二十二話 移動と監視
キシたちは人型機械運搬用トラックに乗り、大断層へ向けて進んでいく。その荷台には、住居用トラックも積んであり、転がり落ちないようにワイヤーで括りつけられている。
運転席と助手席には、運転が可能な二人、キシとビルギが交代で座りつつ、運転をしていない方は地図を呼び出した端末を見ながらナビゲートする。
段々と地形は岩場が少なくなり、砂の丘陵が増えてきている。
それでも、大型の運搬用トラックの座席が高い位置にあることもあって視界は良好で、キシが運転している間は極力揺れないように走ることも用意だった。
「こうも暇な道程だと、運転中のBGMが欲しくなるな。機体に入れていたから、手持ちにはないんだけどな」
「音楽ですか。僕らも、人型機械に入っているものを復元して聞くこともあるんですが。あいにく、この端末には音声出力できる機能はないんですよね」
「そいつは残念。この景色だと、荒廃した世界を題材にした映画の音楽が合うと思ったんだけどなぁー」
キシとビルギが雑談しながらレーションと水で腹を満たしていると、不意にトラックの屋根からコンコンと音がしてきた。
キシは訝しく思ったが、ビルギは慣れた調子でトラックの窓を開ける。
するとそこから、するりとティシリアが滑り入ってきた。
「暇だから、遊びに来たわ!」
笑顔で用件を告げた彼女に、キシは唖然とした後で怒り出す。
「走行中に、荷台からここまで登ってくるなよ。足を滑らせて落ちたら死ぬぞ」
「やあね、ビルギの運転しているときならともかく、キシの安心運転中なら揺れも少ないし平気よ」
「万が一ってこともあるだろ。用事があるんなら、連絡してくれれば運転を少し止めたぞ」
「大げさね。まあ、キシは運動が苦手らしいから、その心配も分からなくはないけどね」
ティシリアは注意を聞く気はない様子で、キシとビルギの間にくると、小さいお尻を無理やり入れ込んで座ってきた。
その際、衣服越しではあったのに、キシの太腿の触覚にやけに柔らかい肉の感触が走り、少しだけ運転が荒れる。
しかしティシリアはそれに気づかなかったようで、笑顔のまま追加のレーションと水を差し出してきた。
キシは運転中なので、ビルギが受け取りながら話を振る。
「それで、ティシリア。暇っていいますけど、やること本当になかったんですか?」
「本当にないのよ。戦闘部隊は銃器の整備をしたら仮眠に入っちゃったし、ヤシュリとタミルはハンディーの整備をしているし、アンリズは情報整理で黙り込んでいるのよ。私が暇だからって話しかけると、みんな邪魔そうにするし、しょうがないからここまで逃げてきたのよ」
「そりゃあ、休憩中や仕事中の連中に雑談を持ち掛ければ、そういう反応になるだうに」
キシがツッコミを入れると、ティシリアは不満そうにむくれる。
「それって、キシも運転中だから、雑談されるのは嫌だっていうことかしら?」
「違うって。一般論を言っただけ。ついさっきまで、静かすぎてBGMが欲しいって言っていたところだから、騒がしくしてくれるのは願ったりかなったりだぞ」
「それならいいのよ――って、私との会話は暇つぶしの音楽扱いなのは納得いかない」
「悪く受け取るなって。俺たちはティシリアのことを、必要だって言っているんだぞ」
「そうですよ。男二人でむさくるしい空間に、可愛らしい女の子が来て華やいだと喜んでいるんですから」
「ふっふーん。最初からそう言えばいいのよ。じゃあ、要望に応えて潤いで満たしてあげるわ」
ティシリアは胸を張ると「こんな話は知っている?」と、キシとビルギに話題を提供していく。
様々な物品の値動きに始まり、抵抗勢力の中で人気の人型機械の機種。超巨大ミミズ型の害獣のお腹の中には、飲み込まれた人たちの村があるという話。キシのようにこの世界の真実を知ったプレイヤーたちが、人型機械のコックピットから出て、彼らだけのコミュニティーを作っている噂。などなど。
ビルギは苦笑いしながら聞いているので大体知っているようだが、キシは初耳なため「流石は情報に力を入れている『知恵の月』のリーダーだ」と話題の豊富さに賛辞を贈る。
それでティシリアはさらに気を良くして、ときどき水で喉を潤しながら、ペラペラと尽きることなく喋っていく。
キシは相槌を適度に打ちながら、ティシリアの声をBGMに運転を続けていき、やがて大断層がある地点に到着したのだった。
一度長めの休憩をいれてから、キシたちは断層に沿って運搬用トラックをゆっくりと動かしていく。
向かうは、超大型の運搬機があるという地帯だ。
徐々に移動していくと、地平線の先に岩とは違った大きなものが見えてきた。
キシはトラックを一度止めると、目をすぼめて、その物体を観察する。
「確かに、あれはカーゴのようだな。けど、あの姿は運搬機というより移動要塞といった風情だな」
キシが呟いたように、そのカーゴは砂地に浮かぶ大戦艦のようだった。
