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十六話 決勝戦


「無茶は厳禁だと言っておっただろうに!」


 ヤシュリはキシを一喝したが、それだけでハンディーの調整に入った。タミルとキシもその手伝いに入る。

 三人が作業している様子を、ティシリアが後ろから覗き込みながらソワソワしていた。


「ねえ、決勝戦出られるよね。勝てるわよね?」

「お嬢、いまは時間が惜しい。邪魔せんといてくれ! キシ! すぐ決勝戦なために部品交換は出来んから、不調前提で動かすことになること肝に銘じておけ!」

「伝送系のメインがいくつか焼け付いちゃっているから、その部分はバイパスに切り替えるからね。運動性能は落ちるよ!」

「わかった。こうなったのは俺の不始末だから、腕前でカバーするよ」


 三人が大急ぎで機体の調整に取り掛かる。

 その後ろでティシリアも、なにか手伝えないかとウロウロしていたが、やがて邪魔なだけだと自分で気づいて少し場所を離れた。その顔にある表情は、寂しさと悔しさがないまぜになっていた。

 それからしばらくは三人の作業を見ていたが、上がった歓声に、ハッとした様子で顔を広場中央へ向ける。

 下馬評通りに、ザウルス系ハンディーが勝ち、片腕を上げて勝利を誇っていた。

 そして広場にアナウンスが流れる。


『日暮れが近づいてきましたため、照明の灯火準備に入ります。決勝戦は、照明が点いた後になりますので、しばしおまちください』


 短いながらも休憩時間がとられたため、観客たちは空になった酒やツマミの買い出しに出かけ始めた。もちろん、席を押えておく仲間を広場に残したままでだ。

 一方で、キシたちはさらに整備の手を進めていた。


「よしっ、少しだけ時間に猶予ができた。少しだけさらに手を加えて、急いで仕上げに入る!」

「バイパス切り替えは、もうほとんど済んだよ! 手が空いたから、お爺ちゃん手伝うね!」

「俺の方にも、ジャンジャン指示してくれ。対応するから」


 時間がなくて最低限の調整だったところを、貰えた時間が許す限りに不調の解消へ当てる。

 ティシリアはそんな三人が頑張る姿を羨ましそうに見つめると、一人だけトラック付近から離れていく。向かう先にあるのは、決勝戦の賭け金を集めている賭博屋だった。




『照明の灯火が終了いたしましたので、ただいまより、決勝戦を開始いたします』

「「「ワーーーー!」」」


 観客の拍手と声援を受けて、広場中央へ、まずはザウルス系ハンディーが進み出る。

 初戦から順調な試合運びで勝ち上がり、重量系機体のザウルス系人型機械の手だけあってパワーがあるためか、それとも先の休憩時間で調整を万全にしたのか、損傷らしい損傷も摩耗らしい摩耗も見えない動きをしている。機体の前面と手足にあるトゲトゲした意匠も、折れた箇所は見当たらない。

 一方で『知恵の月』陣営はというと、大慌てで外装のねじ止めを行っているところだった。


「ワシとしたことが、時間があるならどうせと欲をかいたバッテリーの載せ替えに、予想以上の時間をかけてしまうとは!」

「お爺ちゃん! 口を動かす労力分、手の動きを速めてって! あとキシ、ネジが止まった瞬間に、ハンディーの電源入れて!」

「わかっているよ。合図してくれ」

『知恵の月のハンディーは、すぐに広場中央へ』

「わかっておるわ! よしっ、これで調整は終了じゃ!」

「キシ、行っていいよ!」

「わかった。すぐに歩き出すから、二人は横に退いていて!」


 キシはハンディ―の電源を入れると、すぐに立ち上がらせて広場中央へと進んだ。

 応急修理だけあり、入手した当初のような動きは出来ていないが、準決勝終了直後に比べれば大分マシになっている。

 キシは苦労をかけたヤシュリとタミルに感謝しながら、広場中央の開始線で機体を止めた。

 すると、対峙しているザウルス系ハンディーから声がかけられる。


『随分と満身創痍の様子だが、手加減はしない』

『それは残念。ま、いい試合にしようぜ』


 キシは軽口を叩きながら、操縦桿とペダルをほんの少し操作し、それで返ってくる反応で機体の調子を掴んでいく。そして相手となるザウルス系ハンディーのスペックを見た目から概算して、勝ち筋を思案する。

 そうして両者が試合への気炎を高めていき、係員が両機体に反則物がないかを確認していると、ふいにアナウンスが流れた。


『決勝に際しまして、今大会の景品を皆様に披露させていただきます。広場の左側、大会主催者の陣営がある場所をご覧ください』


 観客がアナウンスに従って顔を向けると、垂れ布をされた横長の物体が、多数のハンディーの手によって直立に移行している最中だった。

 やがて直立し終わると、紫色のパイロットスーツを着た大会主催者が、物体にかかっていた布を掴んで引っ張る。周囲のハンディーも手伝い、布が取り払われた。

 現れたのは、一機の人型機械。

 ホバー浮遊発生機構を持つ高ハイヒール型の足と、飛行機の翼のようなフォルムの細い流線型の脚。胴体部には強いくびれが作られているのと、棒のように細い両腕と肩の装甲は隙間だらけなのは、限界まで機体重量を減らすための設計だ。それで浮かした重量分を回したかのように、肩甲骨部分から生えた二つある巨大なブースターユニットは、並みの人形機械の腕ほどもある大きさと太さを誇っている。

