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二話 メタリック・マニューバーズ


 カーゴから飛び出た『布魔』は、背部から炎を棚引かせて、うねる砂漠の地面を激走する。

 

「最新作だけあって、既製品らしくない速度が出る!」


 キシは嬉しそうに、ペダルとスティックを操作。

 『布魔』がフィギュアスケート選手のように、左右に揺れ、回転し、飛び上がる。さらに高跳び選手のように、前方飛び込み、背面跳び、ベリーロールまで披露する。

 存分に機動チェックを終えた『布魔』は、背部バーニアの炎を緩め、速度もやや落ち着いた状態に移行した。

 すると背後から、キシに迫ろうとする他機体の音が、いくつも聞こえてきた。

 ディスプレイに『友軍機』を示す表示と、操作するプレイヤーの名前が表示される。

 キシが表示を確認していると、友軍チャンネルで通信がやってきた。


「HAHHA-! お先に失礼するぜー!」

「じゃーな! 戦闘開幕の狼煙は、速度特化改造機の独壇場だってとこ見てろ!」

「うるせえ。石に躓いて、転倒死するなよ!」


 キシが通信に大声を返すと、多数の機体が笑い声と共に『布魔』を抜いて先へと飛んでいく。 

 その機体のどれもが、どこかしらいびつな印象がある外観で、既製品ではなく改造機といった感じがあった。

 そんな彼らに追い抜かれて、攻撃目標である廃都市の姿が見えてきた頃、また通信が入った。

 今度はプライベートチャンネル――IDに登録してあるフレンドからの通信だ。


「OHAYO! 二冠チャンプ! 今日も、新機体の評価仕事かな?」


 サブディスプレイに映し出されたのは、四角い白人の顔。そこにあるフレンドリーな笑顔を見て、キシの方も笑顔になる。


「よう、ヴィルゴ。その通りに、お仕事だよ。あと、二冠チャンプって呼ぶなよな」

「君は既存機体レディメイド部門、軽改良機ライトカスタム部門の世界チャンプじゃないか」

「二年前の大会だぞ、ソレ。それに重改造機ヘヴィブラッシュ部門、自己製造オリジナル部門、無制限インフィニット部門は日本予選落ちだし、エキシビジョンの殲滅戦バトルロイヤルでは二十位だ。とても王者なんて名乗れないって」

「ハハハ。無改造機体でバトルロイヤル二十位なんて、前代未聞だって大ニュースになったじゃないか」

「俺の実力は、世間様を賑わせるぐらいがせいぜいってことさ。それで『オーストラリアの猛牛』様の機体は、その二年前のままなようだが?」


 会話の最中に、布魔の横に通信相手の機体がホバー移動しながら並んだ。

 その見た目は、牛を思わせる角付きの兜をかぶった、中世の甲冑騎士のよう。もっとも、両手にそれぞれベルト給弾式の重機関銃を携えていなければの話だ。

 キシの指摘に、ヴィルゴは笑い声をあげる。


「ハハハ! 同じなのは外見だけだ。銃は最新式だし、鎧の中身も色々といじってあるぞ、この『オージー・グランミンチ』は。おかげで二年前とは違い、今では自分の動きの通りに、機体が動いてくれる」


