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二十話 キシの性能

 ハンディー大会を制し、ボロボロで修復中のハンディ、メイン動力炉がない人型機械――エチュビッテを一体ずつ、人型機械を乗せて運ぶための超大型ダンプカーのような運搬用トラック一台、そして賭けの払い戻しで活動資金を『知恵の月』は手に入れた。

 一つの大会でこれほどの儲けを出すことは、『知恵の月』が活動を始めてからなかったことで、ティシリアは大いに浮かれていた。


「ふっふっふー。資金と機械を手に入ったんだから、いままでは戦力不足で参加できなかった抵抗活動にだって行くことも可能ね!」


 運搬用トラックの助手席ではしゃぐ彼女の様子を、隣で運転しているキシが冷ややかに見つめる。


「『知恵の月』っていうのは、情報の扱いを主体とする組織なんだろ。機械って武力を軸にした活動もする気なんだ?」

「もちろん、情報を活かした活動をするわよ。ただし、いままでみたいに他の抵抗組織に情報を与えて終わりじゃなくて、彼らがやろうとしている活動に一枚かませてもらうってことよ」

「話は分かるが、入手した人型機械は両手が張りぼてで、駆動も非常用の電源バッテリーでしかないことを忘れないで欲しいね」

「あー、その問題もあったわね。でも、キシの腕前なら百二十秒もあれば、相手を倒せるでしょ?」

「まぁ、NPC――この世界の住民が操る人型機械を相手に、一対一なら。元の世界の操縦手プレイヤー相手だと、ちょっと難しいな」


 キシの弱音に、ティシリアは意外そうに目を瞬かせる。


「キシの腕前でも、人型機械の操縦手の相手は難しいの?」

「うでまえの問題じゃないよ。トラックに載っているエチュビッテは、ゲームを開始した直後にプレイヤーに配られる機体の一つで、稼働初期からある機体でもあるんだ。機体性能が、現在の主力機に比べて段違いで低性能なんだ。そのうえ全力機動で百二十秒しか動けないんじゃ、誰が操っても戦いにすらならないよ」


 キシの見解に、ティシリアは思惑が外れたという顔をした後、別案を考えだす。


「その情報を鑑みても、選択肢は色々と取れるわ。ハンディー大会みたいに人型機械同士で戦う賭け試合もあるし、特定のものを襲撃する依頼だってあるわ。でも、なにが今の私たちにできるか、ちゃんと改めて考える必要があるわね」


