三十二話 害獣――フェルアント
キシがファウンダーを砂煙の中へと突入させると、害獣の姿が見えてくる。
鋼鉄の輝きを放つ外殻を動かし、六本脚で疾走している姿は、人型機械に迫るほどの大きさを無視すれば『蟻』であった。
「って、なんだ。フェルアントが数匹か。簡単な仕事だな」
キシは外部音声のスイッチを切りながら独り言を呟きつつ、サブマシンガンを腰部マウントに収めなおす。
ゲームなら弾薬は簡単に安値で大量購入することができたが、『知恵の月』が入手したカーゴの通信設備は無力化しているため、弾薬の追加補充が難しく、節約する必要があるのだ。
一方で、鉈のようなナイフならば、フェルアント程度を何匹斬りつけても刃こぼれはない。フェルアントの体は鋼鉄でできているが、人型機械の平均的な装甲よりも柔らかいからだ。
「それじゃあ、ちゃっちゃと片付けますか」
ファウンダーを自由落下させている間の数秒で、キシは手首と足首を回して運動すると、機体が着地する直前に操縦桿を握りフットベダルに足を乗せなおした。
次の瞬間、ファウンダーの動きがガラッと変わる。
先ほどまでは放物線を描く跳び方だったのに、脚を動かしながら地を這うような走り方に変わったのだ。
砂煙の中を走り寄ってくるファウンダーに、フェルアントたちも警戒して頭部の触覚と顎を高らかに上げる。
「ガチンガチン!」
顎を噛み鳴らしての威嚇だが、キシには斟酌してやる気はなかった。
ファウンダーを前へと駆け続けさせながら、フェルアントの数をはっきりと確認――四匹。
相手の配置を確認――戦術的な意味はなく、脅威度低い。
最初に狙う相手の選定――左端の一体が他とやや離れているため狙い目。
キシは狙いを定めると、ファウンダーを方向転換させつつバーニアをさらに噴かせて加速を得る。そしてすれ違いざまに、狙った一匹の頭をナイフでかち割った。
「これで先ず一つ――」
機体を制動させつつ、今度は真上へ急上昇させる。
相手に飛び道具がないので撃ち落とされる心配もなく、平面的な視界から立体的な視界を確保し、よりよく相手を手玉に取る方法を考えていく。
仲間を瞬く間に殺されて、遺体に近寄ろうか、それともファウンダーの警戒をするべきか、動作が混乱するフェルアントたち。
しかしその中の一匹が触覚をしきりに振るわせて、仲間に指示を与えているように見えた。実際、その個体の触覚が動き始めてすぐに、生き残りのフェルアントたちは一様に、上空にいるファウンダーへ目と顎を向けるようになっていた。
「――それなら、指示出しのお前が次の獲物だ」
キシはファウンダーを自由落下させて下への加速度を得ながら、バーニアを極短時間噴射させて、下りる位置を狙った個体の真上になるように修正する。
狙われると分かったのか、その一匹は六つの足を動かして逃げようとする。しかしその逃げる方向や避け方も、キシはゲームで経験していたフェルアント討伐から算出し終えていた。
結果、逃走むなしく、そのフェルアントは下りてきたファウンダーの両足に潰されて、体液を砂と岩石の地面にぶちまける結果に終わる。
これで残り二匹。
指示だしの個体を失った影響か、二匹は全く別の行動を取った。
片方はキシに向かって走り出し、もう片方は背を向けて逃げ出す。
先にどちらを狙うかを、キシはすぐに判断した。
「もちろん、逃げる相手から始末するよな!」
ファウンダーのバーニアを噴かさせて瞬発しながら近寄ってきた個体に蹴り、それもレッグラリア―とを放ってひっくり返す。そして跳ぶ勢いを保ちながら、逃げる個体の胴体に接近。ナイフを胴体に突き刺す。
「ガチガチチチ!」
フェルアントは悲鳴のように顎を振るわせて噛み合わせて鳴らすが、ファウンダーの手が動いてナイフに捻りを入れられると、電撃を受けたかのように大きく体を仰け反らせた後で静かに地面に倒れた。
最後の一匹は、ここでようやくひっくり返った状態から起き上がる。そして、自分以外の仲間が死んだことを複眼で確認すると、顎を高らかに掲げながらファウンダーに突っ込んでいく。
「ガチガチチチチ!」
「よっと」
必死なフェルアントに対比して、キシの方は余裕溢れる動きでファウンダーを屈ませながらナイフを翻した。
フェルアントの顔の下から入った刃先が、そのまま真上へ振り上げられる。真ん中から両断された頭は、右と左に顎を分かちながら離れて行く。