 見るからに、高速機動専門といった風貌の、夕暮れの中に薄暗く浮かんだ真っ白い機体。キシは、この人型機械に見覚えがあった。


『初期の三機体の一つ、『エチュビッテ』か。クセが強くて俺は好きなんだが、メタリック・マニューバーズの中で一番使えないって評価がされている機体が景品ってのはなぁ……』


 キシは『知恵の月』の面々が残念がっていないか伺うと、その心配は杞憂だった。誰も彼もが、エチュビッテが手に入った後のことを考えて、顔がニヤけている。

 唯一、ティシリアだけが、人型機械ではなくキシのハンディーを見つめていた。

 そのことに違和感を覚えたキシだったが、アナウンスの声に、試合へ意識を戻さざるを得なかった。


『優勝賞品のお披露目が終わりましたので、決勝戦を開始してください』

「両者には、あの人型機械を手に入れるために一層の素晴らしい試合を期待します。それでは、心の準備はよろしいですね」


 審判の言葉に、両方の機体が腕を振って返事をする。キシとザウルス系ハンディーの運転手であるロンセンは、お互いへと集中している意識が、言葉を放ったことで逸れることを嫌ったためだ。


「では、決勝戦。始め!」

「「「ワアアアアアーーーー!」」」


 審判の合図と観客からの声援を受けて、キシとロンセンは機体を前に一歩進ませる。そしてもう一歩前に出したところで、お互いに動かなくなった。

 盛大に沸いていた声援は、両者が止まったことで、段々と戸惑いの声へと変わっていく。


「な、なあ。なんで両方とも動かなくなっちまったんだ?」

「これはあれだ。先に動いた方が負けってヤツだろ」

「『知恵の月』の赤丸ハンディーはカウンターでの体当たりに投げてからの関節技と、決め手は相手の行動を利用したものが多い。そのため『原始の勝鬨』のトゲトゲハンディーは、相手が動くのをじっと待つつもりなんだろうな」

「「なるほどー、そういうことだったのかー」」


 薀蓄好きの説明に、周りの観客が納得の声を返す。

 キシとしては、その説明であった通りに、ザウルス系ハンディーの力を活かした返し技を繰り出す気だった。

 だが、ロンセンの目論見は違っていた。


『記念として一発殴らせてやろうと思ったが、そっちが来ないのならば近寄らせてもらおう』


 ロンセンはザウルス系ハンディーの両腕を左右へ大きく広げると、一歩一歩とキシの方へ近寄ってくる。

 抱擁を迫っているようだが、その両腕と機体前面に金属の棘が並んでいる姿から連想されるものは、扉が開いた鋼鉄処女アイアンメイデンだ。本当に抱き着かれでもしたら、ザウルス系の力強さも手伝って、機体に穴が空くことは確定だった。

 だがしかし、相手から近寄ってくれること自体は、ハンディーの脚部に不安があるキシにとっては好材料である。そして、相手が広げた両手と、無遠慮に歩いている両足は、関節技を狙うにあたっては、良い的となっていた。

 キシはジリジリと焦り始めた気持ちを落ち着けて、自身の機体が一足飛びに組みつける位置まで、ザウルス系ハンディーが近寄ってくるのを待った。

 そして、その時はきた。


『片腕、いただき!』


 自分の意思決定を言葉に出しながら、キシはハンディ―を瞬発させた。そしてザウルス系ハンディーの右腕を両腕で抱えると、紫ハンディーの腕をもぎ取った技を仕掛ける。

 完璧な技の入りと、完全な機体運用。結果は自ずと見えていた――はずだった。

 『ガキン』と、ザウルス系ハンディーの腕がロックされるような音が響くまでは。

 キシは自分の機体の回転が止まり、そして相手の腕にぶら下がっている状態であることに呆然とする。


『一度見た技なら、こちらも対応する。そも、ザウルス系の手指は、相手に突き込んだり装甲を引きはがすために、頑丈なロックをかけて指の負担を軽減させる仕組みがある。君の関節技対策は、自ずと出来ていた』


 ロンセンはキシに聞こえるように言うと、ザウルス系ハンディーの機体を横捻りさせて、キシのハンディーを放り投げた。

 地面に落下し、投げられた勢いでゴロゴロと転がった後、キシは腕を使ってハンディーを起き上がらせる。


『そうそう簡単な相手じゃないよな……』


 言いながら、キシはハンディ―の両腕を機体のスリット越しに見る。先ほど棘付きの腕を掴んだ影響で、外装に小さな穴と裂け目ができていて、中の機構が覗いていた。

 無暗な攻撃は自分の機体だけが傷つくという事実と、予想以上の機体性能と相手の腕前を鑑みて、キシは対戦を続けながら作戦の練り直しを図るのだった。


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