 十代半ばの少女とは思えない責任感ある表情に、キシは感心してしまう。


「なににするにせよ、力添えはさせてもらうよ。他にやりたいこともないしね」

「キシっったら、もう。私たちは遊びでやっているんじゃないのよ。そう軽い口調で約束しないで欲しいわ」

「悪い。どうもまだ遊戯ゲーム感覚が残っているようでね。気に障ったのなら謝るよ」

「そうしてもらえると助かるわ。それと、私たちにはキシの力が必要だってこと、改めて言っておくわ。だから力添えじゃなくて、ちゃんと『仲間』になってほしいわ」


 面と向かって言われたことに、キシはどう返そうか少し考えてしまう。

 キシは自分を『比野』の複製体ニセモノだと思っているため、どうしても自分の命がティシリアたちに比べて軽く感じられるのだ。

 そんな自己の生命を軽く考えるモノが、この世界を現実として生きる彼女たちの仲間となることに、キシ自身はあまりしっくりこない。

 だからついつい、軽口で応じてしまう。


「そこらへんは、言葉じゃなくて働きで応じるとするよ。差し当たっては、この運搬用トラックの運転なわけだけど、どこまで行けばいいのかな?」

「期待しているわよ。それで移動のことだけど、もうちょっとしたら野営予定地につくわ。端末に道順を出しているから、私の指示通りに動かせばいいわ」

「了解、リーダー。道案内よろしくー」

「うむ。任せておきなさーい」


 お互いに冗談口調を交えながら、キシはトラックを操縦し、道に外れそうになったらティシリアが軌道修正しつつ、野営地に向けて進んでいくのだった。




 野営地について、まず最初にキシがしたことは、後続のトラックに乗っていた人の中で具合が悪くなった者の介抱だった。


「ほら、二人とも水を飲んで」

「気持ち、悪い……」

「ああ。揺れない地面はいいわねー……」


 顔を青くしているのは、ヤシュリとアンリズ。ヤシュリは前日、大会の打ち上げのときに酒をしこたま飲んで二日酔い。アンリズは乗り物に弱い性質だったらしく、ビルギの荒れた運転で車酔いしたらしい。

 ヤシュリは兎も角、アンリズの具合が悪くなった理由として、ビルギは所在無さげだった。そのため、キシが積極的に関りにいった。


「俺と交代で運転していたときは、運転が荒れてなかったように思ったけど?」

「それはキシが前を爆走して遠ざかろうとするから、追いかけようと必死だったんだよ」

「別に安全運転でも良かったんじゃないか?」

「そうもいかなかったよ。なにせそっちのトラックには人型機械を乗せて、しかもキシとティシリアの二人っきりじゃないか。なにかあったらどうするって、戦闘部隊の人たちに脅されて、可能な限り速度を上げなきゃいけなかったんだ」

「……それは災難だったな」

「そうだよ。キシのせいなんだから、もっと慰めてくれていいんだからね」


 半笑いで冗談口調で言うビルギの肩を、考えが足りなかったキシは慰めで軽く叩く。

 そうしていると、ティシリアが近寄ってきた。話題に上っていた戦闘部隊の三人を引き連れて。


「歓談中悪いけど、キシはこの三人について行ってくれないかしら」

「人気のない場所で、銃器を持った人についていけって、危ない予感しかないんだけど?」

「いやね、危ないことはしないわよ。ちょっと疲れるだけよ」

「危ない予感が嫌な予感に変わるだけなんだけどなぁ……」


 言いながらキシが横目で戦闘部隊の三人をうかがうと、さっさと来いと目つきが語っていた。

 具合の悪い二人をビルギに任せて、キシは何をされるかわからないまま、移動を始めた戦闘部隊の三人の後についていった。



 たどり着いたのは、意外と近く、人型機械運搬用トラックであった。

 ここで何をする気かとキシが視線で問うと、戦闘部隊の一人、老人と言ってよい風貌の男性が口を開く。


「貴様の身体能力を改めて見させてもらう」


 硬い口調での説明に、キシは嫌そうな顔を浮かべる。


「あのー。前にも言いましたけど、俺、運動神経悪いんですよ。それでもですか?」

「その申告の確認も含めて、やってもらう。我々は、貴様のハンディーを操る腕を見て、それなりの身体機能は有していると思っているのだ」

「疑っているってわけですか。まあ、やれと言えばやりますけど。どんなに期待外れでも、怒らないでくださいよ」

「つべこべ言ってないで、まずは走れ。このトラックの先頭から最後まで、往復で全速力で駆けてみろ」


 機体運搬用トラックは、前後に約二十メートル超はありそうな感じだ。

 キシはため息一つを吐くと、自分が出せる全力で走り始めた。そしてすぐに実感する。肉体が変わったからといって、運動神経が向上されたわけじゃないと。

 そして戦闘部隊の三人も唖然としていた。キシの走る姿から、あまりにも運動センスを感じられなくて。


「ふぬぬぬぬー!」


 真剣に走り唸るキシの表情とは裏腹に、その手足の動きは連動してなかった。腕はシャカシャカと素早く前後に動いているのに、足の動作は脚を過剰に上げ下げする様子でぎこちない。体重移動のコツも知らないようで、足が前に進むのに体がついていけていない様子で、上体が変に沿っている。そして、走っているにしてはとても遅い。

