一話 VRゲーム
2058年。東京都。中野区。築数十年の雑居ビル。
ひび割れた外壁。くすんだガラス窓。安価なディスプレイ看板。
ディスプレイには、この時代にしては雑な3Dアニメーションが映っている。ロボットが他のロボットを銃器や手持ち武器で倒し、その後『メタリック・マニューバーズ』とタイトルが太字で大写しされる。
あからさまなほどに、怪しさ満載な店の外観。
それにも関わらず、自動ドアを潜って入店する人の数は多い。
客層は、男性なら六十歳台から十歳台まで、女性なら三十歳台から十台まで、と幅広い。
店内に入ると、使い込まれた操作パネル端末が並び、ヘルメットを片手に抱えた客が画面をいじっている。天井には配管やケーブルが剥き出しに配置されていて、外観と同じく荒れた雰囲気を作っていた。
そんな内装を、客たちは興味深そうかつ嬉しそうに見つめ、中には携帯端末で写真を撮るものまでいる。
色あせたカウンターに数人の店員。男女ともに、ワイシャツとスーツのズボン、そして黒色のエプロンの姿で統一されていた。
その店員の一人――胸に『比野』と名札を付けた十八歳の青年に、客の一人が声をかけていた。
「稼働して十年近く。今や世界的なゲームになって稼いでいるのに、このビルを建て直さないのか?」
「あははっ。少し前に建て直そうって話はあったんですけどね。立ち消えになっちゃいましたよ」
「多数の企業が、この『世界唯一の完全没入型VRゲーム』に投資と協賛しているのにか?」
「改装がポシャッたのは会社の売り上げとは関係ありませんよ。一号店はこういう怪しげな雰囲気こそが持ち味だ、って声が多いからなんですよ。だから本社もビルの耐震強度に問題がないからって、この形のままで残そうって決まったんです」
「世界中にある他の店舗は、近未来的にピカピカしているのにか?」
「この内装だって、サイバーパンクっぽいって意味じゃ、近未来的ですよ」
そんな受け答えをしていると、比野が後ろから肩を叩かれた。振り返り、叩いてきた人――店長を見て、比野は顔を引きつらせた。
「な、なんですか、店長。ちゃんと接客はしてますよ?」
「うんうん。お客さんとの会話も店員の立派な仕事だ。けれど、君を当社が社員として雇っているのは、コレのためだよね?」
店長が差し出したのは、一枚のカード。薄青い透明な板に、白い文字でキシ・ヒノの文字と、デジタル化した比野の顔写真がプリントされている。
その板を見て、比野は顔を輝かせた。
「もしかして!」
「その通り。『伊甲乃里社』の新機体『布魔』のデータを、君のIDに入れてあるよ。さあ『テストパイロット』として、所感のレポートを頼むよ」
「分かりました! それじゃあ、お客さまも、ごゆっくりどうぞ」
比野は満面の笑みでIDを受け取り、話しかけてくれていた客に一礼すると、一度バックヤードに入って私物のヘルメットを抱えて『STAFF ONLY』と書かれた扉から店内に出る。
店の奥にある階段を上がって二階。壁際にずらりと人間大の黒い卵型の物体が立ち並び、店の客がその間に集まり、一角のあるディスプレイへ視線を向けている。
比野はさらに同様の三階へ。そして『STAFF ONLY』の立て札を避けて四階へ上る。
段ボールやポスターが乱雑に置かれた区画に、一つだけ卵型の黒い物体が置かれていた。
「さーて、新リリースされた機体の実力。味わせてもらうとしますか」
比野はウキウキした様子で、黒い卵型の側面部にある、カードリーダーにIDをスライドさせる。
『プシュ』と空気が抜ける音の後で、黒い卵の前面が観音開きに開かれた。
そんな大仰な仕組みだというのに、中にあるのは安っぽいビニール革の一人用ソファーが一つと、結束バンドで纏められたケーブルがあるだけ。
殺風景な見た目だが、比野は気にする様子もなく、持ってきたヘルメットにケーブルの端子を差し入れ、椅子に座りながらかぶる。
