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三十四話 徐々に徐々に

 休憩所が開店してから、しばらく経った。

 連日連夜大入りという忙しい状況は相変わらずだったが、そこに少しの変化が生まれていた。

 休憩所の空きスペースに、商人たちが自分のトラックや移動車を開いて露店を作っているのだ。


「さあ、お集まりの皆々様。この休憩所で出会ったのもなにかの縁。さあさ、商品を見ていってくれ。気に入ったものがあるなら、購入もお願いするよ!」

「この付近じゃ見られない、遠い地域の調味料なんかもあるよ。見ていった見ていった!」


 元気よく呼び込みをする商人の姿を見ながら、キシはティシリアに問いかける。


「休憩所で商売させて、いいのか?」

「いいのよ。露店バザーを開かせてあげるのも、休憩所の役割の一つだしね。それに、ちゃんと場所代は貰っているわ」

「なんだか、休憩所に泊まり続けている人もいるようだけど?」

「それも、いいの。寝泊まりする人が多くなれば、それが集落になっていくんだからね」


 キシは、ティシリアが言うことがこの世界の常識だと理解した。

 そして、自分の役割をこなすため、人型機械に乗り込む。


『今日は、運搬用トラックに乗せた通信設備での情報収集の日だが、『砂モグラ団』を一人連れて行くんだよな?』


 そう外部音声で問いかけると、ティシリアはにんまりとした笑みを返してきた。


「これから行ってもらうところには、害獣の岩石アルマジロが生息しているの。ついでに、狩って持ってきてね」

『あれ、結構大きいぞ――ってことは、帰りの運搬用トラックの荷台に積んで来いってことか』

「その通りよ。じゃあ、成果を期待しているわ!」


 手を振るティシリアに見送られて、キシはファウンダーに乗って移動を開始する。その後ろを、ビルギと@砂モグラ団』の団員一名が乗った運搬用トラックがついていく。

 休憩所から離れようとすると、警護をしているタミルがのるハードイスが手を振り、それに合わせるように客たちも手を振り始める。


「タミルがああして動かすことができているのを見ると、かなり運転が慣れてきたってことかな」


 キシは休憩所の護りをタミルに任せることに不安感を抱いていたが、もうそろそろ要らないかもしれないと、考えを改める決心をした。

 なにはともあれ、キシたちは情報収取と害獣狩りに出発したのだった。




 ファウンダーの背部バーニアを噴射させつつ、キシは丸まっている岩石アルマジロを機体の足で蹴りつけた。

 岩石が削れる音とともに、直径十メートルはある岩石の球体が岩石が多くある地面を転がる。そして突き出た岩の一つに衝突して止まった。


「キョキョァアア!?」

 

 蹴られた衝撃に驚いた様子で、岩石アルマジロは丸まりを解除する。体を伸ばし、尻尾まで含めた全長は、二十メートルを超えていた。

 そこにファウンダーが突撃し、再び足を振り上げる。今度は岩石アルマジロの顎下を蹴り上げつつ、その喉を踏んで岩に押し付ける蹴り方だ。

 岩石アルマジロは丸まって防御態勢に入ろうとするが、ファウンダーの足が邪魔で丸まり切れない。


「キョア、キョアア!」

『悪いな。死んでくれ』


 意外とつぶらな瞳を向けてくる岩石アルマジロに、キシは外部音声で言い放つと、ファウンダーが握る鉈のようなナイフを相手の喉へ突きたてた。

 岩石が乗る背中側とは違い、岩石アルマジロの内側は細かい毛がある柔らかい皮だ。すんなりと刃が突き刺さり、気道と動脈に脊椎を断っていく。

 首から血を流しながら少しの時間痙攣していた岩石アルマジロだったが、一分も経たずに力を失った。

 キシはファウンダーに岩石アルマジロを掴ませ、地面に腹ばいに寝かせると、ナイフの柄で背中の岩石を割り砕いていく。粗方砕き終えたところで、運搬用トラックの荷台に運搬する。

