三十五話 遠い地での戦い
『知恵の月』は情報を扱う抵抗組織だけあり、他の地方で起こる情報の収集力は高い。
キシとビルギが持ち帰ってきた情報――初心者向けに『奪われたカーゴを破壊せよ』というミッションが出されていることを知り、住居用トラックに入ったティシリアはアンリズと共に別々の筋から情報を入手しようと動く。
「兄さんや父さんたちの方向から、情報を得るのは控えていたけど、そうも言っていられないものね」
「キシの言うところの『ファーラ巌窟』周辺にいる組織に、襲撃情報を集めるよう仕事を頼んだわ。少しお金使ってしまうけど、いいわね?」
「お金は使うときに、必要なだけ使っていいわ。出し渋って、情報が足りなかったり偽物を掴まされるよりかはマシだからね」
「ティシリアのその理念には同意しますが、ばら撒く先を入念に決めないと経費が掛かりすぎて、また借金生活に逆戻りですよ」
「いやね、アンリズは。休憩所を営業して儲かっているんだから、そんな心配はしなくていいでしょ」
ティシリアのあっけらかんとした言い方に、アンリズは処置なしとため息を吐く。
それはともかくとして、情報の収集が始まった。
ティシリアの方は、彼女の親族関係から『ファーラ巌窟』付近にあるという町にいる住民の避難具合はどうか、その町に支援を行う組織が近くにあるのか、あればどの程度の戦力を差し向けるのか、を調べていく。
アンリズは抵抗組織に限らず、『ファーラ巌窟』付近に滞在している人たちから、広く情報を募っていく。
それらの情報が集まりきる前に、ティシリアは眉を寄せた。
「例の町は、徹底抗戦する気ね。私たちと同じように、運搬機の通信設備から得た情報で、人型機械を操って襲いくるのは新人だって理解して、そう判断したようよ」
「キシたちが情報を持ち帰って半日ですが、すでに敵の人型機械の運搬機が『ファーラ巌窟』の周辺に集まりつつあるという情報が寄せられています」
「これは、戦いになるわ。しかも、支援が間に合わないから、町が持つ戦力だけしか当てにできないわ。一応、運搬機を買ったことで、私たちと同じように人型機械は三機あるようよ」
「こちらも協力者たちに、情報収集よりも生命維持を優先するようにと指示を変えました。衝突はもうすぐといったところです」
集まってくる情報を見つめながら、遠くの土地で始まりつつある戦争に、ティシリアとアンリズは神経を尖らせ続ける。
二人が情報を集めて三時間ほど経ったとき、戦況が動き始めた。
その情報が入ってくるのは、アンリズの端末だ。
「現地協力者が、やってくる人型機械の数を数えました。十機だそうです」
「意外と、少ないわね」
廃都市では、攻撃側だけで三十機が襲い掛かってきた。時間が経つにつれて、その数は増していた。
それなのに、町を襲う人型機械の数は二十機だ。
「新人が乗る機体でも、それだけの数があれば十分ってことかしら?」
「それは、俺に聞いているんだよな?」
住居用トラックに、水が入ったコップを持ちながら、キシが入ってきた。岩石アルマジロの解体を終えて、ファウンダーをカーゴのハンガーに入れて自動洗浄に任せている間、暇だからと二人の様子を見に来たのだ。
「俺の知識から言うと、初心者向けの依頼は受けられる人をゲーム店舗の割り当てごと絞っているから、十機しか集められないようになっているだ。ただし、一度ではね」
「二度目、三度目があるってこと?」
「一度目の襲撃が失敗したら、参加できるパイロットのランクをやや広げて、割り当て店舗を変えて、また十機集めるんだ。成功報酬も少し上乗せされてね。二度目も失敗したら、三度目は初心者とは言えない人たちも参加してくるようになる。けど、四度目は起きない。三回失敗で、依頼失敗扱いになるから」
キシがゲームの知識を伝えると、アンリズが険しい顔で片手を上げる。
「他の参加者を募るということは、襲撃の合間合間には時間が空くわけよね。どのぐらいかしら?」
「元の世界ではだいたい六時間ごとだったから、こちらの世界はその三倍から四倍経過時間が早いから、一日ごとに来るって感じになるかな」
「そう。一波を退ければ、一日ぐらいの休息期間は得られるわけね」
「けど、運搬機一つに人型機械三機を潰すには、十機なんて過剰戦力だよ。下手したら、遠距離専用の機体で、運搬機を直接榴弾爆撃される可能性だっていある」
「人が住む町に、爆撃機を持ち出してくるって言うの!?」
怒声を上げるティシリアに、まあまあとキシが宥める仕草をする。
「前にも言ったけど、人型機械を運転する人たちは、この世界を遊戯の世界だと勘違いしていて、人間を人間でないもの――例えば動く案山子のようなものと認識しているんだ。だから、罪の意識もなく爆撃を選択する人は多い。むしろ初心者に、その傾向が強い。遠く離れたところから撃って、簡単に得点が手に入るから」
「じゃ、じゃあ、町の中に籠城しようとしたら、被害がすごいことになるわ!」
「だから町を守るためにも防衛側が取るべき手段は、三機の人型機械を前面に押し出して、運搬機は街の外へと移動させるしかない。人型機械の運転手の狙いは、運搬機の破壊であって、町の破壊や人を殺すことはついでだからね」
キシが戦術を語るが、その口調の軽さに、ティシリアは苛立った。
「人死にがかかっているのよ。遊戯感覚で言わないで!」
「……悪い。俺もまだまだゲーム感覚が抜けてないらしい」
