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三十話 今後に向けて

 ティシリアの発案に従って、『知恵の月』はカーゴに乗り、砂漠と岩石の道を進みに進んでいく。

 やがて止まったのは、ある休憩所――吹き付けられた砂に埋もれた半壊の建物が一つあるだけの、まごうことなき廃墟だった。

 キシはカーゴから外に出ると、周囲を見回し、そしてティシリアに半目を向ける。


「本当にここで場所は合っているんだよな?」

「もちろん。ここで私たち『知恵の月』は、休憩所を営むの。そして、ゆくゆくは運搬機カーゴを中心とした村を作るの!」


 ティシリアは自分が発案した通りのことを、再び語ってくれた。

 キシはこの世界について疎いので、情報官という物知りな職業である、ビルギとアンリズに意見を求める。


「上手くいくと思うか?」

「僕は上手く行くと思いますよ。この休憩所が廃れたのは場所自体が悪いんじゃなく、経営者が馬鹿で賭け負けがこんで、休憩所で一番必要な人型機械のリアクターを質に取られたっていう話ですからね」

「どこに休憩所を開いても、繁盛させる下地はすでにあるわ。人型機械のものよりも大型高出力の運搬機のリアクターであれば、トラックやハンディーに使うバッテリーの充電はできる。運搬機自体に水と食料を作り出す装置があったから、レーションと水は作りたい放題。元手がほぼかからないから、儲からないわけがないわ」

「付け加えると、『知恵の月』は情報を活用する組織ですからね。集客に必要な宣伝は大得意ですよ」

「人型機械が常時一機は警護に出てくれるのも、休憩所を利用する客にとっては嬉しいはずよ。抵抗組織レジスタンスの中には、人型機械にじゃなく、一般市民に暴力を振るって利益を得ようとする悪者もいるわ。そういう相手は、人型機械がある場所には襲ってこないの。蹴散らされることが目に見えているから」


 つまりティシリアの提案は、的を得ている考えということである。

 しかしキシには、気になっていることがあった。


「休憩所を運営するのはいいんだけど。抵抗組織の活動とは違う気がするんだよね」

「そうでもないですよ。休憩所は人の集まる場所です。人が集合すれば会話が生まれ、会話の中には情報があります。つまり僕たちにとって休憩所とは、耕さなくても食べ物が採れる畑と同じように、簡単に入手できる割に売却益が見込める絶好の場所なんです」

「水と食料は誰でも必要よ。それを交渉材料にすれば、口が軽くなる人は意外と多いわ」

「うーん。よく考えられた提案だったわけだ」

「最終的に村になるだろうという点も適格な予想ですよ。というより、これほどの好材料が揃っている休憩所だと、人が集まって住み着いて、勝手に集落になってしまいそうなほどですから」

「村になるにしてもならないにしても、運営の人員はもっと必要だわ。この人員補強の点だけ、ティシリアの案にはなくて、修正が必要なのよね」

「自信を売り込みに来ても、リーダーがティシリアだと知ったら、こんな小娘に従えるか――って立ち去っちゃう可能性も高いですからね……」


 懸念がないわけではないと知って、キシは逆に安心してしまった。

 なにせ立案者は十代半ばのティシリアだ。多少の計画の抜けがあったほうが、年齢的に見合っているように感じられるからだ。

 キシたちの会話がひと段落ついたところで、横で静かに待っていたティシリアは、片方の眉を怒りで釣り上げながら柏手を一つ。


「私が立てた計画の評価はもう済んだわよね? なら、休憩所を営業するために、三人とも働きなさい!」

「はーい。じゃあ俺は人型機械――ファウンダーに乗って、埋まった建物を掘り起こすとしますか」

「僕は抵抗組織や近くの村々に、ここに休憩所ができたことを伝えまわるとするよ」

「では、運搬機の各種設定の調整をします。水と食料をより多く得るために、人間を作りだすガラスの筒の動作を止めないといけませんからね」


 それぞれが動き出そうとしたところで、キシはティシリアの予定のある部分が気になった。


「そういえば、俺とビルギはずっと運搬機を操縦していたから知らないけど、筒から出した女性はどうなっている? それと筒の機能を止めるなら、中に入っている子供はどうするんだ?」

「女性については、目を覚ましたわ。ただし、本当に頭の中が真っ新らなようで、人形のように動かないの。脈拍に呼吸、それと排泄行為に問題はないから、知恵をつければ動けるようになると予想しているわ。いま筒の中に入っている子供は、我々が運搬機の機能を掌握したことが影響してか、十歳前後で成長が止まってしまったわ。今後は外に出して、女性と同じように知恵をつけさせるよう試みるわ」

