三十一話 営業中
休憩所を開業して、すぐのときは暇だった。
「始めたばかりなんだから、こんなものよ」
「宣伝しましたが、効果が出るのはもう少し後になると思います」
「最初はチラホラと客が来て、その人たちが口コミをして、段々と人が増えていく。それがお店ってものよ!」
「この暇な時間を利用して、レーションでお酒を造ったり、人型機械の運転の習熟をすればいいんですよ」
ティシリアとビルギが自信ありげに言っていたことに、キシは納得したものだった。
「それなのに、まさか十日と経たずに大忙しになるなんて……」
人型機械の一機、ファウンダーの運転席でキシがぼやいたように、いま休憩所には大勢の人たちが押しかけてきていた。
「水だ! うちらのトラックに積めるだけ水をくれ!」
「レーション! レーションを寄こせ! 金ならたんまりと持ってきた!」
「あーあー、やだね。余裕のない集落の連中は。あ、お嬢さん。レーションを醸したお酒、お代わりを頼みます」
多数詰め掛けた人たちにより、『知恵の月』の面々は大忙しである。
「お水の売買は建物内ではなく、運搬機横になりますからそちらに移動してください! レーションの販売と電池の充電も同様です!」
「お酒、お待ちどおさま。」
ビルギとティシリアは建物内での接客に明け暮れている。戦闘部隊の女性二名も同様だ。
メカニックのヤシュリと戦闘部隊の爺さんは、カーゴ横に露店を開いて、水とレーションの販売とトラックなどに使う大型電池の充電を請け負っている。
「水はホースで入れ、入れた量の分増えた目盛りに応じて料金を戴く。充電は時間計りで売っておるぞ」
「レーションはパック販売よりも、自分で容器を用意してくれたほうが安いぞ」
そしてアンリズは、休憩所にやってきた他の抵抗組織たちと情報を売りつけている。
「本当に、あの運搬機を入手する方法を売ってくれるんだよな」
「本当よ。最低限の位置情報だけなら、この値段。どうやって手に入れたかの詳しい攻略法付きだと、この値段になるわ。戦術的な助言を入れると、さらに値段は上がるわ」
「ぬぐぐっ。わ、わかった。まず位置情報だけくれ。行ってみて、手に負えなさそうだったら、また情報を買いに来る」
「二度手間になるだけだと思うけど、考えを尊重するわ」
忙しく働きまわる面々に比べて、キシとタミルはのんびりとしていた。
なにせ二人は、人型機械に乗って周辺警戒をするだけの簡単な仕事で、電波通信で雑談をするほど暇であった。
「タミル。音声は通じているよな」
『はいはーい、感度良好だよー。どうしたのキシ。一人で運転席に座っていて寂しくなっちゃったー?』
「こらこら、からかうなって。そっちに問題が起きてないか、ちょっと気になっただけだ。なにせ、今回が初めて人型機械に乗ったわけだし」
『チビだから操縦桿が握れないと思ているなら、怒るからねー?』
「そういう心配もしなきゃいけなかったかー」
『なにをー! 戦闘は出来なくても、メカニックの知識で頭や手足を動かすぐらいはできるんだぞー!』
キシが乗るファウンダーの横に、タミルが乗るハードイスがある。二機は周囲に頭部を向けて周辺を警戒しているが、ファウンダーの首振りはなめらかでも、ハードイスの動きは少々ぎこちない。
「下手に動かなくていいよ。足元に人々が集まっているから、脚を動かすと危険だし」
『そりゃその通りだよね。間近で人型機械を見る機会が少ないからか、遠慮なくぺたぺたと触ってきているしー』
タミルがサービスで片手を振ると、集まっていた人たちから歓声とも悲鳴ともとれる声が上がった。チラホラいる子供など、興奮のあまり叫び出すか黙り込むかのどちらかの反応しかしていない。
キシは人々の反応に苦笑いしながら、タミルに聞きたいことを思い出した。
「タミルをハードイスに乗せることは俺からの提案だったけどさ。どうして俺はファウンダーに乗るべきってことになったんだ。万が一の戦闘に備えて、予備部品があるエチュビッテの方がいいだろ?」
『あー、キシはもともと人型機械の運転手だから理由を知らないかー。実は、一つ目玉の人型機械の方が人受けが良いんだよね。むしろ、二つ目玉の機体は嫌われているまである』
『知恵の月』が入手した三種の機体。ファウンダーとハードイスは単眼型で、エチュビッテは双眼型であった。
しかし、単眼の方が人気という事実に、キシは少しだけ首を傾げる。
「元の世界でも単眼はコアな人気があったけど、双眼型の方が普遍的に人気があったけどな。人と同じ姿形のほうが、親近感が湧きやすいってやつで」
特に日本だとアニメの影響から、単眼系統は敵役のロボット、双眼系統はヒーロー側という認識が根強い。メタリック・マニューバーズの世界でも、特にこだわりがない人などは、当たり前のように双眼系を選ぶ傾向があった。
しかし、こちらの世界では事情が違う。
『こちらじゃ、二つ目玉の人型機械は恐ろしい物の代名詞になっているね。なにせその型の人型機械は、土地を守ろうと奮闘している人々を容赦なく殺していくから。逆に単眼は、キシの影響で少しだけ悪感情はマシだよ』
「俺のお陰? 機体に好き嫌いはなかったから、単眼から双眼、複眼からバイザー式まで、色々と乗ってきたけど。どうして単眼だけ?」
『そりゃあもう、『不殺の赤目』たるキシのマークが『一つ目玉』だからさ。あと傾向的に、一つ目玉の人たちが防衛線に参加してくれるように見えるからかなー』
