二十九話 今後のこと
勢力の空白地帯に留まること五日。
カーゴの全ての機能を、ビルギとアンリズは手中に収めることができた。
「苦労しましたよ。なんたって、人型機械を動かすものよりも、三倍近い情報量がありましたからね」
「改変する隙が少なかったのも困ったところだったわ。それに、キシに聞かないといけない部分も残っちゃっているし」
「俺に質問があるって、なにについて?」
カーゴの仕組みは、ゲームプレイとは切り離されていた部分が多く、キシも知識が薄い。
役立てられるかなと首を傾げていると、台座にケーブルを繋げた携帯端末を、アンリズが指しだしてきた。
「この運搬機を操作する画面を、台座の情報から構築してみたのだけれど、詳しい操作をする前にキシに見せた方がいい気がしたの?」
「ほう。どれどれ?」
キシが見ると、それは見慣れた画面だった。
「ゲームだと、受付の横に置いてある端末にある画面と同じだ」
ポチポチと画面を触っていくと、目に馴染んだ画面が次々に現れる。カーゴの改造や購入、機体の購入や改造に新造、当入金を知らせる画面もある。
キシは気のりして手慣れた操作を続けようとして、ふと気になった部分が目に入った。
「これ、通信が繋がってない表示が出てる。このままじゃ、装備や機体の追加購入と、新しいミッションの知らせを受け取ったりすることができないけど、いいか?」
キシがティシリアに顔を向けて聞くと、項垂れられた。
「仕方がないでしょ。装備の入手は魅力的でも、人型機械の親玉にこちらの位置を知らせるわけにはいかないもの」
「ふむっ……。確かに、装備や機体の売買を打診しちゃうと、この運搬機目掛けて配達が来ちゃうもんな」
キシが残念がっていると、アンリズが横から手を伸ばして端末と取り、ちょこちょこっと操作をしてから返してきた。見ると、売買関係の項目が灰色に変わっていて、キシが試しに押してみても反応がなくなっていた。
間違えてでも押さないようにとの配慮に、キシは苦笑いしながら、アンリズにある項目をさして見せる。
「こっちの現在のクエスト一覧のところは、灰色化しなくていいの?」
「そちらは受信した内容を映しているだけで、押しても送信がないことは確認済み。なら、そこに書かれている内容を精査すれば、各地の抵抗組織の役にたつ情報を得ることができるため、残しておくことにした」
「よく考えていることで。ああでも、この何月何日っていう部分がわからないんでしょ。この世界とは、日にちの経過時間が異なっているから」
「キシが前にそんなことを言っていたなと思い出したからこそ、先にそうやって見せているの。だからさっさと、日付を換算してくれない?」
アンリズに冷たく言われて、キシは肩をすくめながら、ミッション一覧に目を通していく。
(廃都市の攻防戦のお知らせが入っていれば、簡単に算出できたんだけど、あれは上位ランクのプレイヤー向けのイベントだからなぁ。チュートリアルを終えたばかりのご新規様だと、参戦案内すら送られてきてないか……)
そうなると、頼りは『更新順』に並べ替えたときにあらわれる、ミッションが交付された日時。そして、達成と表示が浮かんでいる『チュートリアル』の項目に目を向ける。
それは、キシが廃都市の攻防戦に参加した日付に、二日足したものになっていた。
「俺が『知恵の月』に参加して、何日経った?」
「今日で十二日よ」
「ここにいたのが五日だから、七日前ってことか……。そうなると向こうより、こっちは大体3.5倍速く進むって計算になるな」
「計算したのに、大体だなんてあやふやな答えを出さないで欲しいわ」
「仕方がないだろ。俺が廃都市に入った詳しい時間なんて覚えてないし、この運搬機の持ち主がいつ訓練をクリアーしたかも詳しい時間はわからないんだから」