 ウィンウィンと音を鳴らして、ロボットダンスをする『グランミンチ』。

 キシはスティックとボタン操作で、ハイハイと身振りを返す。


「相変わらずヴィルゴは脳波コントロール式――海外の表記じゃパワードスーツ操縦方式で機体を動かしているんだな」

「普通に体を動かすように機体を動かせるので楽だからな。アジア人みたいに、スティックとペダルで動かすなんて困難に過ぎるよ」

「折角の仮想現実なんだぜ。操縦桿を握って操りたいのが、男心ってもんだろ?」

「男心で棒を握りたいなんて、HENTAI―NIPPONの言うことはクレイジーに過ぎるよ」

「変に日本語を使おうとするなよ。誤翻訳されてるぞ」

「なんてこった。こういう点は、まだまだ改善が必要だって要望を出しとかないと」

「同意はするが、違う国の人たちが母国語のままコミュニケーションを取れるのは、このゲームだけの特色じゃないか。あまり多くを望むなよ」

「これ以外に、仮想現実完全没入型のゲームが作られるようになれば、その特色は失われると言われているけどね」


 友人らしい他愛無い会話を交わしていると、ディスプレイに【警告】の文字が現れ、ビープ音がコックピットに鳴り始めた。


「おっと、戦闘区域に突入だ。じゃあな、騎士ナイトヒノ。戦果を期待する」

「じゃあな、猛牛。あと、日本語でキシと騎士が同じ音だからって、変な呼び方するな!」

「ハハー。チャンプは細かいなー」


 重機関銃を振って『グランミンチ』は離れて行き、別の侵入口からコンクリート製の建物が並ぶ廃都市へと突入していく。

 キシも操縦桿を握りなおすと、外壁が崩れたビルが立ち並ぶ大通りへと侵入した。




 廃都市に入って少しすると、ディスプレイにロックオン警告が発生した。同時に『ビービー』と警報も鳴る。

 キシは素早く周囲を確認し、胸をなでおろす。


「なんだ。NPCの武器警報か」


 キシの呟きに反応したかのように、外壁が崩れた廃ビルのいたる階層から、わらわらと人が現れた。

 手持ち武器――マシンガンやロケットランチャーを持つ者。据え付け式の大型武器を引っ張り、車輪で移動させる者。バックパックのように大きな通信機を持ち、手にした受話器に怒鳴る者。

 男女どころか老いも若きもいる、多彩なラインナップがそれぞれに細かく行動している。


「こういう点も、このゲームは細かいんだよな――っと」


 キシは操縦桿を操作しつつ、フットベダルを踏み込んだ。

 背部バーニアから強く火が噴き出る。ぐんっと『布魔』の機体が前へと押し出され、周囲の景色が軽く歪む。

 そして通過した場所に、右へ左へと煙の尾を引きながらやってきたロケット弾が着弾し、ひび割れていた大通りに穴をあけた。

 この攻撃を皮切りに、周りのビル群から攻撃が降り注いでくる。

 光景をモニターで確認すると、キシは唇を歪めて笑う。


「銃弾は顔面を狙って感覚器破壊を、ロケット弾で胴体を撃ちダメージを稼ぐ。なかなかに良いルーチンのNPCだ。避け甲斐がある!」


 キシは細かく二本の操縦桿を操り、バスケットボールのピポットに似た動きで、銃弾とロケット弾を避ける。

 機体周辺で爆音が上がる中、キシはさらにボタンを一押し。

 元の世界のIDに登録してあった音楽――ひと昔前のロボットアニメで戦闘曲として流れていた、ハードコアテクノ系BGMがコックピットに鳴り響き始めた。


「ぃやほー! ノッてきたぜ!」


 お調子者のような声を上げながらも、キシの操縦は冴えに冴え、周囲からやってくる攻撃が勝手に逸れてくれているかのように、完璧に避けていく。

 すると、狙って当てるのは難しいと相手側は感じたらしく、キシの進行方向へばら撒くように銃弾やロケット弾が降り始めた。


「大盤振る舞いか。有り難い!」


 キシはひるまずに前へと機体を飛ばして、銃弾の雨の中を突き進む。

 『布魔』の機体表面で火花が散り、コックピット内には夕立がトタン屋根を打つような音が響く。その音が流れている音楽に深みを与え、さらにキシの気分が上昇した。

 体で調子はずれのリズムを取りつつ、機体の腕を動かしてコイルガンを握らせ、前方へ迫ってきたロケット弾に照準。そして発砲。

 磁力の力で放たれた釘のようなダーツ弾がロケット弾を打ち抜き、オレンジ色の火の弾が空中に出現する。その真っ只中を突っ切るように、進路を進める。爆炎と煙幕を抜けると、周囲からの攻撃が少し止む。キシが切り抜け切ったことに動揺しているようだ。

 そんな彼らに『布魔』はコイルガンの照準を向ける。大慌てで周囲からの攻撃が再開されたが、キシは避けつつ、機体に腕を振る動作をさせる。

 その身動きは『バイバイ』と、別れの挨拶だ。


「撃破ポイントは惜しいけど、俺って機体に乗ってないNPCは殺さない主義だから」


 遊びはここまでと避ける動作は最小限にし、キシは『布魔』を前へと進発させ、さらに走る速度を上昇させていく。

 その間に、サブディスプレイと機体の目で、各部のチェックを行う。


「モニターも機体にもダメージは無し――あれ? 腕の包帯がボロボロだ??」


 ロケット弾は避けきったのにと首を傾げかけ、キシはある現象を見た。

 横から跳び入ってきた銃弾数発が、『布魔』の腕に着弾。布のような新装甲『TISSUE』はそれを弾いたが、その直後に着弾箇所がパラパラと剥がれ落ちたのだ。


「なるほど、反応爆装甲リアクティブアーマーみたいに、強弾と弱弾関係なく一発受けたら装甲が剥がれちゃう仕組みなのか。機体相手で一対一の場面じゃ重量対効果は高そうだけど、多数のNPCを相手にするときには問題だな……」


