二十八話 カーゴであれこれ
カーゴの通信設備を無効化した後で、運転席の電源を戻しながら携帯端末に繋ぐと、端末画面でカーゴを自由に移動させることができるようになった。
立役者は、ビルギだ。
「といっても、内容を解析して改変できたのは、走行の部分だけなんですけどね」
「とりあえず移動できるだけでも、十分だよ。移動さえしてしまえば、広大な大地に運搬機一つなんだから。まさに、砂漠で特定の小石を一つ探すようなもんだしね」
キシは端末を借りてカーゴを動かしつつ、ビルギに操縦の仕方を見せ学ばせていく。
二人の横では、台座に端末を繋いだアンリズが、運転以外のプログラムについて精査している。しかし、あまり上手くいってはいないようだ。
「送信側と情報を共有するシステムなので、ビルギの端末で運転ができるように、他の部分についても仮想画面を作成すれば色々な機能が使えるはずなのに……」
「もうすぐ、一時停止予定地点だから、ビルギとアンリズの二人で解析してみたら」
キシが提案すると、アンリズがとても嫌そうな顔をした。
「それは、一人ではできないと言っていますよね」
「そんなつもりはないよ。ただ、二人とも得意な方面が違っているみたいだから、そうした方が早いんじゃないかなって」
情報官二人そろって首を傾げるので、キシはとぼけなくていいと笑いながら説明を付け加える。
「ビルギはハンディーの村でしていた市場調査のように、たくさんある情報から欲しい情報を大まかに絞り込むことが上手いんだ。アンリズは大会の対戦相手を調べてくれたみたいに、特定の情報を深く精査していくことが得意。なら、ビルギが大まかに情報を絞り込んで、アンリズがそこをさらに精査すれば、もっと早く解析がすむだろ?」
「そう言われると、たしかに僕はそういうのが上手いですけど」
「こちらも、情報を細かく調べがちだなという自覚はあるわ。それにしても、キシはよくこちらの特性を掴んだわね。出会ってそんなに立っていないのに」
アンリズが「油断ならない」という目を向けてきたので、キシは半笑いで首を横に振って否定した。
「俺が気付けたのは、自分の力じゃなくて、ティシリアが二人に振った仕事の内容を見てだから。つまり、ティシリアは二人の特性について理解して、仕事を割り振っていたってことだな」
「なるほど。リーダーからヒントを得ていたわけですね」
「つまりは、カンニングということね。感心して損した」
「評価が酷いな――っと、ここが休憩地点だな。その割には……」
キシはカーゴを止めると、全周モニターに映る景色に目を向ける。
「……特に何もない砂漠のど真ん中のようにしか見えないんだが?」
「その通りですよ。ここはどの勢力の影響下にない土地で、人型機械の目撃例もなく、集落や補給地点からもかなり離れた場所です」
「この運搬機をより詳しく調べるにあたって、他者や人型機械の邪魔が入らずに済む、いい場所ということよ」
「なるほどな。じゃあ俺がここにいても、解析作業の二人の邪魔になるし、メカニックの二人の手伝いに向かうとするよ」
キシは端末をビルギに返すと、開けっ放しにしたままの出入り口を通って、人型機械三機と運搬用トラックが一台止まっているハンガー部へと入った。
その際にチラッと横目で、人間大のシリンダーの中身を見やる。中の人物の促成はかなり進んでいて、十歳未満の幼女の姿になっている。
あんまり見ては良くないと直感し、キシはメカニックたちを探していく。
すぐに二人は見つかった。人型機械の一つ、ハードイスのコックピットに入り、なにやら作業をしている。
「なにしているんですかー!?」
キシが大声で呼びかけると、向こう側からも大声がやってきた。
「コックピットの調整中じゃ!」
「運転者の頭を焼いちゃう危ない機械を外してねー、その際に繋がらなくなった電線を繋ぎなおすんだよー」
「なにか、手伝えることあるー?」
「二人で作業することに慣れておるし、時間んもたっぷりあるからの。必要ない!」
「ごめんねー。機械いじりの素人さんを入れるわけにはいかない、ちょっと繊細な作業だからー」
「わかった。よろしくお願いしますねー!」
キシは二人に声をかけ終えると、さてどうしたものかと腕を組む。
メカニックが人型機械を弄っているため、他の機体でも運転席に座って感触を確かめることははばかられた。
それならと戦闘部隊に目を向けると、後部銃座から弾薬をハンガー内に運び出している。キシが手伝おうかと思った瞬間、危ないから近づくなと、身振りで制された。
(運動音痴の俺が手伝って、うっかり転んだりしたら危ないもんな……)
キシは戦闘部隊に了解と身振りすると、やることが本当に見当たらなくなった。
仕方なく、キシは運搬用トラックの荷台に括り付けてある住居用トラックに入ることにする。シリンダーから出したあの女性が、目を覚ましたかもと考えたからだ。
