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百十話 地球に帰り

 キシが目を覚ますと、自分が比野になっていることに気付いた。

 いや、正確に記すならば、キシという異星で暮らした記憶が、比野に統合されていたのだ。


「うぐっ。頭が、痛い……」


 数か月分に及ぶ記憶を注入されたからか、比野は内側から押し上げるような頭痛を感じながら、メタリック・マニューバーズ一号店のスタッフスペースにある筐体を出た。

 青い顔のままで一階に戻ると、店長が苦笑いの表情で迎えてくれる。


「残念だったね、相打ちだなんて」


 比野は一瞬、なにを言われているのか分からなかったが、すぐに発着場の戦闘の件だと理解した。


「いえ、残念ってことはないですよ。大まかには、予定通りだったですし」

「おやおや、倒されることを望んでいたっていうのかい?」

「はい――いいえ。そういうわけじゃないですけど」


 比野は、つい大量に混ざろうとしているキシの記憶に引きずられて、普段の自分らしい受け答えが良く分からなくなっていた。

 怪しい受け答えと、青い顔をする比野を見て、店長は訳知り顔になる。


「業務を終えた後で、ひと戦闘したんだ、疲れているよね。気が利かなくて申し訳ない」

「いえ、とんでもない。でもその、確かに疲れているんで、帰らせてもらってもいいですか?」

「もちろんだとも。今のキミは、この店のお客さんだよ。気兼ねなく帰って、ゆっくりと休養を取るべきだよ」


 比野は申し訳なく思って店長に頭を下げて、店を出て自宅の帰路へついた。




 比野は、キシの記憶で意識がやや混濁していたが、無事にアパートの一室――自宅に戻ってきた。

 その手には、途中のコンビニエンスストアで買った、弁当と炭酸飲料が入った袋が握られている。


「ただいまー、っと」


 玄関で乱暴に靴を脱ぎ、ワンルームの室内へ。

 折り畳み式のちゃぶ台を展開し、その天板に袋を置き、弁当と飲み物を摂取していく。


「比野としては食べ続けたような弁当なのに、キシの記憶があるからか、とても懐かしく感じるな」


 ぱくぱくと食べ、弁当はゴミ袋へ。飲み干した飲料のペットボトルは洗ってから潰し、空ペットボトル専用の箱の中に入れる。

 その後で、ベッドの上に身を投げて、大きく深呼吸する。


「はぁ~~。自分の家に帰ってきたって感じがするなー」


 ぼんやりと天井を見つめ、そのまま動かなくなる。

 十分ほど経った後、唐突に起き上がり、やおらスマートフォンを操作し始める。

 比野はキシとして、やるべきことがあるからだ。

 そしてスマホの画面に呼び出したのは、銀行に預けている貯金の残高。

 比野は趣味が仕事になっているし、付き合っている人もいないため、衣食住以外に金の使い道がなく、給料の大部分がそこに入ったままになっている。

 細かい数字を無視して、およそ二百万円が入っていた。

 

「これだけあれば。もし足りなくても、虎の子はあるし」


 比野は次にSNSのアプリを立ち上げ、アドレスからある人物にコンタクトをとった。


『唐突に悪いが、相談があるんだが』


 日本語で書き込んだその文字の下に、自動でヒンディー語に訳された同じ文字が作られる。

 比野が文字を送ってから、十分ほど経って、返事が来た。

 それは最初ヒンディー語で書かれ、すぐに下に日本語に変換された文字が現れる。


『よう、キシ。今日のバトルロイヤルイベント、見てたぜ。惜しい結果に、とうとうオレ様が作る人型機械が欲しくなったってわけだな!』


 比野は文字の向こうにいる、暑苦しいインド人の知り合いを思い浮かべて、苦笑いしながら文字を返す。


『その通りだよ。人型機械の作成を依頼したいんだ。それも、業界随一と噂の『メットン』が技術の粋を凝らして作った、そんな機体を』

『おっ! 本当に作成依頼かよ。でも、いいぜ。オレ様がずっとラブコールを送っていたキシからの要望だ。他のヤツらの注文を後にして、作ってやるよ』


 そう安請け合いした後で、メットンはさらに文字を続けた。


『それで、オレ様が作った機体を、何に使う気なんだ。こちらとしちゃあ、キシにオレ様の機体で世界大会を制覇して欲しいところなんだがよ。でも、世界大会に出るには、会社員をやめないといけねえんだよな。その覚悟ができたってことかい?』