キシが弱り目で謝ると、ティシリアはイライラした調子で頭を掻き始める。
「ああもう、違うわ。いまのは私が悪いの。私たちが渡した情報でこんな事態が起こったことが上手く呑み込めなくて、キシに八つ当たりしたの! ごめんなさい!」
いきなり謝られて、キシは面食らっていた。
「えっと。ティシリアの気持ちはわかったけど。さっきの俺は、真剣に考えて喋っていたわけじゃなかったから、お互いさまってことにしない?」
「そう言ってくれると助かるわ。言い争いをするより、情報を集めることが大切だものね」
ティシリアは気分を入れ替えた様子で、自分の端末に視線を戻した。
キシは状況に置いてた心境になり、ついつい顔をアンリズへ向けてしまう。
アンリズは慣れた感じで、気にするなと身振りする。
「ティシリアは敏い子なの。自分の心の動きを、良く見つめるぐらいにはね」
「それ、褒めているのか?」
キシには微妙は評価にしか聞こえなかったが、アンリズにとってはいい評価を下したつもりのようだ。
「情報を分析する者にとって、一番いい教材は自己分析よ。元手タダなのに、人の深いところまで知れるんだから。その点に関して、アンリズは長じているわ。よく自分を見つめすぎるから、ときどき自信喪失しちゃう悪癖があるけど」
さらに話を続けようとするアンリズを遮るように、ティシリアが赤ら顔で端末から顔を上げた。
「私のことはいいから、情報を集めるのよ! キシも、確かめたいことがあったら聞くから、そこにいること!」
「別に外に出て、いまのことを言いふらすつもりはないけど?」
「いいから、そこにいる!」
「はいはい。分かりました」
キシは肩をすくめると、コップに入っている水を飲みながら、二人が情報を集める姿を見つめ続けたのだった。
遠くの地で始まった戦いは、キシの予想通りに、人型機械の第一波で町が全滅となった。
集まってくる情報に、ティシリアは信じられない様子で見つめ、アンリズは淡々と受け止める目をしている。
「そんな。こんなあっさりとやられるなんて……」
「キシが言っていた通りに、榴弾爆撃が行われたようですよ。精度が甘くて運搬機には当たらず。風に流された町に直撃したそうですけど」
「三機の人型機械も、何もできないまま撃破されたって。そんな……」
多大なショックを受けているティシリアを無視するように、アンリズはキシに呼びかける。
「この結果は、妥当だと思います?」
「妥当というか、当然だろうな。守備側は、真っ新の初期機体が三機きり。攻撃側は、改造してあったり、より新しい機体を使い、それでいて数が三倍以上。これじゃ勝てないよ」
ついゲームの調子で口にしてしまい、キシはハッとなって口を噤む。
ティシリアの気持ちを考えての行動だったが、その措置を無にするように、アンリズがさらに問いかけてくる。
「仮に、同じ状況がこの休憩所に起こったとして、撃退することは不可能と考えているわけ?」
「えーっと。自分で言うのもなんだけど、俺が人型機械を運転して迎撃すれば、第一波、第二波はどうにかなると思うよ」
「それはどうしてです?」
「前に『サブアカ』の話をしたけど、俺のような熟練者なら、初心者相手なら無双できるんだよ。それこそ、こちらが初期機体と相手が最新機体でもね。問題は数になるけど、その点も多対一の経験がたんまりあるから、心配しなくていい」
キシが自信をもって請け負うと、アンリズの肩が安心した様子で少し下がる。横で聞いていたティシリアも、戦争の結果を受けて強張っていた背中が、安堵で少しだけ脱力できたようだった。
しかし、アンリズの質問はまだあった。
「では、最終である第三波は、キシでも難しいと?」
「手ごわい相手も参加しかねない状況だと、初期機体を使うままじゃ、かなり無理がある。一機二機相手なら倒せるけど、十機も相手にすると倒しきれないと思う」
「世界一の腕前を持っているのに?」
「世界一なのは、無改造か小規模改造の機体をお互いが用いた一対一の条件下でだよ。相手が機体にあらゆる改造を施して、こちらが操る機体との性能差が出れば出るほど、勝ち目がなくなってしまう。それぐらいの腕なんだよ、俺は。それに多対一の状況だと、相手の数を素早く減らす必要があるんだけど、初期機体じゃ力不足の感じが強い。下手したら、あのハードイスを改造軽量機は腕力でねじ伏せられるほど、性能に差がある場合も起きるんだ」
「それでは、勝ち目がないのでは?」
アンリズの疑問は当然のことで、キシも「第三波が相手でも絶対に勝てる」とは太鼓判を押せない。
「一番いい方法は、運搬機を捨てることだと思うぞ。休憩所は人型機械のリアクターでも、運営はできるんだろ?」
「運搬機に乗って、この地を離れるのではダメだと?」
「連中の狙いは運搬機だ。それに乗っている限り狙ってくる可能性は高い」
キシは即座に否定しつつも、論理の飛躍に気付いた。
「この問題は、この休憩所が標的になった後で考えるべきだな。このまま平穏に暮らせるなら、警戒するだけ労力の無駄になるし」
キシが話題を終わらせようとするが、ティシリアから重たい言葉がやってきた。
「そうもいかないのよ。いま、こちらに警告が来たわ」
ティシリアの兄から送られてきたのは、ずらずらと並んだ『奪われたカーゴを破壊せよ』というミッションの情報。
その中の一つには、この土地周辺の名前が表示されているものがあったのだった。




