十一話 ハンディーの戦い
大会が始まった。
「俺の出番って、どれぐらい?」
キシが話を振り、答えたのは端末を手にしているアンリズだった。
「四回戦目よ。時間がかかるだろうから、電源を落としてバッテリーを節約しなさい」
「ハンディーの部品はまだしも、バッテリーの予備はあるんじゃなかったっけ?」
「それは予備じゃなくて非常手段。トラックを動かすバッテリーのことよ。それに充電するにも、タダじゃないの。とくにこの村だと、リアクターがない分だけ、かなり高額になる。だから少しでも節約して」
「了解。っていっても、そんなに時間がかかるもんかな?」
キシは疑問顔のまま、ハンディーを体育座りにさせて、背部の出入り口を開放してから、電源を切って活動を停止させた。
開放部から出たキシに、アンリズは「なにもわかっていない」という顔をする。
「ハンディーの素手での戦いは、長期戦になることが多いわ。殴打力に乏しいから打ち倒すのに時間がかかる。関節技を決められるのなら四肢をもげば勝てるから時間は節約できるけど、そんな上級テクニックを持っている人なんて、そうそういないわ」
「投げや、体当たりする人はいないのか?」
「投げなんて関節技以上の難易度だわ。体当たりは、ああ、いまやるようだから見てみれば」
アンリズが指した方向、広場の真ん中で、第一試合が「始め!」という審判の声と共に始まっていた。
『オッシャー、行くぜ、オラ!』
『かかってこいや、このミミズ野郎が!』
二機のハンディーが、広場に刻まれた開始戦から一気に前へと走り始める。
勇猛な感じで突っ込む、と『体当たり』と聞いてキシは思っていたのだが、現実はそうではなかった。
両足はドタドタとした走り方で、両手も前後に振るのではなく、機体の前横に伸ばしてバランサーにしている。そんな様子なため、まるで走りに慣れない幼子が、転ばないように気をつけながら必死に前へ進もうとしているようである。
そして二機はそのままお互いに向かって走り続け、体当たりというより『ぶつかった』という表現がぴったりな衝突をした。
『のあああーー!』
『うおおおーー!』
コックピットから出てくる野太い声は必死なのだけれども、機体の動きはというと、ぶつかった衝撃で後ろに倒れてしまい、もがきながら立とうとしている。
そして、つかまり立ちを覚えた赤子のような足取りで立つと、今度は至近戦へ突入した。
『よくもやってくれたな、これでも食らえー!』
『そっちこそ、おっ死ね!』
口汚い声を発しながら、二機のハンディーは両手を振り回す。よく言えばラリアットのような、悪く言えば『ぽかぽか叩き』のような、そんな殴り方。両者の腕が機体に当たる度、金属音の高らかな音色が響く。それはまるで、音楽の心得がない者が鉄琴を叩いているような、一種楽しそうな音色だった。
ここまでの一連の戦いぶりを見て、キシは理解した。
「これは時間がかかりそうだ」
「でしょう」
アンリズは『それ言ったものか』という得意げだ。
キシは彼女のそんな態度を見ることなく、別方向へ顔を向けた。こんなしょっぱい試合で、観客が満足しているのか気になったのだ。
そんな心配は無用で、観客は観客で楽しんでいた。
「おらー! もっと激しく叩け―!」
「こっちは、試合に賭けをしてんだ! 殴り殺す気でいけー!」
酒とツマミを手にヤジを飛ばすさまは、スポーツ観戦か、はたまた賭博場の様相だ。だが観客の顔つきは、誰も彼もが楽しんでいる様子である。
その光景を見て、キシはようやくハンディーの試合というのは、こういう者なのだと理解できた。
「いま戦っている二人って、アンリズが情報収集した中で、どのぐらいの実力者?」
「区分けとしては、賑やかしの方に入れてます。腕前は、下から数えた方が早いぐらいですね」
「もっと上手い人物なら、戦い方は鮮やかになるのか?」
