十三話 ハンディー戦は続く
キシの戦いを機に、広場の熱気は強まった。そうなったのは、観客のヤジのせいだ。
「あの試合の後で、しょっぱい戦い方するんじゃねえぞ!」
「面白くなるように工夫しやがれ、工夫を!」
ギャンギャンと喚きたてられて、直後の試合のハンディーたちは戸惑っていた。
しかし二機ともすぐに開き直ったようで、ハンディーの腕をぐるぐる回したり、シャドーボクシングを行って、観客を楽しませようとしている。
「試合開始!」
『こうなったら、やったるぞー!』
『体当たりは、俺の得意技でもあるぜ!』
二機のハンディーは勢いよく走り出す。どちらも自分の技量以上の速度で動かしているため、前に倒れ込みそうな危なっかしい走り方をしている。
そのままお互いがお互いに向かって走り続け、そして正面から衝突した。金属製の掌を打ち合わせたような音が響く。
『ぐばっ――』
『ぎぐっ――』
コックピットからの悲鳴が上がり、二機とも仰向けに倒れた。
その情けない姿に、観客からは笑い声が上がる。
「ぎゃはははは! 二機とも倒れてやがる!」
「間抜けだ! 間抜けがいるぜ!」
嘲笑を受けながら、ハンディーたちが立ち上がる。衝突の衝撃で運転手が朦朧としているのか、動きがフラフラしていた。
『よくもやりやがったなー!』
『そっちこそ、くたばれー!』
再び走り出し、また正面衝突になる。ただし今度は機体の端同士――人で例えると肩をぶつけ合ったような位置で衝突していた。
そのため、弾かれた衝撃で機体が横へと回転し、そのまま地面に倒れて、二度ほど地面の上を二機のハンディーが転がる。
『ぐぐっ。気持ち、悪い……』
『おぇ。くそ、勝つんだ……』
両方の運転手は吐き気をこらえながら、ハンディーを立ち上がらせようとする。
しかし片方のハンディーが先に立ち、まだ屈んだ状態の対戦相手へと機体を走らせた。
『勝たせてもらう!』
『ぬわっ! やってくれる!』
二機が重なって地面に倒れ込み、そしてもつれ合ったままゴロゴロと転がりあう。
少しして止まると、掴みかかった側が下に、立ち上がるのが遅れた方が上になっていた。
『うわっ、マジか!?』
『審判! カウント!!』
「抑え込み! フォールカウント10、9、8――」
バタバタと下に敷かれた側が暴れるが、上に乗る側が相手の手足を抑えて逃げられないようにする。
勝負の決着が近いため、観客たちからもカウントコールが始まった。
「「「――3、2、1、フォール!!」」」
わっと歓声が上がり、勝った側のハンディーが立ち上がり、負けた側が悔しそうに地面をハンディーの腕で叩く。
そんな両者が下がった後、前へ出てきたのは、キシとアンリズが注目していた、ザウルス系の掌を使った、トゲトゲとした外装が特徴のハンディーだ。
それを操る人も有名人らしく、観客たちの間を巡っている賭博屋が声を荒げる。
「さあさ『原始の勝鬨』のロンセンが登場だ! 彼の勝ちは必定だから、賭けても払い戻しは1.1倍だ! だが、少し前みたいに下馬評が覆ることもある。奴さんが負ける方に賭ければ、払い戻しは二十倍だよ!」
「ロンセンに三十!」
「十をロンセンに!」
「大穴狙いで、対戦相手に五だ!」
「おいおい。これじゃあ、賭けにならなくて困っちまうぜ」
ワイワイと騒がしい観客たちとは裏腹に、広場中央で向き合った二機のハンディーは静かなものだった。
しかし、両者の心持ちは全く違う。
ザウルス系のハンディーを操るロンセンは、自分の勝ちを信じてやまないながら、油断ない視線を相手に贈っている。
対戦相手の方は、有名人と当たることになって内心で嘆きつつ、一発逆転を狙うため汗がにじむ手をズボンに擦りつけていた。
「試合、開始!」
審判の声。同時に、ザウルス系ハンディーへ向かって、対戦相手のハンディーが駆けだした。
『うわああああああああああああ!』
恐怖と緊張を叫び声で散らしながら、突進を狙っている。
一方でザウルス系ハンディーは、トゲトゲした体を太陽の下で温めるかのように、両腕を広げて仁王立ちしていた。そこに、対戦相手のハンディーが飛び込んだ。
『もらったあああああああああああ!』
大声と共に正面衝突の音が広場に鳴った。
一試合前のように、衝突の衝撃で両者が弾かれると思いきや、ザウルス系ハンディーが踏ん張り堪え、さらには相手の胴体に腕を回して固定してみせる。
『うおおお、はなせええええ!』