斬られた衝撃で、上へと持ち上がっていたフェルアントの体は、反動を受けて地面に叩きつけられるようにして倒れた。
両断された頭から出てきた薄黄色の体液が砂地へ染み入り、生命を失いつつある体は足掻いて砂を掻く。
ゲームだと思っていた際には気にならなかったその行動を見て、キシは少しだけセンチメンタルな気分になった。
「お前らはゲームの雑魚敵じゃなくて、この世界で生きる野生動物なんだよな……。殺したこっちの自己満足で悪いけど、冥福の祈りを押し付けさせてくれ――南無南無」
キシはコックピットの中で合掌していると、通信が入ってきた。
『キシって、戦闘中はそんな風に独り言ばっかり言っているんだね』
「……どうして通信ができているんだ」
『どうしてって、キシが通信を切り忘れていただけだよー?』
「そんなことは――あっ、外部音声は切ったけど、ハードイスとの通信は切ってなかった」
『あはははっ。キシの大間抜けー』
「ぬぐぐっ、否定できないのがつらいところだ。けど、他の奴らには言わないでくれよ」
『えー、どうしようかなー。ティシリアにキシの弱みを話せば、喜んでくれそうなんだけどなー』
タミルの勿体つけた言い方から、キシはある予感を得た。
「黙っている代わりに、俺に何かしてほしいんだろ。言ってみなよ」
『話が早くて助かるよー。それじゃあ、その蟻んこたちの死体、休憩所まで運んできて』
「これを、どうするんだ?」
『そりゃもちろん、ごはんにするんだよ。害獣の肉は、栄養満点かつ美味しいから。あっ、さっきの一団がそっちに向かった。蟻んこを確保するつもりだよ。キシ、手早く確保して、こっちに持ってきて。向こうが何か言ってくるけど、対応はアンリズに任せれば間違いないからー』
キシはタミルにからかわれているんじゃないかと思いつつも、指示に従うことにした。フェルアントの死体で自分の悪評を流されないのなら、それに越したことはないのだからと。
フェルアントの死骸のうち、踏みつけて潰した以外の三匹の足を、キシはファウンダーに掴ませ引きずらせて休憩所に戻る。
その後ろを、装甲車とバイクに乗る一団もついていく。彼らは潰れてバラバラになったフェルアントの死骸のうち、小さな破片は手で、大きな破片は装甲車で牽引して運んでいる。
キシは三匹を先に運んでから、バラバラの方の死骸を持ちに戻るつもりだったのだが、外見が『ヒャッハー』な一団に止められたのだ。
「人型機械に乗っている兄さんが二度手間を踏まないように、これはこっちが運びますよ」
鋲付きベルトがある黒色の革ズボンを履き、ムキムキに鍛えた上半身を裸で見せつける男性の言葉。
キシはコックピットの中で眉を潜めた。
『助かるけど、下心があるよね?』
「なにせ必死の逃走と救助を求めるためとはいえ、害獣を引き連れて休憩所に行こうとしたんでね。なにもせずに向こうに行ったら、袋叩きにされちまうんですよ」
キシには、彼がどこか建前を語っているように感じられた。
『……その他には?』
「あははっ、見抜かれちまいましたか。本当を言うと、破片の一つでもくすねられねえかなって。害獣ってのは、外側の皮や殻は加工品に、内側の肉は食料にって、有用なとこしかない獲物なんで」
『窃盗は、あまりお勧めできないな。うちの交渉担当は、誠実な相手には誠実で返すけど、悪辣な手を使おうとしたら倍返しでひどい目にあわせる性質だから』
休憩所を経営し始め、アンリズが様々な交渉を任されるようになった際、キシは用を頼まれて交渉部屋に赴いたことがあった。
そこでは、なにをどうしたかキシには分からなかったが、やり手な風貌の商人が必死に青い顔で頭を下げ、アンリズが腕組みしながら『どう料理してやろうか』という目を向けていた。
あのときにキシは、アンリズをからかいはしても、本気で怒らせるようなことはしないと心に誓ったのだった。
『とりあえずは破片からなにから全部一度渡して、それから誠心誠意交渉した方が、実入りが良くなると思う』
「そうですかい。ま、仕方ねえよな。足の一本でももらえたら、御の字って思うことにしやすよ」
といった会話の後で、キシたちは連れ立って休憩所に戻る。
すると、人だかりが出迎えてくれた。
しかし彼らが見ている方向を悟ると、キシたちを待っていたというより、引きずってきたフェルアントの死骸が目的のようだった。