「知恵をつけるって、どうするんだ? 絵本でも読み聞かせるとか?」

「人死を厭わなければ、手ごろな人間を人型機械にある脳の読み取り装置にかけて、あの女性か子供の脳に知識を注入するすることはできるわ。穏便な方法だと、子育てと同じようにするしかないでしょうね」

「気の長い話だけど、本当にそれをやるわけ?」

「刷り込みじゃないけど、世話をした我々になついて成長してくれれば、人員の補充も可能になるわ。でもキシは、人形のように自意識が薄い人間、しかも女性ならば、好事家に高く売れなくはない、って思っているのよね」

「人の考えを捏造しないでくれないかな。俺は人身売買は反対の立場なんだから」

「感情を抜きに費用対効果だけで考えると、ガラスの筒で女性を作って売るのは、けっこういい実入りが期待できると試算はついているわよ?」

「こういうのは、お金の問題じゃなくて、良心の問題だ。少なくとも俺は、それを悪事と思っているし、手を染める気もない」

「……そういえばキシは『不殺の赤目』だったわ。お優しい考えを持っていて当たり前だったわ」

「貶されているように聞こえるけど、あえて誉め言葉として受け取ることにするよ」


 キシは懸念が解消されたので、他の面々とは別れ、カーゴの中にあるファウンダーに乗るべく小走りで移動する。相変わらず運動下手なため、片足をくじいているかのように、ヒョコヒョコと体が上下に動く変な走り方である。




 人型機械で半壊の建物を掘り起こし、周囲を軽く整地しておく。壊れかけの建物は、カーゴの中にあった人型機械用の武器の弾倉や弾薬箱を流用して直す。建物内に中に入ってしまっている砂は外へ掃き出し、金属製の椅子や机は使えそうなので布で磨いて綺麗にする。

 メカニック二人と戦闘部隊の三人の頑張りもあり、見た目だけなら、立派な休憩所っぽくなった。


「いつお客さんが来ても、お迎えできるわね」


 休憩所の出来に、ティシリアは満足そうだ。

 しかし、建物ができればそれで終わりではない。

 現状、キシ以外の人員は人型機械は満足に動かせない。リアクター実動三機と非常用バッテリー駆動一機と機体数は恵まれているのに、このままハンガーで待機させ続けているのはもったいない。

 というわけで、戦闘部隊三名とティシリアは、キシの指導の下でハンディーを使っての操縦訓練を行う。


「操縦桿とペダルで動かす方式だと、基本操作を覚えてもらったあとは、ひたすら練習だ。機体が倒れないように神経を使うんじゃなく、転んでもいいやって気持ちで大きく動かした方が上手く動かせるから」

「キシせんせー。もっと簡単に上達する方法はないんですかー?」

「いい質問だ、ティシリアくん。その形態の操縦方式だと、慣れが一番早い上達方法なんだ。脳波コントロール式なら、自分の体を動かすように操れるから、訓練も短くて済むんだけど、ないものねだりだから練習に力を入れて」


 脳波コントロールという単語に質問が来ると思いきや、ハンディーの中からティシリアのやけに納得した声が響いてきた。


「あー、あのコードが刺さった生首。やっぱりあれも運転手だったのね。抵抗組織の中だと、運転手じゃなくて自動運転ようの装置だって意見が多かったのよね。中には、あの生首と同じ位置にコードを刺して死んだ人もいたって話もあるけど、方向性は間違ってなかったのね」

「……生首って、どういうこと?」

「文字通り、運転席があるところに生首が入った箱が置いてあるのよ。操縦桿もペダルもなくて動かせないからって、生首の機体は休憩所の電源用にしたり、操縦席を移植して使ったりしているの」

「その話を聞くと。操縦桿付きの機体がこの運搬機に入っていたことは、中々に運が良かったってことか」

「最悪生首機体だったとしても、非常用バッテリーの方のエチュビッテにリアクターを入れて、ハンディーの運転席を他の機体の片方に移植すれば、二機は動かせるようになったわよ」

