三十三話 順風満帆
『砂モグラ団』を入れてから数日、休憩所の運営はより上手く回るようになった。
意外と、ヒャッハーな容姿の傭兵たちの接客が上手だったためだ。
「んじゃ、これお釣りな。気いつけていけよー」
「はいよー! お待っとさん。なんだ、追加注文かよ、なににすんだ?」
口は悪いものの、詰めかける客たちをテキパキと捌いていく。
それどころか、車列の整理や、物資の運搬や酒の仕込みなどの力仕事、迷惑客へ厳めしい顔で対応したりと、八面六臂の大活躍をしている。
彼らの働きっぷりに、カーゴのハンガーで昼食休憩を取っていたキシは、目を丸くしていた。
「彼らは傭兵って聞いたから、客商売とは無縁だと思ってたけど、手慣れているなぁ」
レーションを取りながら感想を零すと、ティシリアが水が入った金属製のコップを差し出しながら笑う。
「あははっ。案外普通の人たちは勘違いしがちだけど、傭兵って客商売が上手なのよ。丁寧な対応が、次の雇いにつながるからって、言葉遣いは悪くても態度がいい人が多いのよ」
「外見も、一見すると怖いんだけど」
「それも傭兵の商売道具だし、その点についても彼らは営業努力もしているのよ。つぶらで可愛らしい瞳の人はサングラスをかけて隠して、薄毛の人はあえてスキンヘッドに。肉体を鍛え上げていると示すために半裸になってみたりね」
「強そうに見えた方が、傭兵として雇われやすいってことか」
「一応言っておくけど、全部の傭兵がそうとは限らないわよ。少しは名が通っている以上の、有力な傭兵団に限ってだけだからね。弱小の傭兵団なんて勘違い集団で、関わりたくもない奴らなんだから」
昔に嫌なことがあったのか、やけに苦々しい口調だった。
「そうなると、『砂モグラ団』は有名なんだ?」
「『知恵の月』が収集している評価値だと『中の上』ね。団員数が少なくて、名声を得られるような大仕事とは無縁だけど、雇った人たちからは高評価なの。払ったお金に見合った仕事はしてくれるからって。でも、それなりに任務を失敗することも多くて、重要なことには任せられないって評価も受けているわね」
「その割には、中の上なんだ」
「失敗した任務っていうのは、結構な無茶ぶりなのよ。彼らの実力に見合った依頼をすれば、給料分は完ぺきにこなしてくれるの。戦力が充実していたら、上の下ぐらいは行くわよ」
「へぇ、意外と拾い物だったわけだ」
「その通り――っていっても、私も『砂モグラ団』なんて傭兵は知らなかったの。いま話したのは、アンリズが収集してくれていた傭兵データからの引用よ」
「なんだ。つまりアンリズのお陰ってことか」
「違うわよ! アンリズの働きは、『知恵の月』の成果なんだから!」
キシはハイハイと苦笑いしながらティシリアを落ち着かせつつ、アンリズが『砂モグラ団』と交渉した際、やけにあっさりと締結した理由が分かった。
つまり、通だけが知っている傭兵団だからこそ、あの値段で契約できればお得だったということである。
キシは水を一飲みして、話題に切れ目を作ると、いまここで休憩している事情についてティシリアに尋ねることにした。
「そんな『砂モグラ団』を入れて、運営に余裕ができたから、俺に休憩所の警護以外にやって欲しいことがあるんだよな?」
「そうなの。運搬用トラックにファウンダーを乗せて、半日ほど離れた場所に行ってきて欲しいのよ。お供はビルギでね」
「構わないけれど、もしかして害獣狩りか?」
『砂モグラ団』が握っているという情報を引き合いに尋ねたが、返答は横への首振りだった。
「違うの。前にキシが言っていたでしょ。運搬機の通信設備を使えるようにすれば、色々と出来るようになるって。特に、運転手が請け負える仕事の情報も手に入るんでしょ?」
「それはその通りだけど、なんでまた知りたいわけ?」
休憩所の運営は順風満帆で、ぞくぞくとお金が溜まってきている。安定を望むなら、これ以上の事はしなくていいはずであった。
しかし、ティシリアは真剣な表情で語る。
「キシの本体がいる世界での一日は、この世界での三日か四日なんでしょ。なら、三日に一回情報を受信すれば、人型機械の動向がわかるようになるわ。そして、何かしら重大な情報があれば、三日以上の準備期間が取れるわ。これは、抵抗組織にとって、とても大きな利点になるわ」
「つまり『知恵の月』のためではなく、他の抵抗組織の利益になるように動きたいってことか」
「抵抗組織が有利に立ち回れれば、支援する人たちや人型機械に襲われる地域の人々の安定にもつながるわ。それに情報を売るんだから、こっちに利益が出るもの」
後半は後付けのような気がしつつも、キシは了解した。
「そういうことなら手伝うよ。運搬用トラックに、運搬機にある通信設備を移植して、ファウンダーを荷台に乗せていけばいいんだよな」
キシは確認のために尋ね、頷きが返ってきたのを見てから、懸念を伝える。
「でも、タミル一人で大丈夫か? ハードイスは初心者でも動かしやすい機体だし、高装甲だから滅多にやられることはないけど、そのぶんだけ武器の取り回しに難がある機体だぞ?」
「人型兵器と戦うわけじゃないから平気よ。他の相手――盗賊や害獣なら、回転式機関砲で威嚇射撃すれば追い払えるわ。弾薬消費は気になるけれど、弾薬の補給は『砂モグラ団』の伝手を辿れば、どうにかなると目処がついたわ」
「ハードイスの見た目なら、威嚇には十分か……」
懸念は必要ないと理解して、キシは通信設備を使っての情報収集を請け負ったのだった。
