三十六話 襲撃への備え
ティシリアの兄の組織からもたらされた情報は、『知恵の月』に激震をもたらした。
「キシ! ビルギ! すぐにトラックに乗って、こちらの通信設備でも情報を確認してきて!」
ティシリアが放つ焦りの叫びに、二人はトラックに乗り込むと、次に通信を試みる予定だった地点に移動し、人型機械の大元らしき相手が送ってくる情報を収集して戻ってきた。
ビルギの端末に映る内容は、しかしてティシリアの兄からのものと同一のものだった。
ティシリアは情報が真実だと知ると、打ちのめされた表情になる。
「運搬機がある場所が全部バレているなんて、なんてことなの。前にキシが危惧していた通りに、こちらの通信は筒抜けだったって言うの」
抵抗組織全てが泳がされていたのかと、ティシリアは苦悩している。
その考えを、アンリズが否定する。
「それは考え違いでしょうね。もし最初からバレていたら、運搬機を破壊する指令が先の一ヶ所だけなのは変だわ。知っていたら、一番最初に奪われたすべての運搬機がある場所を提示して、一斉一気に破壊しつくした方が効率的だもの」
一理ある発言だが、ティシリアは納得しきれない。
「でも、アンリズ。いま全ての地点が明らかにされてしまっているわよ?」
「問題は、そこ。恐らくだけど、先の町で破壊した運搬機から情報を吸い出したの。運搬機の運転は、繋げた端末で行うわけだから」
「あっ。そうね、そうだわ。端末を見れば、運搬機を得た組織がわかるわ。なにせ、運搬機を手に入れた組織は自分の実力をアピールするため、大々的にそのことを喧伝するものね。私たちの情報も、そこから手に入れたんだわ」
一つの謎が払われて、ティシリアの顔色が少し回復した。
それを見計らって、キシも気付いたあることについて語り始める。
「それに実施される日付を見てみろよ。まだまだ時間はあるぞ」
キシが、端末に映されているミッション一覧を指す。
先の村が滅ぼされた依頼の上に、キシたちを始めとする他の強奪カーゴがある場所を殲滅する依頼が出されている。その開催日時は、三日だけ開いていた。
ティシリアはそれを見て、不本意そうに眉を寄せかける。
「三日間なんて、準備期間としては時間が足り――あっ、そうだったわ」
「気付いたと思うが、あちらとこちらでは、時間の流れが違う。こちらの世界に換算したら、作戦が実施されるのは九日から十二日の間だ。最短で考えても九日あれば、退避するにしても戦うにしても、それなりの準備は取れるだろ」
「違うわ、キシ。もう一日経ってしまっているから、八日間よ。でも、確かにそれだけの時間があれば、色々と準備はできるわね」
「加えて、予想を言うが。通信設備をつけっぱなしにしても、その日数の間は人型機械が襲ってくる心配はない。位置がバレているのもそうだが、依頼内容を告知してしまっているんだ。戦闘区域の移動ならまだしも、依頼自体を取りやめざるをえないような真似はしないはずだ」
「希望的観測ね。けれど人型機械の大元から寄せられる情報を、遅延なく受け取れるのは強みだわ。その案に乗らせてもらうわ」
ティシリアの気分が、次々にでる情報の処理のためか、追い込まれた状況への開き直りか、上昇しつつある。
場の空気が和らぎつつあるため、発言に二の足を踏んでいたビルギも提案を出してくる。
「端末を解析された懸念があるんですから、通信暗号のパターンを変えないといけませんよ」
「それもそうね。他の組織から要請があったらそれに従って。ないなら、こっちから提案して」
「他から要望は入っていないので、こちらから振ります。いまは『明けの明星』式ですから、次は『砂漠の月』式でいいですか?」
「暗号パターンが近い『暁の乾き』や『夕焼けこやけ』じゃなければ、なんでもいいわ。急いで」
耳慣れない単語に、キシは首を傾げる。
「なんだその、時流の節のような言葉」
「暗号パターンの符合よ。仮に人型機械の大元が現時点で通信を傍受できていても、これで完全に締め出せるわ」
