無限軌道を履き、背部バーニアはファウンダーのものに加えてエチュビッテの大型バーニアをくっつけてある。
ハードイスの装甲の余りで作られた、腕部装着型の小盾が足元に置かれてもいた。
それらを一まとめに見た外観は、差し詰め量産機を戦地で前線向きに改修した機体といった風合いだ。
(改造レシピの提供者の一人が、プラモデルのミキシングビルドにおける有名人らしいから、さもありなんって感じだけど)
益体もないことを考えながら、キシは自身が乗るエチュビッテを外へ出そうとして、ふとカーゴ内の一角が気になった。
そこには、例のシリンダーで作られた女性の複製体が二つと、死亡しているらしきパイロットスーツを身に着けたままのパイロットが一人寝かされていた。
パイロットの胸元に膨らみがあるのが見えるため、あれはティシリアがキシに『確保して』と頼んだものだとわかる。
その周囲には、ティシリアとヤシュリと戦闘部隊の三人がいて、何かしらの機会を寝かせている三人につけようとしていた。
『……何しているんだ?』
興味本位からキシが尋ねると、ティシリアが顔を上げて手を振ってきた。
「キシ、確保ありがとう。これで、この二人を目覚めさせることができるわ!」
『目覚めさせるって、シリンダーの中に入っていた女性たちをか?』
「その通り。この死体の脳を読み取って、その情報を彼女たちに注入するの。死んで間もなくて脳は腐ってないから、きっと上手くいくはずよ!」
キシは本当に大丈夫かと疑問に思ったが、止めようとは思わなかった。
元の世界の倫理観をこちらの世界に持ち出すことは間違いだと、これまでの生活と、いまカーゴ周辺でみた人の所業を見て理解したからだ。
そして、複製体の覚醒実験は行われる。
成人女性と少女の複製体の頭に、ヘッドフォンのような機械がつけられる。
一方、キシが倒した機体のパイロットの頭の横に、アイロンの底ような金属板を左右に一つずつ置かれた。その板にはコードがついていて、バッテリーがくっついた機械に繋がれていた。
「それでは、やるぞ」
宣言した後で、ヤシュリは機械の電源を入れた。
その瞬間、アイロン底のような板から眩い光を放つ電流が発生し、それは死体の頭に直撃した。
「がたがたがたがちがちがちがち」
電流による神経の反射運動で、死体の手足がバタつきを起こし、電流に近い顎など連打されるカスタネットのように動いて歯と歯が打ち合わされている。
電撃が行われた時間は、およそ十秒。
機械のスイッチは入れられたままだが、金属板からの放電が終わり、電流に焼かれた死体から白っぽい煙と焼き肉の臭いが発せられる。
幸いなことに、エチュビッテのコックピットに、その煙と臭いは入ってこない。
そのことにキシが安堵していると、女性と少女の複製体に変化が現れる。表情筋と首が小刻みに動き、ときおり手足がビクッと硬直する。
(元の世界でよく見た、脳へ情報をインストールしている人の反応と似ているな……)
やっていることは同じなので当たり前だと、キシは自嘲しながら成り行きを見守る。
しばらくして、ヤシュリは装置の電源を切った。
「これで、処置終了じゃ。上手くいけば、起きるじゃろうよ」
ヤシュリの口ぶりは、成功するとは思っていないようだった。
果たして、結果はどうなったかというと――複製体二人は目を覚ました。
そして、現状を不思議に思っているようで、顔や胸元、そして股間に手を当てて、驚きの声を二人そろってあげた。
「あらやだ。目が覚めたら、本当の女性になっちゃっているわ!?」
「あらやだ。目が覚めたら、本物の少女になっちゃっているわ!?」
似たような言葉を出した二人は、お互いに顔を合わせる。
「「あら、もしかしてワタシと同類の方なの?」」
異口同音の言葉を聞くに、やはり同一存在から記憶をコピーしたのだとわかる。
しかしキシは、彼女たちが目覚めて最初に放った言葉に、違和感を感じていた。
そこであることを思い出し、エチュビッテの望遠機能で、死亡しているパイロットの姿かたちを大写しにして観察する。
顔立ちは中世的で、喉仏はあるともないともいえる膨らみ方。胸元は少し膨らんでいるが、肩幅は広い。腰回りも小尻で男性的だが、股間部には膨らみはない。
男性とも女性とも取れない、不可思議な見た目。
これに、キシは覚えがあった。
『これは――『ジェンダーフリー』用の複製体だな』
世界各国でメタリック・マニューバーズが展開された際に、男性は男性アバター、女性は女性アバターしか選べないのは、性同一性障害者への差別だと問題になった。
そこで彼ら彼女らも楽しめるようにと『完全中性型』のアバターが作られる運びとなった。
『つまりその死体の、元の世界の性別は恐らく男性だったんだろうな。記憶を移した二人の反応を見るに』
「ってことは、男性の記憶を女性の体に映しちゃったってこと!?」
キシが外部音声で伝えた内容を受けて、ティシリアが『失態だ!』とばかりに嘆くが、その死体の記憶を持つ複製体二人は『心外だ』と憤った。
「肉体は男性だったかもしれないけど、心は乙女だったのよ。なのに男性男性って連呼しちゃって、失礼しちゃうわ」
「肉体上の性別なんて、整形技術が進歩した昨今ではナンセンスなのよ。心の性別で判断しなきゃ、時代遅れだわ」
複製体二人から怒られて、キシとティシリアは揃って『ごめんなさい』と謝るのだった。