 すっかりボロボロになってしまっている腕の包帯を見て、キシは肩をすくめつつ、気分を入れ替えて前へと機体を進ませた。




 いくつかの攻め手の機体が通路上に陣取り、周囲のビル群に銃弾を叩き込み、敵対人物撃破で得られる微量なポイントを稼いでいる。

 その間をキシは飛び抜け、さらに前へ。この作戦目標である、廃都市中心部に存在する、巨大リアクターを目指す。

 大通りから裏路地、崩れたビルを飛び越えるルートなど、様々な道があり、初心者では迷ってしまう廃都市の通路。

 だがキシにとっては、長年プレイしてきた分だけこのマップの構造を深く理解しているため、迷うことはない。


「さてさて、もうそろそろ守り手のプレイヤーの機体が見えてくる頃だけど――って、ちょうど来たか」


 眼前に機体が現れ、その姿を捉えたモニターに警告メッセージが現れる。

 キシは操縦桿のボタン操作で警告を消すと、相手の機体をつぶさに確認した。

 鉢金を額にまいた忍者のようなシルエットであり、腕には白い包帯のような新装甲。偶然にも同じ『布魔』だった。


「へぇー、俺と同じ機体――いや、腕の包帯が前腕だけになっていて、上腕は普通の装甲になっている点を見ると、若干カスタムしてあるのか。今日売り出された新機体だってのに、もう改造までしているのかよ。その技術力ないしは資金力が羨ましいな、おい」


 機体の購入と自由な改造カスタマイズは、このゲームの華である。

 とはいえ、丁寧に作り込まれた機体は、現実の機械とそん色のないカラクリ仕掛けである。

 機械系に詳しい有志が解析して情報をネットに上げるより先に、機体を改造することはとても難しい。

 それを可能にしようとするならば、機体を操るパイロット自身かその友人が機械に強いか、もしくは機体改造をリアルマネーで請け負う『改造屋』を雇うかだ。

 そして改造屋を雇った場合、今日新発売されたばかりの『布魔』の改造費は、前情報がないため高くなる。さらに、キシの前に立ちはだかった機体のように即日仕上げとなれば、さらに追加料金が発生する。

 そう。今まさにキシが相手にしようとしている相手は、そんな手合いの者であった。


「ハッ。どノーマルの『布魔』を使っている恥ずかしい奴は誰だと見に来れば、その鉢金にある『四角い白枠の日の丸印』。ははっ、お前『弱者の王者』様か! いい獲物に出会えたぜ!」


 コイルガンで発砲しながらオープンチャンネルで放たれた侮りの声は、聞くからに変声期を過ぎたばかりの幼げなもの。

 キシは舌打ちする。義務教育が済んでないないにしても行儀がなってない様子と、弱者の王者と蔑称で呼ばれたことに対して。


「この手の奴は、相手にせずに逃げると『逃げた、逃げた!』って公式HPでイキリ倒してくるし、倒したら倒したでチートだなんだと面倒なんだよなぁ……」


 キシはげんなりしつつも、相手から放たれるダーツ弾を避けつつ、反撃にコイルガンを一度撃つ。

 向こうは攻撃に集中し過ぎていたようで避けきれず、装甲板に改造していた肩部にダーツ弾が命中した。


「クソッ! ノーマル仕様のクセに!」


 自分だけ攻撃を食らったことに怒り心頭な様子で、コイルガンを連射してくる。キシが操る既製機体のコイルガンは単発なため、こちらも改造してあることが確定だ。現に、キシの機体が放つものより、ダーツ弾は短いうえに細めという連射向きのものに変わっている。

 即日改造仕上げにも関わらず、細かいところまで改造してある機体を目にして、キシは悪戯心と物的欲求心が持ち上がる。そしてオープンチャンネルで、相手に言葉を投げかけた。


「お前みたいに腕がないやつには、その機体は扱いにくいだろ。しょうがないから、俺が貰ってやるよ」

「なんだと! 誰が下手だ、こらぁ!」


 挑発に、相手は喚きながらコイルガンを連射して突っ込みながら、背部マウントに備えていた長刀を逆手に抜き放つ。既製には無い武装なので、こちらも新たにくっつけた武器である。

