二十三話 砲撃
三時間ほど、キシたちが超大型で要塞のような運搬機を監視した。
特に変化があるわけでもなく平和そのもので、あまりの暇っぷりにティシリアは大あくびをした後で眠ってしまった。
最初は座椅子に背中を預ける形で、次に徐々に体が斜めに傾く。そして、運転席で伸びをしていたキシの太腿の上に頭が落ちた。
「すー、すー」
静かな寝息を吐きながら、枕の高さに頭を合わせようとして、ティシリアはキシの太腿に顔を擦りつけるように動かす。
キシが不意の事態に驚いて固まっていると、ビルギが忍び笑いをしているのが目に入った。
「なんだよ。笑うなよ」
「いやね。これでキシも『ティシリア睡眠被害の会』の仲間入りだなって思ったんですよ」
「なんだよその会合の名前。いやな予感しかしないんだが」
「安心してください。会員は僕とキシの二人だけなのですから」
「『知恵の月』の中でもより少数派に属するなんて、さらに安心できなくなったぞ」
キシが半目を向けると、ビルギは脅かし過ぎたと半笑いになる。
「単純に、ティシリアが運転席や助手席で居眠りした際に、色々と我慢しなきゃいけないよねって話をしたいわけです」
ビルギは声を潜めてティシリアが起きないように気を配りつつも、彼女の肢体に指を向ける。
「あどけない眠り顔で、膝枕とか肩に頭をのっけてきます。寝相でTシャツがズレて、白いうなじと鎖骨があらわになり、顔をちょっと傾ければ谷間も見ることができます」
ビルギの言葉に従って視線を動かしそうになり、キシは慌ててティシリアから顔を逸らした。
「いや、普通に起こせばいいだけだよね」
キシが揺すり起こそうとする手を、ビルギが止めた。
「止めてください。ティシリアは十代半ばという年齢の少女なのに、犯行組織のリーダーの重責を負わされて疲れているんです。睡眠ぐらいは、差し迫った状況がない間は、自由に取らせたいんです」
「話はわかるけどさ。こうして無防備に寝られると、こちらが男性だって思われていないような気がするんだけど」
「あー。ティシリアは、より小さな頃から反抗勢力の下で暮らしてきましたからね。男所帯に適応しすぎて、婦女子が抱かないといけない異性への警戒感が薄いきらいがあるんです」
「もしかしてお嬢様は、大組織のトップの娘とか?」
「いい線いってますね。両親は大組織の幹部。兄は中堅の中で一番有名な組織のトップです」
「なんとも、エリートなことで」
言葉を返しながら、キシはティシリアが『知恵の月』のリーダーになっている理由に納得していた。
親の七光りや兄の後ろ盾のお陰とは考えないまでも、偉大な家族の一員であるからこそ、『知恵の月』の面々がついて来てくれているのだろうと。
キシのそんな考えを、ビルギは見透かして苦笑いする。
「ティシリアが独立する際についてきたのは、経験のない年若い人かくたびれた老人。さもなければ重要視されていなかった役職の人ですからね」
「重要と思われてないって、話の内容と『知恵の月』の人員から考えると、情報官のことだよな?」
「各地の反抗勢力と情報をやりとりして、作戦立案から人員調整、他勢力との折衷交渉までやる役職なんですけけど、前線で直接的に役立たない人間は下に見られがちなんですよ」
「命を張るからには、そういう考えに向きがちになるって分からなくはないけど、武官と文官は両輪で動いてこそっていうけどな」
「まさにその通りなんですよ。いやー、キシさんとは話が合っていいですね。やっぱり『知恵の月』に引き込んで正解でした。主に、僕らの理解者が増えたという意味で!」
嬉しがるビルギに、キシはハイハイとぞんざいに応じつつ、太腿の上に頭をのせているティシリアに指を向ける。
「このお嬢さん。段々と危険な位置に顔を持って行こうとしているんだが、いいのか?」
ビルギが見れば、ティシリアは顔をキシの太腿の間に押し込むようにして寝ている。日の光が目に差し込むのを避けるための行動である。
問題は、その鼻先がもう少し動いたら、キシの秘密の場所にくっつきそうになっていることだ。
ビルギは状況をちゃんと見てから、にっこりと笑う。
「安心してください。そこでティシリアが目を覚ましても『あー、寝ちゃってたわ。ごめんなさい』と言うだけで、酔ったアンリズのように『きゃー、変態!(ばしり)』とはなりませんから。むしろ、その位置に涎を垂らされて、漏らしたと他の人に誤解されないことの方が注意するべき点ですね」
「……ちゃんとした性教育、教えてやった方がいいんじゃないか?」
「アンリズと話し合ったんですけど、匙加減が難しいって判断して先送りになりましたよ。ティシリアは変に思い込みが激しいので、下手を打つと潔癖になるか淫乱化するか、予想がつかないんです」
「潔癖はわかるが、淫乱って随分なような?」
「下の知識は、子作りと直結しますからね。人として当然のことと言い含めたら、良いことなんだからと男性を誘うようになるかもしれないと危惧したんです」
「十代半ばの少女と言っても、自意識のある女性なんだから、流石にそれはない。むしろ性に対して潔癖に傾くかもしれなくても、こうやって無防備な姿を晒すことで、悪い男に狙われないよう教育が必要だろ」