採石場のダンプカーを超大型にした、人型機械を運搬できるトラックが、砂と岩石の大地を走っていく。
荷台には人型機械の一種、ファウンダーが収められている。
この運搬用トラックに乗っているのは、キシとビルギだけだった。
「通信設備を取り付けた場所が、運転席と助手席の後ろとはね」
「狭い後部座席を取り払ったところに、通信に必要な部分だけを移植したんです。受け取った情報は、繋げた僕の端末に入る仕組みです」
「説明どうも。それで、走る方向はこっちって決まっているんだよな?」
「はい。今日以降、三日に一度の頻度で、短時間だけ通信するようになります。でも同じ地点で連続して使用しなようにって、計画が立てられてます。今回は、このまま真っ直ぐいった地点ですよ」
通信を逆探知された場合も考えての、慎重案だそうだ。
しかし、キシには嫌な予感がした。
「これは映画で見た方法なんだけどさ。犯行現場を点で表して、それを線で繋ぐ。その中心辺りに、抵抗組織のアジトがあるって予想が立つんだ。俺たちがやろうとしているのって、まさにこの方法で見つかりそうなんだが?」
「……それは盲点でした。そんな調べ方があったなんて。通信する場所を散らせば、人型機械の大元は探知できないと思っていたんですが」
がっくりと肩を落とすビルギに、キシは誤魔化し笑いで話しかける。
「でもさ、その大元とやらが、俺たちを危険視することはないだろ。なんたって、休憩所を営んでいるだけの、無害な住民なんだから」
「キシに提案されていた仕事の中には、無辜の住民を殺すようなものはなかったんですか?」
「ない。あくまで人型機械の運転手が狙うのは、制圧や破壊すべき拠点と、そこに集まった武器を持つ人たちだ。戦闘地域以外で、俺のような違う世界の知識を持つ運転手が操る人型機械が人間を殺したって情報、ビルギは知っているか?」
キシが問い返すと、ビルギは端末を弄り始めた。
「ちょっと待ってください――いえ、ありませんね。確かに、戦闘地域以外で人を殺した人型機械は、現地の組織が持っていたものだけです。少なくとも、得ている情報ではそうなっています」
「なら大丈夫だな。それに拠点攻撃が指示される場合、今から俺たちがやろうとしている情報収集で、ちゃんとわかるようになるさ。仮に、あの休憩所を人型機械が襲うよう指令が出た場合、攻略難度から言って初心者向けの簡単な任務になるはずだ。俺たちが奪った相手――初期訓練を終わらせたばかりの新人とかのな」
だから、情報が入らないはずがないと、キシは太鼓判を押した。
それでビルギは少し安心できたようだ。
「そうですよね。事が起こりそうになっても、こちらは三日以上の猶予があるんです。集まった人たちを逃がして、僕らも避難する時間は取れますね」
自分に言い聞かせるように呟いていたビルギだったが、端末を見て目を丸くしていた。
「あっ。僕たち以外にも、とうとう運搬機を手に入れた抵抗組織が現れましたよ。この名前は、ティシリアのお兄さんの組織ですよ」
「話には聞いていたけど、やっぱり優秀なんだな」
そう感想を返して、キシは少し疑問に思った。
「それって最新情報だよな。どうやって入手したんだ?」
「どうやってって、これは通信端末ですよ。他の組織と通信でやり取りしているに決まっているじゃないですか」
ビルギのあっけらかんとした言葉に、キシは眉を寄せる。
「それ、どうやって通信しているんだ? 砂漠の中に、電波塔を建てていたりするのか?」
「そんなこと、わざわざしませんよ。人型機械が行っている通信の余白帯を、僕らが間借りしているんです」
「それって、危険な行為に聞こえるんだけど」
「僕ら独自の暗号化をしてありますから、平気なんですよ。それに端末で行う通信の内容を、人型機械の大元がわかっていたら、抵抗組織なんて駆逐されきってますよ」
ビルギの、大規模なレジスタンスが平然と活動できているから通信は安全、という主張は一理あった。
キシにとっても、『レジスタンス虐殺命令』みたいなNPCだけを駆逐するような依頼を、ゲームで受けた覚えはない。
(本当に、大元は暗号を解析できていないってことなのか。それとも抵抗組織が泳がされているのか……)
キシは黙って考えながらトラックを運転し続け、今回通信を行う地点までやってきた。
ビルギは助手席から身を後ろに乗り出して、通信設備を動かし、人型機械の大元との通信が始まった。
「店舗で操作するときは、情報更新はすぐに完了されていたけれど。どれぐらいの時間がかかりそうなんだ?」
「情報が集まる量の目安として、一刻みで百まで目盛りを振ってあるんですけど。この増加量の調子だと、千秒ぐらいは行きそうな気がします」
百パーセントまで十五分以上と言われ、キシは運転席の背もたれに寄り掛かった。
「それだけの時間通信するなら、こちらの位置はバレてしまうな」
「この設備は送受信をしないと、情報更新ができない機械ですからね。だからこそ、場所がバレてもとりあえずは問題が起きないよう、こうして遠出をしているわけですし」
「バレずに済むことに、越したことはないだけどなぁ……」
キシとビルギは、情報更新が終わるまで、のんびりと待つことにした。
本来なら、キシは通信が完了するまで、ファウンダーに乗って待機する予定だったのだが、周辺は広く砂と岩石の土地で遮るものが少ないため、仮に人型機械が襲来してきても、通信を切って逃げ出す時間はあると判断してたためだ。
事実、通信が完了しても、人型機械どころか他の人や車すら見かけなかったため、キシの判断は正しいと証明されることになったのだった。