「あー、それは――」
アニメの影響を語ったばかりだが、メタリック・マニューバーズにおける攻防戦にも、その影響がある。
ゲームプレイヤーは自由に機体の外観を改造できるため、拠点の攻撃側と防衛側で見た目が違う機体を使い分ける傾向があり、攻撃側はヒーローっぽい双眼系を、防御側は量産型っぽい見た目になる単眼ないしはバイザー系にしていた。
なぜかと問えば、その方が「アニメの一場面っぽくなって、操る自分の気分が上がる」という、深い理由もない理由。いわば、なりきりプレイの一種である。
そんな一連の情報を、キシは口から出さずに飲み込んだ。
下手に遊びの一種と伝えて、折角少しはある単眼機体への好感情を落とす必要もないと判断したからだ。
続ける言葉にキシが迷っていると、天の助けのように周辺状況が動いた。
「――っと、なにか向こうから、激しい砂埃を上げてこっちに来る奴らがいるな」
『えー? どこどこー?』
キシが全周モニターで設定を操って、ファウンダーに最大望遠で砂埃のあたりを見させる。すると砂煙の中に、重火器が乗った装甲車が五台、ゴーグルをつけて片手に軽火器を持ちバイクを操る人たちが十二人、それらの後ろにはハンディーを一機ずつ乗せたピックアップトラックが三台あった。
物々しい様子に、キシは思わず呟く。
「ヒャッハーな人たちか……」
『えっ。ヒャッハーって、なにそれー?』
「えーっと、盗賊とか強盗とか、その類の人たちを指す代名詞のようなものだ。それで、どうする?」
『見た目がどうであれ、用向きは聞いた方がいいと思うよー。怖い見た目で、心が優しい人もいるからさ』
「じゃあ、とりあえずはこのまま爆走してこないようにするか」
キシは通信を一度きり、代わりに外部音声のスイッチを入れる。
『防衛のため、外に出ます。この機体の周囲にいる人たちは、頭を抱えて屈んでください』
ファウンダーから声がでたことに、周囲に集まっていた人たちは驚き、背を向けて逃げる人と言われたとおりに頭を抱えて屈む人に分かれた。
キシは周囲の状況をもう一度確認し、人に危害は加わらないと判断すると、ファウンダーの背部バーニアに火を入れながら跳躍させる。
瞬間的にバーニアが噴いた炎に押されてファウンダーは前へと跳び上がり、周囲の人やトラックなどの移動車を跳び越えて着地する
『もう一丁!』
キシは再びバーニアを点火させる。今度は足元の人を吹っ飛ばさないようにと気を使わなくていいため、少し長めに炎が噴き出され、それで得た推進力の分だけファウンダーは前方へ長く跳躍する。
ぐんぐんと砂煙と距離が縮まり、接敵するはるか前で着地した。
キシは外部音声が点いたままなのを確かめると、近寄ってくる一団に警告する。
『こちらは、休憩所防衛任務に当たっている者だ。車の速度を落とし、銃器を仕舞いなさい。さもなければ、敵対しているとみなして、実力行使で無力化することになる。繰り返す――』
警告に彼らは従わず、むしろ速度を上げて近寄ってきた。
キシは仕方がないと、腰部マウントに置いておいた、ファウンダーにデフォルトでついている武器を抜く。長銃身のサブマシンガンにフレームのみの銃床――H&K社のUMPに似た銃と、鉈に似た大振りのナイフだ。勿論どちらも人型機械に合わせた規格なため、人が操るものに比べると物凄い大きい。
『最終警告だ。それ以上近づくなら発砲する』
最初は威嚇射撃をするつもりだった。しかし人型機械が銃器とナイフを構えて威嚇する姿は迫力があったため、接近しつつあった一団は怖気づいたようにスピードを落とした。しかし接近を止める気はないようでもある。
警告に従おうとしているようでありながら、しかしできないような態度に、キシは違和感を覚えた。
『こっちに近づいてくる理由がなにかあるなら、身振りで知らせなさい。しかしこちらを攻撃するような動きをしたら、遠慮なく撃つのでそのつもりで』
説明を求める言葉を受けて、近づいてきている一団のうちバイクを操る連中が、彼らの後方を銃口で指してワーワーと喚き始めた。
キシはファウンダーの目を一団の後方へ向け、上がっている砂煙の向こう側を見るべく、キシ自身も目を凝らす。
『ん~? この影は――もしかしてお前ら、害獣から逃げてきたのか?』
うんうんと、一団の全員が首を盾に振った。小さく頷くとキシに見えないと思ったのか、ガックンガックンと首を大きく振っている。
キシはどうしたものかと思いかけて、休憩所を守るためには害獣の駆除が必要だと判断した。
駆除を実行する前に、ハードイスにいるタミルへの電波通信を入れてから、一団に再び声をかける。
『事情は分かった。しかし害獣を駆除するまで、君らはこれ以上休憩所に近づくことは禁止する。破れば、後ろの人型機械が君らを撃つことになるぞ』
キシの脅しの意味が通信先にも通じたようで、ハードイスは背中に乗せていた、手持ち型五連銃身回転式機関砲――要するに人型機械用のガトリング砲を取り出して、一団へと突き付けた。
機関砲とハードイスの大仰な見た目は、キシが操るファウンダーよりも威圧的だったようで、一団は一様に青ざめた顔で急停車した。
『その場から近づくなよ。なに、すぐに害獣は大してやるさ』
キシは再度の警告を放ってから、ファウンダーの背部バーニアを噴かせ、近づきつつある害獣目掛けて跳び上がったのだった。