百十一話 元に戻る
連続更新の二話目です。
前話を読んでいない方は、戻って読んでいただくように、よろしくお願いいたします。
一から新造した人型機械の支払いで、すっかりと貯金を叩いてしまったしまったのに、比野は待っている間に入った給料分をさらに散財をする気だった。
まず、サブアカウントの作成。プレイヤーネームは『キシ@サブ』にしておいた。
そのアカウントでチュートリアルを終えると、リアルマネーをつぎ込んで、上位のカーゴの購入と要塞化を施す。
十個あるハンガーのうちの一つに、メットン作の人型機械『ラゴウラ』をデータ移行する。余っている九個のハンガーにも、既製機ながらも評価が高い機体を購入して配置した。武器や弾薬関係も買って、詰め込めるだけ詰め込む。アバター用の服も、課金の力で実装分を全開放していく。
こうして、サブアカ勢の中でも屈指の『大人げないサブ垢』にし終わったところで、業務時間となってしまった。
(とりあえずここまでにして、あの世界に入るのは就業後だな)
比野はこの世界で暮らせばならないし、給料を貯めていた銀行貯金はすっからかん。真面目に働かないといけない。
といっても、いつもと同じように働けばいいだけなので、苦はなかった。
規定時間を勤め上げると、メタリック・マニューバーズの店員の制服を脱ぎ、私服へ。
一人の客として、サブアカウントを使用するべく、受付へ。
どのミッションがいいかなと――できれば、『知恵の月』が経営している休憩所が近くにある戦場がいいなと見ていいく。
すると、懐かしいミッション――廃都市における攻防戦が出ていた。
「すみません。このミッションに、このアカウントで参加したいんですけど」
「ふふっ。比野さんは同僚として働いているときは普通に話してくれるのに、客になった途端に丁寧口調になりますよね」
「えっと、あまり意識してなかったんですけど、長くメタリック・マニューバーズのプレイヤーやっているので、クセになっているんでしょうね」
比野は苦笑いしつつ受付を済ませると、ゲーム用のヘルメットを手にしながら割り当てられた筐体へ向かった。
黒い卵型の側面部にある、カードリーダーにサブアカウントのIDをスライドさせると、『プシュ』と空気が抜ける音がして、黒い卵の前面が観音開きに開かれる。
中にある安っぽいビニール革の一人用ソファーに座り、結束バンドで纏められたケーブルをヘルメットに差し込んだ後でかぶる。
自動で卵の扉が閉じられ、ヘルメットのバイザーに文字が浮かび上がった。
『筐体:ディメンショナル・ブレイカー――起動
世界:メタリック・マニューバーズ――接続
操者:キシ@サブ――認識
機体:羅喉【ORIGINAL】――構築済
場所:ビューシュケイス廃都【攻防戦】――【機体運搬機】到着
ARE YOU READY? YES NO』
現れた文字を比野は視認し、問題がないことを確認し、合言葉を口にする。
「『YES、I AM READY』『GO METALIC MANEUVERS』!」
音声認識により、ヘルメットに内臓された機構が動き出し、日野の意識は卵の中で失われ――そして『メタリック・マニューバーズ』の中で目覚めた。
キシは、地球で暮らしていたときは比野という意識が強かったが、こうして人型機械のコックピットの中にいるとキシだという自意識が強くなっていると感じていた。
「不思議な感覚だけど、時間がないから手早く工作しないとな」
全周モニターに映る、ミッション開始時間のカウントを見た後で、キシは座席の後ろの辺りを探っていく。
そして、発着場で何度も読んだ『知恵の月』の面々が作ってくれた手引書を思い出しながら、脳記憶読み取り装置を無効化する作業を行っていく。あらかじめアバターに着させていた衣服にある金属部品を引きちぎり、それを工具代わりにして、ハマっている金属板を引きはがし、その下にあるケーブルに突き刺した。
バリバリと放電が起き、読み取り装置がショートする。
その瞬間にカウントが止まり、全周モニターに『ERROR』の文字が現れた。
キシはその表示を無視して、ラゴウラの右腕を操作する。その手にはプリセットされていた拳銃が握られている。
「さて、まずは運搬機の操縦室を開けないとな」
キシはラゴウラにカーゴの壁を狙わせ、撃った。
発車された弾丸は、弱く威力を調整されたもので、壁にめり込んで止まる。歪んだ壁には隙間ができており、操縦室の全周モニターが空いた隙間から覗いている。
キシはメットンに頼んで作ってもらった座席のボタンで、コックピットのハッチを開く。この瞬間、『キシ@サブ』の、廃都市における攻防戦は敗退となった。
そして負けが決まった瞬間、カーゴが移動を開始する。
「おっと。早くコントロールを奪取しないと」
キシは、運動神経皆無の身動きながら、できるだけ急いで機体の外へ。そしてハンガーの足場を伝って床に下り、銃撃で歪んだ壁に近づく。
「ぬぐぐぐー。もうちょっと、歪みを置きくしておいた方が、よかったかー、なッ!」
隙間に体を入れて、渾身の腕の力でカーゴの操縦室に入った。
中は初期カーゴと同じで、部屋の真ん中にコントロール用の台座がある。
キシは服にある金属の装飾を引きちぎり、台座の側面の板を外しにかかる。
板を外し終え、コードの束を引っ張り出すと、どの部品にどのコードが繋がっているかを確認していく。