『メットンには悪いけど、俺は会社を辞める気はないし、人型機械の使い道は少し変わっているんだ』

『うん? キシがオレ様の機体を使おうっていうのなら、世界大会以外にはあり得ねえと思っていたんだけどな。それで、その使い道ってのは?』

『変に聞こえるかもしれないけど――俺のNPCに渡すんだよ』


 比野がその一文を打ち込むと、一分ほど間が空いた。


『キシと相打ちになった、あのキシの戦闘データを使って作ったNPCにか? ってことは、キシ自身が使うわけじゃねえってのか?』

『そうなる。だから、作ってくれた機体は『買い取り』にして欲しいんだ』


 メタリック・マニューバーズでいうところの、改造機体の買い取りとは、その機体を作った人物からその機体に関する全てのアイデアや著作を買い取るという意味だ。

 この行為には、利点と欠点がある。

 利点は、買い取った機体をプレイヤーがどう扱おうと、売り払った改造者の側は関与できないということ。もちろん複製して配布することは禁止だが、構造を解析して改造法を探ったり、さらに自分で改造を施したり、どんなイベントや目的に使おうと勝手にできる。

 欠点は、機体の権利を買い取るため、とても高額になる。権利を改造者に残したままなら数万円で手に入るものが、買い取りだと百万円以上という単位に化ける。そして機体に欠点や操縦者が不満に感じる点があろうと、再改造のアフターサービスはなくなる。

 そのため、改造屋に機体を発注するプレイヤーの多くは、権利を改造者に残した――いわばレンタルのような形にすることが多い。

 しかし比野がやろうとしているのは、ゲーム内の敵としてメットンの改造機を使うことと同義だ。それはレンタル形式の契約ではできず、買い取りが必須となる。

 比野が機体をどう使うかを知って、メットンの返事が渋いものに変わる。


『キシからの頼みだから、作ってやりたいがよ。手強い敵を作りたいって目的なら、なにも世界一の人型機械作成の腕を持つ、オレ様じゃなくたっていいだろ。もっと手軽な値段で買い取れる、いま売り出し中のヤツを紹介してやろうか?』

『悪いけど、その世界一の腕前と豪語するメットンだからこそ依頼しているんだ。君の機体が必要なんだ』

『どうしてだよ。ゲームの敵がオレ様の機体を使おうと、キシにはなんのメリットもないだろ。むしろ高い金を払う分、デメリットしかないだろ』

『詳しい理由は言えないんだけど、これだけは約束してやれる――』


 比野は、これならメットンが乗ってくるだろうと確信しながら、文字を打っていく。


『――ゲーム内のあらゆるミッションに俺のNPCが敵として登場して、メットンが作った機体を大暴れさせてあげる、ってね』

『ほほう。その提案はそそられるな。そうか。オレ様の機体が、強大な敵としてゲームに現れるのか。くふふっ、他のヤツらが改造した機体を滅茶滅茶に撃ち倒してくれると考えると、気分がノッてくるなあ!』


 好感触に比野の顔が緩むが、それは次の文章が送られてくる前までだった。


『分かった。作ってやらなくもない。ただし、こいつはビジネスだ。オレ様の機体は高いぜ。いくら払えるよ?』

『日本円で、百万円でどうだ?』

『足りんな。買い取り金額なら、五百万円は欲しい』

『無理だ。百五十万円で手を打ってくれ』

『悪いが、腕を安売りをする気はない――とはいえ、もともとはこっちからラブコールを掛けてたし、キシの目的も面白いし、日本円は信用の高い通貨だ。こちらが提示した額の半分、二百五十万円で良いぜ』

『……二百万円では?』

『ダメだ。二百五十万円。これ以上は、ビタ銭一つも負けられない』


 比野はぐぬぬと歯ぎしりして、足りない五十万円をどうするかを考える。

 そして手を付ける気はなかった別の貯金口座――そこに入っている、二年前の世界大会で二部門優勝したときの賞金を一部使うことにした。給料が入ったら補填すると、心の中で決めながら。