 キシはダーツ弾を避けながら、自分の機体の腕から隠し刃を伸ばして構える。


「おおらああああああああ!」


 スピーカーを震わす相手の雄たけびに耳を少し痛めながらも、キシは振るってきた長刀を腕から伸びる刃で受ける。大質量の金属がぶつかる重い音と衝撃に、コックピット内が揺れる。そしてキシの機体が少し後ろに流れる。力負けだ。


「駆動系と四肢の出力にも改造が施されているのか。解剖すれば、検証レポートに華が添えられる。ますます欲しいな」


 キシは唇の端を上げながら、操縦桿とペダル操作で機体を横に半回転させる。力押しをしてきていた相手は咄嗟に反応できず、たたらを踏んでから慌てて振り返る。

 その瞬間、キシのコイルガンが相手の機体の頭部に触れていた。


「『チェック』だ。これであとは『メイト』をかければ、その機体は俺のものになるぞ。どうする?」

「その前に、お前を倒せばいいだけだろ!」


 長刀が滅茶苦茶に振るわれ、コイルガンが狙いも定かでないうちに連射される。キシを倒そうというより、近寄らせないための行動だ。

 それもそのはず。

 このゲームの特色として、相手の機体の頭部とコックピット部分に武器を触れさせて、それぞれ『チェック』『メイト』と唱えると、その機体を奪うことができるシステムがあるのだ。しかし逆を返せば、機体に触れさせなければ奪われる心配はないため、『改造・布魔』の操縦手の行動は定石中の定石である。

 しかしキシは、プレイ人口が少ない既製機体と軽改良部門とはいえ、世界一となったことがある実力者だ。本日新発売の同じ機体といった、慣れよりも操縦技術がものを言う場面においては、日本有数の腕前を誇る。

 自分の機体にダーツ弾のかすり傷を受けることを許容しつつ、相手の乱雑な攻撃の合間に隙を見つけることなど、造作もなかった。


「よっと」


 オープンチャンネルに流れる、キシの声。その軽さとは裏腹に、機体が振るった刃の素早さは目を見張るものだった。

 素早く迫った刃は、相手が振るった長刀に当たり、その軌道を曲げる。予想外の方へ進行が流れた長刀は、自身のコイルガンを持つ手に当たる。乱射されていたダーツ弾の弾幕が、キシの機体から逸れて廃ビルに多数の穴を穿つ。


「クソッ!」


 両腕がぶつかって絡まった状態では戦えないと、相手は後ろに逃げようとバーニアを吹かす。

 しかしそれはキシの予想の範囲内。事前に準備していた手りゅう弾を逃げる先に投擲し、爆発。爆炎と爆風の圧力で相手の機体を前へと押し戻す。

 無理やりに飛ぶ軌道を変えられて、『改造・布魔』の機体が体勢を立て直そうと、ほんの少しの時間だけ動きが鈍る。そこにキシは自分の機体のバーニアを噴射させて瞬発し、相手の機体のコックピット部にコイルガンを押し付けた。


「『メイト』。『チェック・メイト』成立で、その機体は俺の物だ!」

「なッ!! この鬼畜、悪魔! この機体買ったばかりだし、改造費は高かったんだぞ! お前、このゲームの社員になったんだろ。客には優しくしろよ! 絶対に本社に抗議のメールを入れて――」


 唐突にオープンチャンネルの通信が切れ、相手の機体が力を失ったように項垂れる。

 一秒後、再び顔を持ち上げたその機体は、廃都市の外へ顔を向けると、バーニアを最大級に吹かして離脱していく。向かう先は、キシの機体運搬用カーゴだ。

 ああして鹵獲した後で、元のパイロットがゲーム世界ないでどうなるかは、設定では機密事項ということになっている。もちろん、現実世界では『チェック・メイト』成立と同時に強制ログアウトの措置が取られるため、あの小生意気なパイロットは黒卵から出た後に地団駄を踏むことは確定している。

 キシは離脱していく機体を見送り、もともとの目的地へと頭部を巡らせた。


「さて、十分に機体の調子もわかったし、鹵獲品っていうお土産も貰った。さっさと、この作戦目的を達成するとしますか」


 キシは『布魔』を進発させると、廃都市中心部へと舵を取る。

 途中に出会う機体をなるべく無視し、追いすがる機体にはコイルガンで頭の感覚器を破壊しつつ、素早い移動を心掛けたのだった。

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[一言] >バスケットボールの『ピポット』に似た動きで、 ○:ピボット(pivot)
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