「うーん、どうでしょうか。どちらかといえば、腕前よりも機体が良い、という印象です」
「機体の良し悪しってことは、元とあなる人型機械の手の種類が違うってことだよな」
「その通りです。今大会の最注目機体は、あのハンディー。機体名『偉大なトゲトゲ』号です」
示された少し離れた場所には、機体の前面と手足がトゲトゲとして痛そうなハンディーが仁王立ちしていた。
キシはそのトゲトゲ具合を見て、納得した。
「ザウルス系の機体の手か。確かにあの系統の人型機械は、素手での格闘で相手にダメージを与えられる奇抜な機体群だった」
「あれの元となったであろう機体を、操った経験があるんですか?」
「あるよ。恐竜をモチーフにした機体で、かなり厳つい容姿をした機体でね。装甲は厚いし、四肢のパワーは高い。大砲を抱えさせれば倒せない機体はなく、接近戦になれば手足で相手をなぎ倒す。まさに重量機体はこうあるものって感じだったよ」
「なら、その機体に欠点に繋がる不満などはありましたか?」
その質問に、キシは苦笑いを返す。
「そういう質問がくるの、実はすごい困るんだよなー」
「それはなぜです? 普通、運転すれば機体への不満の一つや二つ出てくるものでしょう?」
「ところが俺は、他の人が不満に思う点を、その機体の持ち味って考えちゃうようで、不満を抱けないんだよ。お陰で改善点が思い浮かばないから、どう機体を改造するかの発想に至れない。それが機体改造への意欲低下に繋がって、既存機体でいいかって気になっちゃうんだ」
だからこそキシは、売り出されたままの機体や掲示板にアップされた典型改造の機体しか操ってこなかった。それを上手く動かそうとするだけで、十分満足できた。一方で、他の人たちが機体を自分の腕前に合わせるよう改造に明け暮れる気持ちや必要性を、真には理解ができない理由となっていた。
もちろん、この姿勢は『メタリック・マニューバーズ』のプレイヤーの中では異端で、キシにもその自覚があった。だからこそ、既存機体部門と軽改良機部門の世界チャンプとなっても、どこか後ろめたい気持ちが抜けずにいたのだ。
そんなもろもろをキシが思い出していると、アンリズが質問を変えてきた。
「では、そのザウルス系という機体群の攻略法は、ありますか?」
「そりゃもちろん、運動性が低さを狙うんだ。特に超信地旋回のが苦手でね。高速機に後ろを取られて、近接武器でバッサリが敗因の上位に入るぐらいなんだから」
「それが欠点です。それを直すために改造しようと思えば、改良点などいくらでも思い浮かぶのでは?」
「いやいや。ここがザウルス系の良いところなんだって。そういう戦法を相手がとってくると知っていれば、それを逆手に取れるじゃないか。なのに改造て欠点を消しちゃったら、相手の手段が多様化して対応に困っちゃうよ」
「……なるほど。欠点すら利用する戦い方をするため、欠点は欠点足りえないと」
「そうまでは言わないよ。個人個人の感じ方だからね、そこは」
キシの気楽な感想に、アンリズは困った顔をしながら端末をいじっている。
興味本位でキシが画面をのぞき込むと、ザウルス系機体の倒し方という項目が作られていて、キシが語った倒し方が書き込まれていた。
「アンリズは、本当に情報収取が好きだな」
「これぐらいの情報でも、欲しい人には高値で売れますし、我々が戦うことになった際だって役立ちますから」
アンリズは端末の画面を消すと、唐突に憮然とした顔つきになる。
「それで、キシはどうしてこんなことまで教えてくれるんですか。何が目的です」
「なぜって、単なる雑談じゃないか。それに、ニセモノである俺に目的があるはずがないだろ」
「ニセモノとは?」
キシは、今ここにいる自分は現実世界の比野の記憶をコピーした複製体であると告げる。
「『比野』だったなら、仕事でお金を稼ぎ、彼女を作って結婚し、子供を育てるような、平穏な日常が目標だろうな。けどそれは『比野』の夢で、彼と繋がりが切れた俺の夢じゃないわけ」