住居用トラックに入ると、シーツを掛けられた女性の隣に、ティシリアが座っていた。
「なにしているんだ。なにやら、腕をシーツの中に突っ込んでいるように見えるんだが?」
キシが指摘する通りに、ティシリアが腕を女性の横からシーツ内へと潜り込ませている。シーツ越しではあるが、しっかりと体を触っているように見えた。
「もしかして、ティシリアは女性が好きなのか?」
「違うわよ! 触っていたのは、私たちと体のつくりが違わないか確かめていたの! シーツをかけたままなのは、うっかりと入ってきた男性陣に女性の裸体を見させない用心のためなの!」
「お、おう。そうだったんだ……」
くわっと擬音が出そうなほどに目を見開いての主張に、キシは思わず頷いてしまった。
ティシリアは「わかればよろしい」と、鼻息を一つ吹き、シーツから腕を抜いた。
「ふんっ。それでキシは、どうして入ってきたのよ」
「やることがなくなったし、その女性が目を覚ましていないかなって見に来たんだ」
「ふーん。眠って起きない女性に、誰の目もない時間帯に、一人だけで見舞いにきたわけね」
「なんか邪推マシマシの口ぶりだが、本当にただの暇つぶしで、他意はなかった」
「……信じましょう。キシは優しい紳士だもんね」
納得しているのか微妙な顔のティシリアに、さらに誤解させかねないと分かりつつも、キシは訂正を口にする。
「俺は紳士なんかじゃないぞ。単純に、やりたいこと、やってみたいことをやっているだけの、趣味人だからな」
「ふーん。やりたくなったら、寝ている女性に悪戯をするかもしれないわけね」
「いや、そういうわけじゃないってば」
「……分かっているわ。今のは本当につまらない冗談だったって、自分でも思ったもの」
ティシリアは失敗したという表情を少ししてから、真剣な顔をキシに向けてきた。
「キシが私たちのことを手伝ってくれるのは、やりたいや、やってみたいからなのね?」
「まあな。なんたって俺は、こっちの世界じゃ天涯孤独で、やりたいこともそんなにない。なら、知り合った相手――俺は勝手に友人だと思っているが――その人たちの手伝いをてみたいって思うことは自然だろ?」
勿体つけた言い回しで語ると、ティシリアが面食らった顔をしていた。
「友人ってこと、私たちが?」
「仲間っていうほど、ティシリアたちが俺のことを信用してないってのは、なんとなくわかる。それなら、知り合ったばかりの友人って間柄が、俺たちの関係を表すのにぴったりじゃないか?」
「それは――それもそうかもしれないわね」
煮え切らない言葉ながら、ティシリアは一つ頷く。そしてキシへ羨望のまなざしを向ける。
「キシはいいわよね。運転の腕で、ハンディー大会を制して、そのうえで運搬機と人型機械を三つ手に入れちゃってさ。私は何年かけても成果が上がらかったばかりか、あとちょっとで借金漬けで組織を解散させなきゃいけないところだった。ううん。あのときキシの機体を爆弾で停止できなかったら、事実その通りになっていたはずよ」
「なんだよ、急に暗い話をしだして」
「……こっちを友人だと思ってくれているなら、真剣に聞いて」
真剣な目つきに、キシは茶化さずに聞くことにした。
「つまり、なにが言いたいんだ?」
「私のような不手際ばっかりな小娘なんかじゃなくて、人型機械の運転が確かなキシが『知恵の月』のリーダーになってくれないかなってことよ」
「……冗談じゃなくて、本気で言っているんだよな?」
「本気も本気よ。だって、キシが入ってくれてから、この組織は短い間で一気に飛躍したわ。それなら、私がリーダーより、キシがなった方がもっと上を目指せると思わない?」
すがる視線に、キシは困って後ろ髪を掻く。
「買いかぶりすぎにもほどがあるな。そも、俺がリーダーになったら、きっと一日で瓦解するだろうさ」
「そんなことないわよ。人型機械を上手に操れる人は、抵抗組織内では一目置かれて、従う人は多くいるわ」
「ティシリアが真剣なまなざしで言うんだ。他の組織だったら、たぶんそうなんだろうな。でも、この『知恵の月』ではそう上手くいかないと思うんだよな」
「どうしてよ。みんな、他の組織にはいないぐらい、優秀でいい人たちばかりなのよ」
「その優秀でいい人たちが、どうしてティシリアの下についていると思っているんだよ。少なくとも、弱小組織に甘んじているんだから、立身出世が目的じゃないだろ」
キシは言いながら、ティシリアの顔の中心に指を向ける。
「君だ、ティシリア。君だからこそ、彼ら彼女らは従っているんだ。それが人徳からか、それとも打算からかは、俺には分からないけどな」