「コード番号じゃなくて単語を使っているのは、傍受防止のためか」
「この暗号パターンを知っているのは、抵抗組織のリーダーとその補佐だけ。しかも端末に記入するのはご法度なの。うちは情報を扱う組織だから、自然と情報官も知っちゃっているけどね」
「色々と考えているもんなんだ」
キシが感心していると、端末の画面が一瞬揺れた後で、ビルギからの報告がきた。
「僕らが主体で提案したこともあって『砂漠の月』式に、通信暗号のパターンを変えました。少しの間、各所に混乱が起こって情報の集まりが悪くなりますけど、次第に回復する予定です」
「わかったわ。それじゃあ私は、休憩所に集まっている人たちに、退避を呼びかけないとね。他のみんなは、休憩所から退避した後でどこに向かうか考えておいて」
住居用トラックから出ていこうとするティシリアを、キシは呼び止めた。
「この休憩所を閉めるわけか?」
「仕方がないじゃない。人は死ねばそれまでだけど、場所を変えても生きては行けるわ」
「人型機械の狙いは、運搬機だ。持ってはいけないと思うぞ」
「リアクター付きだけでも、人型機械が三機あるわ。新しい休憩所を開いた際に一機を電源用にしても、防衛戦力は十分でしょ」
「まぁ、俺とタミルしか操れないからな。一つは余分ではあるな」
キシは理解を示し、『知恵の月』の他の面々はその判断を尊重する。
ティシリアはみんなの態度を誇らしく感じながら、苦笑いを浮かべた。
「また資金的に苦労を掛けることになると思うわ。悪いわね、みんな。あと、ビルギとアンリズ。お客さんたちに説明しなきゃだから、手伝ってくれる?」
「もちろんです。言葉を使う機会こそ、僕ら情報官が役に立つ場面ですから!」
「説明することには賛成だけど、暴動が起きないよう、戦闘部隊や『砂モグラ団』に警護を頼んでからの方がいいわ」
「それもそうね。でも、あまり威圧的な雰囲気にはしたくはないわ。戦闘部隊だけに頼むわ」
三人は連れ立ってトラックの外へと出ていき、いまだにとある町が襲撃を受けた情報を知らずに笑顔でいる客たちに、真実とこの休憩所のこれからについて話して回ったのだった。
休憩所に集まった人たちへの説明は、ティシリアたちの奮闘むなしく、上手くいったとはいいがたい結果に終わった。
喉をからしてぐったりとしている三人に、キシは水が入ったカップをそれぞれに差し出す。
「それで、どういうことになったわけ?」
ティシリアは体を起こし、カップを受け取りながら、先ほど言われた内容を語っていく。
「逃げる人半分、ここに残ろうとする人半分よ。残る人は、この休憩所の住み心地がいいから、私たちが逃げ出すっていうのなら、その後釜に座る気らしいわ」
「気前は買うけど。こういっちゃなんだけど、人間だけで人型機械に立ち向かうのは、無謀じゃないか?」
キシの疑問に、アンリズが水で乾いた喉を湿らせながら答える。
「我々がここから立ち去る場合、人型機械の標的である運搬機と表明したからよ。万が一、億が一にでも押し寄せる人型機械を撃退できたら、その瞬間から生きるに困らない飲食物と、金儲けの手段が手に入るんだもの。博打で命を懸けるひとが出ても変じゃないでしょう?」
「何事も、命あっての物種だと思うけどなぁ」
「休憩所に住みつこうとするような、村落に住めない人たちには、それなりの理由があるのよ。中には、この休憩所を失ったら、路頭に迷って枯死する未来しかないって断言していた人もいたぐらいだもの」
「それはまた、なんとコメントしていいか困るな」
この世界の事情に疎いキシが言い淀んでいると、トラックに『砂モグラ団』が数人入ってきた。リーダーと下っ端を取りまとめる人たちだ。
キシが水を提供しようとするが、手で制された。
「慌ただしいなか、こっちごとで済まないけどよ。次の更新は無しにしてくれねえか」
唐突な要請に、ティシリアの眉が驚きで上がる。
「ここを離れても、しばらく雇えるだけのお金はあるし、人型機械があるからまた別の場所で休憩所を開けるわよ?」