五十階建てのビルを横倒しにしたような全長と大きさ。その各所には大口径の砲塔が何本も伸びており、対空や対地機銃の類などは全体に乱立するように配置してある。観測塔らしき上部に突き出た建築物の頂上には、回転する超大型の金属笊のようなレーダーが載せられている。
巨大な置物のようにも見えなくはないが、大砲塔の一組が回転してキシたちのトラックに照準を向けているのを見るに、ちゃんと動き攻撃できる存在と分かってしまう。
「あれを落とすには、高速移動用の人型機械と、高倍率光学照準器つき大型狙撃銃、それ専用の弾薬がたんまりないと、攻略自体が難しいんだよな」
「……キシ。それ、本気で言っているの?」
ティシリアの冗談を咎めるような口調に、キシは意外に思いながら目を向ける。
「本気もなにも、アレを倒すミッションを受けたことあるから。狙撃銃で砲塔や銃座をあらかた破壊してから、接近して動力部に向かって弾薬を何発も叩き込んで爆発炎上させるんだ。戦い方がチキンだって、批判されたけどね」
「あっさりと言っているけれど、それと同じ方法を試して敗れた結果が、周囲に散乱しているわよ?」
ティシリアが指した方角に目をやると、超大型運搬機の周囲の砂地から突き出る物体が、なん十個もあった。
それはトラックの破片だったり、人型機械の爆散した残りだったり、粉々の人骨だったりする。
遠目なのでキシにはハッキリとは視認することが難しかったが、敗者たちの残骸であることは理解できた。
「特定の装備がないと――いや、特定の装備があっても、雨あられと降ってくる砲弾を避けながら狙撃を成功させる程度に人型機械を操る腕がないと、瞬殺される相手だから当然だな」
「ちなみに、キシは本当に倒したのよね?」
「何十回も失敗して、ようやく倒せるようになったんだよ。機体改造が上手い奴は、もっと手早く倒せたらしいけどね」
「どんな人型機械を使ったら、あれを倒せるのよ」
「長距離砲撃仕様に仕立てたものだね。一発でも直撃させられれば、あれだけの砲の弾薬を貯蓄してあるから、誘爆破壊することができるから。そのためには長距離砲の作成と、使用する弾頭弾薬、長距離砲撃を可能にする測定能力と弾丸発射の反動に耐えれる機構を備えた人型機械。それらを設計することができて、はじめて可能となるんだよね」
ティシリアは頭の中で、その武器と機体の作成がどれだけの作業になるか考えて、頭を抱えた。
「あの巨大砲の射程の外から当てられる砲って、どんなものなのよ。どんな砲塔を作ったとしても、発射する弾丸の爆発力に耐えられずに、破裂するようにしか思えないわ」
「それが仮に可能としても、人型機械に積まなきゃいけないんだから、さらに制限が増えるんだよなー。なにせ、それがゲームの使用だったから」
「無理よ無理! 少なくとも、私たちの技術力じゃ無理!」
ティシリアが諦めの絶叫を吠えた姿に、ビルギが失笑してしまう。
「ぷくくっ。いえ、すみません。そもそも、僕たちはアレの相手をしに来たんじゃないんですよ。倒し方を考えても仕方がないと思うんですけど」
「あれを鹵獲できたら、並大抵の人型機械には負けないし、内臓されているリアクターを流用すれば食料問題が解決できる町が作れるじゃない。せっかく近くで見られる機会なんだから、攻略法を考えて損はないわ」
「砂地に描いた設計図、ですよそれは」
絵空事に近い意味の慣用句を受けて、ティシリアはむくれる。
キシはその表情を見て、弱小ながら抵抗勢力のリーダーをしていても十代半ばの少女なんだなと、改めて思った。
そんな考えと、場の空気を払拭するべく、キシは拍手を一つ打つ。
「そんなことより。いまは監視が重要だろ」
「そうね。あれが砲撃してこないか。大断層から初心者が貰った運搬機が上がってくる、秘密の出口はどこか。見ていないといけないわよね」
「どれだけの頻度で、その出口から運搬機が出てくるか、キシさんは分かりますか?」
「元の世界じゃ人気のゲームだったから、一日に何人も新規登録してくれていたよ。この世界との時間の流れの差を考えても、ちょくちょく出てくるとは思うんだけど」
地球の時間より、この世界が流れる時間はは三から四倍に速い。
地球で二十四時間に十人が等間隔で新規登録して訓練をこなしたとして、一人一人の間は二時間半ほど時間が空く計算となる。
それをこちらの世界の時間で換算しなおすと、七時間から九時間に変わる。
もちろん、この概算の通りとはならない算段の方が高い。それでも運搬機が断層から一機出てくるまで四半日程度の時間が必要だと、気持ちを固めていた方が精神的に楽なのも事実だった。
さらに言うと、時間以外にも問題が残っている。
「本当にこの場所に秘密の出入り口があるか、不明でもあるのよね」
「あまり長くとどまっていると、あの大型砲に撃たれる危険も高まりますよ」
「ゲーム通りなら、この位置は程外ではあるんだけれど、かなりギリギリの位置だから、向こうが近づいてきたら逃げないといけないんだよなぁ」
のんびりと光景を眺めているようでも、意外と綱渡りな状況である。
キシは、早くカーゴが現れろと願いながらも、いつでも後ろに下がれるように操縦する準備は怠らないようにするのだった。