ティシリアから直接聞いていないので、キシはこの場では言わないが――『知恵の月』の面々は有力者であるティシリアの両親や、有名な兄ではなく、彼女についてきた。どんな理由でそう判断したかは謎ではあるが、運転の腕だけがいいキシが頭に座ろうとすれば、彼らが反発することは必至だ。
キシは確信を持っているが、当事者であるティシリアには『灯台下暗し』よろしく良く分かっていないようだった。
「それはそうかもしれないけど、それならキシがリーダーで私が副リーダーになれば――」
「そうしたら、あの人たちは俺の判断ではなく、ティシリアの意見を聞くだろうね。そうなったら結局、組織はなりたたない。そうなったら、俺一人が邪魔だって組織から追放されるんだろうね。そんなことにはなりたくないな」
ティシリアが反論しようとするのを、キシは手をかざして止める。
「それにだ。俺には悪癖があるって言っただろ」
「弱点が弱点じゃないように見えるってアレ?」
「それは人型機械に限ったことだけど、人のあら捜しが苦手なのも事実なんだ。けどこの特性は、上に立つ物としてはダメなことなんだ」
「そうかしら? 良い点がよく見えるってことは、長所を伸ばせるってことでもあるんじゃないの?」
「いや、そうはならない。なんたって、他の人が欠点に見えている部分を、俺が長所であると判断してごらんよ。その点を伸ばしちゃったら、他人の迷惑にしかならない。そうなったら不満がたまるわけさ。どうしてアイツは依怙贔屓されているんだってね」
「そうか。価値基準が違い過ぎて、キシの考えが理解されないのね」
「言葉を尽くしても認識の差は埋められないって、元の世界の職場で後輩を持たされた時に思い知ったよ。甘やかすな、ちゃんと教育しろ、後輩になめられているぞ、って上司や同僚に何度も言われたよ」
キシは苦笑いし、そして表情をなくして悟ったような顔になる。
「それで俺は、自分は人の上に立つのは向いてないって思ったんだよ。価値観が異質な人物は、組織の上にいるべきじゃなくて、横の位置で便利使いされていた方が自分と社会のためだってね」
「上下はわかるけど、組織の横ってなに?」
「何でも屋や傭兵みたいなもんさ。俺の力が必要なところに出張って、役目を終えたら別の場所へ。って感じかな」
「つまり、いまキシが『知恵の月』でいる位置そのままってことね。でも、人に便利に使われるのが、キシにとって本当に良いの?」
「それも価値観の違いだよ。便利に使われるってことは、役に立っているってことだ。そして俺に求められる働きは、俺の腕前の域からは絶対に出ないってことでもあるから、気楽でいい。まあ、組織に正式に組み込まれないから、周りからは自由人っぽく見られちゃって、仕事に対して責任感を持て言われちゃうこともあるけどね」
キシが言葉を尽くして自分語りを終えたところ、ティシリアは首を傾げていた。
「最後の方とか、よく理解できなかったけど。要するに、キシはリーダーになんてなりたくないってことよね」
「ぶっちゃけていうと、その通りだね」
「なら、そうとだけ言えばいいのよ。私だって、嫌な役目を無理やり押し付けたりはしないんだから。男の人って誰でも上に立ちたいって欲望があると思ったから、キシに提案したんだから」
「男性が上に立ちたがるって、ティシリアの体験から?」
「父と兄を見ていてよ。二人とも、多くの人を配下にしていることに、喜びを感じている節があったの。リーダーなんて多くの人の命を預かって責任が重たいのに、お山の大将気取りなんて、全く理解できなかったわ。もっとも、下につく人はあの態度の方が受けがいいみたいだから、私も『知恵の月』の運用の際には参考にさせてもらっているけどね」
「つまり、父と兄とは価値観が合わないから、ティシリアは袂を分けたわけだ」
「……そう言われちゃうと、私ってキシのように、自分と他人の価値観があまりあっていない人間なのかしら?」
「類は友を呼ぶって言葉があるぐらいだから、そうかもしれないな」
お互いに小さく笑い合うと、ティシリアはぐっと上に伸びをした。Tシャツを押し上げる、成長途中ながら豊かさを感じさせる膨らみに、キシは目をくぎ付けにされそうになり、慌てて目を逸らす。
キシの視線に気づかなかったティシリアは、伸びから一気に上半身を脱力させる。その際、動きに遅れた乳房が遅まきながらに所定の位置に戻ろうとして、少し揺れたように見えた。
「それじゃあ、遠慮なくこれからも『知恵の月』のリーダーは私ってことでいいわね。それと、そんなに使われたいのなら、遠慮なく使ってあげるから覚悟しなさいよ」
「過労死しない程度、ほどほどで頼む」
「分かっているわよ。キシは『知恵の月』で唯一人型機械を動かせる人間だもの。大事に使い倒してあげるわね」
ティシリアが言いながらキシに向けてきた笑顔は、悩みが晴れた証のように、曇りひとつない表情をしていたのだった。