「そいつは分かってるんだけどよう。襲われると知ったからって、尻尾巻いて逃げるようじゃ、傭兵としての信用にかかわるんだわ」
「傭兵って、命を懸けてお金を稼いでも、命を無駄に捨てる人じゃないって思っていたけれど?」
「一当たりして、敵わないからって逃げるのはアリなんだけどな。戦わずに逃げるってのがダメだ。腰抜けって評判がついちまったら、傭兵としちゃ終わりなんだよ」
ままならないと肩をすくめる『砂モグラ団』リーダーに、ティシリアが不愉快そうに眉を寄せる。
「となると、ここに残る人たちに雇われるってことかしら?」
「そうなるわな。もちろん、あいつらとの契約開始は襲撃日からだ。それまでは『知恵の月』さんとの仕事を優先するぜ」
リーダーの言葉に、ティシリアは『そういった心配はしていない』と頭痛がするように頭に手を当てる。
「……これは仮にだけれど。もし私たちが、この休憩所から逃げない選択をしたら、あなたたちはどうする気だったの?」
「そりゃもちろん、あんたらに雇われたまま、休憩所の防衛にあたったさ。命をかけはするが、捨てねえ程度にな」
「最後に一つ聞かせて。集まった人たちとの契約は、すでに結ばれているのかしら?」
「さっきも言ったが、契約開始は人型機械が襲撃してくる当日だ。それまでは予約扱いだ」
「その予約って、破棄することになったら、違約金は発生するのかしら?」
「普通ならそうなんだが、今回はこっちの面子の問題と、奴さんが金払いを渋った関係で、特例で予約の解約金なしってことになった。それがどうした?」
「いえ、なんでもないわ。ただ、選択の幅を広げるために、情報が欲しかっただけよ」
「そうかい。さて、こっちが言うべきことは言った。そっちから何もいうことがないなら、オレたちゃ持ち場に戻らせてもらうぞ?」
ティシリアが頷いたのに合わせ、『砂モグラ団』たちはトラックの外へと出ていった。
その後で、ティシリアは重々しいため息を吐き出す。
「はぁ~~。運搬機を放棄して休憩所を閉めるって考え、最善だと思ったのになぁ。こんなに反対されるだなんて、思ってもみなかったわ」
項垂れて丸まった背中を、アンリズがそっと撫で摩る。
「最善は、立場や立ち位置と状況によって、人それぞれに異なるもの。ティシリアの提案は、間違いなく『知恵の月』にとっては最善だったわ」
「……それだと、休憩所にいる全体の状況としては、間違っていると言っているように聞こえるけど?」
「それは考え違いね。要は、誰も彼もが満足するような最善は、この世の中にはないってこと。全体の利益を考えたら、『知恵の月』における次善や博打を選択しなきゃいけないってことよ」
ティシリアは、アンリズから姉が妹を諭すような口調で言われたことに、頬を膨らませる。
「むぅ。そんなことは、言われなくても分かっているわよ。ただ、こんなに納得されないなんて思わなかっただけよ」
「ふふっ、それならいいわ。それでティシリアは、どうする気なの? 先ほど言った通りに予定を進めるの? それとも新しい提案をするの?」
意地悪を言うような質問に、ティシリアはふくれっ面のまま少し考え、そして背中を撫で続けるアンリズの手を振り払った。
そしてキシを睨みつけるように見る。
「キシ。第一陣と第二陣はどうとでもなると言ってたわよね。なら第三陣を撃退しきる方法はないの?」
「入手してある三種の機体だけじゃ、どうにもならない。もし『砂モグラ団』に機体を貸して防衛させようと考えているのなら、それは無意味だ。先の町では、その三種の機体で戦ってあっという間に負けただろ。人型機械たちを打ち負かすには、機体の数よりも、腕に覚えがある運転手が優秀な機体に乗った一機が必要ってことだ」
「数じゃないって、用兵論としては間違っている気がするんだけれど?」
「数を揃えられるんなら、それに越したことはないさ。でも、無理だろ?」
「……そうね。今回狙われる組織は、運搬機を入手したほどの有力組織も多くいるわ。そっちが伝手と資金に任せて奪って行っちゃうから、弱小組織である『知恵の月』が、腕に覚えがある人を集めるなんて無理だわ」
