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十九話 優勝賞品の秘密

 大会の翌日。村の中は、大会が始まる前に戻ったように閑散としていた。

 昨日まで大量にいた観客は村から去っていて、彼らを相手にしていた出店の人たちも後を追うようにして消えている。

 そんな光景を見て、キシは首を傾げた。


「普通こういう大会って、優勝賞品授与まで観客がいるもんじゃないのか?」


 疑問を投げかける先は、ティシリアだ。


「なに言っているのよ。大会の優勝者が決まったんだから、あとは打ち上げをやったら即解散よ。自分が手に入れられない優勝賞品を他人が受け取る姿を見て、どうしろっていうのよ」

「そりゃあ――まあそうか」


 そんな光景を見ても自分が悔しいだけだと思うと同時に、元の世界では様式美として参加することが普通だったが、ここは別世界でそんな常識もないのだと、キシは悟り直した。

 閑散とした巨石の村の中を歩き、大会で使っていた広場までやってきた。

 そこには、運搬トラックに載せられ、シートを被せられた人型機械が鎮座していた。


「トラックといよりかは、超巨大なダンプカーだな。タイヤが八輪もある」


 キシの呟きは、『知恵の月』の誰もがダンプカーを知らないため、反応がなかった。

 そんな、巨大ダンプカーに似たトラックの前には、紫色のスーツに似た服を着た大会主催者がいた。


「やあ。昨日伝えた選択肢、どちらにするか決めたかい?」


 にこやかに語る彼に、ティシリアが微笑みながら近づいて行った。


「はい、決めました。人型機械を戴くことにしました」


 この一言で、主催者の微笑みに一筋のヒビが入った。


「昨日教えた通り、運搬トラックの代金はとても高いんだ。払えるのかい?」

「ご心配なく――見せてあげて」


 ティシリアが指示すると、戦闘部隊の三人が持ち運んできていた袋を下ろし、その中にぎっしりと入っているお金を見せた。一見して、主催者が提示した金額分はあった。


「どうです。ちゃんとご用意できますよ」

「は、ははっ。そういうことならいいんだ。それじゃあ、この人型機械は君たち『知恵の月』の――」

「待ってください。こちらの話はまだ終わっていないんです」


 ティシリアに発言を遮られたことに、主催者は混乱した様子だった。


「運搬トラックを買う気なのではなかったのかね?」

「ええ、買いますよ。ただし、値段の交渉は行わせていただきますけど」

「おいおい、昨日言ったよ。トラックの売却は、大会とは別の事柄だから、値引きはしないって」

「はい、伺いました。でも、あれに乗っている人型機械に不備があることを交渉材料にすることは、大会の事柄の内ではありませんか?」


 ティシリアの切り替えしに、主催者の顔があからさまに引きつった。


「……どこまで知っているのかね?」

「うちの優秀な情報官が掴みました。あそこに寝ている人型機械の手はハンディーに使われ、いまつけられているのは外側だけのまがい物だと」


 ティシリアの説明に、主催者は『知られてしまった』という顔をしていたが、どこか余裕がありそうな雰囲気も残っていた。

 しかし次の一言で、その余裕すらも吹っ飛ぶことになる。


「さらには、人型機械の命といえるリアクターを取り外して、村から少し離れた岩の中に入れて、発電機として使用しているそうですね。村の電気と、ハンディーのバッテリーの充電用として」


 ティシリアが言いながら指示した方角の先には、彼女が言った通りの発電施設があった。

 それを知る主催者は、顔色を焦りへ変えた。


「なっ!? 誰がそんなことを喋った!?」

「さぁ? 私は情報官から教わった通りのことを、あなたに伝えているだけですから。情報源がどこだか聞いてはいませんし。そもそも、人の口は金庫のようには閉じられないというものですし」


 ティシリアがとぼけると、主催者の方も誤魔化しに入った。


「ふ、ふふっ。なにを勘違いしているのかね。その人が行ったことは根も葉もないことだよ」

「でしたら、いまこの場で人型機械を動かしていいですよね」

「ああ、もちろんだとも。やってみるといい」

「では、非常時駆動用のバッテリーが尽きるのに必要な、全力動作で百二十秒間、動かさせていただきますね」


 ティシリアの再びの切り替えしに、主催者は表情がとりつくろえなくなっていた。


「どうしてそんなことまで、知っているんだ!」

「これはキシからの情報です。人型機械は戦闘での損傷でリアクターからの電力供給に不具合がでたとき、非常用のバッテリーに切り替わります。そして全力機動でなら百二十秒の間に、運転席の端末で機体に指示を出して、送電のパイパスを確保して供給を正常に戻すんだそうですよ」