「傍目から見ていると、キシは十分にティシリアを誑かしているように見えますけど? それこそ、そうやって口淫まがいな態勢で眠るぐらいに――」
男性同士の気安さもあり、段々と下世話な話になりつつあったとき、ティシリアの「う~、やれー、キシー。お兄ちゃんの手下を、ぼこぼこだ~」と間抜けな寝言が空間を駆け抜けた。
キシとビルギは口にしていた言葉の内容を思い出し、身をすくませて、話題を少しずらした。
「俺は言われたとおりに、役目をやってきただけだけど?」
「ティシリアが立てた案を簡単に実現するばかりか、女性だからと下に見たりしないでしょう。それだけでも、ティシリアにとってキシは特別なんです」
「女性だろうと男性だろうと、まずは礼節から入り、自分より優秀な点があれば尊敬し、悪しき行いが目に入れば自分はそれをやらないようにする。それが人が生きる基本の道だと教えられて育ったもんでね」
「いい言葉ですけど、じゃあキシはハンディー大会の主催者のことも悪く思っていないんですか?」
「大会中にずるい手を使ってきたことに対する怒りはあるけど、彼だって必要に迫られたからああいうことをしたんだろうなって、理解することはできるからね。事実『知恵の月』のような、資金も人型機械にも困っている組織じゃなかったら、景品の偽装なんて村と抵抗組織との大問題に発展していただろうし」
「そう分析すると、確かにあの人もやむにやまれぬ事情があったかもとは思いますけど……」
「無理に納得する必要はないさ。単純に、俺は終わったことを気にするよりも、現在から未来のことに関して考えを巡らしたいってだけ。終わったことをあれこれ考えるのは、現在か未来で同じ状況になったとき、より上手に事を運ぶためで、妬みや恨みを醸造したいわけじゃないから」
「……そこだけ聞くと、キシが聖人君子のようですね」
「あはは、まっさかー。俺は俗物も俗物だよ。なにせ、現在を楽しく生きられればそれでいいんだから」
キシはビルギの誤解が面白いと笑い、次の瞬間には顔を引き締め直した。
そして、運搬用トラックを始動させて、バックで急発進する。太腿にいるティシリアが落ちないよう、片腕で支えながら。
「ど、どうしたんですか、いきなり!?」
「大型運搬機に動きがあった。こっちに砲撃してきているんだ!」
「えっ、なにも聞こえてきませんよ?」
「離れているから、発砲光が見えても、音や振動は後からやってくるんだ!」
キシが叫び終わった直後、砂の地面を揺らす衝撃がやってきて、次に窓ガラスを揺らす大音響がきた。
「キャッ!? なに、なにが起きているの!?」
「起きてそうそう悪いけど、着弾の衝撃に備えてくれ」
キシはトラックを停止させると、頭を抱える。ビルギもティシリアも慌てて倣い、耐衝撃体勢に入った。
数秒後、近くに大型運搬機が放った砲弾が着弾した。それは榴弾で、激しい音と光、そして爆炎を噴き上げる。
ガタガタとトラックが揺れ、爆発で吹き上がった小石や砂が降ってきて、硝子窓を叩き始めた。
キシは急いで顔を起こすと、周囲の状況を確認する。
砲撃は近くに落ちたが、それは人型機械や大型運搬機の場合だ。人間の尺度で見たら、数十メートル以上に間隔があいている。
キシはほっとしながら、トラックを移動させ始める。大断層や逃げ出した位置から離れる軌道だ。すると、大型運搬機が追い立てるように、大砲塔からの砲撃を繰り返してくる。
着弾する場所が遠くに離れつつあることで、大型運搬機から距離がさらに開いたと知ったティシリアが噛みついてきた。
「ちょっと、キシ! どうして逃げようとしているのよ! せっかくここまで来て、しっぽ巻いて逃げる気!」
「落ち着けって。別に逃げようとしているわけじゃない。大型運搬機が突然砲撃をしてきた、その理由を追っているんだよ」
「追うって――まさか」
「ああ、逃げている最中に見えた。大型運搬機が移動し、いた場所の地面から最初期の運搬機――通称『ロールケーキ』が出て去ろうとしているのが」
「なるほど。大型運搬機が場所を移動したことで、感知範囲にこちらが入ってしまい、砲撃を受けたということですか」
「そういうこと。今は攻撃範囲外にいるから、砲撃は心配しなくてもいい」
キシは言いながら、トラックの速度を上げていく。ここからはスピード勝負。その理由を語っていく。
「訓練を終えた初心者は、現実の世界で端末を操作して、色々と購入することができるようになる。他の人型機械の購入やアバターの衣服の変更、そして運搬機の防衛力を上げる銃座の追加配置だ。最近じゃ店員が窓口で世話をしてやってくれることもあるから、うかうかしている時間はない!」
「それじゃあ、いよいよ運搬機の強奪ね! よしっ、メカニックの二人に、積んである人型機械を動かせるよう準備するように伝えてくるわ!」
「高速移動中なんだから無理していく必要は――ああもう!」
キシが止める間もなく、ティシリアは助手席の窓から外に出て、荷台に積んである住居用トラックに向かっていった。
落ちては問題なので、キシはビルギに窓からティシリアの様子を見させ、その間は安全が損なわれない程度までトラックの移動速度を落とした。
そして、ティシリアが荷台に入ったとビルギが知らせた後、念のため一分ほど待ってから、キシはトラックの速度を最高速まで戻したのだった。