「えっと、これがあれで、それがあのやつだろ。ってことは、これとこれを切って、その片方の電線をむき身にしたものを、こっちのコードに繋げれば」
覚えった『知恵の月』の手引書の通りにバイパスを作ると、急にカーゴの移動が止まった。
そして台座の上にある画面には、『自動運転に障害発生、手動操作に切り替え』の文字が現れる。
「よし、これで俺がこの運搬機を操ることができるようになったな」
キシは台座に取り付くと、モニターに映る遠くの廃都市の姿を見やる。
「あそこが、キシとしての出発点なんだよな――まあ、行く意味がないから、遠くに眺めるだけで満足しておくかな」
キシは感傷を心から追いやると、台座の画面を操作して、カーゴを移動させていく。
休憩所を中心として、方々へトラックや人型機械を運転した経験から、廃都市からどう進めば『知恵の月』が運営する休憩所にたどり着けるか、キシにはわかっていた。
「到着まで、休憩をはさみながら三日ぐらいかな。この上位の運搬機なら、サスペンションが良いから、地形を無視して真っ直ぐ進ませても横転する心配はないんだけど……」
半自動運転のような真似をさせてもいいのだが、キシも運転以外にやることがないため、操縦を続けていく。
運転に疲れたらカーゴを停止させて、人型機械にある食料と水を生産する二つの装置を動かして、レーションと水で腹を膨らませる。
地球で食べるコンビニの弁当よりも劣った味なのに、キシはなぜか懐かしく思ってしまった。
そうして腹が膨れた後で、カーゴにある人型機械の親玉に通じる通信機器を無効化する。
その後で改めて休憩をしてから、再びカーゴの操縦を開始した。
ときどき害獣が襲い掛かってくるが、キシが給料をつぎ込んで改造した各部銃座が自動で動き、あっという間にひき肉に変えてしまう。
そうして、安全かつ単調な旅路が三日続き、再び夜が訪れる。地球と同じ銀河にある星であることを表す、天の川が夜空を飾っている。
キシが星が零れ落ちそうなほど輝く空を、操縦室の全周モニターで見ていると、唐突にその光が陰った。
いや、陰ったのではない。近くで発生した強い光によって、見えなくなったのだ。
キシが訝しんで周囲を見回すと、遠くの方から砲撃のような音が聞こえてきた。
「なんの音だ?」
キシが不思議がって周囲を見ていると、カーゴの進行方向にある地面から上空へ向かって、火の玉のようなものが打ち上がる光景が目に入った。
その火の玉は、上空高く飛び上がると、激しい光を放ちながら爆発した。
爆発による火球が生まれ、そこから突き出てくるように、小さな火花が周囲に散って、さらに弾ける。
それは日本のものとは技術と趣が違うものの、間違いなく花火の一種だった。
「もしかして、『知恵の月』が花火を作ったのか!?」
前にそんなことを言っていたような気がすると、キシはカーゴが走る速さを上げた。
地平線の向こうに隠れていた休憩所が見えてくると、その中心部から上空へ向かってまた花火が上がり、夜空の星より目を引く火花を空中に生み出す。
キシは、間違いないと確信した。
「うおっと。奪取した運搬機で休憩所に向かうなら、銃座の機能を凍結して、あと『知恵の月』にも通信を入れておかないと」
忘れていたと、キシは慌てながら台座の画面を操作して、抵抗組織特有の通信方法で電文を送った。
すると、すぐに返信が返ってきた。しかも大量に。
『何か月も経ってからくるなんて、遅いのよ! 通信するのも遅い! それになんなの、そのデッカイ運搬機!』
『キシ、元気でしたか!? あの発着場を占拠した抵抗組織の弁だと、人型機械の中にキシらしい死体が二つあったと聞いて、気が気じゃなかったんですよ!』
『戻ってくるなんて、酔狂者ね。でも来たからには、ちゃんと働いてもらうわ』
『やっほー、キシー。お土産の機体とか武器とか、持ってきてくれたかなー?』
『あなたが居ない間、ここを守ってあげたわよぉ。褒めなさいよね』『この体にメロメロになっている人が続出中だけど、帰還のお祝いに使わせてあげても、い、い、わ、よん♪』
『前に仕組みを聞いたけど良く分からなかったが、良く生きてやがったな!』『戻って来やがったな!』『操縦教えろコラー!』
キシはどれが誰の文章かわからなくなってしまったが、とりあえず返す言葉は決まっていた。
『みんな、ただいま。これからも、よろしくな』
キシのこの文章の返答のように、再び休憩所から花火が打ち上がって大輪の火の華を空中に咲かせる。その火の子が地上へと落ちていく中、キシが操るカーゴが休憩所へ向かって進んでいくのだった。
これにて、メタリック・マニューバーズのお話は終わりとなります。
ここまで、お付き合いいただき、ありがとうございました。
ロボット戦を書くには、自分の実力が色々と足りない気がしておりますので、いつかの日にリベンジ作を作れればいいなと思います。
そして近日中に、新しい物語を作るつもりです。
どんな話を書くかは未定ですが、話の卵は沢山あるので、新作が出ないのではないのかというご心配はしなくて大丈夫ですよ。
それでは、再度となりますが、私の物語にお付き合いくださり、ありがとうございました。
もしもよろしければ、次回作が投稿された際には、ご一読くださいますよう、よろしくお願いいたします。