撃退しきるのは無理だとティシリアが判断しそうになる直前に、キシが説明の続きを口にした。
「というわけで、一機でもいい機体があれば、俺なら第三陣も追い払って、この休憩所を守り切ることができるわけだ」
「できるといっても、その機体がないじゃないの。他のところも、運搬機の防衛に機体が一機でも欲しいだろうから、『知恵の月』の組織力じゃ買えっこないわ。あと、キシは自分で『機体の改造するセンスがない』って言ってたから、改造案も無理なんでしょ?」
「ところがどっこい。実は、いい方法がある。俺のように機体の改造が得意じゃない人が、ゲームを楽しめるようにっていう、救済措置がな」
キシはビルギから端末を受け取ると、操作して、あるものを表示させる。カーゴに繋げた際に現れる、『メタリック・マニューバーズ』の操作画面だ。
それをティシリアに見せながら、さらに操作を続ける。
「ここにある機体改造には、『テンプレ改造』っていう改造レシピがあるんだ。これは有志が作った改造の仕方を公式が輸入したもので、レシピにある機体さえ用意出来れば、あとはボタン一つでハンガーが自動で作成してくれる優れものだ。これを使えば、今の三種よりマシな機体を手に入れられるってわけ」
「そんなこと、一度も言ってなかったように思うんだけど?」
「通信設備を運搬機から取り外している関係で、機能制限を受けて、今まで使えなかったんだよ。これからは通信設備はつけっぱなしにするんだから、使えるようになるから問題ないだろ?」
説明しながらキシが選んだのは、ある機体改造案。
必要機体は、ベースにファウンダー、パーツ取り用にハードイスとエチュビッテ。初期三種を素材に改造してできる機体。
テンプレ改造機――名称『ファウンダー・エクスリッチ』。
「この機体であれば、なんとか第三陣を撃退できる。もっとも、かなりの死闘になるから、勝ち目は五割が限界だね」
「限界ってことは、少なくなる要因があるってことよね?」
「俺と同程度の相手が『サブアカ』を使ってくれば、どうしても確率は下がる。あと、第一陣と第二陣で鹵獲できた武器によっても上下する」
「……鹵獲って。あっさりと言うけど、可能なの?」
いい格好を見せようと大言壮語を吐いていないかと、ティシリアが半目を向けてくる。
しかしキシは、自信満々に微笑んで見せた。
「依頼内容によると、第一陣と第二陣は本当に初心者しか参加できない設定をされていた。それなら、初期機体に乗ろうと、人型機械の腕比べだけなら世界一だった俺が、どんな機体が相手でも負けるわけがない。むしろ第一陣に限っては、ナイフ一本で相手にしてあげてもいいほどだ」
そう大見得を切った直後で、キシは表情を情けなさげに緩んだものに変える。
「もっとも、ちょっと腕前が立つようになり、サブアカも現れ始める第三陣だけは、ファウンダ・エクスリッチを使い潰す気でやらないと機体性能で負ける可能性が高いのは事実なんだけどね」
「もう! 自信があるの、ないの!?」
「とりあえず、第一と第二陣は完勝確実で、三陣だけは大博打って考えておいて」
「分かったわ。キシの考えを参考に、もうちょっと何かできないか考えてみるわ――自信たっぷりに言い切った姿に、つい格好いいって思っちゃったけど、結局損したわ」
後半は唇に手を当てながらの独り言で、ほとんどの者の耳に声は入らなかった。
不幸なことに、受け答えで集中していたキシだけが、その呟きに気付いてしまう。
「いやー。女性に褒められたことがないから、顔が赤くなっちゃうなー」
「!? 乙女の独り言が聞こえていたとしても、そこは聞き流しておいてほしかったわ!」
「……ティシリアが、乙女?」
「私は十六歳よ! 乙女も乙女じゃないの!!」
照れ隠しに赤い顔でギャーギャー騒ぎ始めたティシリアを、キシはまあまあと宥めながら、『乙女はレジスタンスのリーダーはやらないだろう』と失礼なことを考えたのだった。