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十七話 ハンディー大会、決着

 先の攻防で、キシのハンディーがザウルス系ハンディーを倒す術が減ったことを受けて、ロンセンが攻勢をかけ始める。


敗北宣言ギブアップするなら、認める』


 ザウルス系ハンディーを突進させ、その四肢の力強さと、機体前面にある棘を合わせて攻撃しようとしてくる。

 まともに受けるわけにはいかないキシは、自身のハンディーを四つん這いの体勢にしながら、横へ逃げた。

 避けきったものの、その情けない姿に、観客からは笑い声が。


「うはははっ、なんだあの逃げ方」

「いくらロンセンのトゲトゲハンディーが怖いからって、その逃げっぷりはないだろうよおー」

「いいぞ、赤丸ハンディー。もっとオレたちを笑わせてくれー」


 嘲笑と哄笑が広場にあふれる中、キシはほくそ笑んでいた。

 ハンディーを四つん這いにしているのは、不調な足を労わるため。そして相手の油断を誘うためだ。

 さらに付け加えると、ハンディーは元は人型機械の手で、その四肢は指である。そのため、腕であっても足のように使える耐久力と素早さは備わっているため、二脚より四つ足の方が速く動ける。もっとも、四つん這いで動くようなプログラムはないため、パイロットにかかる操縦の負担は二脚移動よりも格段に高い。そのため、キシは操縦桿とペダルを複雑な順番で小刻みに動かし続けないといけない。

 そんな面倒な操作をしてまで笑いものになった成果はというと、あまり芳しくなかった。

 なにせザウルス系ハンディーが、様子見をするように足を止めている。


『滑稽さを装い、こちらが侮った行動を取るのを待っているのならば、意味はないと忠告しよう』


 ロンセンは油断なく機体を操り、四つん這いで逃げるキシをゆっくりと追いかける。

 堂々とした王者の歩みに、キシはまたもや作戦を変更することとなった。


『なら、『ぶちかまし』を食らわせてやる!』


 キシはハンディ―の四肢に電力を行きわたらせた後、四つん這いの体勢のまま前へと突進する。

 イノシシのような突撃の仕方だが、ロンセンは悠々とした構えをザウルス系ハンディーにとらせ、そしてキシの突進を受けた。


『ぬうううんー!』


 ロンセンの気合が乗り移ったかのように、ザウルス系ハンディーは平行な二本線となるよう足跡を地面に刻みながらも、突進を止めきった。

 一方でキシのハンディーはというと、相手の棘が機体に刺さり、突進して当たった部分に穴が空いてしまっている。特に、ックピットの天井には三つも穴が空き、危うく中にいるキシの頭に刺さりそうである。

 渾身のぶちかましを止められても、キシは悲嘆にくれることはない。なにより、キシのハンディーを拘束しようと動き始めた、ザウルス系ハンディーの魔の手から逃れなければならない。