「なるほどね――と会話をしながらだと、ティシリアはまともに機体を動かせるんだよなー」

「えっ。あ、本当――ってあれれれ?!」


 ちゃんとハンディーを動かせていると気づいた途端、ティシリアは機体の安定を失ってバタリと倒してしまった。


「あーもう、うまくいってたのにー!」

「惜しかったね。長いこと運転してたから、次の人に変わって休憩してなよ」

「絶対、次は乗りこなしてみせるんだから!」


 ティシリアはハンディーから出てくると、まだまだ元気な様子で戦闘部隊の一人と操縦を交代した。

 新たな操縦者を得たハンディーは、ゆっくり立ち上がろうとして、唐突に体を仰け反らせて背中から倒れる。


「ぬあああー!?」


 女性の悲鳴が機体から出てきたが、すぐに起き上がろうとする。だが仰向けから起き上がるのは無理なようで、一度うつ伏せになってから、腕の力を利用して体を持ち上げていく。

 しかし、伸ばす腕の速度が左右で違っていたため、今度は横倒しになって転がった。


「ぬぐぐぐ。機械のくせに、なんでこうも上手くいかないの! 銃なら引き金を引けば弾が出るんだから、同じぐらい簡単に動かせたっていいじゃない!」

「愚痴を言うのは良いけど、操縦桿を叩いたりペダルを蹴りつけて壊さないでよー」

「わかっているってば! 集中するから、横からぐちゃぐちゃいわないでいて!」


 キシがハイハイと返事しつつ肩をすくめて黙るが、結局ハンディーが起き上がることはできなかった。

 他の戦闘部隊のメンバーも同様で、立ち上がった直後に倒れたり、立ち上がろうとしたとき唐突に片足が上がってバランスを崩したりと、機体を操ることが難しいようだった。

 戦闘部隊でも散々な様子に、ティシリアは頬杖をつきながらキシに目をやる。


「キシの世界じゃ、人型機械の運転って遊びだったんでしょ。遊びで、あそこまで面倒くさいことをやっていたの?」

「むしろ遊びだから、面倒くさいぐらいが良いんだよ。できたときの喜びがひとしおだから」

「ふーん。でも、生首式を選ぶ人もいるんだから、キシは少数意見なんじゃないの?」

「そうでもないよ。国ごと――世界の地域ごとに主流は違うけど、操縦桿式と脳波コントロール式の人数は両方同程度だったよ」

「生首の方が簡単なのに?」

「脳波コントロール式にはメリットとデメリットがあるんだ。機体が見た景色を自分の目で見たように見て、機体を自分の体と同じように動かせるから、子供でも短時間の習熟で動かせるようになりはするんだ。それは逆を返せば、自分の動きがそのまま機体に伝わっちゃうことでもあるし、そもそも自分が普段やるとおりに動けるわけでもないんだ」


 ティシリアが理解できていない顔をしているので、キシはより詳しい説明に入る。


「例えば、反射運動。人間は何か飛んで来たら、咄嗟に避けようとしたり、体が硬直したりするでしょ。脳波コントロール式だと、その動きがそのまま機体に出ちゃうんだ。その余分な動きが、戦闘中だと致命的な隙になったりする」

「話は分かるけど、それって操縦桿式でも同じことじゃない?」

「とんでもない。操縦桿式で運転すると、咄嗟の事態に体が変な風に動いても、手指と足は人型機械を操り慣れた動きをするんだ。それは隙に繋がりにくいんだよ」

「つまり日常生活で培った動きと人型機械の運転を隔てるには、操縦桿の方が適しているということね」


 ティシリアが理解したようなので、キシは脳波コントロール式の次の問題を上げる。


「デメリットはもう一つあって。自分の体のように動かせるとは言ったけど、自分の体と全く同じに動かせるってわけじゃないんだ」

「言っていることが、矛盾しているわよ?」

「じゃあ想像してみてよ。自分が着ぐるみに入っているとして、着ぐるみを普段の自分と同じように動かせる?」

「それは――出来ないでしょうね。着ぐるみの形や生地に体が引っ張られて、動きが阻害されると思うわ」

「その通り。人型機械でも同じことが言えて、各種関節は使っているモーターの回転数以上に早く動けないんだ。例えば素早く振り向こうとしても、股、腰、胸、首の関節の回転速度の限界に合わせて、ゆっくりと振り向かざるを得なくなってしまうわけ」

「だから、自分の自由には動けないってことなのね。操縦桿式も生首式も、一長一短があるようだけど、私は操縦桿式の方が性に合っている気がするわ。少なくとも、操縦席の中では自分の自由に体を動かせるから」


 簡単な方法はないと知ったティシリアは、ハンディーの操縦席から戦闘部隊の一人が出て休憩に入った姿を見て、再び操縦席に乗り込んで練習を始める。

 これで乗りこなしてやると鼻息荒く頑張っていたものの、今日中にその望みが叶うことはなかったのだった。


投稿時間を間違えてました。半日遅れですが、どうぞー

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