 あまりのヘンテコな走りっぷりに、戦闘部隊の爺さんが怒声を上げて銃口を向けた。


「貴様、本気で走らんか!」

「やってるよ! ふぬぬぬぬー!」


 銃で脅せばマシになるかと思いきや、キシがより真剣に走れば走るほど、その走行フォームは崩れていく。二十メートル走り終えて、折り返しで走らせても、その姿は変わらない。

 ここでようやく戦闘部隊の三人は、キシの申告が本当だと理解した。

 それでも、あれだけハンディーの、ひいては人型機械の運転が得意なんだから、走ることだけが苦手なのかもしれないと、別の運動をさせてみることにした。

 まずはキャッチボール。手ごろな小さい石に布を巻きつけた、こちらの世界での運動でよく用いるボールを使う。


「そらいくぞ」

「はい。実は運動の中で、ボールを捕るのだけは得意なんですよね」


 キシの言葉は本当で、老人が緩く投げた球をみごとに両手でキャッチした。しかし直前、捕る位置を整えるために、キシの足が変にバタバタ動いていて、捕れたことが逆に不思議に見えてしまう。


「それ、投げ返してこい」

「いきますよー。そーーれ!」


 捕ったボールをキシが投げ返す。腕と足の動きを、それぞれ別視点で見れば、それなりに様になっているように感じる。しかし全体の連動を見てみると、とても変な動きになる。

 踏み出した足に体がついてこず、踏み込み終わっても、まだ腕は投げる前の状態のまま。そこから体を変に斜めに倒し、腕だけの力で球を投げる。

 そんなハチャメチャな投球フォームなため、投げた球はあらぬ方向へ飛び、それでも飛距離が足りなくて、老人とキシの間に落ちた。

 その後も、投げた球を避けさせてみたり、簡単な踊りをさせてみたり、投げ組手なども試していくが、キシの運動神経の悪さが露呈するだけの結果に終わる。

 戦闘部隊の三人は、キシのあまりの情けなさっぷりに、警戒を解き始めた。もしキシが暴れ出しても、簡単に制圧できると分かったからだ。


「では最後に、銃器を扱わせてやろう」

「ぜーはー、わかった!」


 キシは荒くなっていた呼吸を整えながら返事をし、老人から差し出されたオートマチック拳銃を握った。元の世界で見知った知識から、引き金に指をかけないように、人差し指は伸ばしながら構える。

 そして撃鉄を引き上げると、老人以外の二人から銃口が向けられた。


「トラックの先に、砂の地面から突き出た岩があるな。それ目掛けて、三発だけ撃て。もし銃口が我々に向いたら、容赦なく射殺するから、そのつもりでいろ」

「わかった。いやー、それにしても実銃を撃つ経験ができるなんてなー」


 キシは元の世界の日本では体験できないことに浮かれつつも、両手で銃を構えて、じっと標的を照星アイアンサイトを使って狙う。

 そして照準が合ったところで、引き金に人差し指をかけ、軽く引いてみた。

 ペットボトルを閉めるときの指の強さ以下の力だったのに、撃鉄が落ち『パンッ』と紙鉄砲を鳴らしたときと同じ音がした。同時に、銃から腕を上に跳ね上げる力が働き、キシの両手は万歳よろしく真上に上がる。