『こなくそーーー!』


 キシはハンディ―の両腕で相手に突っ張りを食らわせ、その反動で刺さった棘から脱出する。そしてそのまま、捕まらないように、四つん這いで逃げた。

 間一髪でキシを取り逃したのにも関わらず、ロンセンは残念な素振り一つない。それどころか、ますます意気軒昂とした様子である。


『さあ『知恵の月』のハンディー。次はなにをしてくる』

『さっきのはたまたまだ。もう一度試してやる!』


 キシは諦め悪く、また四つん這いでのぶちかましを敢行。ロンセンはまた横綱相撲のごとく、受ける体勢を取っている。

 しかし、キシが失敗したことを、そのまま同じようにやるはずがなかった。

 衝突する寸前、ヘッドスライディングの要領で、ザウルス系ハンディーの片足に突っ込んだ。胴体部でダメならと、より狙いを一ヶ所に絞って突進の威力を重点させたのだ。

 この方法なら、普通のハンディーであれば、片足がもげ飛んだに違いない。

 しかし相手は、パワー重視のザウルス系ハンディー。衝突時に少し後ろに下がったものの、突っ込まれた片足は健全に保たれていた。


『面白い狙いだったが、力不足だ』


 足元で動きが止まっているキシのハンディーに、ロンセンはザウルス系ハンディーによる踏み付けを行おうとした。

 だが一瞬だけキシの方が早く操作を完了していて、寸前のところで攻撃を回避し、さらには距離を開けて退避し終える。


『こっちの機体の重量分の突撃を片足で受け切るなんて、とんだハンディーだよ』

『愚痴はいい。敗北宣言をする気にはならないか?』

『それもいいかなーと、思わなくはないね。なんたって、そっちは万全で、こっちは満身創痍なわけだし』


 キシが軽口を返すと、それを本気と取った観客から非難の声が飛んできた。


「折角の決勝戦で、そんな決着はつまらねえぞ!」

「そうだそうだ! きちんと勝負がつくまで戦えー!」


 非難轟々の中、キシの耳にティシリアの声が入ってきた。


「キシー、勝ちなさい! 勝てば、賭けの払い戻しは二十倍なんだからね!」


 その声援に一番焦ったのは、キシではなくアンリズだった。


「ティシリア! あなたはまた賭けをしたんですか! 賭けはこりごりだと言っていたではないですか!」

「私のことはいいから、アンリズもキシを応援してよ! さっきから冷ややかな目で黙って成り行き見ているだけじゃない!」


 キャンキャンと二人のやかましい口喧嘩に、キシは苦笑いする。


『うちのリーダーが、勝てと言うからな。悪いが、敗北宣言は無理だ』

『ふっ。そういうことなら、決着をつけてやろう』


 ずんずんと前に進んでくるザウルス系ハンディーから、キシは機体を後ろへと急いで下がらせる。それこそ広場の端のギリギリまでだ。

 その逃げっぷりに、またもや観客席から非難の声が上がる。

 だが、ロンセンはキシが距離を離した理由が、逃げるためではないと分かっていた。


『またなにかする気だな』

『これが、正真正銘。最後の大技だ。これをやったら、このハンディーの足は動かなくなる』

『一か八かの大勝負ということか』

『ああ。だけど俺は失敗する気はない。だから、この大技を放った後、倒れているのはそっちってことだ』

『面白い。ならばその企みを粉砕し、動けなくなったその機体を踏んづけて勝ち名乗りを上げるとしよう』


 防御に絶対の自信を持つロンセンは、広場中央で大手を開いて構える。

 キシは唇を舐めて覚悟を決めると、操縦桿を動かし、ペダルを目一杯に踏み込んだ。ここにきて、加減一切なしの四つ足の走りは、ハンディーの限界を超えるほどの速さとなる。

 観客の誰もが、そのまま突進する者と思っていた。だが、両者がぶつかる、そのはるか前で、キシは自分のハンディーに地面を蹴らせて跳び上がらせた。


『対戦相手だった縞模様ハンディーの技を受け継いで、必殺のフライング・ダブルチョーップ!』


 キシの言葉の通りに、ハンディーは縞模様ハンディーが持っていた最高到達点の記録を抜いた上空まで飛び上がると、機体上部にクロスさせた両手を配置した。落下軌道は、広場中央のザウルス系ハンディーだ。

 派手な大技に、観客が沸く。

 しかし、ロンセンは拍子抜けしていた。


『そんな見た目だけの攻撃など』


 避けるまでもないと、ザウルス系ハンディーを地面に踏ん張らせ、受け止めてからの反撃のために両腕を後ろに回す。

 そこに、高高度からの飛び込み式フライングチョップを敢行している、キシのハンディーが落ちてきた。

 このまま両者激突――と思いきや、ぶつかる寸前に、キシのハンディーの両腕が振り下ろされ、一足先にザウルス系ハンディーの上部にぶつかった。

 激しい衝突音が響き、キシのハンディーが振り下ろした両腕から破片が飛び、機体自体も落下エネルギーを使い果たして空中に停止する。

 ザウルス系ハンディーとそれを操るロンセンは、この衝撃を受けても、まだ健在だった。


『万策尽きたな!』


 反撃だと、ロンセンは後ろに回していたザウルス系ハンディーの腕を振って当てようとする。

 だがそこで、キシのハンディーが動いた。相手の上部に着いた腕を支点に横回転し、迫りきた腕から避けきった。それだけではなく、新体操のあん馬の伸身の下り技を披露するように、胴体を横に捻らせながらザウルス系ハンディーの背中へと倒れていく。


『突進でコックピットの上に穴を空けたのは、視界を確保して腕をつく場所を認識するためと、その後のこの操作のためだったんだよ!』


 キシは勝利を確信し、ザウルス系ハンディーの棘がない背中、普通のハンディーと変わらないそこに、倒れる勢いを乗せて両足での蹴りを食らわせる。大ジャンプとこの蹴りにより、両足からも部品が飛び散っていく。

 前面からの衝突には強かったザウルス系ハンディーだが、後方から押されるにわ弱く、そして操るロンセンも後ろから攻撃されるという意識が薄かった。そのため、前へつんのめるように倒れてしまう。


『虚を突かれたが、機体に損傷はない――』

『だから戦えると思っているのなら、悪いけどこれで終わりだから!』


 キシは壊れる寸前のハンディーの腕と足を動かして、どうにかザウルス系ハンディーの背中に取り付き、機体の全重をかけて立ち上がらせないようにする。


『審判! フォールカウント!』


 キシの催促に、審判がカウントを開始する。


「抑え込み! フォールカウント10、9、8――」

『ぐぬぬっ。どけ!』


 ザウルス系ハンディーは急いで抑え込みから抜け出す操作をするが、キシのハンディーが手足でザウルス系ハンディーが地面に付こうとした四肢を払って、立ち上がらせないように工作する。