 荷台には他に二匹の岩石アルマジロがすでに乗っており、これで三匹目となる。

 合計するとかなりの重量になるため、運搬用トラックが抗議の声を上げるように、新たな獲物を乗せた瞬間に金属の軋み音を上げた。

 その一部始終を運搬用トラックの中で観戦していた砂モグラ団』の団員一名は、割り砕かれた岩石アルマジロの岩を見て残念がっていた。


「アレ、それなりに良い値で売れるだぜ。なのに、割り砕いて捨てるだなんてよぉ」


 独り言に近い呟きに、隣の運転席に乗るビルギが苦笑いを返す。


「含有する成分によっては、高値で売れなくもないですけど、多くは建材用として取引されます。値段にしたら、そこらの岩を切り出して売ったのと大して変わりませんよ」

「そうか? 需要、結構あったと思うんだがなぁ……」

「運搬用トラックの積載量に限界があって、僕らが運営しているのは石材店ではなく休憩所です。岩石を残して一匹積むより、岩石を取り払って三匹積んだ方が、肉と皮の売却でより利益が出ます」

「何でもかんでも売りゃ、いいってわけじゃねえってかーッ。商売ってのは難しいなぁー」


 『砂モグラ団』団員は頭の後ろで手を組み、上半身を伸ばすように背を反らす。半裸なため、鍛え上げられた筋肉が形を変えて震える姿がよく見えた。

 ビルギは鍛えられていなくて細い自分の体つきを撫でて確認すると、少し羨ましそうに彼の体つきを見る。

 そんな二人の会話に、キシが外部音声で参加する。


『これで帰っていいんだよな?』

「通信による情報も得ましたから、帰りましょう!」


 ビルギは大声を放つと共に、トラックの窓から手を出して振り回すことで、キシに見えるように合図した。


『わかった。じゃあ、俺はこのままファウンダーに乗ったまま、休憩所を目指すことにするよ』


 キシがファウンダーを歩かせ始めると、岩石が多い地面を踏む重たい足音が周囲に響いた。

 そのことに、『砂モグラ団』団員は渋い顔をする。


「こんなに足音が大きいと、害獣が寄ってくる要因になるんだぜ」

「ファウンダーに乗ったキシなら、問題ないんじゃないですか?」

「そりゃ、そうなんだけどよぉ。数がきたら、事だろ」

「その点はキシに確認しましたけど、いざとなったら射撃武器を使って殲滅するだそうですよ」


 ビルギが信頼しきった口調で語ったことに、団員は呆気に取られる。


「……マジでか。マジでやれる気なのか?」

「本気でしょうね。なんたってキシは『不殺の赤目』なんですから」

「うえっ、マジでかよ!? やけに人型機械の扱いが上手いと思ったら、なるほどなぁ。その割には、機体に赤丸がないんだな」

「描き入れようと提案はしたんですけどね。キシが言うには『このファウンダーは俺専用じゃなくて、『知恵の月』全員の機体だ。俺のパーソナルマークを入れたりできないだろ』って」

「へぇー。欲がねえというか、気前がいいというか」


 この世界の住民にとって人型機械のパイロットは、人々の英雄になるための必須条件である。

 仮にでも一度パイロットになれたとしたら、命がけでその椅子にしがみつくことが当たり前なのだ。

 そのため、あっさりと椅子を明け渡そうとするキシの感性は、『砂モグラ団』団員にとっては異質だった。

 そのことはビルギも分かっているが、キシの知識や人格はこの世界ではぐくまれたものではないということも知っていたため、苦笑いで流すことにした。


「あまりキシは、人型機械へのこだわりがないんだそうですよ。それにファウンダーは素人が操りやすい機体の反面、初期機体だから決していい機体とは言えないんだそうです」

「つまり、あの人型機械じゃ不満だってことか?」

「キシは人型機械に不満なんて抱きませんよ。あるがまま受け入れて、性能を十全に使い倒す傾向がありますから」

「要するにだ、もっといい機体をキシに与えりゃ、これ以上の働きをするってのか?」

「そりゃもう。少し前にあった廃都市の防衛戦で、キシはたった一機で街中を突破して超大型リアクターに一撃を入れ、集まってきた守備側の機体を相手取って遅延行為を行い、防衛線を下げさせたんですよ。しかも『不殺の赤目』の二つ名の通りに、機体に乗っていない人は殺さないでです」

