十八話 大会直後
優勝賞品である人型機械、キシがみたところによると『エチュビッテ』の完品が渡されるのは、大会の翌日ということになった。
「優勝者が決まった後に盛大に飲めや歌えをすることが、大会の定番なんだ。要は、色々と飲み食いしてもらって、この村にお金を落としてもらおうってことなのさ」
そんなことをわざわざ言いに来たのは、この村の村長であり大会主催者の紫パイロットスーツを着た男性だ。
『知恵の月』の面々が無視する中、代表であるティシリアだけが丁寧にお礼を言う。
「わざわざ、人型機械の受け渡しのことまで伝えてくださって、ありがとうございます。明日受け渡しになるとのことですが、」
淑女然とした振る舞いに、隣で聞いていたキシはティシリアに顔を向け、誰だこいつという表情をする。それを横目で確認していたらしく、ティシリアから肘鉄がやってきた。
キシは痛む横腹を押さえながら恨みがましい目を向けると、やおら主催者に笑われた。
「はっはっはー。仲が良いようでなによりだ。それでは明日――っと、大事な要件を聞き忘れるところだた」
「大事なこと、ですか?」
「そうとも。君たちはトラック一つしか運搬手段を持っていないだろう? それでどうやって人型機械を運搬するつもりだったんだい?」
「キシが人型機械を操れますから、起動させて歩かせればいいと思っていましたけど」
ティシリアが疑問顔で返答すると、主催者は肩をすくめる。
「いやいや、それはとてもいけないことだよ。人型機械というものは、ハンディー以上に複雑なカラクリなんだ。四六時中動かすだなんて、すぐに壊れてしまうよ」
主催者の発言に、ティシリアは審議を問う視線をキシに向ける。
「その人の言っていることは合っているよ。人型機械を長時間駆動させていると、足と腰の関節に負荷がかかってしまう。だからこそ、運搬機に入って戦場まで運ばれるんだから」
「ほほう。操れるとはさっき聞いたが、中々に人型機械自体のことも知っているじゃないか。若いのに、感心だな」
キシは、大会中に違反してでも勝とうとした相手に感心されてもと思いながら、微妙な引きつり笑いで流した。
人型機械を動かしっぱなしにするのがまずいと知ったティシリアは、少し考えるそぶりをしてから主催者に改めて向き直る。
「このような提案をしてきたからには、なにかしらこちらに要望ないしは、取引を持ち掛ける気ではないですか?」
「おや、わかってしまうかい。では単刀直入に、君たちには二つ選択肢がある。一つは、人型機械を運べるほどに大きなトラックを、我が村から買うこと。これは優勝賞品とは別で値引きも無しだから、かなりの高額だ。もう一つは、人型機械の授受を諦める代わりに金銭を受け取ること。『知恵の月』はお金に困っている団体と聞くから、こちらの方を個人的にはお勧めするよ」
どちらにすると問われて、ティシリアは即答を避けた。
「では、明日までに返答させてもらいます。ちなみに、機体運搬トラックはどのぐらいの値段なんでしょうか?」
「大まかに、これぐらいだね。実際は若干安いかもしれないがね」
主催者はティシリアの手を取って、手のひらに指で文字を書く。それで値段が伝わり、ティシリアは頷いた。
「わかりました。判断の材料にさせていただきます」
「では、明日。受け取る際に、選択をどちらにするか教えてくれたまえ」
主催者は一つ微笑むと、別の集団へと歩いていき、そこでも何かしらの話を始める。
ティシリアは手のひらに書かれた文字を、自分の指でなぞって再確認すると、『知恵の月』の面々を呼び戻して事情を説明した。
「というわけだけど、あの主催者がわざわざ言ってきたぐらいだから、なにか怪しいのよね」
「確かに。大会で不正してまで勝とうとした割には、こちらへの提案が大人し過ぎますね」
アンリズが同意すると、ヤシュリとタミルからも意見が出る。
「ワシらが大会に参加した目的は、人型機械を得るためじゃ。ならば、そうするべきじゃろ」
「でも気にするべきは、運搬トラックを買えるお金が、うちらにあるかどうかじゃないかなー。なければ、お金を貰うの一択になるわけでしょ?」
どうなのかと二人が問うと、ティシリアは胸を張る。
「賭けで大勝ちしたことで、どうにか買える分のお金はあるわ。でも、払っちゃったら、ほんのちょこっとしか残らないんだけどね」
「それならば、話は決まったようなもんじゃろ」
「そうだよー。運搬トラックを買えるなら、問題ない!」
メカニックの二人の賛成を受けて、ティシリアは視線をアンリズに向ける。賭けで運営資金をつぎ込んだ際、大喝されたことを後に引きずっているのだ。
「アンリズも、人型機械を選ぶでいい?」
「……そうやって上目遣いで聞かないでください。それと、人型機械と運搬トラック、どちらの購入費が高くつくかわかっていますよ。反対するわけない」
「じゃあ、運搬トラックを買うわよ?」
「そこは、人型機械の受領を選ぶと言うべきところですね」
「いっけない、そうだったわね」
ティシリアとアンリズの軽口の叩き合いに、『知恵の月』の面々が笑みをこぼす。
そこに遅れて、ビルギが息を弾ませながらやってきた。
「はあ、はあ。お待たせしました」
その手には画面が点いたままの携帯端末が握られていることから、何かしらの作業をしていたことがわかる。
そしてキシは、いまさらながらに、ビルギが大会の最中にトラック近くにいなかったことを思い出した。
「そういえば、ビルギは大会中なにをやっていたんだ?」
「うわっ、酷い言葉ですね。リーダーの命令で、色々な物価の調査や、大会には出ていないけど出店は出していた反抗勢力の動向を調べてきたんです。さらには、主催者が不正をしてでも勝とうとした理由を探れって、無茶ぶりまでされて」
「それは大変だったな。ほら、売れ残ったレーションを食べろ」
「ありがとうございます。優しい言葉をかけてくれるの、キシぐらいですよ」
ビルギがレーションのパックを一啜りしていると、横で話を聞いていたティシリアから怒声が飛んできた。
「なに一息入れているのよ! 報告が先でしょ!」
「あ、はい、すみません! でも、ちゃんと掴んできましたよ、主催者が人型機械を他に持って行かせたくなかった理由を」
ビルギが調査の結果で掴んだ事実を、周りに聞こえないようにヒソヒソと伝えると、『知恵の月』の面々は言葉にしにくい歯がゆさを感じた顔つきになった。そして明日に向けて、お互いが知りえる情報の交換をして、事態に備えることにしたのだった。