すると自動で、卵の扉が閉じられた。同時に、ヘルメットのバイザーに文字が浮かぶ。
『筐体:ディメンショナル・ブレイカー――起動
世界:メタリック・マニューバーズ――接続
操者:キシ・ヒノ――認識
機体:布魔【READY―MAID】――構築済
場所:ビューシュケイス廃都【攻防戦】――【機体運搬機】到着
ARE YOU READY? YES NO』
現れた文字を比野は視認し、問題がないことを確認し、合言葉を口にする。
「『YES、I AM READY』『GO METALIC MANEUVERS』!」
音声認識により、ヘルメットに内臓された機構が動き出し、日野の意識は卵の中で失われ――そして『メタリック・マニューバーズ』の中で目覚める。
キシ・ヒノは目覚めると、すぐに非常灯の赤い光が包み込む『布魔』のコックピット内を確認する。
「前傾姿勢式の椅子に、多ボタン式スティックが二本。脚部動作感応操作付きのフットベダル――その他の内装も『伊甲乃里社』の標準だな」
キシは手指を組んで腕を伸ばしてから、軽く肩と腕を振るう。
体を前に倒しながらスティックを手に握り、ボタンの配置に指が届くことを確認しつつ、フットベダルに足を乗せる。
コックピットの機構が動き出し、背もたれがキシの腰に接触し優しく押え、足の脛とふくらはぎを操作具が挟み込むように包む。
操作準備が終わると機体の動力が動き出し、非常灯が通常灯へ切り替わる。そして、真っ暗だった全周ディスプレイが外の景色――『布魔』が入れられている、キシの機体運搬カーゴの内装を映し出した。
それと共に、画面上には『2:40』という表示が現れ、一秒後には『2;39』と変化する。
「カーゴが開くまで、二分半。指と腕の動作確認と、機体と武装のチェックはできるな」
キシはスティックを動かして腕を動作させ、『布魔』の顔の前へ持って行き、ディスプレイ上に映す。
手首から先は人型機械らしい、人間の手を模したフレームとモーター、そして歯車と配線が装甲の下に詰まった構造をしている。
しかし手首から腕、そして肩までにかけて、白い包帯のようなものでぐるぐる巻きにされていた。
「腕の動きはなめらかなのは、『布魔』の名前の理由になった、新装甲である『TISSUE』を使って軽量化しているからかな。布にしか見えないのに防刃防弾性能があるって触れ込みについて、テストパイロットとして確認しないといけないよな」
キシは独り言の終了と共に腕の動きの確認を終え、サブディスプレイを呼び出し、機体要綱と武器一覧を呼び出す。
シルエットで映し出された『布魔』の全身像は、肩から手首にかけて巻かれた布、膨らんだ太腿と引き締まったふくらはぎ。背部の両肩と腰にある高軌道バーニアを無視すれば、『忍者』らしい風貌だ。そのうえ額にある鉢金の部位には、キシのパーソナルマークである『白枠の日の丸』が書き込まれているため、より忍者っぽい見た目になっている。
「武装は――腕部仕込み式のブレードが左右の腕に一本ずつ。脚部マウントに電磁コイル式ダーツガン一丁と替えのマガジン、背部に手りゅう弾が四つ。高速型らしい、貧弱さだな」
キシは苦笑いしながらサブディスプレイに指をつけると、視界の端にやや映るぐらいの位置に移動させる。
そうこうしているうちに、ディスプレイにある数字は『0;10』にまで減っていた。
「さーて、試運転と行きますか!」
スティックを握りなおし、ペダルの感触を確かめ、にやける口元を引き締めるために舌で唇を舐める。
数字が減り『5』『4』『3』――カーゴの扉が開き始めた。
「2、1。フルブースト!」
数字がゼロを示し、カーゴの扉が開ききった瞬間、キシはペダルを全踏みして『布魔』の背部バーニアを全力で開放させた。
書き溜めがあるので、次の話も早めにだしますね。