 そんな状態で的に当たるはずがなく、銃から飛び出た弾は、どこに当たるわけでもなく遠くへ飛び去っていった。


「びっくりしたー」


 キシは初発砲の感想を呟きつつ、再び標的に照準を合わせた。 

 再び引き金を引く。先ほどの経験をもとに、引き金の軽さと腕の跳ね上がりは予想修正済みである。

 結果、小岩の端に銃弾が掠り、砂のように細かい破片が散った。

 そのことに、戦闘部隊は『おやっ?』という顔になる。彼らはキシの運動神経の悪さから、当てられないと思っていたからだ。

 キシは彼らの様子に気付かないまま、照準をつけて三発目を発射。一発目二発目の体験から修正を行い、小岩の真ん中付近に見事に命中させてみせる。


「三発打ちましたよ」


 キシは引き金から指を外すと、銃身を握り銃把(グリップ)を差し出す形で拳銃を渡そうとする。

 老人は受け取り、ホルスターに仕舞うと、顔を他の戦闘部隊の面々に向ける。


「突撃銃と狙撃銃も扱わせてみたいと思うが、どうか?」


 いいのではないか、という感じで二人は頷き、片方が手にしていたアサルトライフルを老人に渡し、もう片方は住居用トラックへ走っていく。

 老人はキシにライフルを渡すと、構えを補助した後で、同じ小岩を的に狙ってみろと告げた。


「まずは単発で三発、次にダイヤルを三点発射にして二回。その後にダイヤルを掃射に合わせ、残弾を全て使ってみろ」

「わかりました。やってみますね」


 キシは言われた通りにやってみた。

 単発三回目で的に当て、三点射二回目は全弾小岩に命中。流石に斉射で全弾命中はなかったが、三分の二程度はちゃんと当たっている。

 一つ弾倉マガジンを使い切ったところで、キシがアサルトライフルを返すと、トラックから戻ってきていた戦闘部隊の人から間髪入れずに狙撃銃が渡される。

 元はアサルトライフルと同じものだったようだが、銃身が長くなり倍率可変式の光学照準器スコープがつき、ダイヤルも掃射フルオートがない単発セミオート三点射バーストだけになっていた。キシは気づかなかったが、アサルトライフルより銃弾もより大型になっている。

 戦闘部隊の老人は、狙撃銃を持ったキシを掴むと位置を下げさせていく。標的までの長さは、おおよそ五十メートル。

 文字上では意外と近いように感じるかもしれないが、元の世界のライフル射撃競技が同じ長さなことを考えると、腕前を見るには適切な距離といえた。

 そんな事情を知らないまま、キシは狙撃銃を構える。


「単発で良いんですか?」

「ああ。三点射は、もっと近い距離でやるものじゃ」


 キシは頷くと、光学照準器にある十字の中心に的を据え、立射で撃った。アサルトライフルのときより派手な撃発音がし、ぐっと肩を後ろへと押しやられる衝撃が走る。

 銃口が上に跳ねたが、的にしている小岩の端に掠りは出来た。

 キシは衝撃に驚きながら、光学照準器で覗いて的の当たった場所を眺め、照準の十字で狙う位置を調整していく。


「――要領は、人型機械で狙撃するときと同じ。人が使うだけに弾が小さいから、風の影響を受けると考えて」


 深く集中しながらブツブツと呟き、キシは照準を的に合わせ、そして引き金を引く。

 銃口の跳ね上がりを押さえ、発射の反動で押しやられる肩も堪えていると、的に弾が命中した。

 キシが照準器で確認すると、小岩の中心からやや右上に狙いが外れていた。


「では最後に――」


 結果を受けて修正し、弾を発射する。しかし今度は、中央より左横に外れて着弾した。


「上手くいかない。やっぱり、人型機械と同じようにはいかなかったですね」


 キシは照準器から目を外すと、狙撃銃を老人に返した。

 老人も照準器で的の状況を見て、口をへの字に曲げる。


「運動がからきしなのに、銃の腕前はソコソコあるようだ。運動がダメだと前線には立たせられんから、防衛戦力として少し期待できるぐらいか」

「それって、俺も銃を持って戦えってことですか?」

「ふんっ。滅多な場面で撃たせるわけないだろうに。緊急事態のときだけだ」


 老人は面白くなさそうに言うと、用事は終わったとばかりに、キシをティシリアのもとへ走れと追い出した。

 走り去るキシの姿は、相変わらずチグハグな体の動かし方で、老人は奇妙な気持ちを抱く。


「銃を持たせても反抗する素振りはなしか。そしてあの体の動かし方の破滅っぷり。警戒するだけ損かもしれんなぁ」


 同じ気持ちを他の戦闘部隊の二人も抱いているようで、うんうんとしきりに頷いていたのだった。

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