暴れるが、全く緩む様子はない。重量系の機体であるザウルス系の掌だけあり、元は指であるその腕も力強い。
ロンセンは機体を相手をさば折させるような体勢でしばし制止していたが、やおら動き出した。
『どっせーーーい!』
気合一発。ザウルス系ハンディーの腕力を活かした、釣り落とし投げだ。しかも自身の機体を浴びせ倒す、おまけつき。
地面とザウルス系ハンディーの板挟みになった対戦相手は、ハンディーの背中にある箱型のコックピットが歪んで破断する音を響かせた。
ぐったりと四肢を投げ出すハンディーを踏み、ザウルス系ハンディーは勝利を主張するように片腕を上げる。
しんと静まり返る広場の中で、審判がハッと我に返った。
「係の人は、いますぐ救助に――」
コックピットが潰れてしまった対戦相手を心配して、慌てて指示する。
しかし係員が到着する前に、ザウルス系ハンディーが相手をひっくり返し、歪んで潰れたコックビット部に腕を叩き込んだ。そしてメキメキと音を立てながら、外装を引きはがした。
潰れたコックピットにいた操縦手はというと、どこも潰れた様子はなく、投げられた衝撃で気絶しているだけだった。
そこでようやく係員が到着し、気絶している操縦手を引っ張り出し、脈拍と呼吸を確認。問題なしと、審判へ身振りする。
「勝負あり。勝者、『原始の勝鬨』のロンセン!」
勝ち名乗りが上がった直後、静まっていたのがウソだったかのように、広場に歓声が上がった。
「うわー、操縦手が死んだんじゃないかって焦ったぜ」
「いや、あのロンセンだ。操縦手を殺さないように機体を壊すのはお手のものってことだろ」
「賭けの払い戻しだよー。さあ賭け札を見せな!」
観客たちは、しばらく他の試合を眺めずに、ワイワイと先ほどの試合について議論を交わす。
その間にも、ハンディーたちの試合は進み、続々と決着がついていく。
そして二回戦、第一試合に移行する。
ここで初登場、シードとなっていた、この村の村長であり大会の主催者である、紫色のパイロットスーツを着た男性だ。
「はっはー。では、華麗に戦うとしようか!」
紫色のハンディーに乗り込んだ主催者は、キシ並みの足取りの滑らかさで、広場中央まで歩き出てきた。
対戦相手は一回戦第一試合の勝者である、あのハンディーだった。
『主催者だろうと、容赦はしないからな!』
ぶんぶんと腕を振って強さをアピールするが、主催者が操る紫ハンディーは『やれやれ』という感じで機体をすくめている。
『先ほどの君の試合は見せてもらったが。その程度の腕前で、勝てると本当に思っているのなら滑稽だね』
『言いやがったな! 目にもの見せてやるから覚悟しやがれよ!』
機体の各部チェックを係員が終えて、試合が始まった。
「試合、開始!」
『その趣味が悪い紫色の機体を、ベコベコにしてやるぜー!』
体当たり狙いの突進――いや、両手を横に広げて走っている様子から、突進からの抱き倒すタックルだ。
その意欲満天の姿勢を、主催者は鼻で笑った。
『ふふん。やはり、戦いは美しくなくてはいけない』
走り寄ってくるハンディーを見ながら、紫ハンディーは両腕を真上に高らかに上げた。
そして抱き着いて来る直前、相手の脳天へ掲げていた腕を勢いよく振り下ろした。
『ごごげ――』
衝撃が機体を通過してコックピットまで届いたらしく、攻撃を受けた側からくぐもった悲鳴が上がる。そして、操縦車が失神したことでハンディーも動かなくなり、紫ハンディーに倒れ込むように活動を停止させた。
主催者は数秒は機体を受け止めていたが、軽く横へと投げ捨てる。
『あまり機体を擦りつけないでくれたまえ。紫の塗装が剥げてしまうではないか』
圧倒的な勝ち方に、観客から声援が上がる。もっとも、この村の住民が大半だ。
「村長、がんばれー! 優勝してー!」
「ハンディーこそ、我々が発展させるべき機体ってところを見せてくれー!」
声援に、紫ハンディーは腕を振りながら、自陣へと去っていった。
そしてキシの番になった。
『はっけー、よい!』
『どうええええええええーー!?』
一回戦目とは違い、自分から突進してのぶちかまし。相手は不意を突かれて一発で動かなくなった。
再びの勝利に、賭けでの儲け全てをキシの勝ちに突っ込んでいたティシリアは、払い戻しの列に並びながら浮かない顔をしていた。
「むぅ、今回は二倍だったのよねー。あまり儲からなかったわ」
そう呟いてはいるものの、賭けたお金が多いことを忘れていて、払い戻しを受けた際に受け取ったお金の多さに大喜びしたのだった。