三十八話 作戦前日のもやもや
『知恵の月』の戦闘準備は日数を経るごとに、進みに進んだ。
そして、キシが丸一日休憩を命じられた、人型機械たちが襲撃する予定日の前日となる。
キシは、休憩所の建物の中とその周りで『人型機械打倒!』や『俺たちの休憩所を守るぞ!』と叫んで決起集会を開いている人たちを、レーションを食べつつ遠巻きに見ていた。
「あの人たちも作業で疲れているはずなのに、元気だなー」
連日に渡っての移動と害獣の討伐に、キシの顔には疲労の色が濃い。
しかしその甲斐あって、ティシリアが立てた作戦の準備は、ほぼ完了していた。
キシが決起集会から視線を外して、顔を後ろに向ける。
そこには、エチュビッテが立っていて、その胸元には赤いペンキ缶と白ペンキの缶に刷毛を手にしたタミルが、ローブで吊り下げられた状態で立っていた。
キシのパーソナルマークである、白四角の真ん中に赤丸を描こうとしているのだ。
「別に、マークなんて描かなくていいから、休んでいたらどうだー?」
キシが大声で呼びかけると、タミルが両腕でバッテンを作る。刷毛と缶に着いたペンキが飛び、彼女のツナギに白と赤の粒が着いた。
「だめだよー、キシ。これは『不殺の赤目』がここにいるって印なんだから。ファウンダー改造機が仕上がったら、そっちの胸元にも描く予定だよー」
「……わかった。できることなら、綺麗に仕上げてくれ」
「任せておいてー。実は、この手先はとても器用なんだー」
ハンディーの調整で知っていると、キシは返しつつ苦笑い。そして、元気にペイントを開始するタミルからも視線を外して、さらに奥の景色に目を向ける。
そこにあるのは、カーゴ。中からガリガリと金属が削られる音がしているのは、ハンガーが自動でファウンダーをファウンダー・エクスリッチに改造中のためである。
(第一陣と第二陣でやってくる機体から、武器弾薬を奪ってくっつける予定だから、基礎改造だけだけど)
ファウンダー・エクスリッチには、ファウンダー、ハードイス、エチュビッテの三機が必要だ。
だからこそ、ハードイスに乗っていたタミルが暇になり、ああしてエチュビッテの胸に日の丸を描き入れているわけであった。
ちなみに、改造でエチュビッテから取り出すものは機体のパーツだけなので、ハンディー大会で得たリアクターがない機体の方を素材として使用している。
そんな改造で大忙しのカーゴのさらに向こうに、同じような大きさの影があった。
それはパッと見で、鈍色に塗られたかまぼこ型のカーゴに見えた。
しかしよく見てみると、作りはかなりいびつで、各所に荒々しい溶接の跡があり、張りぼて感が満載である。
それもそのはず。
キシが討伐し続けてきた金属の外装を持つ害獣――例えばフェルアント――の素材で急造した、カーゴの外側だけを作ったニセモノなのだから。
なぜこんなものを作ったのかというと、それがティシリアの作戦だからだ
(これを人型機械の標的にさせて、本物の方はもう少ししたら遠くに退避させつつ砂を被せ、砂丘に偽装するって話だけど……)
上手くいくようには聞こえない作戦だが、ティシリアも『そうなったら万々歳』といった見立てである。
『ニセモノに弾が当たったら、改造リアクターが爆発するように仕掛けをするのよ。それと同時に、通信設備をオフにするわけ。そうしたら、人型機械の大元はカーゴを撃破したと勘違いするかもしれないわ。もし勘違いされなかった場合は、本物の方も爆破処理すればいいし』
その、勘違いしたかしていないかを判別する方法は、襲ってきた人型機械の動きでわかると、キシは考えていた。
(作戦が終われば、運転手はゲーム終了で現実に帰還――経験と知識を向こうの世界に転送され、操っていた機体は自動帰還モードに入る。ニセモノが壊れた瞬間に、そういった行動が見えたら、作戦は成功ってことになる)
この予想は合っていると、キシは直感していた。
しかしながら、気になる問題もなくもない。
(皆の手前、第一陣と第二陣の機体を鹵獲できると言ったけど。『チェック・メイト』がどう作用するか、未知数なところが問題なんだよなぁ)
ゲームシステムそのままならば、『チェック・メイト』鹵獲法で相手の機体を奪取した際、その機体は自動的に奪った方のカーゴへと移動していく。
ここで、キシたちの現状が問題となる。