証拠に、ティシリアが先頭に立って、集まった人たちに大声を張り上げる。
「さあ見ての通り、捕りたて新鮮な蟻の死体よ! お肉は今日のご飯に食べるもよし、乾燥させて干し肉として交易品にするもよし! 鉄の外殻は建築資材、日用品に打ってつけね! 一匹丸々欲しい人はどれぐらいいるかしら?」
呼びかけに、集まった人たちの中から、チラホラと手が上がる。ティシリアは数を確認する。
「意外と少ないわね。じゃあ、一匹だけ丸々売るわ。オークション形式でね。残り二匹とバラバラの方は、量り売りにしてあげる。少ししたら会場を開くから、それまでは出せるお金を数えて待ってなさいね」
わーっと歓声を上げる人たちに、ティシリアは手を振り返して応えている。
キシはぼんやりとその姿を見ていたが、ハッとして顔をヒャッハー団に向けなおした。敵対するなら、休憩所の面々が油断しきっているこのときだと気づいたからだ。
しかしその心配は杞憂だった。
なにせ、アンリズがすでに一団の交渉役と取引を行っていたのだから。
「蟻を四匹も引き連れてきて、こちらに人型機械と優秀な操り手がなければ休憩所の危機でした。そして蟻を倒したのはその操り手です。なら、そちらの取り分はゼロが妥当でしょう。迷惑料を取らないでいてあげる分、優しい取引だと思うけど?」
「いや、確かに連れてきちまったのは悪いと思うよ。だが、こっちも必死だったんだ。それに、蟻を倒せる戦力があると見越したからこそ、ここに連れてきたってところもある。それに蟻四匹を売却すりゃ、そっちは苦労せずに大金が手に入る。なら、手伝い料って感じで、こっちに報酬を払ってくれてもいいじゃねえかよ」
「一向の余地はあるけど――つかないことを聞くけれど、引き連れ行為を毎度しているわけじゃないのね?」
「こちとら、拠点防衛に参加するべく、あちこち旅して回っているからな。害獣がいて危ないところは、通らないようにしてんだ」
「その情報に自信があったのに、これらの蟻には見つかったと?」
「こいつらは巣から離れて餌を探していたやつらなんだ。出会っちまったのは、こちらの不運だ」
アンリズは彼が吐いた情報に、価値を見出した。
「いま、あなたたちはどこかに雇われているの?」
「いや。次に襲われそうな町や村に向けて、移動している最中だった」
「それならば、この休憩所に雇い入れることは可能よね」
意外な提案に、ヒャッハー団の交渉役は目を剥く。
「そりゃ嬉しいが。いいのか?」
「見ての通りに連日大入りで、人手が欲しかったところなの。それに害獣の生息域の情報を持っていて、ここまで逃げてこれる実力もあるなら、定期的に討伐して死骸を回収して売り出すこともできるでしょう?」
「そりゃ、やれなくはないが――こちとら傭兵だ。雇いたいというのなら、金を払ってくれなきゃな」
「手付けは、蟻の死骸の足一つ。以後は、食料と水は提供するから、十日ごとに契約更新でこれぐらいでどうかしら?」
「手付けは死骸の半身――いや、四分の一で。十日ごとの払いは、水と食料にバイクとトラックの充電をしてくれるなら、それでいい。だが害獣のつり出すときは、追加料金をくれよ」
「いいでしょう。では、契約成立ということで」
アンリズが手を出すと、相手もすぐに握手に応じた。
「俺たち『砂モグラ団』は、金を払ってくれる限り、あんたらの手足となって働くぜ。命を懸けるかも、払ってくれる金次第だがね」
「我々『知恵の月』は情報を商う抵抗組織。労働に対して、見合った報酬を払う理由を知っているわ。けれど、増長して料金を吹っ掛けてきたら、コテンパンに買い叩くからそのつもりでいて」
「おー、怖い。ま、金払いがいいなら、不満はねえさ。それで、早速俺たちは何をすりゃいいかね?」
交渉がすんなりと終わり、こうしてヒャッハー団こと『砂モグラ団』が『知恵の月』の仲間になった。
キシはホッとしながらも、あることに気付き、独り言を呟くために外部音声のスイッチを切る。
「連中に人型機械を任せるわけにはいかないんだから、俺とタミルしか運転手は出来ないってことだよなぁ」
『仕方がないよねー。ま、下に降りてこき使われるより、こうして椅子に座ってのんびりできるんだから、悪くないと思うけどねー』
ハードイスとの電波通信を切るのを忘れていたと、キシはボタンを操作して通信を切り、ため息をついたのだった。