「また、君かね……」


 主催者の恨みがましい目に、キシは「俺の所為にするな」とそっぽを向く。

 ティシリアの追求は止まらない。


「さて、どうします? 私たちとしては、不具合のある機体を完品と偽って、大会参加費を広く集めたことを、大会参加した他の抵抗組織に教えてもいいんですけれど?」

「お、脅す気かね!?」

「いえいえ。私たちは『知恵の月』。情報を集め、そして丁寧に扱うことを生業としている組織です。言っている意味、わかりますよね?」

「……他に情報を漏らすなと要望して金を払えば、他の誰にも伝わることはないということだな」

「はい、その通りです。加えて言うのなら、誠意はトラックの代金に反映してくれると嬉しいです」


 ティシリアの微笑みに、主催者は苦渋を舐めたような顔になる。


「あのトラックは村長としての私の持ち物ではなく、工場の売り物だ。おいそれと、上げてしまうわけにはいかないのだ」

「なら、この情報は外に漏れることになりますね」

「いまこの場で、君たちを――」

「周囲に潜んでいる人たちに合図して口封じする気なのでしたら、こちらも抵抗しますよ。そして最初に、あなたの命から頂くことになるでしょう」


 ティシリアが片手を上げると、戦闘部隊の三人が銃を引き抜き、主催者に銃口を向けた。

 命令を発する前に撃たれることは想像に易く、主催者は喉が渇ききったように口を喘がせる。


「わ、わかった。あるまる上げることは無理だが、値引きしよう」

「値引き、ですか?」


 ティシリアが疑問を声に出すと、連動して戦闘部隊が持つ拳銃が『チャキ』と音を立てる。

 それに主催者は慌てた。


「こちらとて、無い袖は振れないんだ。代金の三分の四――いや半額は貰わないと、工場に支払いができない上に、村の経営が危うくなるんだ!」


 悲痛な訴えに、ティシリアは考える素振りをする。どこか演技っぽい動きで。


「私たちだって、この村が滅んでほしいわけではありませんからね。半額、でいいんですね?」

「あ、ああ。半額で運搬トラックを売る。だが、人型機械の手やリアクターは付けられないぞ。外して流用することはできても、再び機体に戻すような技術、この村にはないからな!」


 後で難癖をつけられないようにするために、主催者は隠していたことも打ち明ける。

 調子の良い言葉に、てっきりティシリアが怒り出すかと思いきや、にっこりと笑って片手を差し出した。


「では、人型機械はそのままで構いませんよ。半額をこの場で支払いますから、運搬トラックごと戴いていきますね」


 あっさり交渉がなったことに、主催者は驚いた顔で動けなくなった。

 ティシリアは無理やり彼の手を取ると握手し、戦闘部隊に指示して半額になった運搬トラックの代金を彼の足元に置いた。

 キシも昨日言われていた通りに、運搬トラックの運転席に上る。運動が苦手なため、運転席に続く鉄パイプの梯子をゆっくりと上っても滑落しそうになっていた。

 運搬トラックに電源が入る音がしたところで、大会主催者はようやく我に返る。


「どこまで、こちらの内情を知っていたんだ? トラックの値引きが半額以上はできないことも知っていたのか? 村の技術がハンディーに特化しすぎていて、人型機械を持てても整備に持て余すこともか?」


 疑心暗鬼な主催者に、ティシリアはにっこりと笑いかけた。


「その全てをです。私の情報官は優秀ですから、ちょっと調べればわかっちゃうんです」


 ティシリアはそれだけ告げると、歩いて運搬トラックの助手席に乗り込んだ。その際、キシに苦笑いを向けられる。


「よく言うよ。村長が出せる金額はトラックの四分の一程度と思っていたし、リアクターを機体に戻せないだろうってのは俺の意見だったろうに」

「良いのよ。情報を扱うっていうのは、本当のことだけ伝えればいいってわけじゃないの。扱う者が有利になるように操ってこそ、情報は武器になるんだから」

「はいはい。とりあえず、村の外に出るんでいいんだよな」

「そうよ。次にやることは、この村から離れてからゆっくり考えるわ」


 キシは運搬トラックを発進させて、巨岩の村から出る。並走するのは、ビルギが操るこの村まで乗ってきたトラックだ。ボロボロのハンディーが荷台に押し込まれているものの入りきらず、開けっ放しの後部扉から足先が出ている。

 キシとビルギのトラックの大きさが大分違うため、本物と大型模型のトラックのような対比となっていた。


「この荷台なら、人型機械だけじゃなく、あのトラックも入りそうだな」

「人型機械につける弾薬コンテナを流用した移動車だものね。運転できるのはキシとビルギだけだから、荷台に乗せて運用することも考えないといけないわよね」

「ティシリアも運転できるようになれば解決じゃないか?」

「……試乗したとき砂の丘陵でひっくり返って以後、トラックの運転止められているのよ」

「運転、苦手なのか?」

「そうよ。だからこそ、危ない橋を渡ってでも『不殺の赤目』――キシを仲間に入れる決意をしたのよ。できないことを補うためにね」

「なるほどな。それで、俺の手腕はお眼鏡にかないましたかね?」

「もちろん! ハンディー大会で優勝なんて、私の思惑以上だったわ! 本当は一回勝てばいいと思っていたの。それで一回戦を突破した実力派運転手がいるって触れ込みを使って、ハンディーでコツコツ依頼をこなして資金稼ぎするつもりだったのよ」

「一回戦突破で『実力派』といっていいもんなのか?」

「言ったもの勝ちよ。それに、そういう情報操作は『知恵の月』の得意とするところなんだからね」


 ティシリアは胸を張って主張するが、借金まみれになっていたことを考えると、その情報操作の腕前も怪しいもの。

 しかしキシは、どんなことでも自信をもって主張と行動するティシリアに、人としての魅力を感じてしまっていた。そして、彼女の抵抗活動を手伝ってやりたいと思った。

 どうせ自分はニセモノだからと、本物の『比野』なら嫌がる厄介事に首を突っ込んでみようという気持ちと共に。

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