キシは仕事中にゲームにログインしたので、日中だったのは間違いない。しかし、カーゴの主がチュートリアルをクリアーしたのが、もし日付変更直前の十一時台だったり直後のゼロ時台だった場合、計算が複雑になる。もしかしたら、日本じゃなく外国のプレイヤーで、表示日時に時差が存在しているかもしれない。そのため詳しく計算しようとしても、前提条件があやふや過ぎて正確な経過時間差は割り出せないのだ。
「でも、多く見積もっても四倍の差はないと思うぞ」
「あやふやなことは、情報官としてはあまり信用したくないんだけど……」
アンリズは困って眉を寄せつつ、キシが差し出してきた端末を受け取った。
「情報感謝するわ。あと、もう一つ聞きたいことがあるのだけど?」
「いいけど、なに?」
「アレ。キシの所為でしょ?」
アンリズが指したのは、ティシリアだった。ハンディーを操縦して、機体の手足をえっちらおっちらと動かしている。その周りで、メカニックのヤシュリがハラハラと見守っている。
「お嬢! もっと優しく動かしてくれ。けど、ゆっくりじゃなくだ!」
「難しいこといわないでよ! キシに操縦のコツを聞いたら、転んでもいいから経験を積むことだって言ってたわよ!」
「ヤツは人型機械の操縦者じゃ! ワシらと同じように考えちゃいかん!」
ヤシュリはティシリアの心配をしすぎて、中々な失言をしている。
キシが苦笑いしていると、アンリズに肘で突かれた。
「やたらと張り切っているけど、ティシリアに手を出したんじゃないわよね?」
「肉体関係とか恋愛関係の話なら、そんな事実はないと表明しておく」
「そうなの。ああやって女性が張り切り出すのって、心身に変化が起きた時が多いって、情報にはあるんだけれど?」
「普通に話をしただけだよ。悩み相談的なことをね」
「悩みが晴れたから、頑張っているんだと言うわけね。どんな悩みだったか教えてくれない?」
「それは――言ったらまずい気がするから、内緒ってことで。知りたいなら、ティシリアに直接聞いてくれ」
「……分かったわ。後で聞いてみることにする」
アンリズの信用していない様子に、キシは苦笑いを深めて後ろ頭を掻く。
すると、横で話を聞いていたビルギが会話に入ってきた。
「悩み相談って、キシは見た目とは違って、もともとは年配者ってことですか?」
「ゲームのアバターを若くする人もいるけど、俺のこの体は年相応のものだよ。年齢なら、ビルギよりも下だと思うよ」
「いくつです? ちなみに僕は、二十一歳です」
「十八歳だ。とある会社の社員だったから、れっきとした社会人だけどね」
「どんな仕事を?」
「店舗の清掃と客対応、それと人型機械を動かして評価することだね」
「へぇ、キシは向こうの世界では商人だったんですね。でも後半は、いまとあまり変わりませんね」
「商人というか下っ端だよ。それと、人型機械の運転は俺の天職ってことだろうね」
そんな雑談をしていると、ティシリアが乗っていたハンディーがバランスを崩して転んだ。
少々派手な音がして、ヤシュリが青い顔で駆け寄る。
「お嬢! 大丈夫か!?」
「平気、へーき。ちゃんとベルトをつけてたから、どこにも体をぶつけてはいないわ。けど、一度座らせたら休憩するわ」
ティシリアは言った通りに、ハンディーを動かして体育座りにさせると、背部の出入り口を開いて外に出てきた。
「ふぃー。やっぱり運転って難しいわね」
「お嬢は、段々と上達しているぞ」
「そりゃね。だって、始めて乗ったとき、立ち上がらせることもできなかったしね」
「なあ、お嬢。やっぱり、姿勢制御装置を組み込んだ方がいいんじゃないか。そうすりゃ、もっとマシに動かせるぞ?」
「それは、この運搬機のハンガーの中を、往復できてからにするわ。キシが運転できるんだもの。私がやってやれないことはないはずよ!」
「そうかもしれんが……」
ヤシュリは言葉を無くしながら、キシに鋭い視線を向けてきた。