 このとき、ロンセンには不幸なことがあった。それはザウルス系ハンディーの前面――地面に接している部分に棘があったことだ。

 普通のハンディーなら、手足を瞬間的につくことで機体を横滑りさせたりその場で回転させたりして、上に乗ったハンディーを振り落とすことが可能だった。しかしザウルス系ハンディーの棘は地面に突き刺さってしまっているため、ロンセンは機体の腕と足をしっかりと地面に付き、棘を地面から抜くように起き上がらなければならない。

 地面に長く手足をつかなければいけない分だけ、キシに対応する時間ができる。結果として、どれだけ四肢に力を込めようと、立ち上がるに立ち上がれない状況になってしまっている。

 もちろんこの状況は、キシが相手の機体の特性を見て対応を考えて整えた戦法の果てであり、運や偶然ではない。


「6、5、4」

『ぐのおおお、こんな、こんな終わり方がああ!』

「「「3、2、1」」」


 観客も参加してのカウントダウンが尽きた。


「フォーーール! これにより、優勝は『知恵の月』!」


 ワッと観客が声を上げ、優勝者を祝う指笛が鳴り響く。

 そんな中、キシは満身創痍にしてしまった機体に、最後の無理をさせて起き上がらせると、声に堪えるために腕を上げる。

 殴った衝撃で部品が飛んだ影響で、腕の先は力なく垂れてしまっているが、それが激闘の証となり観客から更なる声援を引き出すことに成功していた。

 倒れていたザウルス系ハンディーも立ち上がり、キシを湛える身動きをしてから、自陣へと引き上げていく。

 キシは、四肢から軋み音を上げるハンディーを苦労して操ることで、観客に腕を振り続けながら、どうにかこうにかトラックまで戻ってこれた。しかしここで、ハンディーの足が限界以上の域に至り、片足が『バキン』と膝から折れてしまった。

 キシは慌てて膝立ちの格好を取らせ、続いて尻餅をつかせる。機体が安定したところで、電源を落として事なきを得た。

 コックピットから出てきたキシに、ヤシュリは苦み走った顔で賞賛する。


「馬力が違う相手に良く勝った。これから整備しなきゃならないメカニックとしちゃ、このボロボロの様子は頭が痛いがな」

「とななんとか言って、お爺ちゃんってばキシの操縦の腕前は認めているんだよ。逆にここまで限界値を機体に発揮させる運転手は少ないってね」

「こら、タミル! 余計なことを言いおって!」

「本当のことでしょー」


 メカニックの二人が追いかけっこを始めると、入れ替わるようにティシリアがアンリズと共にやってきた。


「優勝おめでとう。キシならできるって、信じていたわ!」

「それこそ、最終試合で俺の勝ちに賭けるほどだもんな」


 キシが揶揄して笑うが、憤然としたアンリズから文句が出てきた。


「勝ったからよかったものの、決勝は相手が相手、機体が機体なんですよ。リスクを考えたら賭けなんて正気じゃありません」

「じゃあ私は正気ね。だって、決勝戦でお金を賭けてないもの」

「……はぁーー!? 賭けの倍率が二十倍だと!!?」

「賭けなくたって、賭博屋は倍率を教えてくれるわよ。私はそれを試合中にキシに伝えただけ。賭けたなんて一言も言ってないし、そもそも約束したんだから賭けるわけないじゃない」


 ティシリアの言葉が衝撃的過ぎて、アンリズが固まってしまっている。

 一方でキシは、情報官であるアンリズが情報戦で負けた様相に笑いがこみ上げ、つい失笑してしまう。


「くくっ。それにしても、どうしてあんなことを言ったんだ?」

「だって紫ハンディー戦のとき、私が大金をかけたと知った後で、すごく奮起してくれたじゃない。だから、そうなってもらおうと、あんなことを言ってみたのよ」


 なんだそれは、とキシは思わないでもなかったが、目の前のティシリアは十代半ばの少女であることを思い出した。


「そんな策を巡らすぐらいなら、素直に頑張ってって言ってくれたほうが頑張るもんだぞ。美少女が男性に言う場合は、特にだ」

「美少女って、私のこと? ふーん、わかったわ。次からはそう言ってあげるわね」


 ティシリアは嬉しそうに笑うと、茶目っ気を出して投げキスをする。その後で、情報を鵜呑みにして失敗したと落ち込むアンリズを慰めながら、トラックの荷台の中へと入っていった。

 キシはハンディ―から降りると、ここまでの激闘による疲れから体をふらつかせ、運動音痴の肉体では建て直せずに地面に座り込んだ。

 満身創痍のハンディーと横並びになりながら、キシは『比野のニセモノ』である自分が、ティシリアたちの役に立てたことに満足感を得ながら瞬き始めた夜空を見上げるのだった。

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[良い点] エアマスターのパパ戦を連想したけどひょっとします?
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