「複雑なことを考えてるんですね。それで、いまのあなたには目的も目標もないと?」
「特にはないんだけど、ティシリアたちの手助けができればいいなと思ってはいるね」
「それはどうして?」
「いまやりたいことが思い当たらないのなら、現時点で関われることをやってみるのもアリでしょ」
「……そうやって気楽に構えられると、困るんですが」
キシの言葉が癪に障ったようで、アンリズは冷たい視線を送ってくる。
嫌われたなとキシが後ろ頭を掻いていると、アンリズの後ろにソロソロと近づくティシリアの姿。キシが素知らぬふりを続けると、ティシリアはアンリズの後ろから飛びつき、腕をアンリズの乳房のある辺りへ回していく。
「もう、二人してなに話しているのよー。私にも聞かせなさいよー」
「ティシリア! どこを触ろうとしているんですか!」
「えー、だってー、アンリズってばキシ相手だと固すぎるんだもん。普段柔らかいところも固くなっているか、ちょっと確かめたくなっちゃってー」
「そんなこと、あり得ずはずがないでしょう!」
アンリズは怒鳴り声を出すと、ティシリアの脳天に拳骨を下ろした。
「ひどーい。女同士なんだし、こんなに強く叩くことないじゃない」
「キシが近くにいるでしょう! 痴態を男性に見せつける趣味はないんです!」
「え。じゃあ、男性がいないところなら、揉んでもいいのかしら?」
「そういう問題じゃ――ああもう、知りませんから!」
アンリズは肩を怒らせて、どしどしと地面を踏みしめながらトラックへと進んでいった。
ティシリアとキシは顔を見合わせると、どちらからともなく苦笑いを浮かべる。
「アンリズがごめんね。彼女、責任感が強いうえに真面目だから。抵抗活動を下にみたような言葉が、癇に障っちゃうのよ。言った人が自覚ないとわかっていてもね」
「こっちこそ配慮が足りなかったよ。そうだよな。ティシリアたちは命を懸けて抵抗活動をしているんだから、その点をもうちょっと考えていれば、ティシリアが殴られることもなかったのにな」
「いやもう、本当にさっきの一撃は痛かったわ。涙が出ちゃいそうよ」
「撫でてやろうか?」
「撫でるのは遠慮するけど、たんこぶになってないかは見てくれない?」
「わかった。頭をこっちに出せ。どれどれー?」
キシはティシリアの髪を分けて、アンリズに殴られた箇所に視線を落とす。幸いなことに、たんこぶにはなってなかった。
問題はなさそうだとキシ診断を告げた直後、広場に集まっていた観客たちが大声を上げる。
キシとティシリアは自分たちのことだと一瞬勘違いして慌てたが、歓声は広場中央で戦っていたハンディーの決着がついたためだとすぐに気づいた。
「あー、なんだ。一戦終えただけなのに、あのハンディーは満身創痍だな」
「殴り続けたから、腕関節がグラグラしているわね。あれは調整が面倒くさそうね」
「俺たちにはハンディーのスペアパーツがないんだから、ああやって殴り合うことは選択肢から外した方がいいな」
「アレが普通のハンディーの戦い方なんだけど、キシはどうやって戦う気なの?」
「やり方は、二つ三つ考えてあるよ。それも、機体の摩耗が少ない奴をな」
「ふーん。期待してあげるから、優勝目指して頑張って頂戴ね」
「おうとも。機械の運転のことなら俺に任せてってとこを見せつつ、勝ってやるよ」
キシとティシリアは拳をぶつけ合う。その後キシは、ハンディーのコックピットに座って、電源を入れないまま操縦桿とペダルを動かして、イメージトレーニングを重ねていく。ティシリアはキシが勝つと約束してくれたことで、あることを実行するために、まずは『知恵の月』の名義で出している露店へと向かったのだった。
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