嫌悪や憎悪ではなく、ティシリアのやる気を出させたことは評価するが変に焚き付けやがって、といった恨み節の目である。
キシは『心外である』と身振りしてから、ティシリアへ声をかけた。
「情報官の二人が運搬機を掌握したぞ。今後どうするか、方針を話したらどうだ?」
「そうなの。なら、私の考えを発表するときね!」
ティシリアはハンディーから出ると、『知恵の月』のメンバー全員を呼び寄せた。
集合した面々を一巡して見た後で、ティシリアは考えていたことを伝えていく。
「まず、この運搬機の入手した方法と場所を、他の抵抗組織――特に戦力が充実しているところに売りつけるわ」
「この情報は我々しかもっていないものです。他に渡してしまったら、我々の特異性が失われることになりますよ?」
「アンリズの疑問はもっともだけど、私たちにはこの一台だけで十分よ。二台三台あっても、扱える人員はいないわ。それなら、他のところに情報を流して、有効活用してもらった方がいいわ」
「そういうことでしたら。でも、注意喚起は必要よ。超大型運搬機の長距離砲のことや、この運搬機にある機銃について教えないと、不満がでるかもしれませんね」
「そこら辺は追加情報にして、さらにお金を要求するといいわ。文句を言われたら、お金を出し渋った所為って跳ね除けることができるわ」
「有名どころ相手に、そんな商いができるとは思えませんが」
「一つだけを相手にするなら、そうかもしれないけれど、他にも沢山売りつけたらそうはならないと思うわ。有力かつ有能な抵抗勢力なら、私たちが提供する実際に手に入れた方法は高値でも買うわ。その組織が運搬機の入手に成功すれば、他の失敗した組織は難癖をつけ難くなるわ。大っぴらに言えば、自分たちの実力は運搬機を手に入れた組織よりも低いです、って宣伝になっちゃうもの」
自信満々に言い切ったティシリアを見て、アンリズはため息を一つ。
「……考えは分かったわ。そういうことなら、文句を言ってきた連中のことは、それとなく無能として周囲に流すことにするわ。こちらが噂を流したとバレないように、工夫する必要があるわね」
「任せるわ。続けて、私たち自身が今後どうするかだけど、抵抗活動を少し自粛しようと思うの」
ティシリアの爆弾発言に、キシ以外の面々がざわついた。
「『知恵の月』を解散するのか?」
「自粛だから、活動を縮小するってことでしょ?」
疑問顔で会話をする面々に、ティシリアは柏手をうって静めた。
「私たち『知恵の月』の活動は情報を扱うことよ。運搬機一台、人型機械四機を手に入れても、そこを変化させちゃいけないと思うの」
ティシリアの宣言に、ビルギがおずおずと挙手する。
「でもさ、人型機械が充実しているんだから、攻撃的な抵抗活動に参加した方が、周囲に『知恵の月』をいま以上に受け入れてもらえると思うんです」
「そのことは私も考えたわ。でもね、信用を買う方法は他にもあると気づいたの。それも、他の組織じゃできない方法をね――」
ティシリアが考えを語ると、他の面々も納得した。
「それなら確かに。考えようによっては、抵抗活動に参加するより喜ばれるまである」
「いい方法だとは思うけど、無駄遣いって気もしなくもないわね」
肯定的な意見が多い中、戦闘部隊の面々は少しだけ億劫そうな顔をしている。
「お嬢の考えを実現させるとすると、我々も人型機械を操らねばならぬな」
「用途を考えると、万全に動かせるリアクター付きは三機だから、キシが一つ確定として、あと二機ね」
「とりあえず、動かしてみなきゃわからないわ。我々が動かせないようだったら、使う機体数を減らすか、タミルにも試してもらうかね」
仕事が増えることに、戦闘部隊の三人は気重そうに肩を落とす。
他の面々もいいことばかりじゃなさそうだという顔をしていたが、提案をしたティシリアは「成功間違いなし」と胸を張っていたのだった。