「聞くからにすごい腕前だな。よくそんな奴を、引き入れられたもんだな」

「うちのリーダーの作戦がハマったんですよ」


 ビルギは実行した作戦を詳しく言う気はないため、ここで一度会話を切るべく、通信設備で入手した情報を確認するため、自分の端末に視線を落とす。岩石が多い地帯を抜けて、トラックが衝突しそうな障害物がないと判断してある。

 端末の文字を追っていたビルギは、ある一文を見て眉を潜め、トラックを緩やかに停止させた。

 その後で、窓に腕を出して、キシを呼んだ。


『どうかしたのか?』


 キシはファウンダーに正座させ、そして両手を前につかせ、頭を下げる前の土下座のような格好をさせた。

 転倒の危険を排除してから、キシはスイッチを操作して、コックピットのハッチを上げる。

 顔を覗かせるキシの横に操縦席の窓が来るように、ビルギはトラックを進ませた。


「なにやら、危ないことが書かれているよ、キシ」


 ビルギが窓から身を乗り出して、手にある端末を差し出してきた。

 キシは自分の運動神経が死滅的な自覚があるため、腕や足に渾身の力を入れて倒れないようにしながら、体をコックピットから伸ばして受け取る。


「えーっと。初心者特典情報と、週間ミッションと――お、危ない依頼ってのはこれか」


 キシが項目を指さし確認して、ある一つが目に入った。

 題名は『奪われたカーゴを破壊せよ』というもの。

 記されている難易度は最低に設定されてある、超初心者向けの依頼だ。

 その難易度の割には、成功報酬がアバターの外観変更アイテムなため、キシは少しばかり報酬が良過ぎな気がした。

 それと同時に、この依頼は『知恵の月』とは関係がないと感じられた。


「なあ、ビルギ。この依頼が、俺たちに人型機械をけしかけるものだと思っているなら、きっと間違いだぞ」

「なんでそう言い切れるんですか。運搬機を持っている組織は、そんなに多くありませんよ」

「だって、出動予定の場所が『ファーラ巌窟』の近くになっている。たしかこの場所は、下大陸の上の方。俺たちが開いている休憩所は大陸中央部だから、かなり遠い場所だぞ」

「えっ。その巌窟ってどこか、大まかでいいのでわかりますか?」

「端末の操作は覚えたよ。メモ帳の書き方ともね」


 キシは、ボタンと画面タッチで端末を操作し、自由に線を引けるアプリを呼び出す。

 北アメリカ大陸の左下とオーストラリア大陸の右上を繋いだような、この世界の世界地図を大まかに描く。そして下側の大陸の上の方、海岸線より少し離れた場所に丸印を入れた。

 ビルギは返された端末を受け取り、地図の場所を確認すると、大きく目を見開いた。


「ここの場所には、少し大きな町があるんです。でも、ここに抵抗勢力なんて――いや、待ってください」


 ビルギは焦った顔つきで端末の画面を操作する。そして、『知恵の月』独自のネットワークで収集した、各種情報を流し見していく。

 少しして、目当ての情報が見つかった。


「どうやらティシリアの兄の組織は、鹵獲した運搬機を各組織やリアクターが必要な村落に売却しているようです。お金が用意できない場合は、欲しい人が戦力を出すことで格安で鹵獲してくれるようです」