果たして奪取された機体は、なにを目印に移動するのかだ。
カーゴ本体へ目掛けてなら、砂丘に偽装すること自体が無意味になる。
発信や通信が鍵なら、通信設備を目指してくるだろう。
機械の大元が指示しているのなら、キシたちのカーゴには向かわず、違った反応を見せるはず。
(どうなるかは、第一陣を相手にすればわかることだな。幸い、第一陣は完璧な初心者しかいないはずだし)
メタリック・マニューバーズの『サブアカ勢』は、新規開始直後から無双プレイを行うことが多いため、成果スコアが高い傾向にある。
今回『奪われたカーゴを破壊せよ』の指令において、第一陣に入れるプレーヤーのスコアは、彼らがチュートリアルを完璧にクリアして得るものより低く設定されていた。
そのためキシは、第一陣の相手が完璧な初心者しか出てこないと悟っているのだ。
(といっても、初心者でも乗ってくる機体は、ファウンダー・エクスリッチよりも上等なものなんだよなぁ……)
なにせファウンダーの改造機が現役の時代など、メタリック・マニューバーズ可動一年間ほど。
それ以降になると、開始直後の初心者は初期三機体を売却し、得たゲーム内通貨で第二世代の機体を一つ買い替える、という攻略法がスタンダードになっている。加えて、リアルマネーが潤沢にある者は最新型やフル改造機を買いそろえたりもする。
(腕前が低いのに高級機に乗っている相手は鹵獲の良い的だから、しばらくはゲーム内通貨で買える機体で遊んだほうがいいって、公式アナウンスはあるんだけど。従う人はあまりいないんだよなぁ……)
キシが店員として働いていたとき、フル改造機を取られた初心者が受付に怒鳴り込んできたことがあった。『高い金払って手に入れた機体が、たった一回で奪われた。保障しろ!』と言ってだ。店長が対応し、無理だと追い返す結果になった。世界中にプレイヤーがいる業績右肩上がりのゲームなので、クレーマーに従う理由はないので強気である。
それはともかくとして。
そんな風に色々と不確定な部分があり、『知恵の月』の作戦はかなり穴だらけである。
(そもそもが、第三陣は跳ね返しきれないって前提で動いている作戦だから、穴だらけでも問題ないんだけど)
そうでなければ、破壊されることを見越して、カーゴのニセモノを作ったりはしない。
そして、負ける戦いと知るのは『知恵の月』と『砂モグラ団』の面々だけ。
休憩所に集まっている勇士たちには、ニセモノのカーゴは爆弾で近寄ってきた人型機械を吹っ飛ばして勝つ作戦なので戦闘が起きたらすぐに離れるようにと、嘘の情報を流してある。
(眠ったまま起きない、女性パイロットのクローン体。レーションを煮溶かしてから冷ましたモノを食道へ流し込んで生きながらえさせてきた、あの二人。作戦を練る会議で、利用する方法を思いついたって、ティシリアは言っていたけど。どうする気なんだろうか……)
徐々にキシの思考が、作戦とは関係のない方向に進み始める。
なにせ、こうしてつらつらと考えに沈んでいるのは、今度の作戦で賭け台に乗せられるチップは『知恵の月』の面々の命だから――要は怖気づいているのだ。
(こんな落ち着かない気分でいるぐらいなら、今すぐにでも人型機械がここに襲い掛かってこないかな。そうすれば、腹も決まるのに)
キシはそんなことあるわけないとも理解しているため、せめてコックピットの操縦桿を握りたいと思った。
しかし、タミルのマーク描きはまだ途中で、邪魔をするわけにもいかない。
キシはタミルが描いている姿を、ソワソワしながら見守る。
その姿は、決起集会を行っていた勇士たちの目に入り、彼らに誤解を抱かせた。
「あいつが『不殺の赤目』か。落ち着かない様子で、自分の機体を見てるぞ」
「早く敵を倒したいって、ウズウズしているように見えるな」
「なあ、知っているか。オレたちの味方なのに二つ目の機体で残念と思っていたけどよ。奴さんの本命は運搬機の中で改造中の単眼の機体で、一番手強い三波目の敵のために残して置くんだってよ」
「それまでは、あの予備機で十分ってことか。かー、『不殺の赤目』様は自信過剰だなぁ。それが頼もしくもあるけどな」
彼らはキシが襲い来る人型機械たちに勝つと信じて疑わないようになった。
心配が薄れたことで、明るい顔でレーション酒を飲み交わし、明日に始まるはずの戦いへの英気を養うことにしたのだった。