『分かった。じゃあ、二百五十万円。機体データ受け渡しと同時に入金する設定にしておくからな』

『よっしゃ、契約成立だ。安心しなって。オレ様が全身全霊で『強大な悪役』な機体を作ってやるよ。まあ、少し操縦系がシビアな反応になるだろうけど、キシなら乗りこなせるだろ?』

『どんな機体でもすぐに乗りこなせることが、俺の特技だからな。そこは心配しなくていい。ああ、そうそう。三次元戦闘は出来るようにしてくれよ。これからのスタンダードになるはずだから』

『言われなくても、さっきのキシの試合を見ていた客から、空中戦ができるようにしてくれって改造変更の注文が入っているぐらいだ。本家本元であるキシとあのNPCが使わないんじゃ、宣伝の意味がなくなるってもんだぜ』

『……おい、いま宣伝って』

『おっと、文字が滑ったぜ。でもいいじゃねえか。そのぶん、ちゃんと値引きしてやっているんだからな』

『ぐむむむ。まあいいか。宣伝機にする気なら、手は抜かないだろうしな』

『そういうことだ。じゃあ納品は一月後を予定だ。言っておくが、日本スケジュールじゃなく、インドスケジュールでだぜ』

『最大、三か月は見ておけってことだな。了解』


 やり取りが終わり、比野はここまでの一連の会話の文章を、時刻印付きのスクリーンショットでスマホに保存し、ウェブクラウドにも別に保存した。メットンの腕と仕事の正確さを信じているものの、トラブルがあった際に証拠にするために。




 頼んだ機体が出来上がるまで、比野は今まで通りの日常を過ごしていく。

 日々店員として仕事をして、ぽつぽつと出てくるメタリック・マニューバーズの新機体の機乗テストとレビューを行い、自宅に帰って寝る。そんな日常の繰り返し。

 そんな日々の中で、ふと比野はカレンダーを見て、キシの記憶が自分と同化してからの日数をつい数えてしまう。


(向こうの世界は、こちらの三倍の速度で進む。だからこそ一日でも早く、キシとして早く戻りたいって気持ちはあるんだけど……)


 気持ちは焦るが、キシはメットンに作業を急かすことはしなかった。そんなことをしても、相手にへそを曲げさせるだけで、作業スピードが速まることはないと理解していたから。

 それでも業務で機体に乗ってメタリック・マニューバーズの世界に入るとき、つい全周モニターに映る光景を見回して、キシとして暮らした時間で見知った部分がないかを探してしまうことは止められなかった。

 そうして、ひと月が経ち、ふた月が経った。

 そして、ふた月半が経とうとしたところで、メットンから機体完成の一報が入った。


『待たせたな、キシ。他の連中と違ってお前はオレ様を急かさなかったから、オレ様がいま生み出せる最高の機体が仕上がったぜ。こいつは、イカした、クールな機体だぜ』


 送られてきたデータを確認すると、それは芸術品ともいえる、細部まで作り込まれた見事な黒い機体だった。

 流線型で整った動き易そうな肢体を持つが、装飾や機体の端々が尖ったシルエットをしている。

 感覚器は単眼仕様だが、細いスリットが両端に行くにしたがって釣り上がっていく形をしていて、見た者に威圧を与える印象だ。

 背中のバーニアは甲虫の外羽根に似せた作りで、展開すると、羽根の内側と背中にあるバーニアによって大推力を生み出す仕組みになっていた。

 ティシュー装甲の黒いマントまでついて、ロボットアニメの悪役という表現がピッタリな造形だった。

 キシができに満足して満額振り込むと、メットンから追伸がやってきた。


『オレ様の機体を買い取ってくれたヤツには、設計図と仕様書をつけることにしてんだ。機体の中にデータとして組み込んでいるから、呼び出してみな。これからその機体が壊れたら、その設計図と仕様書を見て自分で直せよ。こっちは権利を放棄したんだから、二度とその機体にはかかわれないからな』


 メットンから有り難い追加が来て、キシは思わずお礼の文章を送った。

 しかしその文章は、キシが設計図と仕様書を読み込んでいる間も、読み終わった後も、未読のままで放って置かれてしまったのだった。


メットン作の悪役ボスな機体のイメージは、シナンジュをベースにクロスボーンガンダム一号機とブラックサレナのエッセンスを加えた感じです。

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