「売ったからこそ、超大型運搬機がある場所よりかなり離れた『ファーラ巌窟』近くに、運搬機が移動しているってわけか。そして、あまりにも乱獲しまくるもんだから、人型機械の大元が起こって、奪われた運搬機を破壊しようとしているって流れだろうな」

「でも、どうして大元が、その町に運搬機があるって分かったんでしょうか」


 キシとビルギが首を傾げていると、『砂モグラ団』団員が呆れたという口調で会話に入ってきた。


「そりゃ『知恵の月』より、買った方か売った方のやっこさんが情報封鎖を甘く見ているってこったろうよ。きっと通信設備をつけっぱなしにしてんのさ。その方が、面倒がなくていいからな」

「確かに運搬機の通信設備を動かしたままにしておけば、送られてくる色々な情報を簡単に受け取れるようにはなりますが、位置情報を掴まれる危険があります」

「『知恵の月』さんのように、得た情報を慎重に使う組織ばかりじゃねえってこった。むしろ多くの抵抗組織は、自分に都合がいい情報しか信じない傾向があるんだぜ」

「それは、その通りではありましたけど……」


 『知恵の月』は情報を売る組織であるが、過去に他の抵抗組織に情報を売った際、情報が信用できないと代金を払い渋られたり踏み倒された経験が多くあった。そんな事情があったからこそ、キシが加入する前は借金苦に陥っていたのだ。

 ビルギがそのことを思い出して苦々しい顔をすると、『砂モグラ団』団員は『それみたことか』と言いたげな表情になる。


「運搬機を買った連中はな、『通信設備を町とは違う場所まで運んで、付けたり切ったりは面倒くさい。どうせ位置なんてばれっこないだからつけっぱなしにしておこう』って思ってるぜ。そして自分の町が襲われるかもと知って、慌てて売り主に『どういうことだ!』って難癖付けやがんだよ」


 キシは『そうかもしれない』と理解しつつ、団員の腸が煮えくり返絵っているような態度が気になった。


「なにか恨みでもありそうな口ぶりだけど?」

「恨みってか、傭兵の悲しい事情ってやつだよ。オレたちゃ盗賊や害獣相手に命を張るっていうのによ、雇う側の連中が適当かつ手前勝手な情報しか寄こさねえから、不必要な危険に晒される。事前情報と違うと注意すりゃ『金払っているんだから、傭兵ごとき黙って従えって』無茶苦茶なこと言いやがるしよ」

「大変だったんだ」

「でもそれは昔の話だ。『知恵の月』さんは、こっちの実力を考えて無茶なことは要求してこねえのに、払いが相場以上だ。不満がねえどころか大満足な雇い主だぜ。まあ、商売の手伝いとか客あしらいとか、傭兵の仕事か?って思わなくもねえけどな。なんにせよ、末永い付き合いを期待したいところだぜ」


 キシとビルギは調子の良いことをいう団員に笑顔を向けると、休憩所に戻ることを再開させた。

 ビルギは、重たい荷物を載せたトラックの運転に集中しているため、他に考える余裕はなかった。

 一方で、キシはファウンダーの操縦に手慣れているため、新人向けの依頼である『奪われたカーゴを破壊せよ』について考える暇があった。


「だいぶ多くの運搬機が大陸中に散っているとなると、もしかしたら俺たちの休憩所の近くにいるかもしれない。巻き添えで戦闘区域にされないよう、ティシリアに注意を呼び掛けておくか」


 キシはコックピットの中で呟き、危険な予感にざわめく心を落ち着かせようとする。

 しかし、それは上手くいかず、不安感は残ったまま。

 まるでその対処法では不十分であると、キシに予知させるかのように。


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[一言] その後ろを、ビルギと@砂モグラ団』の団員一名が乗った運搬用トラックがついていく。 @砂モグラ団』>『砂モグラ団』 その一部始終を運搬用トラックの中で観戦していた砂モグラ団』の団員一名は、 …
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